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「くっ……ふんっ! ……ふぅ。お邪魔しまーす」


 馬車のドアを開けて中に入ったはいいが、風圧でドアが開こうとしてしまい、閉めるのに手こずってしまった。

 まぁ、馬車のドアなんてそもそも走行中に開閉する事を想定していないか。


 何度か深呼吸をして息を整えていたのだが、こちらを見ているリーゼルの視線に気付いた。

 どうやら俺が話せる準備が整うのを待っていたらしい。


「ん……大丈夫。お待たせしました」


「気にしないでくれ。それよりも……わざわざ君がセリアから離れてここに来たって事は、何かあったんだろう? 聞かせてくれるね?」


 リーゼルは、俺のバタついた姿を見て笑顔を浮かべていたが、すぐに表情を引き締めた。


「はい。といっても、ただの伝言なんだけど、この先の街道で北側から魔物の複数の群れが来るから、迎撃の準備をして欲しいと伝えてくれって言われました」


「魔物か。複数の群れという事は、小型が中心なんだね?」


「強力なのとか大型はいないそうです。オレは馬車から真っ直ぐ来たから、どんなのがいるのかとかはわからないけれど……見てきますか?」


 俺はリーゼルの言葉に頷き補足を入れた。

 まぁ、補足ってほど大した情報では無いけれど、俺に出す指示の参考にはなるかもしれないしな。


 ともあれ、リーゼルはそれを聞き、「ふむ……」と一つ呟くと、黙り込んでこめかみに手を当てて何かを考えるような仕草をした。


 だが、それも数秒の事で、考えがまとまったのかすぐに口を開いた。


「セラ君、オーギュストにはまだ伝えていないんだね?」


「う? はい。先に旦那様に伝えようと思って……。呼んできますか?」


「ああ、頼むよ。指揮は他の者に任せていいから、すぐに来るように伝えてくれるかい?」


「はーい」


 どれくらいで遭遇するのかはわからないが、あまり時間に余裕は無いだろうし急いだ方がいいだろう。

 俺は、リーゼルへの返事もそこそこに、馬車のドアを開けて再び外へ飛び立った。


 ◇


 馬車の外に出た俺は、ドアを勢いよく閉めると、前を走るオーギュストの下へと飛んで行った。


 すぐに追いつくと、彼等も俺に気付いたようだ。

 オーギュストだけじゃなくて、他の面々も俺の方へと振り向いた。


「団長!」


「どうした!」


「旦那様が馬車に来てくれって!」


 護衛の兵や冒険者は主に側面や後部に集まっていて、先頭の兵はオーギュストも含めて数人だったりする。

 グラードの街までの移動で気を付けるのは、後ろから追って来る賊に追いつかれることと、街道の北に点在する、森や草原から襲ってくる魔物だし、そちらへ兵力を割いているんだ。


 もっとも、それは先頭の一団にオーギュストが入っているからってのもある。

 その彼を、一時とはいえ離れさせることになるのは大丈夫なのかって気もするが、緊急事態だ。

 ここは残る兵たちにしっかり守ってもらおう。


「わかった。お前たち! ここは任せるぞ」


 オーギュストは内容を聞く事も無く部下に指示を出すと、手綱を引いて馬の速度を落としていった。


 どうでもいい事だけれど、馬に乗ってる時って、後ろと合流するのはそうやってするのか。

 俺の場合だと反転するのも簡単だし、そんな方法を考えた事も無かったな。


「どうかしたか?」


 オーギュストは、横に並びながら下がっていく俺を見て、不思議そうな顔でそう訊ねてきた。

 どうやら、表情に出てしまっていた様だ。


「いや、馬に乗ってる時って、後ろに下がるのはそうやるんだなって思って」


「……? ああ、セラ殿はわざわざこんな事をする必要は無いからな。……よし。セラ殿、ドアを頼めるか? 私は馬を預けてから中に入る」


 そう言うと、馬を御者の方に寄せていった。


「む? 了解」


 俺たちはすぐに馬車の横に着けたが、俺はともかく、オーギュストは馬に乗っているからそのままじゃ入れないもんな。

 周りに兵がいるのなら彼等に馬を預けることも出来るが、今はそうじゃない。

 停車中ならともかく、走行中の馬車に繋ぐわけにもいかないし、御者に預けないといけないんだ。

 そして、預けた後は、御者台から馬車の足場になりそうなでっぱりを伝って、中までやって来なければいけない。


 馬って大変だなぁ……。


 まぁ、それはそれだ。


「旦那様ー。団長連れて来ましたよー!」


 俺はドアをドンドンとノックしながら、中に向かって声を上げた。


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 馬車に乗り込んで1分ほど経った頃、ガタゴトと車輪の音に交ざって、ドアをコンコンと叩く音が車内に響いたかと思うと、ドアが開けられた。

 俺はちょっと目を閉じて反対側を見ているから、リーゼルとオーギュストのどちらが開けたのかはわからないが、リーゼルかな?

 ともあれ、オーギュストが中に入って来た。


「遅くなり申し訳ありません」


「いや、構わないよ。セラ君、何か見えたかい?」


「ぬーん……ヘビたちの目だけだと、ここからじゃ何とも言えないですね。空からならわかるかもしれないけれど……」


【妖精の瞳】があれば、馬車の中からでももうちょっと色々分かるかもしれないが、セリアーナに貸したままで、今は手元にないからな。

 この低い視点からでは、あまり遠くまで見通す事が出来ず、魔物の群れは見つけられなかった。


 リーゼルは、俺の言葉を聞いて「空からか……」と呟いている。

 飛んで行きさえすれば、とりあえずはどんな魔物がいるのかって問題は解決出来るもんな。

 さて、どうするか?


「いや、止めておこう。セリアが頼んでいないのに、僕が頼むわけにもいかないしね」


 どうやら、それはしないようだ。

 まぁ、俺は厳密にはリーゼルの部下じゃ無いし、セリアーナを通り越して俺に何か指示を出すってわけにはいかないんだろう。

 それに、セリアーナ一人で馬車にいる状況で、俺が離れるわけにもいかないもんな。


「さて、オーギュスト。セラ君から聞いただろうが、前方に魔物の群れがいて、このまま行くと戦闘になるそうだ。回避は難しいようだし、迎え撃った方がいいだろうね。ただし、王都圏の街道で派手な戦闘を行う訳にもいかないが、後ろからこちらを追って来ている賊連中もいるし、あまり時間をかけるわけにもいかない。やれるかい?」


 街道やその周辺を荒らさずに、護衛の任務を行いながら小型の魔物の群れを討伐する。

 さらに、まだ距離はあるものの、こちらを狙っている賊に追いつかれない様に、時間をかけずに素早く。

 無理じゃね?


 普段ならオーギュストは、リーゼルの問いかけにほぼ間を置かずに返答するんだが、流石に彼も難しいと考えているのか、難しい顔をして黙ってしまっている。


「…………少々難しくはありますが、やって見せましょう。奥方様の馬車を守る護衛たちは動かしても構いませんか?」


 護衛……冒険者たちの事だな。

 ウチの兵ならともかく、王都圏の兵よりは、冒険者である彼女たちの方が魔物との戦闘にも慣れているだろう。

 夜というイレギュラーな戦闘になってしまうが、十分対処出来るはずだ。


 だが……。


「いや、彼女たちはあの場を守らせる。その代わり、兵は自由に動かして構わない」


 冒険者を動かす事は却下されてしまった。


「……はっ。それでは、失礼します」


 オーギュストは、一瞬だけ言葉に詰まってしまったが、すぐに切り替えて返事をすると、急いで馬車から出て行った。

 そして、馬車の走行音にも負けないくらいの大きな声で、兵たちに指示を始めた。


「オレはどうします?」


「君はセリアを頼む。魔物に関しては問題無いだろうけれど、万が一後ろが追い付いてきて危険な状況になったら、その時は遠慮なく、君と一緒に離脱してくれて構わないと伝えてくれるかい?」


「……む。了解です。そんじゃー、オレも戻りますね」


「ああ、ご苦労だったね」


 リーゼルはそう言うと、腕を組んで目を閉じてしまった。


 馬車を出る際に車内を見渡してみたが、武器は無し。

 無防備だけれど、大丈夫なのかな……と、不安になるが俺が気にしても仕方が無いか。

 とりあえず、さっさとセリアーナの下へ急ごう!


 ◇


「ただいまー」


「ご苦労様」


 リーゼルたちとの話を終えた俺は、そのまますぐ後ろを走るセリアーナが乗っている馬車に戻ってきた。

 挨拶もそこそこに俺は簡単にリーゼルの方針を伝えることにした。


「……そう。魔物に関しては、全滅させるのは多少は手間取るかもしれないけれど、そうそう心配するような事は無いでしょう。問題は後ろね」


「追いつかれそう?」


「どうかしら? 向こうのペースは変わらないし、もし、こちらがもたついているようなら、仕掛けてくる可能性もあるわね」


 セリアーナは、俺の言葉に肩を竦めながら答えた。


「なるほどー……」


 結局はこちら次第なのか。

 下手に俺が手を出しても邪魔になるだけだろうし、ここは皆の奮闘に期待しようかね……!

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