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「セラ」


「ほい?」


 一通り説明を終えると、セリアーナは目を開き俺の方を向いた。

 そして俺の名を呼んだが……なにか指示があるのかな?


「お前、後ろの冒険者たちに簡単に説明をしてきて頂戴」


「ぬ……。どう伝えよう」


 状況を考えると、悠長に説明している暇は無いんだろうが、どれくらいの事を伝えたらいいのかな?

 アレクとかジグハルトとかの馴染みのメンツなら、「いい感じに!」とかで上手く動いてくれるが、彼女たちが動けるのか……わからん。


 どうしようかと、俺はセリアーナの顔を見た。


「兵士たちが魔物の相手をするから、後ろを警戒しておくように。これでいいわ」


 随分シンプルな情報だな。


 馬車内からだから正確には見えていないが、後ろの馬車に兵が近づいている様子は無かった。

 流石にこの状況で放置って事は無いだろうが、この分じゃー、オーギュストたちは彼女たちに正確な情報を与えていないのかもしれないな。


 ともあれ、了解だ。

 腕はいいみたいだし、ある程度自主性に任せた方がいいのかもしれないしな。


「わかった。そんじゃ、行ってくるね」


 そうして、再び俺は馬車の外へと飛び立った。


 ◇


「セラ様!?」


 護衛の冒険者たちは、昼間は二人ずつの交代制で、俺たちが乗る馬車を後ろから守っていたが、今は四人全員が馬に乗って馬車と並走している。

 彼女たちは俺が近づくとすぐに気づき、リーダーっぽい一人が馬車の前に出てきた。


「走りながらでいいから聞いてね」


「はっ」


 俺は移動をしながら簡単に説明をすると、彼女はすぐに仲間の下に戻り、その内容を伝え始めた。


 もしかしたら、今までにも似たような依頼があったのかもしれない。

 夜間の急な戦闘な上に、碌に説明を受けていないのにもかかわらず、四人は特に混乱するような事はなかった。

 背後からの襲撃に備えて、すぐに動き出している。


 大したもんだ……。


 飛びながらそう感心していると、リーダーの彼女が追いついてきて話しかけてきた。


「セラ様、お二人はどうされるのですか?」


「オレたちは馬車に乗ったままだね。魔物に関しては団長たちもいるし心配していないけど……それでも何か起きた時には、俺とセリア様は飛んで離脱するけど、構わないかな?」


「はい。こちらを凌ぎ切った後に、私共も後を追います」


 要は置いて行くってことなのに、彼女の表情に不満の色は見られない。

 むしろ、ホッとしているくらいだ。


 俺だけじゃなくて、セリアーナも【小玉】に乗っているのを見ていたし、空を飛べることを知っている。

 腕がよくわからないのに出しゃばられるよりは、さっさと逃げてくれた方が彼女たちもやりやすいのかもしれないな。


「それじゃー……」


 馬車に戻る前にちょっと高度を取って、前方を見渡してみようかな……と思ったのだが。


「セラ様」


「ほ?」


「その纏う光は魔法なのか加護なのかはわかりませんが、夜だと随分目立ちます。万が一セリアーナ様と離脱される際には、お気を付けください」


「……ぉぅ。気を付けるよ」


 俺の考えを察したのかどうかはわからないが、忠告を受けてしまった。


 確かにピカピカ光っている俺が呑気に上空に姿を晒したら、何かが起きているって事が離れた場所からでもわかってしまうだろう。


 日常的に【祈り】を使用しているし、夜間に外に出ることもほとんどないから忘れていたが、光るんだよな。

 アレって。


 俺がひょいっと偵察に向かえば、それだけで魔物の群れの全容は把握出来るし、手っ取り早いと思ったんだが……目立っちゃうもんな。

 そりゃー、馬車の中で大人しくさせたいよな。


 彼女は離脱時の注意として言ってくれたが、今もそうだ。


 俺は気持ち高度を下げて、セリアーナが待つ馬車へと戻ることにした。


 ◇


「ただいま!」


 流石にこの短時間でもう何度も繰り返しているから、走行中のドアの開け閉めも慣れてきて、実にスムーズに中に入る事が出来た。


「ご苦労様。伝えてきたようね」


「うん。ついでに光って目立つから、飛ぶ時は気を付けろって言われちゃったよ」


 俺の言葉に、セリアーナは目を閉じたまま一つ溜息を吐くと、前を指さして口を開いた。


「……やっぱり忘れていたのね。まあ、いいわ。そろそろ前が群れとぶつかる頃よ。私たちには関係ないかもしれないけれど、頭を打たないように気を付けなさい」


「ぉぉぅ……結構ギリギリだったんだね」


 どれくらい距離があったのかはわからないが、中々際どいタイミングだったようだ。

 兵たちがしっかり対処してくれるだろうけれど、それでも魔物に襲われている最中に、馬車のドアを開けるってわけにもいかないしな。

 良かった良かった。


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「…………お?」


 俺が馬車に戻って間もなくして、前の方から何やら大きな声がし始めた。

 そして、馬車が徐々に速度を落とし始めたかと思うと、完全に停止する事に。


 これは……始まったのかな?


「どうやら、足を止めて迎え撃つようね。戦いながら走り抜けるかと思ったけれど……」


「手こずりそうなのかな?」


「いえ、走りながらだと討ち漏らしが出るかもしれないし、馬を守るためにも、確実に倒す方を選んだのでしょう。オーギュストらしいわね」


 相変わらず目を閉じたままだが、しっかり状況を把握出来ているんだろう。

 セリアーナは、状況を説明してくれた。


「なるほど……」


 視界の悪い夜に、走る馬車を守りながら魔物と戦い続けるよりは、足を止めてしっかりと迎え撃った方が楽ではあるだろう。

 後ろからの追手さえいなければ……だけど。


「ねー、セリア様さ」


「なに?」


「【隠れ家】入る?」


 とりあえず、【隠れ家】に入れば安全面では不安は無くなるだろう。


「必要ないわ」


「必要ないかー……んじゃさ、剣とかはいらない?」


 セリアーナの性格を考えたら、【隠れ家】を断るのは予測出来ていた。

 ならお次は武装だ。

 リーゼルもそうだったが、今のこの状況で剣を側に置く事すらしていないんだよな。


【隠れ家】には色々保管しているし、セリアーナの装備を用意する事は可能なんだが、大方兵や冒険者に任せているから、自分たちは戦うべきじゃないとか、そんな感じの考えなんだろうけれど……。

 まぁ、何かあれば離脱する事になっているし、必要は無いのかな?


「それも必要ないわ。それよりも、お前は外は見えて?」


 外か……。


 ヘビたちの目を通して見えてはいるんだが、如何せん【妖精の瞳】だけじゃ、人や馬が重なると、もうそれだけで見分けることが出来なくなってしまう。


 上から見下ろすのならそれだけでも十分なんだが、今はそれが出来ないからな。

 もう少し分かりやすい何かが起きてくれないと、ちょっと外の様子を把握するのは難しいだろう。


「うーん……ヘビたちの目だけだとよくわからんね。前の方の兵たちと被っちゃって……お?」


「あら?」


 セリアーナと話をしていると、前方から大きな音が響いた。

 さらに、間を置いて2発目3発目と。


 何かが破裂するような音で、爆発音じゃなければ魔道具の類でもないよな?

 魔法か何かかな?


「今の魔法かな?」


「でしょうね。群れの一角が一気に消滅したわ。お前はこれを使えば魔法の発動がわかるのよね? ……私の加護では気付けないようね」


 セリアーナは自分の頭の上を指して、「ふう……」と溜め息を吐いた。


 セリアーナの【妖精の瞳】の使い方は、俺と違って、自分の目で直接見るわけじゃ無いから、周囲の魔素や魔力の流れまでは見えないんだろう。


「でもさ、今のって音響かないかな?」


 馬車の中にいてもはっきりとわかるくらいの大きさだったし、周囲には音を遮るような森も建物も無いし、相当遠くまで響いたはずだ。

 俺が上空に上がるよりも、ずっと目立っていたんじゃないか?


 これは気付かれただろ。


 後ろが気になって、ついつい振り向いてしまうが、後ろの馬車の御者と馬、そして護衛の冒険者たち。

 今見えるのはそれだけだが、賊連中はどうしているのか……。


「聞こえたでしょうね。賊連中は状況を把握するためなのか、今は足を止めて固まっているけれど、すぐに動き出すはずよ」


 不安に思っていると、セリアーナは何ともない様子でそう答えた。


「静かに戦って時間をかけるよりも、多少派手になってでも、短時間で始末するつもりなのかしらね? あまりオーギュストらしくは無いけれど、悪くは無いわ」


「そうなの?」


 セリアーナの言葉に、俺は聞き返した。


 オーギュストは慎重な性格だからな。

 早く倒せるかもしれないからって、敢えてここで目立つ戦い方をチョイスするのは彼らしくは無いと思う。


「後ろにも聞こえたでしょうけれど、それは前に関しても同様でしょう?」


「前……あぁ、街はもう近いもんね。兵が送られて来るかな?」


「ええ。まだ距離はあるけれど、街の警備兵らしき者たちが集まり始めているわ。私たちが今日到着する事は伝えられているし、この時間でしょう? すぐに救援に出てくるはずよ。そして、後ろもその事はすぐに思いつくでしょう。距離を取りながらこちらを監視して、兵の合流を見届けたら、すぐにでも下がるはずよ」


 そう言うと、セリアーナは「フッ」と笑っていた。

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