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「そうか……わかった」


 俺の報告を聞いたオーギュストは、一瞬だけ考えこむような素振りを見せたが、すぐに顔を上げるとこちらを見た。

 何がわかったんだろう?


「恐らく街道で仕掛けてくる事は無いだろう。君は馬車に戻って奥様と共にいてくれ。まず無いだろうが、万が一何か起きた時は、自由に動いてくれ」


「ん? 了解……。旦那様には報告しなくていいかな?」


「ああ。大丈夫だ」


 事前に打ち合わせ済みなのかな?

 ともあれ、それなら時間が無くても大丈夫そうだな。


「そっか。んじゃ、よろしく」


 オーギュストに返事をすると、俺はセリアーナが乗る馬車へと戻ることにした。


 何となく森の様子から、俺も街道での襲撃は無いような気がしていたが、オーギュストもそう考えている様だし、ちょっとホッとしたな。

 そこらへんの理由が気にはなるが、一先ずセリアーナの護衛に専念しておくか!


 ◇


「ただいま!」


 森の索敵から戻ってきた俺は、馬車の中に入りドアを閉めるとセリアーナに向かって帰還の挨拶をした。

 セリアーナは、閉じていた目を開いて俺を見ると、「フッ……」と小さく笑い、口を開いた。


「お帰りなさい。数が減っただけで何も無かったでしょう?」


 どうやら俺が調べてきた範囲は既に彼女が見ていたようで、何か言う前に、既に調べてきた情報を言われてしまった。

 だからあんまり警戒している様子が無かったんだな。


 だが……。


「数が減ってたってのは、何にもなく無いよ?」


 むしろ一番の大事だよな?


 だが、セリアーナにとってはそうじゃないのかもしれない。

 目を閉じながらもう一度笑うと、話し始めた。


「待ち伏せをしていた賊は半数になったでしょう?」


 どうやら、どうやって減らしたかとかについてはどうでもいいらしく、その事には触れなかった。

 俺にとっては、味方をあっさり殺すってのは結構な大事なんだけど、違うんだろう。


「うん」


 ともかく、相槌を打ちつつ続きを促した。


「残りは10人ほど……。仮に戦闘を選んだとしても、余程の何かを隠し持ってでもいない限り、連中の実力ではまずこちらの兵を減らす事すら出来ずに全滅するでしょうね。それは、たとえ賊の戦力が減らずに元の数のままだとしてもよ」


「……まぁ、そうかもね。ウチの兵はもちろんだけど、護衛の兵たちも結構強かったしね」


 前後からのそれぞれ多数での挟撃ですら、こちらに被害は無しで、割と余裕で切り抜けられたんだ。

 セリアーナが言うように、余程の隠し技でも持っていない限りは、どうにもならないだろう。


 ふむふむと頷いた。


「お前は森の浅い場所までしか飛んでいなかったけれど、それはオーギュストの命令かしら?」


「命令ってほどじゃなかったけど、森の浅瀬を軽く見て欲しいって頼まれたんだ。だから簡単にだけれど見てきたよ。森もだけど、周辺にも特に怪しい物も人も見当たらなかったね」


「そうでしょうね。大方、ここまで来た私たちの状態で、対応の仕方を変えるつもりだったんでしょうね」


「ここまで来るのに、誰かに監視されたりとかはしていなかったと思うけれど……どうやったのかな?」


 セリアーナが言うように、俺たちの状況に合わせて対応を決めるってんなら、先行した連中と接触してからだと遅いと思うんだ。

 それなら、どうにかして事前に俺たちの事を探っていたんだろうけれど、先の賊との戦闘以降誰ともすれ違ったり追い抜かれたりしていなかったし……となると……。


「さあ? 加護か恩恵品か……どちらかを使ったのかもしれないけれど、どうでもいいわね」


「どうでもいいの?」


 それだけの物を所持出来る相手ってことになるんだけどな……。


「ええ。どうせ前にいる連中と戦う事は無いでしょう」


「ぬ? そう言えば、団長もそんな事を言っていたね……。オレも森を見てた時に、あんまり戦いになりそうな気配は感じなかったけど、やっぱりそうなのかな?」


 俺がそう感じたのはあくまで勘だが、セリアーナもオーギュストも何かしら確証を持っていそうなんだよな。

 単純に人数だけで判断しているわけじゃないよな?


 一応、後ろに先程捕らえた賊がいるし、その連中を解放して連携を取ってきたら、まだまだ何かが出来るかもしれない……って考えてもおかしくないんだけど。


 だが、そんな俺に対してセリアーナは。


「お前は相変わらず変な所で心配性ね……」


 と、呆れ半分といった感じで言ってきた。


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「お?」


 多少は速度を落としていたが、それでも変わらず走っていた馬車が、徐々に速度を緩めていったかと思うと、完全に停止した。

 この馬車だけじゃなくて、一行全体がだ。


 ってことは……。


「接触したようね。同行させて、前を行かせるのでしょうけれど……。セラ、窓から外の様子はわかるかしら?」


「外……? うん、一応見えはするけど……あまり相手の様子とかまではわからないね」


 セリアーナに言われて窓の外に視線を向けたが、賊との間には兵が入っていて、ハッキリとは姿が見えない。

 とりあえず、街道から少し離れた場所に10人ほどの集団と、それを遠巻きに囲んでいるウチの兵たちがいた。

 連中とどうするかを話し合っているんだろうが……ここからわかるのはそれくらいだな。


「死体は?」


「死体? あぁ、死体ね……。それも、足元は草が邪魔でわからないね。片付ける暇はなかっただろうし、向こうの足元にあるはずだけど……何か気になるの?」


 投降してきた賊の様子はともかく、殺された連中の事を気にするのはなんでだろうか?


「推測通りなら、その死体の大半は私たちを襲って来た連中とは違う、本物の賊のはずよ」


「本物? ……あぁ。犯罪者って事だね。そんな人たちを連れてきてるの……?」


 セリアーナの言葉に賊に本物も偽物もあるのかと思ったが、すぐにその意味がわかり、納得出来た。


 殺されたのは、泥棒だったり野盗だったりの、一般的な犯罪者って事なんだろう。


 先程戦った連中は元は冒険者だったり傭兵だったりで、襲って来た時点で犯罪者に成り下がった事に間違いはないんだが、生粋の犯罪者ってわけじゃないんだよな。

 まぁ……そんな奴を襲撃に使うなよって話ではあるんだが……ともあれ、連中は一応まともな仕事をしている人間だったりする。


 それに対して、向こうに転がっているであろう連中は処刑に値するかはともかく、捨て駒にするには持ってこいの立派な犯罪者だったってわけか。


 でも、そんな都合よく用意出来るんだろうか。


「恐らくは……ね。死体を詳しく調べる事が出来たら、何か罪人の証でも出て来るでしょうけれど……今はその時間も無いわね」


「どうするの?」


「どうもしないわ。先の戦闘で出た死体と一緒に、周辺の街の兵が明日回収に来るんじゃないかしら?」


 そこで「ふう……」と一つ溜息を吐くと、フワフワと馬車の中を移動して行った。

 外の様子を見ている様だが……。


「何か見えた?」


「賊の姿は見えるけれど……死体は無理ね。まあ、いいわ。これだけの賊を揃えられて、尚且つ一緒に行動をする事を納得させられるのは、それなりの権力がある者ね。事前に捕らえてどこかに監禁しているのは手間がかかりすぎるし……セラ、森には伏兵の痕跡は見当たらなかったんでしょう?」


「うん? ……うん。ただ、森の大分奥の方に人はいたよ。距離もあったし、ハッキリとは見えなかったけど、少なくとも魔物じゃないね」


 何やら気になる言葉が聞こえた気もするが、一先ずセリアーナの質問に答えることにした。

 伏兵はいなかったと思うが、森の奥に人影らしきものは見えたんだよな。

 アレが人間だったとしても、ただの冒険者だったりご近所の農家さんだったり……怪しい人物かどうかは断言出来ないが、まぁ……一応伝えておいた方が良いだろう。


「そう。監視かしら? まあ……もう外では何もしてこないでしょうし、気にする必要は無いわね。それより気にする事は街に入ってからね。お前もそのつもりでいなさい」


「……街ってアルゼ?」


「そこ以外にはもう立ち寄らないでしょう?」


 セリアーナは、何を言っているんだ……と言いたげな目で俺を見て来るが、でも、本当に街中で襲ってくる……のか?

 そりゃー、後ろの連中がつけて来るかも、とかは言っていたけれど、難しそうだよな。


「それはそうだけど……。オレたちはすぐに船に乗るんでしょう? 船の中でとか?」


 アルゼの街に到着したら、俺たちは真っ直ぐ港に泊まっている船に乗り込む予定だ。

 当然、船に乗るまで護衛の兵がしっかりついているはずだし、何かを仕掛けるのは難しいと思うんだけどな……。


「それは無いはずよ。まあ、色々考えられはするけれど、結局はその場に立たないとわからないし、考えすぎても無駄なだけよ」


「ぬぬぬ……気になるけど……。お? 出発するみたいだね」


 セリアーナの達観ぶりについつい言葉を詰まらせていると、外の話が付いたのか、停止していた馬車が徐々に動き始めた。

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