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「捕らえた者たちから数名を選び、偵察代わりに先行させたことは君も知っているな? その一人が戻って来たこともだ」


「うん」


 俺の返事に、オーギュストは「うむ」と一つ頷くと話を続けた。


 馬の速度は変わらないが、どうやらこのままのペースで行くらしいな。


「ここから2キロほど先に行ったところにある森の切れ間に、賊が20人ほど潜伏していたが、彼らが発見したそうだ」


 2キロか。

 近いんだかどうなんだか微妙なラインだな。

 前の方に薄っすら見えている森らしき影があるが……そこかな?


「何人で行ったかは知らないけど、戻って来た一人以外は説得をしているのかな?」


「説得と言えるかはわからないが……まあ、そうだな。ともかく、その報告を受けてこちらも一人送り出したのだが……」


 と、そこで次の言葉を迷うように、言い淀んでいた。


「なにさ」


「ああ。連中はどうやら投降派と続行派で半数ほどに別れていたらしい」


「……うん。まぁ、妥当じゃない?」


 どんな風に話をしたのかはわからないが、今まさに襲撃を仕掛けようとしている者たちに、失敗するからやめろ的な話をしたんだ。

 それがよほど成功率が高かったり、襲撃へのモチベーションが高かったりでもしない限り、人数の比率はともかく、揉めるのは当然だ。


「そうだな。それだけならばこちらも想定していた通りなのだが、こちらの送り出した兵が到着した時には、既に投降派が続行派を全滅させていたそうだ」


「……んんん??」


 並走しながら首を傾げるという、少々器用な真似をしたが、オーギュストはそれに介さず話を続ける。


「多少の傷は負っていたが、投降派に犠牲は出ていないらしい。全く無いとは言えないそうだが……少々出来過ぎている気がするんだ」


「だよね」


「ああ。何より、連中はまだこちらに何もしていない。殺人こそ犯したが、それも目的地へ向かう途中にたまたま一緒になった者たちが、貴族への襲撃を企てており、それを止めようとした……。そうとでも言われてしまえば、こちらは何もできないからな」


「ちょっと無理が無さすぎない……? 捕まえたりは出来ないの?」


「難しいな。だが、たとえ捕らえて街の兵に突き出したとしても、現状ではそうとしか処理出来ないだろうな。代表者が尋問を受けるために一晩詰め所に入れられる程度だ。後は……街まで同行を命じるくらいだが……それはこちらが言い出すまでも無いだろう」


「……見なかったことにして、ヤっちゃえば?」


 我ながら駄目な方法だとは思うけれど、どう考えてもその連中は怪しすぎるだろう。

 その割に全く拘束でき無さそうだし……。

 俺たちは街に着いたらすぐに船に乗るだろうけれど、それでも街中まで怪しい連中について来られるのも鬱陶しい。


「それが確実なのはわかるが、そうもいかんさ。さて、連中が何かを企んでいるにせよそうでないにせよ、油断はできない事態なのは確かだ。そこでだ、セラ殿」


 内容や口ぶりに比べて、ちょっと表情が晴れ晴れしている。

 ついさっきまでは困惑の色の方が強かったんだけどな……。

 相手がしっかりと何かを企んで来たことで安心したのかな?


「うん?」


「あちらの森を、上から軽くでいいから見てもらえないだろうか? あまり君に頼るのも心苦しいのだが、時間を考えるとあまり悠長な真似はしたくないんだ」


 オーギュストはそう言いながら一旦上を見ると、すぐに視線を前に戻して前方に見える森を指した。

 俺に頼るってのは、恩恵品と加護に頼るって事だし、リアーナの騎士団団長って立場からしたら、悩ましいんだろう。

 特に、俺の身分も考えると、偵察役は命じにくいだろう。


 ただ、道中での戦闘を前提にしているが、時間も結構ギリギリなんだよな。

 オーギュストが言うように、ここで余計な時間を使っていると、到着前に夜になってしまうかもしれない。


 それを抜きにしたって、俺は引き受ける事自体は何の問題も無い。


「別に頼られるのは全然構わないんだけど……何を見たらいいのかな? 他の増援が潜んでいないかとか?」


「ああ。奥まで調べる事は無い。あくまで森の浅瀬を見てくれるだけでいいんだ。恐らくは何もいないだろうがな」


「ほぅ……。そういえば、セリア様は特に何かを警戒しているような事は無かったね」


 大分あっさり送り出されたもんな。

 森まで見ていたのかはわからないが、セリアーナ的には今はまだ警戒するような状況じゃないんだろう。


「わかった。それじゃ、すぐ見て来るよ。団長に報告に来たらいいのかな?」


「頼む」


「ほいほい。それじゃー、行ってきまーす」


 俺はそう言うと、一行から離れて森を目指して飛んで行った。


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「森に……川に……アレは湖かな? んで、山にも繋がっている……と。まぁ、水はあるし数日潜伏するくらいなら余裕そうだな」


 オーギュストに頼まれた俺は、まずは真っ直ぐ街道を北に外れて、草原を突っ切って飛んで行った。

 森には東側から回り込んで近付けば、気付かれる事は無いだろう。


 飛びながら周囲の様子を探ってみようと思い、ヘビたちを出して周囲をキョロキョロと……ついでに下の草原も調べさせた。


「魔物も獣もいなければ、人が踏み入った痕跡も無いし……怪しい物も無い。何も無しだね」


 背の高い草が生い茂り、上からだと地面はほとんど見えないが、何かを仕掛けられている様には思えないし、ここで何かを仕掛けてこようって感じはしないな。


 そのまま周囲を探りながら飛んでいたが、森の手前に差し掛かったところで今度は後ろの様子を見てみようと、振り返った。


 心なしか速度を落としているように見えるが、セリアーナたち一行が街道を西に向かって進んでいるのが見える。

 賊を詰め込んでいるからか、囮兼盾だった3台の馬車は、先行するセリアーナとリーゼルが乗っている2台の馬車から少し距離を取っていた。

 その代わりなのか、全体的に護衛の兵たちの隊列の組み方がコンパクトになっている気がするが、どこからでもフォロー出来るようにかな?


 ともあれ、この分だと想定する接触場所まで、さほど時間をかけずに到着しそうだし……今さら俺がそっちを気にしても仕方が無いか。


「後ろをついて来ている者もいないし……。気にするのはこっちだけか」


 後ろはもういいと、再び前を向いて森に視線をやった。


「見た感じ普通の森だよなー……。まぁ、王都に繋がる街道のすぐ側だし、外から見てわかるような異変なんて無いよな」


 オーギュストの懸念通りの連中なら、そこもしっかり気を付けるだろう。

 潜むとしたらもっと奥だろうけれど、それじゃー急いで駆け付けたところで、襲撃に間に合わないかもしれないし……。


「……あぁ! だから浅瀬だけでいいのか」


 しかし……と首を傾げるが……。


「まぁ、いいか。考えるのは向こうに任せて、オレはさっさと見て回るか」


 考えても仕方が無い。

 あんまりグズグズも出来ないし、さっさと森の浅瀬を見て回ろう!


 思考を切り替えて気合いを入れ直すと、俺は森を目指して【浮き玉】を加速させた。


 ◇


「ふーぬ……?」


 気合いを入れ直して森の上空に突っ込んで来たはいいが、何も無いな。


 ヘビの目を使ってはいるものの、今の俺の守りは普段より一枚少ないし、慣れない場所を飛ぶってこともあって、視界の共有まではしていなかった。

 だから、あくまで俺の目で識別できる範囲でしか探る事は出来ないため、どうにも索敵の精度がよろしくない気がする。

 せめて、【妖精の瞳】があれば、もっと色々見えて来るものもあるんだろうが……。


「まぁ、浅瀬には魔物もいないって事でいいのかな? お?」


 上空からキョロキョロしていると、西の方角に何やら人間らしき集団が目に入った。

 馬に乗っているし、多数と少数が互いに距離を取って分かれているし……これが賊らしき連中と先行させていた連中だよな。


 ってことは、ここからだと木に遮られて見る事は出来ないが、連中の足元には死体がゴロゴロ転がっているのか……。

 俺にはまだ気づいていないようだし、あそこまでは行かなくてもいいかな?


「お?」


 オーギュストの元に戻ろうと、向きを反転させたのだが、その際にチラリと森の奥の方で人の気配らしきものが見えた……気がする。

 距離がありすぎて、俺じゃわからないんだよな。

 動いているし、人間なのは間違いない気がするんだが……。


「どうかな?」


 アカメたちにどう思うか訊ねるが……。


「わかんないか」


 何の反応も示さないし、脅威じゃないのかな?

 まぁ、まだ日は高いし森に用のある人間だっているだろう。


 引き返すか。


 ◇


「団長!」


 俺が戻って来た時には、馬車はもう接触するポイントまで数百メートルといった距離まで来ていた。

 街道の先に目を向けると、森の切れ間が見えるし、そこに止まっている賊たちも小さく見えている。


 あまり時間をかけていないつもりだったが、結構ギリギリだったな。


「連中と接触していても構わなかったんだが……急がせてしまったか。聞かせてくれ」


 俺が小さく息を吐いたのが分かったのか、オーギュストは労うような声でそう言ってきた。


「……なんだ、急がんでよかったのね。まぁ、いいや。えーとね」


 少々気が抜けつつも、俺は森の上で見てきたことを伝えることにした。

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