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「やあ、セリア。今呼びに行かせようと思っていたんだ」


 リーゼルの下へと辿り着くと、彼は俺たちに向かってにこやかにそう告げた。

 数十メートル先で、切った張ったの修羅場が展開されているのに、いつも通りの爽やかさだ。

 これが素なのか、俺たちに気を遣ってなのかはわからないが……凄い度胸だよな。


 だが、セリアーナも同様で、リーゼルの挨拶に応えることはせずに、剣を手に彼に並んだかと思うと口を開いた。

 わかっちゃいたけど、セリアーナも相当な強心臓だよな。


「さっさと片付けてしまいましょう。指示は出したのよね?」


 リーゼルは苦笑しながら肩を竦めて「出したよ」と答えると、顔を上げて、セリアーナの上に浮いている俺に向かって口を開いた。


「セラ君も、わざわざ済まないね。賊を二人こちらに追いやるように指示を出している。倒すのは僕たちで済ませるから、君は上からセリアを頼むよ」


 どうやら増援が来そうなのはリーゼルも勘付いているらしく、セリアーナが言うように、まずはこの場をサッサと収めようとしているみたいだ。

 前にいるオーギュストたちを指して、どう動くかを告げた。


「あ……はいはい」


 まだやる気のある賊の中から適当な二人をチョイスして、こちらに送って来るんだろう。

 とりあえず俺はセリアーナの側で浮いておけばいいんだなー……と頷いていると……。


「リーゼル!」


 何やら不機嫌な様子のセリアーナが、リーゼルの名を呼んだ。


 これは多分、俺が自分のお守り役の様に言われた事が面白くなかったんだろう。

 あまりそういうポジションに入る事が無いしな。


 まぁ、そんな事に一々突っ込んでくるくらい余裕があるようだ。


「フッ……わかったよ。始めて問題なさそうだね」


 リーゼルもそう考えたのだろう。

 セリアーナの振舞いに小さく笑うと、先程と同じく剣を掲げて、オーギュストたちに合図をした。


「セラ、行くわよ」


「ほいほい」


 リーゼルはその場に止まっているが、セリアーナは少し距離を取るようで、俺を呼び寄せると移動を開始した。


 ◇


 セリアーナは、リーゼルがいる場所から10メートルほど離れたところで移動を止めて、その場で滞空し始めた。

 どうやらここで迎え撃つようだ。


 街道から外れると草原地帯が広がっているが、この辺は特に草が元気に生い茂っていて、生身ではこの場所は動きづらいだろう。

 戦うには向いていない場所だ。


 一方浮いている俺たちには足場は関係無いし、この時点でもう優位に立てている。

 ましてや、これから戦うであろう相手は既に傷を負っているし……勝ったな。

 いや、そんなの無しでも勝つけど。


 剣を手に、前方を睨みつけているセリアーナを見て、俺は「うむうむ」と頷いていたのだが、そのセリアーナが、ふと体ごとこちらを振り返った。


「セラ」


「うん?」


「私は加護を解除するから、周囲の索敵は任せるわよ?」


 セリアーナが加護を解除するなんて、なんとも珍しい。

 これだけ優位な状況を作っても、気を抜かないご様子。


「ほいほい。りょーかい」


 俺は「任せろ」と返事をした。


 とりあえず、確定している後ろから追って来ている連中と、恐らく西から来るであろうまだ見ぬ連中。

 どちらに対しても、見逃すことなど無いよう、索敵はしっかりこなしてみせるさ!


 ……ヘビくんたちが。


 それを見透かしてかどうかは分からないが、セリアーナはいつものあくどい笑みを一瞬浮かべると、すぐに表情を引き締めて前を向いた。


「結構。来るわね……」


 その言葉に前を見ると、オーギュストの指揮の下、兵たちが少しずつ広がるように移動をしていた。


 動きが変わった事に、賊連中も何か思惑がある事を察してはいるんだろうが……ウチの兵たちは皆馬に乗っているから、足場の悪さなど関係無しに、機動力は向こうよりもずっと上だ。

 あっという間に取り囲んでしまった。


 そのまま囲みつつ、中にめがけて槍をぶっ刺したりと、中々凄惨な追い込み方をしているが、その囲いの一部がちょっと開いているんだよな。

 んで、その開いた隙間から二人の賊が転げるように抜け出してきた。


 その二人は上半身に傷を負ってはいるが、足は無傷で走るだけなら問題なさそうに見える。

 まぁ……でも、逃げた先にいるのが、【小玉】に乗ったセリアーナと、騎乗しているリーゼルだ。


 気の毒に。


 仕掛けてくるこいつらが悪いに決まっているんだが……この有様を見ていると、ついついそんな考えが浮かんでしまった。


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 囲いを抜け出した……というか、追いやられた賊の二人は、待ち構えているこちらを見て一瞬怯んだ様な素振りをした。


 まぁねぇ……。

 セリアーナと俺はともかく、騎乗して剣を持ったリーゼルが待ち構えているんだ。

 せめて同じ条件ならともかく、こんなんどうしようもないだろう。


 それでも、突っ込んで来るあたり、どういった精神状態なんだろうなって気もするが……それは俺が気にする事じゃないか。


 それより……。


「セリア様!」


「見えているわ。お前は周囲の警戒を続けなさい」


 一人はリーゼルに向かって行っているが、もう一人はこちらに向かって来ている。

 俺よりも低い位置にいるし、ちゃんと距離とかが見えているかどうか心配になって声をかけたんだが……大丈夫みたいだな。


「りょーかい! 気を付けてね」


 セリアーナは返事をせず、前を向いたままだ。

 これは集中しているな。


 邪魔しちゃいかんね……と、俺はセリアーナの真上から少し下がることにした。

 そして、俺もこちらに向かって走って来る賊を観察することにした。


 歳は……多分おっさんなんだろうが、あちらこちらボロボロで、もう見た目じゃわからんね。


 動きやすそうな革の鎧を身に着けているものの、あちらこちらから血を流しているし、ベストコンディションからは程遠いだろう。

 しかも、武器は小剣だ。


 いくら公爵夫人っていう、西部の価値観だと戦闘が得意じゃない相手がターゲットとはいえ、街中での暗殺じゃないし、もう少し戦闘に向いた物をチョイスしてもいいと思うが……もしかしたら先程までの戦いで、メインに使っていた武器を手放しでもしたんだろうか?


 それにもかかわらず、向かってくるなんて……。

 まぁ、どのみち逃げることも出来ないし、自棄になっているのかもしれないが、よくわからん連中だよな。


 さて、その賊はセリアーナとの距離が10メートルほどのところまで来ると、足を止めてしまった。

 セリアーナの手前は足場が悪いことが分かったんだろうな。

 自棄になっているかと思いきや、意外と冷静じゃないか。


「……ふむ?」


 セリアーナも剣を抜いてこそいるが、【小玉】の上に立ったままその場を動こうとしない。

 どうやら待ちに徹するようだな。


 互いに動こうとせずに、距離を保ったまま睨み合っているんだが……恐らく相手の方が先に動くだろうね。


 リーゼルとセリアーナがそれぞれタイマンをしているのは、リセリア家のメンツを保つためってだけで、いざとなれば前で戦っているウチの兵はもちろん、周囲の警戒に当たっている護衛の兵たちも参戦しても構わないんだ。


 事前に説明しておいたり、極力そうならない様にはしているが、それは俺たちだからわかっている事で、賊からしたら、何故か手を出してこない今がチャンス……って考えるだろう。

 今みたいに追い詰められていたら特にだ。


 賊側にも援軍がいる事を考えたら、ウチもあまり時間を無駄にしたくは無いが、それでもこちらの方が余裕はずっとある。

 だから、この膠着状態をどうにかしたいのは相手側だ


 ただ、どうやるか……だよな。


 と、周囲の警戒をしながら考えていると、今まで黙り込んでいたセリアーナが対峙する男に向かって声を放った。


「そろそろお前の仲間たちも全滅する頃よ? このままでいいのかしら?」


「っ!?」


 距離もあるし周りもうるさいしで、ハッキリとは聞こえなかったが、セリアーナの挑発にイラっと来たのかもしれないな。

 変な玉に乗ったターゲットが、自分に向かって偉そうに構えながら言って来たんだ。

 そりゃー、イラつきもするか。


 だが、男は何かを口走ろうとしつつも、なんとか声に出さずに押し止めたような感じがあった。


 この男に限らず、なんというか……こういう連中って声を出さないんだよ。

 街中で喧嘩とかしている冒険者やチンピラ連中は、ここぞとばかりに大声を出したりするもんなんだが……。


 こちらの兵の指示の声だったり、武器がぶつかり合う音だったりはしているが、賊連中の声はほとんどしない。

 プロなのかな?


 相手は腕が立つようだし、セリアーナがわざわざ挑発しているのも、相手を先に動かしたいからだろう。


「……フッ。グズグズしている暇はあるの?」


 セリアーナはさらに挑発を続けていくが、相手は慣れたのか、セリアーナから目を離さずに何とか隙を見つけようとしている。

 やっぱプロだな。

 我慢比べになりそうだ。


 もう、俺が突っ込んで一発蹴りでも入れちゃおうかな……。


 直接関係ない俺の方が根負けしそうになったその時、男が急にセリアーナから目を離し、リーゼルの方へと頭を向けた。

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