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 あの後も何度かセリアーナの索敵を繰り返していたが、いよいよ外は日が落ちてきた。


 街中の通りじゃあるまいし、街灯なんて気の利いたものは街道には設置されていない。


 馬車にはランタンが提げられているし、護衛の兵たちも照明の魔法を使っているから、俺たちの周りは馬車に囲まれているからちゃんと視界は確保できている。

 だが、窓から外を覗くと、俺たちが乗る馬車の走る街道はともかく、少しでも離れると、真っ暗で何も見えなくなっていた。


「すっかり暗くなってきたね……。そろそろ到着するかな?」


 出発するのが朝だったならとっくに到着していたんだろうが、いろいろ事情があるもんな。

 仕方が無い。


 とはいえ、出発してからなんだかんだでもう5~6時間は経っている。

 一度だけ短時間の小休憩を取りはしたが、それ以外はどこにも立ち寄らずに移動を行っているし、通常なら到着している時間だ。


 俺は王都の東側なら多少は詳しいつもりだが、西側はまだ数回しか通った事がなくて、土地勘は無いから今どこにいるのかとかがわからないんだよな。

 そろそろ街が見えて来てもいい頃なはずなんだが……。


 窓の外から車内に視線を戻すと、セリアーナも反対側の窓に顔を向けていた。


「もう後2時間もかからずに到着するはずよ。到着が暗くなってからなのは予定通りではあるけれど、思ったよりも時間がかかってしまったのも事実ね」


 セリアーナは「ふう……」と小さく溜め息を吐いて、窓から視線を離した。


 暗くなってからは、安全のために速度を落としているが、それでも2時間弱か。

 まだまだ結構距離があるんだろうな。

 そりゃー、セリアーナも溜め息くらい吐くか。


「奥に行く?」


 流石にこの暗さならすれ違う者はいないだろうし、仮にいたとしても、馬車を止めて挨拶をしようとしたりはしないだろう。

 それなら快適な【隠れ家】に入って、楽にしてもいいとは思うんだが……。


「…………いえ、止めておきましょう。お前は好きにしていいわよ」


 返事に少々間があったが、セリアーナは俺の提案を拒否した。

 返事の間の空き具合に彼女の葛藤が見えるが、何とか【隠れ家】の誘惑に勝てたらしいな。


「なに?」


「や、何でも無いよ。それじゃー、オレもこっちに残っとくよ」


 セリアーナのその様子がおかしくて、笑いがこぼれそうになったが、睨まれたので俺は慌てて表情を引き締めた。

 そして、俺も中に残る事を告げた。


 まぁ、【隠れ家】に入ってもいいんだが、セリアーナの様に【小玉】の上で背筋を伸ばして座っているわけじゃ無いし、ここにいても疲れる事は無い。

 それに、俺一人で入っていても退屈だしな。

 馬車に残って、到着するまでダラダラセリアーナと話しておこう。


 ◇


 どれくらいで到着しそうかをセリアーナに訊ねてから、数十分が経った。


 その間も取り留めのない会話を続けていたのだが、ふとセリアーナが両眼を閉じたかと思うと、俺の顔の前に手のひらを差し出して、会話を中断させた。

 前回の索敵から1時間が経った様で、索敵に取り掛かったんだろう。


 彼女は時計を携帯しているにもかかわらず、それを出さずに感覚だけでやっているが……よく会話しながらそんな時間がわかるよな……。


「そーいやさ、結局どれくらいの範囲を見てるの?」


 セリアーナの頭上に浮いている目玉を眺めながら、何となく頭に浮かんだ疑問を口にした。


 同じ様な事を何時間か前にも聞いたが、その時は一応答えてこそくれたが、そこまで正確には教えてくれなかったんだよな。

 別に隠すつもりは無いんだろうし、彼女にとってはそこまで大したことじゃないんだろう。

 だから、適当に答えたんだろうが……俺はちょっと気になったりする。


 セリアーナの加護は、俺の恩恵品やヘビを組み合わせた索敵能力の上位互換みたいなもんだし、情報を共有できる気がする。

 その情報を基に、俺も普段の索敵に何かひと工夫出来るかもしれないしな。


「お前も細かいことを知りたがるのね……。まあ、いいけれど」


 セリアーナは呆れた様な声色でそう言うと、そこで一旦言葉を区切った。


 多少のお喋りをする余裕はあるが、それでも今は広範囲の索敵中だ。

 もう街は近付いているし襲撃の恐れは少ないだろうが、それでも気を抜いたりせずに、しっかりと索敵を行っている。


 だから、邪魔にならない様に彼女から口を開くのを待っていたんだが……。


「どうしたの?」


 セリアーナは何やら真剣な表情で、口ではなくて目を開いていた。

 後ろの賊が追い付くのはまだまだ不可能だろうし、前からも来るとは思えない。


 ……事故でもあったのかな?


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「……セリア様?」


 セリアーナは俺に手を向けたまま、今度は目を開き瞬きもせずに固まっている。

 何か起きたのか、それともこれから起きるのかわからないが、まぁ……なんかあるんだろう……。


 セリアーナが何か言うのをそのまま待ち続けていると、「ふう……」と大きく息を吐いて、こちらを向いた。


「魔物の群れがいるわね」


「……ほぅ?」


 魔物……か。

 そりゃー、いくら比較的安全なこの辺でも、少し離れれば森や川があるし、夜になれば魔物の群れくらいは出てくるだろう。


 だが、この言い方だと……。


「ぶつかりそう?」


「ええ。まだ距離はあるけれど、街道に向かって移動してきているのが見えたわ。大型の魔物はいないし、どれも強さは大した事は無いけれど、馬車を守りながらだと少々面倒なことになりそうね」


 具体的な数こそ口にしなかったが、この言い分だと相当な数がいそうだな。


 大型の強力な魔物はいなくても、小型の魔物は10数体以上で群れを作ったりもする。

 この一行なら、その魔物の群れをただ倒すだけなら、たとえ夜でも容易いことだろうけれど……、馬車を守りながらとなると、むしろ小型の群れの方が面倒かもしれないな。


「セラ」


「ほい!」


 セリアーナは勢い良く返事をする俺を見ながら指示を始めた。


「前方の街道北側に小型の魔物の群れが複数。戦闘は確実だから、備えるように。リーゼルにそう伝えてきて頂戴」


「魔物の群れとぶつかるから、備えるように。だね? りょーかい!」


 俺なら、さらに詳しい情報を得るための偵察だったり、なんなら討伐だって可能かもしれないが、今は一先ず指示に従おう。


 セリアーナの指示を復唱すると、【祈り】を発動して馬車から飛び出した。


「……ぉぉ、結構冷えるな」


 諸々の気候の変化に強い【風の衣】があるが、この加護は暑くも寒くも無い季節だと、あんまり防寒効果は発揮してくれない。

 この春の2月の夜っていう、微妙な季節だと何とも肌寒い。

 上着を着てきたらよかったかもな……。


 などと、そんな場合じゃないと分かっていつつも、呑気な事を考えてしまっている。


 一応緊急事態なのは間違いないんだが、俺にとっての脅威かどうかっていうとまたちょっと違うんだよな。

 ヘビたちも別に警戒態勢に入っていないし、意外と余裕があったりもする。


 とはいえ、魔物は魔物だ。

 油断はいけないし、気を引き締めておかないとな!


「セラ様!?」


「すぐ戻るから、そのまま走ってて!」


 走る馬車からいきなり俺が飛び出してきて、御者の彼は随分驚いた様だ。

 上ずったような声で俺の名を叫んだが、申し訳ないが説明はちょっと後にしてもらおう。


 ってことで、10メートルほど前を走る、リーゼルが乗った先頭の馬車に向かって【浮き玉】を進めた。


「お」


 その馬車のさらにその前に騎乗したオーギュストがいて、馬に乗りながらも俺の接近に気付いたようだ。

 こちらを向いているが……彼への説明も申し訳ないが、やっぱり後だ。


 先にリーゼルから……と馬車を指すと、その意図はしっかりと伝わったようで、右手を掲げて合図をしてきた。


 うむうむ。

 察しが良くて助かるな。


 それじゃー、馬車に入るか……と、その前に御者に一声かけておかないと……。


「…………っ!? これは、セラ様。どうかされましたか?」


 馬車に並走しながら、御者席に顔を見せた俺に気付いた御者は、俺たちが乗っていた方の御者と同じ様な反応を見せた。


 まぁ、走っている馬車に宙を飛びながら並走してくる人間がいるなんて、普通は思わないもんな。

 俺だって飛んでいる時に横から声をかけられたら、叫んでしまうかもしれないし驚くのも仕方が無いか。


「ちょっと中に用事がね。気にしないでそのまま走らせといて」


「は? はっ……」


 中を気にしながらよそ見運転をしていて、事故でも起こされたら大変だもんな。

 しっかり釘を刺してから、俺は馬車のドアをノックした。


 驚かさないように、念のため声もかけておこうかな……。


「旦那様ー! セラでーす!」


 馬車の音に負けずにしっかり中に伝わるように大声でそう言うと、俺がここにいる事に既に気付いていたのか、すぐに中から返事があった。


「鍵は開いているよ。入ってきてくれ」


「はーい!」


 リーゼルの声に返事をして、俺は馬車のドアに手をかけた。

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