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 投降組を新たに隊列の先頭に組み込んで、再開した俺たち一行の移動は、今までと変わって実に順調だった。

 昼間の戦闘の直前にすれ違った連中以降は、しばらく誰ともすれ違ったりしなかったが、街が近付くにつれて、すれ違ったりこちらが追い抜いたりする者が増えてきている。


 ちなみに、すれ違いざまに、窓からその様子を見たりもしていたが、見事に全員商人とその護衛だったりした。


 まぁ、日暮れ間近に街の外を移動している者なんて、その街に向かう商人くらいだろう。

 近くで狩りをする冒険者だったら、もう少し遅くまで粘るだろうしな……。


 ふむ……と唸ると、俺は【浮き玉】ごと後ろを向いた。


 馬車の後部に窓は付いていないから、直接俺の目では外の景色を見る事は出来ないが、ヘビたちの目を通せば関係無しだ。


 後続の馬車とは距離が空き、間に護衛の冒険者たちが入り込んでいて遮られてはいるが、賊は馬車に詰め込まれているから一塊になっているし、十分見分けることが出来た。


 今馬車に押し込まれている連中の大半は最初に襲って来た連中で、第二陣と違って魔法を使っていたし、何かやって来られたら嫌だなー……とは思っていたんだが……杞憂だったな。


「とりあえず街にはこのまま着きそうだね。後ろも……もう何も無いよね?」


「無いわ。あの中には魔法を使える者も含まれているかもしれないけれど、大分痛めつけている上に馬車の揺れもあるから、強力な魔法を使うだけの集中をする余裕は無いわ。それに、監視の兵も同乗させているし、何か怪しい動きがあれば即座に始末するでしょう」


「流石にそうかー」


 弱い魔法なら、ある程度訓練を積めば即発動とかも出来るようになるだろうけれど、ある程度以上の威力のある魔法を……となると、そうはいかない。

 普通に剣や槍の腕と違って魔法の場合は、努力もだけれど素質もいるそうだし、流石にそこまでの人材を用意する事は出来なかったんだろうな。


 なるほどなー……とセリアーナの話に頷いていたのだが……。


「……あら?」


「どしたの?」


 セリアーナの驚いたような呆れたような声に、彼女の顔を見て何事かと訊ねた。

 ただ驚いただけって感じじゃ無いし、ケンカでもあったのかな?


「リーゼルが来るわ。お前、出迎えて来なさい」


「はぁん? 旦那様が……? いや、そりゃー行くけど……」


 俺たちに用があるのなら誰か人を寄こせばいいのに、自分が来るなんて……彼らしくもなく随分不用心だな。

 そりゃー、セリアーナもちょっと呆れた様な声を出すよな。

 ともあれ、出迎えに行こう。


「んじゃ、行って来るね」


 セリアーナに一言告げると、俺は馬車から外に出た。


 ◇


「急に済まないね。街に到着する前に君と話をつけておきたかったんだ」


 馬車に入って来たリーゼルは、座席に座るなり、挨拶もそこそこにそう切り出してきた。

 どうやら、リーゼルがこちらにやって来たのは、セリアーナに用事があったかららしい。


 まぁ、俺に用事なら呼べばいいわけだしな。

 セリアーナ相手に馬車から下りる前に話を済ませたいのなら、確かにリーゼルがこちらにやって来るしかないか。


「構わないけれど……昼間話した時にしなかったという事は、何か新しいことでもわかったのかしら? 貴方の馬車に兵が出入りしていたのは知っているけれど……」


「大したことじゃ無いけれどね。賊はアルゼの街の兵の一部と繋がっていたらしい。どこまで深くかまではわからないが、ある程度街で人間を動かせる程度だし、それなりの地位に就いているかもしれないね……あまり驚いた様には見えないが、予測出来ていたのかな?」


「罪人を組み込める程度の者だとは思っていたわ。それで、どうするつもりなのかしら? 私たちを捕らえでもするの?」


 リーゼルは「フッ」と笑うと、困ったように手を軽く上げて口を開いた。


「流石にそれは無理だろうね。ただ、この街の兵が見回りを担当する地区で相当数の死人が出たんだ。僕たちは被害者ではあるけれど、それでも話を聞くために、街でしばらく待機させられるかもしれない。事情が事情だし、無視するわけにもいかないだろう?」


「まあ……でしょうね。船も日をずらすならともかく、出港時刻を少し遅らせる程度なら可能でしょうしね。それで、そこを狙われるのかしら?」


「あるとしたら、そこだろうね」


 セリアーナの言葉に、リーゼルはゆっくり頷いた。


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 話を終えたリーゼルはすぐに馬車から下りると、一緒に並走させていた兵に預けていた馬に乗って、前を走る馬車へと戻っていき、馬車はまたセリアーナと二人になった。


「セリア様」


「なに?」


 リーゼルの話を聞いても、セリアーナは特に動じていない様子だ。


 相手がどういう風に仕掛けてくるかって、何となくだが読めてきたのはいい事だと思うんだが、それでもあくまで何となく程度だし、街中での襲撃がほぼ確実ってなったのは、朗報とは言えないよな?


「どうするの?」


「どうするって……街での事? 特別に何か変わった事をするつもりは無いわ」


「む?」


「わかっていることは、街の兵に繋がっている者がいるって事だけでしょう? 私たちが詰所や宿に押し込められるとは思わないし、あるとしたら代官屋敷だけれど……流石にそこに出入りする者が襲ってこないでしょう。その気なら、私たちがこちらに到着した時に手を出していたでしょうからね」


 俺たちがこちらに到着した際は、船から降りるとすぐに迎えが来たが、もし代官に近い立場の人間が賊と繋がっていたのなら、呼び留めて護衛と分断させたりは出来たかもしれないもんな。


「まぁ……それは確かに。んじゃ、成り行きに任せるの?」


「そうなるわね。相手の狙いは、私たちを一度一か所に集めて、その間に自分たちも襲撃の戦力を立て直すことじゃないかしら? 今はバラバラでしょう?」


 そう言って、馬車の前後に順番に手を向けた。


 俺たちの前方を進む連中は、賊とはいえ人を殺すレベルで協力しているし、それくらいやってもおかしくはないが、早々に投降を決め込んでいた、後方のやる気無い組もまだまだ仕掛けてくる可能性があるのか。


「いつも通りよ。ウチの兵の腕はお前も理解しているでしょう? それに、王都の様に多数の住民が暮らす大都市では、活用させられなかったけれど、たとえ誘い込まれたとしても、私の加護がある以上、周りにいる人間が限定されればされる程、こちらも判断に迷うことなく動きやすくなるわ」


「なるほど……」


 セリアーナが言うように、王都だと色んな場所からやって来る者が多かったし、領地の様に彼女に従う者ばかりじゃない。

 行動に移さなくても、彼女に敵意を持っている者もいただろうし、加護に反応する者をそのまま敵として扱うってわけにはいかなかったが、襲ってくるってわかっている状況なら、遠慮する必要は無いもんな。


「ほぅほぅ……」と頷いていると、セリアーナは無言で俺をじろじろと眺めてきた。


「どうかした?」


「今のうちに奥でお前の恰好をどうにかさせようかとも思ったけれど……。街中だしそのままでも構わないかしら?」


 恰好をどうにかってする事は、【隠れ家】に置いている恩恵品を取って来るかどうかって事なんだろう。

 確かに全部使えば俺の戦闘力は上がるだろうけれど……どうしたもんか。


「む……そうだね。うーん……このままでいいかな? オレたちだけになるって事は無さそうでしょう?」


 少々迷いはしたが、このままでいいだろう。


 単純な戦闘力って意味なら、アレコレ身に着けたら向上するのは間違いないが、果たして全部使うかって話だよな。


 それに、あまり選択肢が増え過ぎても、いざ実戦で使いこなす事が出来るかどうか……。

 むしろ、どれをチョイスしたらいいかでアタフタしている間に、相手に攻撃されて、それを躱す事に必死になりそうだ。

 先の戦闘の様に、シンプルな戦い方にした方が迷ったりせずに済むだろう。


 そもそも、人間相手にどう使うんだって代物も多いし、【緋蜂の針】と、まだ出番は無いが【影の剣】だけでも十分過ぎるくらい強力だしな!


 セリアーナはそれを聞くと「そう」と小さく頷いた。


「なら、結局は相手の出方次第だし、この話はここまでね。これ以上は意味が無いでしょう」


「はーい」


 俺の返事を聞いたセリアーナは、窓の外へと視線を向けた。


「街まで後……2時間もないかしら? 私は索敵に戻るから、お前はあまり気を張り過ぎないように、今から準備しておきなさい」


「はいはい……」


 返事をしたときには、セリアーナは既に目を瞑っていた。


 それじゃー、俺は彼女の邪魔をしないように、脳内でシミュレーションでもしておくかな。

 俺の戦闘経験は大半が魔物だし、対人なんて先程の戦闘くらいだが……やらないよりはマシだよな!


 ってことで、俺もセリアーナに倣って目を閉じて、頭の中で戦闘のイメージを固めていった。

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