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賊連中は街道の北側から攻めてきていた。
南側は草原が広がっていて、身を潜められるような場所は無いし、妥当と言えば妥当かな?
護衛の兵や冒険者たちも、馬車の北側に配置して、そちらを警戒している。
それでも一応、囮兼盾用の馬車は俺たちが乗る馬車の南側にも着けていて、しっかりと防御態勢には入っている。
盤石だな。
「セラ」
さて、馬車の中からではあるが、北側の様子を窺い続けていると、同じく加護で外の様子を窺っていたセリアーナが、一言だけ声を出した。
「うん。見えてるよ」
馬車越しではあるが、北側で兵たちの動きに変化が生まれたのは、はっきりと見えている。
何より、喧騒がここまで届いているもんな。
「結構。出るわよ」
「ほいほい」
【祈り】も【風の衣】も発動していて、準備は万端。
よくよく考えると、最初から対人を想定した戦闘は今回が初めてだが、これだけ備えが出来ているのなら、そこまで慌てずに臨めるな。
俺は気軽にセリアーナに返事をすると、「お先に」と一声かけて、馬車のドアに手をかけた。
◇
「……ほぅ」
馬車から出て屋根に上ると、ふよふよとその場を漂いながら北に目をやった。
ウチの兵と賊連中が対峙しているが、どうやらひと当て終えたばかりの様で、互いに距離を取り合っている。
こちらの兵に被害は無しだが、向こうは……何人か怪我を負っているみたいだな。
とはいえ、軽傷みたいだしまだまだ動けそうだ。
「どう?」
他人事の様に偉そうに戦況を分析していると、馬車から出てきたセリアーナも屋根の上に上がってきた。
剣を帯びてはいるが鞘に納まったままだし、まだ待ちに徹するみたいだな。
セリアーナと同じタイミングでリーゼルも馬車から下りてきたが、彼も同様に剣をまだ納めている。
こちらを見て軽く手を振ってきたので、俺も振り返した。
余裕たっぷりだな……。
「うん……今はまだ何とも言えないね。旦那様も出てきたけど、まだ何もしないみたいだし……セリア様、ちゃんと【琥珀の盾】は使ってるかな?」
「ええ、問題無いわ。私はこのまましばらく索敵を続けるから、戦況報告は任せるわよ」
「ほいほい」
返事をすると、俺は今いる場所をセリアーナに譲り、俺自身は彼女の真上に移ることにした。
「……あ、気付いたみたいだね」
高度を上げたことで、北にいる賊連中も俺たちに気付いたようだ。
何人かがこちらに向かって剣を指して、何か声を上げている。
距離があるからなんて言っているかまではわからないが……「あそこだ」とか「逃がすな」とか、そんな感じの事を言っているんじゃないかな?
わざわざ目立つ位置にいるんだ。
ちゃんと気付いてもらえて良かった良かった。
「そうでないと困るわ。リーゼルはまだ下にいるわね?」
「うん。あ……今、馬に乗ったよ」
「そう。まあ、彼の事は放っておいていいわ。上手くやるでしょう」
何とも素っ気ない言葉だが、これも信頼ってやつかな?
馬に乗ったリーゼルは、そのまま移動を始めると、賊たちと対峙する兵たちと、俺たちの馬車の前に布陣する護衛たちの中間あたりで止まった。
彼自身は今はまだ戦闘に参加する様子は無いし、そのまま全体の指揮を執るつもりなんだろう。
オーギュストもいるが、彼は最前線に入っているし、後ろの俺たちの方までカバーするのは難しそうだもんな。
まぁ……そこら辺の事はちゃんと話を合わせているだろうし、俺が心配するような事じゃないか。
セリアーナが言うように、きっと上手くやるだろう。
俺は俺で、セリアーナの分もしっかり戦況を見ておかないとな!
気合いを入れると、俺はリーゼルから視線を外してその奥へと向けた。
◇
すぐ近くで戦闘が行われているにもかかわらず、何で俺とセリアーナは、目立つ馬車の上にいるのかっていうと……敵を引き寄せるためだ。
俺がいる限り遠距離攻撃は通じないことは、昨晩の事で賊連中もわかっただろう。
実際は、高威力の攻撃を連発したらちょっと怪しいかもしれないが、そんな手段があれば、わざわざこんな風に待ち伏せをせずに、遠くから撃ってくればいいんだ。
それをしない時点で、向こうにはそれが出来ないってのは分かっている。
折角目につく位置にいるんだし、セリアーナを狙いたいが遠距離攻撃は通じない。
でもセリアーナを狙いたい。
それならどうするか……っていうと、前に布陣する兵たちを抜いて、俺たちの下まで直接切り込んでくるしかない。
だが、先程から何度も繰り返されているが、突破しようとするたびに潰されてしまっている。
前列にいるのは、オーギュストが指揮しているリアーナの兵たちだ。
そりゃー、簡単に突破なんか出来ないだろうな……。
「あ、また潰された」
今もまた跳ね返される賊を見て、ついつい声が漏れてしまった。
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「ねーねー……これってさ、このまま普通に倒しきっちゃうんじゃない? 団長たち強いよ?」
上から見ているとよくわかるが、ウチの兵はマジで強い。
そりゃー、俺だってリアーナで彼等と一緒に行動する事もあるし、彼等が魔物を手際よく討伐している姿も見ているから、強いことはよくわかっていた。
ただなー……同じ人間相手だとこうも差が出るか。
相手だって腕は悪くないはずなんだが、連携の上手さがまるで違うんだ。
何とか前列を抜いてセリアーナを狙おうとしているが、きれーいに囲まれて潰されている。
多分もう何人か死んでるよな……アレ。
もし最初から本気で突破しようと全員で突っ込んで来ていたら、何人かはセリアーナやリーゼルまで届いていたのかもしれないけれど、死んだ者たちを除いても、既に半数近くが傷を負っているし、もう残りの人数じゃ無理っぽいぞ。
手を抜いているわけじゃないが、ウチの兵たちは積極的に倒しにかからず、隊列を乱さず守備的に動いている。
その理由は、リーゼルとセリアーナにも賊を討伐させるためだ。
だが、この分じゃ突破できずに終わっちゃうんじゃないか?
割と手間をかけたのに、無駄になっちゃいそうなんだけど……。
決して悪いことでは無いが、リセリア家的にはどうなんだろう……と、少々不安になった俺は、セリアーナの顔の高さまで下りていった。
目を閉じているから、詳細は分からないかもしれないが、大体の動きはセリアーナも把握出来ているだろうし、何か方針を変えたりするかな?
そう思ったのだが……。
「……どうかしらね」
気の無い声で返事をしたセリアーナは、表情も声も変わらずに索敵を続けている。
「いいの?」
「後ろから追って来ている者たちもいるし、それに、まだ他にもいるかもしれないでしょう? だからリーゼルもまだ動いていないのよ」
「……なるほど」
今襲ってきているのが昨晩も襲って来た連中だとして、他にもまだまだ俺たちが感知していない者がいるのは想定しているが、そちらが本命の可能性もあるのか。
「その気になればもう少しまともに戦える力はあるはずよ。それにもかかわらず、命を落としかねないのにああまで消極的な動きをするという事は、時間を稼いでいるんじゃないかしら? まあ、もしこのまま倒しきれそうなら、オーギュストが私たちの分を流してくるでしょうけれど……」
そこで区切ると、セリアーナは目を開いて顔をこちらに向けた。
「それで終わり……という訳にはいかないはずよ。お前の出番もあるかもしれないわね」
「む……なんか見えたの?」
セリアーナが戦闘を行う際は、俺もすぐ側をくっついていくつもりではあるが、今のこの感じだと俺が戦うような機会があるようには見えない。
ってことは、そろそろ新たな賊のお出ましかな?
「さあ? まだ何も見えていないわね……」
俺の問いかけに、セリアーナは変に含みを持たせて答えると、肩を竦めて再び索敵へと取りかかった。
これは……賊そのものはまだ見つけていないけれど、何か動物とか魔物とかの動きで、何か来るかも……って感じてるのかな?
街道以外をうろつく人間なんて、このタイミングだと賊連中だけだろうし、警戒しておくに越した事は無いな。
俺は目の前の戦いから目が離せないし、一先ずヘビたちに周囲の警戒を専念させておくか。
◇
何度かのぶつかり合いが繰り返されて、軽傷でこそあるものの無傷の者はいないし、いよいよ動ける賊の数が半分を切ってきた。
それでもなお、オーギュストは手を抜くことなく慎重に隊列を維持したままだ。
これはどうするのかなー……と眺めていると、何やらリーゼルが剣を鞘から抜き、合図をするように何度か小さく振っている。
うん。
するように……じゃなくて、モロに合図だったらしい。
前列のオーギュストと、俺たちの馬車の周りを守っている護衛の隊長が、リーゼルの下へと馬を走らせている。
「セリア様」
これは俺たちにも何かあるだろうと、セリアーナに声をかけると、彼女もその動きで理解したらしい。
「ええ。そろそろね」
セリアーナは「行くわよ」と言うと、剣を抜いて馬車から下りていった。
その後を追って、俺も馬車から地上へと下りる。
「……ぉぉぅ」
ずっと上にいたからそこまで意識していなかったが、意外と見通しが悪いな。
リーゼルも馬に乗ったままだし、もう少し高度を取った方がいいかもしれない。
「お前は私のすぐ後ろにいればいいわ。行くわよ」
そう言うと、セリアーナは【小玉】をリーゼルの下へと進めた。
リーゼルは指示を終えた様で、オーギュストたちを下がらせて、今は一人だ。
これは二人で一緒に戦うのかな?
何気に初めて見るかもしれないな!
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