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1030


 リーゼルとの話の後、さらに時間は過ぎていき、もうすっかり外は暗くなっていた。


 昼間は、街道の通行人に対してのアピールも兼ねて、窓のカーテンを閉じる事は無かったんだが、流石に暗くなってくるとそれも終わり、しっかりとカーテンを引いている。


 周囲の護衛たちも照明を手にしてはいるが、馬車の中も照明を点けているし、流石に目立ち過ぎるからな……。

 賊とか以前に、魔物や獣を呼び寄せかねない。

 ってことで、馬車は外から閉ざされてしばらく経っていた。


 その間、俺はセリアーナに言われた通り、街に着いてから起きるであろうことに備えて、アレコレ脳内でシミュレーションをしていた。

 していたんだが……如何せん対人経験の乏しい俺だけに、仮想賊は見知った人間を想定してしまって、その結果連戦連敗だったりもする。


 どうしてもよく知る相手で思いつくのが、今はリアーナでお留守番をしているウチの面々だ。

 賊とか襲撃とかそんなシチュエーション関係無しに、あの連中に勝てる人間の方が少ない気がするんだよな……。


 その事に思い至って馬鹿らしくなり、結局各恩恵品の使い方のおさらいだったり、イメトレに終始していたが、まぁ……それはそれで有意義な時間になったような気もするし、悪くは無いか。


 そもそも、俺はアルゼの街の造りもほとんど知らないし、あんまり考えすぎても意味が無いもんな。

 これでよしだ!


 ◇


「そろそろ着く頃ね」


「ぬ。ようやくだねー……」


 車内を漂いつつイメトレに励んでいたが、セリアーナの声に目を開けると窓の側に移動して、カーテンの端を上げた。


 窓から外を覗いてみると、街道から外れた場所も兵の持つ明かりに照らされて僅かに見えるが、これまでの背の高い草ではなくて、背の低い草が目に付いた。

 もう街の近くらしいし、この辺は街の人間が手入れでもしているのかな?


「街に着いてからは……特に私たちがする事は無いわね。一先ずはリーゼルに任せておきましょう」


「剣はどうするの?」


 一応前の席にはセリアーナの剣が置いたままになっているが、街中で彼女の剣を帯びた姿ってのはちょっとイメージ出来ないんだよな。


「兵に渡しておくわ。いざとなればどうとでもなるでしょうしね……」


 セリアーナは、さも当然といった様子でそう言った。

 賊の襲撃があるというのに、余裕たっぷりだ。


「ふむふむ」


 まぁ、たとえ武器を持っていなくても、【小玉】と【琥珀の盾】があるからセリアーナの守りは大丈夫だろう。

 街中で周りに兵はいるだろうし、襲ってきた相手の武器を奪って使うことだって可能だ。


 それに【隠れ家】にだってアレコレ積んでいるから、取りに行こうと思えば一瞬で行くことも可能だし、本当にいざって時には、【隠れ家】に隠れてしまえばいいんだ。

 俺の役に立つかどうかわからないシミュレーションでも、セリアーナは参戦していなかったし、彼女に武器は必要ないか。


 セリアーナの言葉に納得して頷いていると、セリアーナはさらに言葉を続けてきた。


「今日で王都圏から離れることになるけれど、お前は今回の滞在はどうだった?」


 襲撃絡みの話はもうこれ以上する事は無いとはいえ、いきなり普通なことを聞かれたな。

 王都を発ってから血生臭いことばかりだったし、落差にびっくりだ。


「んん? いきなり話が変わったね……。滞在ねー。じーさんたちとも会えたし、養子の件も含めて色々オレの面倒な事情がスッキリして、よかったんじゃないかな?」


 戸籍や身分なんかの俺が片付けておきたいことは全部スッキリさせる事が出来たのは良かった。


 強いて言うなら、屋敷に籠ってばかりでほとんど出歩けなかったし、久しぶりに王都のダンジョンに寄ったりも出来なかったのは心残りと言えなくもないが、今回の事情を考えたらそれは仕方が無いだろう。

 その気になれば俺ならすぐに来ることも出来るし、些細な事だ。


 概ね有意義な滞在だったと思うな。


「セリア様はどうだった?」


 俺はいいとして、セリアーナはどうだったかな?

 彼女は俺以上にずっと屋敷に籠っていたが……。


「私? まあ……悪くはなかったわね。領地では中々会えない方たちとも顔を繋ぐことが出来たし、とりあえず必要な用事は片付けられたはずよ」


 そこで一旦区切ると、何かを考えるように馬車の天井に視線を向けた。


「当分領地の運営に手を取られるし、次に来るとしたら、10年以上後かしら? 何かこちらに用が出来たら、その時はお前に任せるわ」


「ぬ、はいはい任せてよ」


 俺と違って、距離を抜きにしてもあちらこちらに出歩くことは出来ないもんな。

 代理人としての務めくらいは果たして見せよう!


1031


 しばらく益体の無い話を続けていたが、俺たち一行は目的地であるアルゼの街の門前に到着した。

 今が何時なのかはわからないが、まだ門は開いているようで中に入る事が出来るようだ。


 もちろん、閉まっていても俺たちなら手続きをすればちゃんと入れるだろうが、駆け込みで街に入場しようとしている者たちが何組かいて、下手したらその連中は締め出されていたかもしれないんだし、その場合はちょっと白い目で見られていたかもしれないからな。

 間に合って良かった良かった。


 とはいえ、その並んでいる連中には悪いが、俺たちはお貴族様って事で、いくつかの質問に答えるっていう簡単な手続きだけで検問を終えて、中に入る事が出来てしまう。

 それくらいは貴族の特権って事で、受け入れてもらえるよな?


 なんてことを考えつつ、優先的に検問を終えた俺たちの馬車が、自分の番を待っている者たちを横目に門を通過するのを、納得させていた。


 さてさて。


 その仕方はともかく、街へと入った俺たちはしばらくまっすぐ進んでいた。

 出発当初の予定だと、このままどこにも寄らずに港まで行って、そこで船に乗って出航……そうなるはずだった。


 だが、ここまでの道中色々あったからな。

 残念ながらそうはいかないだろう。


「セラ」


 ガタゴトと車輪の音が響く中、セリアーナが前を指しながら俺の名を口にした。


「うん?」


 敵でも来たのかと、聞き返そうとしたのだが、その前に小窓をノックする音がした。

 ノックしたのは御者だろうが、そのすぐ側に馬に乗った者の姿も見える。

 誰かはわからないが……セリアーナが伝えたいのはこの事かな?


「出るよ」


 一言断ってから小窓を開けると、御者は前の馬車の様子を気にしつつも、何やら困惑した様子でこちらを向いていた。


「どうしたの?」


 そう訊ねると、すぐ側にいる騎乗した男を、「この街の兵です」と紹介してきた。

 そこで、大体何の用なのかは予想出来たが、


「港に向かう前に、一度代官の屋敷へ来て欲しいとの事です。船の出航の時間もありますし、我々は直接港に向かうと事前に伝えてあったのですが……」


 御者は「失礼な事だ」と憤っている様子だ。


 事情が事情だし仕方ない部分があるとはいえ、公爵家の予定を一代官が変更させるっていうのは、確かにちょっと失礼かもしれないよな。

 いや、大分か?


 俺たちは街に到着する前に、こちらの馬車に来たリーゼルから、こうなる可能性を聞かされていたから別にどうとも思わないが、詳しい事情を知らない御者からしたら、いきなり呼びつけられたって思うだろう。

 彼だけじゃなくて、他の護衛の連中たちもそう思っていそうだな……。


「セリア様?」


「構わないわ。リーゼルもそうするでしょうし、従うようにと伝えなさい」


「はいはい……。だって」


「……はい」


 渋々といった様子ではあるが御者はそう返事をすると、こちらに向かって頭を下げて小窓を閉めた。

 耳を澄ませていると、街の兵といくつか言葉を交わしている。

 すぐに兵は走り去っていったが、あまり穏やかな雰囲気じゃなかったな。


「ウチの兵たちはあまり面白くなさそうだし、ちょっと揉めそうな雰囲気なのかな? 皆には伝えていないんだよね? 伝えておいた方がよかったんじゃないかな?」


 俺は窓から離れると、セリアーナに外の雰囲気を訊ねた。

 彼女なら今の外の様子とかもある程度察する事が出来るはずだ。


 まぁ、今何も言わないあたり問題は無いんだろうが……。


「問題無いわ」


 どうやらそうらしい。

 セリアーナは「フッ」と笑うと、口を開いた。


「他所の土地の兵が自分たちの街を武装してうろついているのよ。兵も、上の者ならともかく下の者にとっては面白くないし、警戒だってするでしょう。それが態度にも出ているだけよ。どちらも訓練は受けているし、手を出すような事は無いわ。それでも収まらないような事があったとしても、その時はオーギュストが対処するでしょう」


「そっか。んじゃ、大丈夫だね」


「ええ、それよりも」


 セリアーナはそこで言葉を中断すると、目を閉じたままではあるが、周囲を探るように視線を巡らせた。


「街に入った当初に比べると、少しずつ私たちを監視する者の数が増えてきているわね。腕も悪くないようだし……まず間違いなく連中が襲ってくるわね」


 セリアーナは、今度は「フッ」とかではなくて、「ニヤリ」といった悪そうな笑みを浮かべている。

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