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「……お?」


 王都を発って街道を進む事1時間弱。

 ちらほらと王都を目指す人間が目に入るようになって来た。


 もっとも、すれ違うのはまだ商隊の様に大人数ではなくて、個人や数人程度の少人数で移動する足の速い連中ばかりだったが、ようやく大規模な集団も追いついて来たらしい。


 どんな感じの編成かな?


 そう考えて、そちらに意識を集中していると、王都を出たばかりの頃と同じくセリアーナが俺の名を不意に呼んだ。


「セラ」


 その呼び声に隣を見ると、目を閉じたままのセリアーナが手を俺に伸ばしている。


「ぬ……あぁ、はいはい」


【妖精の瞳】を解除すると、耳から外してセリアーナが伸ばした手に置いた。

 今度こそこっちだな。


「結構」


 セリアーナは一言だけ呟くと、自分の耳に着けると【妖精の瞳】を発動した。


「……ぉぅ」


 頭の上に現れる目玉。

 ギョロギョロしているわほのかに発光しているわ……自分が使っているとよくわからないが、他人が使っているのを見るとグロさが目立つこと……。


「お前はよくこうなっているわよ。しばらくこれに集中するから、お前は風をお願い」


 頭上に目玉を浮かべているセリアーナを見て引いている俺に、セリアーナは呆れるような声でそう言うと、目を閉じて加護に集中を始めた。


「はいはい」


【風の衣】はずっと発動しているが、セリアーナに言われて改めて発動し直した。


 彼女も渡したままだった【琥珀の盾】を発動しているし、守りは万全だな。

 もっとも、一番いいのは【隠れ家】に入る事なんだが、まぁ……それは今のタイミングじゃないってことなんだろう。


 ともあれ、俺はセリアーナの周囲の索敵が完了するのを、加護を発動して馬車内をふよふよ漂いながら待つことにした。


 ◇


 街道ですれ違う人も増えてきたためか、王都を出てすぐの頃より速度は落ちていて、通常の馬車と同じくらいにまでなっていた。

 元々人が増えてきたら通常の速度に戻す予定だったし、ここまでで十分距離を稼げたから、問題は無いんだ。


 だが……。


「…………おや?」


 セリアーナが索敵を開始して10分ほど経った頃。


 馬車がさらに速度を落としていったかと思うと、ついには完全に停止してしまった。

 特に戦闘が起きたりとかは無いと思うんだが……何かあったんだろうか?


 セリアーナは相変わらず目を閉じて索敵に集中していて何も言ってこない。

 いくら集中しているからって、何かあれば言ってくるだろうから、緊急事態って事は無いと思うが……。


「ふむ……。ねー、ちょっと」


 外で何が起きたのか……俺が外に出ることが出来るのならそれが一番なんだが、そうもいかないからな。

 ってことで、馬車の前にある窓を開けると、そこから頭を突きだした。


「これは、セラ様!? どうかされましたか?」


 御者は、窓からいきなり顔を覗かせてきた俺に、一瞬だけ驚いた様子を見せたものの、すぐに切り替えて、何用かを訊ねてきた。


「うん。停車してるけど、何かあったの? 事故とかじゃなさそうだけれど……」


「ああ、それはですね。どうやら今すれ違っている一行の中に、貴族の馬車も加わっていたようで、そちらの方がリーゼル閣下に挨拶をされているようです。その貴族がどの家かはわかりませんが……わざわざ馬車を止めてまで対応されていますし、交流のある家だと思いますよ」


「ほぅほぅ……ありがと」


 なるほど。

 当たり前だが、街道を移動するのは平民だけじゃなくて貴族だっている。

 んで、貴族なら大抵は護衛をしっかりつけているし、それ目当てに平民も一緒に移動する事はよくある事だよな。


 納得した俺は御者の彼に礼を言うと、窓を閉めて再び車内へと体を戻したのだが、その際にセリアーナに目を向けると、つい今さっきまで、加護に集中して目を閉じていたセリアーナが目を開いていた。


「あれ? もういいの?」


「ええ。今はね。また後で改めて探ってみるわ」


「何も異常は無かった?」


 俺の言葉に、セリアーナは笑みを浮かべると首を横に振った。


「この近くではね。ただ、私の索敵した範囲のギリギリの場所で、賊らしき者たちの姿を捉えたわ。でも、街道上で追いつかれる事は無いでしょうね。連中も私たちが先行していることを理解している様だし、予定通り今日は、街に到着する事を優先しているのでしょう」


「そっかー……やっぱいるんだね」


 まさか賊連中も、ここまでバレバレだとは思わないだろうな……。


「フッ……。お前が見つけたんでしょう? まあ、いいわ。コレは街に着くまで借りるけれど、構わないわね?」


 セリアーナは俺の様子がおかしいのか、頭上の目玉を指しながら笑っている。


 セリアーナにしたら、珍しく爽やかな笑顔のはずなんだけど……やっぱり、異様な光景ではある。


 俺は先程同様に、少々引きつつセリアーナの言葉に頷いた。


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「セラ」


「はいはい」


 セリアーナの合図に合わせて、俺は彼女の前に浮くと【風の衣】を張り直した。


「うん……いいよ」


 セリアーナは、俺の返事に何も返さずに、代わりに【妖精の瞳】を発動してから目を閉じた。

 また、周囲の索敵に取り掛かるんだろう。


 ちなみに、セリアーナが今日初めて発動してから、既に三度同じことを繰り返している。


 大体1時間に一度の頻度で、セリアーナは広範囲の索敵を行っていて、これで四度目だな。

 流石にもう何度も繰り返してきたし、目玉が目の前に浮いているっていう、グロイ光景にも慣れてきたな。


「なんかいそう?」


「どうかしらね……」


 慣れてきたのは俺だけじゃなく、セリアーナも短い間隔で何度も繰り返しているからか、【妖精の瞳】を使っての広範囲索敵に慣れてきたようだ。

 簡単な言葉にはなっているが、お喋りをする余裕も持てている。


 んで、そのセリアーナに、索敵の妨げにならない程度に成果を訊ねているが、特に異常は起きていないようだ。


 この辺は街道沿いに森も川も無く、魔物が集まりにくいってのもあるかもしれないが、つい1時間ほど前に索敵した時は、小規模な魔物の群れを発見していた。


 こちらの人数の方がずっと多いし、戦闘にはならないだろうからって、兵たちに知らせたりはしなかったが、比較的安全な王都圏でも魔物はやっぱり出てくるんだろう。


 もっとも、こちらの数が多ければ、それだけである程度安全が確保出来ることもわかったし、とりあえず俺たちは魔物の不安はなさそうだ。


 ただ、それよりも賊連中はどうなっているのか。

 その事を訊ねることにした。


「距離は縮まってる?」


「少し近付いてはいるけれど……相変わらず距離はあるわね」


「ほぅほぅ。何回か停車したりしたもんね。仕方ないか……」


 どうやら賊連中との距離が徐々にだが縮まっている様だ。


 何度か移動中に停止することがあったもんな……。

 理由はどれも一緒で、平民と一緒になって移動している貴族とすれ違ったからだ。


 俺たちの今日の目的地であるグラードの街と王都間は、普通に移動するとほぼ半日かかる距離にあって、そっちから出発した者たちとはまだ会わないし、道中にある村とかに住んだり滞在している者たちなんだろう。

 身分だけで考えたら、わざわざリーゼルが足を止めてまで挨拶を聞く必要は無いんだろうが……律儀なもんだ。


 まぁ、偉そうにふんぞり返っているよりはずっといいとは思うが、その律義さがちょっとマイナスに働いているかもしれないな。


「旦那様とか団長に伝える? 到着予定は結構遅い時間だよね?」


 窓の外を見るとまだまだ日は出ている。

 だが、まだ春の2月だし、冬ほどではないが、日が暮れる時間もそこそこ早い。

 俺たちが街に到着する前に、日が落ちてすっかり暗くなっているだろう。


 後ろから来ている賊連中が、どれくらいのペースで詰めてきているのかまでは分からないし、追いつかれるとも思わないが、それでも気を付けるに越した事は無いと思う。


 今は人目があるから移動速度を抑えているだけかもしれないし、そうだったら、暗くなってからはどうなるかわからないもんな。


 暗くなったら魔物に襲われる可能性が増えるから、そうなる前に目的地に着くってのが、この世界の外を移動する際の常識だが、しっかり護衛を用意できる俺たちはもちろん、賊連中だって腕は相当なもんだしそこら辺の事情はお構いなしだ。


 賊連中が後ろから追って来る事は想定していたけれど、こう何度も足止めを食らうってのは、少なくとも俺は想定していなかったし、一応リーゼルたちに伝えておいた方がいい様な気はするんだが、どうだろう?


「……いえ。まだ必要ないわ」


 セリアーナは数秒だけ考えこんだが、すぐにそう言った。


「いいの?」


「ええ」


 やたら自信たっぷりに即答しているが……。


「……セリア様ってどれくらいの範囲を見えてるの?」


 どれくらい離れているのかとかは、セリアーナしか把握出来ていないんだよな。

 彼女の加護の事は、その気になれば王都やリアーナの領都全体を範囲に収めることが出来るのは知っているが、それが限界ってわけじゃ無いのかもしれない。

 よくよく考えてみると、賊連中を捉えたのも、俺が想定する距離より離れているよな……。


「範囲ね……。ここからだと王都は見えないわね」


「……ここからって、じゃぁ、どこまでなら見えてたの?」


 あえて王都って言葉を出しているし、もしかして、見えてたのかな……?


「前回索敵した際には、なんとか見えたわ。まあ、流石に負担が大き過ぎるから、そこまで広げようとは思わないけれど、お前が思うよりは見えているわ」


「……へぇ」


 セリアーナの返事を聞いて、なんとかその一言だけは絞り出したが……どんだけ高性能なレーダーなんだろう。

 このねーちゃんは……。

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