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「セラ様! 準備が完了しました。出発します!」


「はいはーい」


 結局攻撃を受けたのはあの一度だけで、北にいた連中はしばらくすると丘を下って姿を消していた。

 遠目からでも、俺になにもダメージが無かったのはわかったのかもしれないな。

 あれ以上あそこにいても意味が無いと考えたんだろう。


 そして、俺たちの背後で待機していた連中は、変わらずその場に止まっていた。

 そいつらは何も手を出していないから、俺たちも攻撃を仕掛けるわけにはいかない。


 ……っと、そういえば商人の姿が無いが、どこかで別れたのかな?


 それなら一気にやっちゃっても……って訳にもいかないか。

 ウチ以外の人間も一緒だしな。


「降りるか……」


 いくつか気になる事はあるが、とりあえずここに留まっていても仕方が無いし、下に合流してさっさと街へ向かおう。


 ◇


「セラ殿」


 下に降りると、全体の指揮を執っているオーギュストが、先頭から離れてこちらに来ていた。


「北と東にチラっと見えたけど、こっちに来ているようなのはいなかったよ。このまま出発して大丈夫じゃないかな?」


 聞きたい事はコレだろう。

 俺は簡単にだが、上から見た様子を説明した。


「そうか……。あの一撃で今仕掛けることは諦めたようだな。確かこの辺りには丘があったが、位置的にそこからだったか?」


「お? よく知ってるね。丘の上に集まってたよ。ただ、途中からどっかに移動していたね。距離があるから、どこに行ったのかはわからないけど、少なくとも上からは確認出来なかったし、こっちには来ていないんじゃないかな?」


「わかった。大方こちらの戦力調査だろうな。また街に到着したら聞かせてくれ。奥様がお待ちだろう? すぐに出発するから、君も馬車へ戻ってくれ」


「はいはい」


 オーギュストは、俺の返事もそこそこに話を切り上げると、そのまま隊列の先頭へと向かって行った。

 それを見送っていたが、ここで時間を使う訳にもいかないし、俺もすぐにセリアーナが乗る馬車に向かうことにした。


「お疲れ様です。お怪我はありませんか?」


「大丈夫。何も無いよー」


 馬車まで戻ると、あの一撃を受けた時の音が聞こえていたのか、御者が心配そうな顔で訊ねてきたが、なんともないと答えて、俺は馬車のドアに手をかけた。


 ◇


「ご苦労だったわね。怪我は……無いわね」


 馬車のドアを開けるなり、セリアーナがそう言ってきた。

 大丈夫だろうとは思っていても、いわば俺の役割は囮みたいなもんだったからな。

 命じた身としては気になっていたのかもしれない。


「無い無い。一発だけ魔法が飛んできたけど、風が弾いていたからね。盾が発動するまでも無かったよ」


「なら結構。街に着いたら上から見た様子を教えて頂戴」


「うん。あ、コレ」


「ありがとう」


 もう馬車の中に入ったし、今は必要ないだろうと【琥珀の盾】を指から外して、セリアーナに差し出した。

 そして、セリアーナは礼を一つ言うと、すぐに指にはめて発動した。


 なんというか……【琥珀の盾】って、あると安心出来るけれど、意外と使う機会が無い恩恵品だよな。

 あんまり俺が接近してボカスカ殴り合うタイプじゃないからってのもあるけれど……。


「お?」


【琥珀の盾】の出番について、ちょっと考えていると、ガタンと外から音がして、馬車がゆっくりと動き始めた。


「辺りに敵の気配は無し……。このまま到着出来そうね」


 隣を見ると、セリアーナはいつの間にやら目を閉じて索敵モードに入っていた。

 周囲に敵は無いって事は、北の丘の上にいた連中もやっぱりこっちには来ていなかったみたいだな。


「後ろにいたのは戻って来る直前にも確認できたけど、北にいたのはもう見えなくなってたよ。前にも何も無かったしね」


「そう。元々ここでの襲撃は賊連中も想定していなかったでしょうし、こちらの戦闘音を聞いて、隙が無いかどうかを見に来ただけでしょうね。あの場にいたのは……私たちの戦力の確認かしら?」


 俺はセリアーナの言葉に頷いて、話を続けた。


「団長が似たような事を言ってたね。そういえば、団長が街に着いたら話を聞きたいって言ってたよ。セリア様も来る?」


「ええ。移動中の事を話しておきたいし……付き合うわ。明日も半日馬車だし、戦闘もあるでしょうから、あまり長引かせたくないわね……今のうちに伝えたいことを纏めておきなさい」


「はーい」


 明日は結構ハードかもしれないしな。


 明日に備えてサクッと休むためにも、言われた通り今のうちに話す事でも考えておくか。


 俺は周囲の警戒はヘビたちに任せて、そちらに集中することにした。


975


 グラードの街に着いた俺たちは、そのまま宿に直行することにした。

 行きで利用したのと同じ宿だな。

 ここは立地も良く、防犯面で信頼出来る中々いい宿だ。


「ようこそいらっしゃいました」


 俺たちが宿の中へ入ると、宿の支配人を筆頭に従業員一同が総出で出迎えてきた。

 もう夜だし、チェックインをするには大分遅くなってしまっているが、ご苦労様だ。


 事前に貸し切りにしているから、誰が泊まるのかわかっているから、この歓待具合は当たり前といえば当たり前かな?


 とはいえ……だ。


 わざわざ出迎えて貰って申し訳ないが、到着も遅かったし、明日の出発に備えてあまり時間も無いから、挨拶もそこそこに部屋へと向かった。

 何より、今日はこれからリーゼルたちと移動中の事についての情報交換もしないといけないもんな。


 まぁ、兵たちもこの宿を利用するし、俺たちの分も彼等をもてなして貰おう。


 リーゼルも同じ考えのようで、支配人に「兵たちをよろしく」と、部屋を去る際に伝えていた。


 ◇


 さてさて。


 部屋に着いた俺たちは、まずは風呂に入ってサッパリして、それから夕食をとることになった。


 食事は食堂や、俺たちやリーゼルそれぞれの部屋でもなくて、別に用意した客室だ。

 食事をしながら、色々話をすることになるからな。


 給仕がいないのは不便ではあるが、宿の人間を近づけさせないためにも、こちらの方が都合がいいんだ。


 ってことで、俺とセリアーナ。

 さらに、リーゼルとの3人でその部屋で食事をとっていた。


 ちなみに、オーギュストは兵たちと一緒だ。


 彼は貴族側ではあるが、リアーナの騎士団のトップでもあるし、いくらリーゼルの護衛だとはいえ、ずっと彼の側に居て、命令するだけだと、溝が出来ちゃうからな。

 アレクもそうだが、機会がある時は、積極的に兵たちとコミュニケーションをとっている。


 明日の件に関しては当然彼も必要だし、食事を終えたら彼もここに来るようにと伝えているが、食事の開始時間はさほど変わらないだろうし、彼が来るのはまだまだ後になるだろう。

 それまでは、俺たちものんびりお喋りをしながら、食事を進めていた。


 王都の屋敷に滞在していた時も、食事を一緒にする機会はあったんだが、何だかんだで話の内容は真面目なものが多かった。

 だが、今日は真面目な話はこの後にすることになっているし、王都の滞在は疲れなかったか? 等の実にお気楽な内容だ。


 そして、話は進み今日の事へ。


「そういえば、今日はほとんど休憩を取らずに走り続けていたけれど、2人は疲れは大丈夫かい?」


「ええ。私たちは浮いているから馬車の影響も無いし、楽なものよ。それよりも、貴方は?」


 俺たちは浮いているだけじゃなくて、【祈り】も使っていたから、疲労は全くない。


 一方リーゼルは、真面目に……って言い方は変かもしれないが、ずっと座りっぱなしだった。

 休憩で馬車を降りる事もあったが、いくら周りを護衛で固めて、彼自身も腕が立つからといって、仮にも公爵様がフラフラするわけにもいかないし、ずっと馬車だったり宿に籠っていたからな。


 おケツや腰は大丈夫かな?


 と、リーゼルを見ると、ワインの入ったグラスを小さく揺らしながら、笑顔で答えた。


「これでも鍛えているからね。流石に戦場を移動し続けろと言われたら困るけれど、街道での移動なら問題無いよ」


「ですって」


 チラリと俺を見ながら、セリアーナはそう言ってきた。


「セラ君は、馬車は苦手なのかい?」


「この娘はいつも浮いているもの。街中はともかく、外を走る馬車の中で、座席に座ることなんて無いんじゃないかしら?」


 リーゼルの問いかけに、俺が答える前にサッサと答えるセリアーナ。

 まぁ……でも、合っているな。


 俺が街中で馬車に乗るのは滅多に無いが、大抵乗るにしても、貴族街とかの整備された場所をゆっくり走るため、揺れなんてほとんど無い。

 それに……。


「大体いつも浮いているね。リアーナの領内を騎士団の仕事で移動する時も、馬車では浮いているか、誰かの膝に座っているかだったし……」


 外を走る馬車で直に座った記憶は……無いな。


「君はそもそも馬車が必要ないからね……。うん?」


「来たようね。急がせてしまったかしら?」


 どうやらオーギュストがやって来たらしい。


 2人が気にしているように、急いで済ませてきたのかもしれないな。

 食事をしながら部下と会話をして……偉くなると大変だ。


 俺はウンウンと頷きながらドアを眺めながら、ノックされるのを待っていた。

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