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「動き出したね。でも、流石にゆっくりだ……」


 リセリア家の屋敷から出発したが、その速度は非常に遅い。

 貴族街のど真ん中を通る道路を突っ走るわけにはいかないもんな。

 5台の馬車と護衛の騎馬の一団が、ノロノロとその道を走っている。


 到着した時以上に注目を浴びているな……。

【妖精の瞳】とヘビたちを発動しているから、馬車の中からでも外の様子がよくわかる。


「この道を外と同じ様な速度で走れば、ウチでも流石に咎められるわ。これから当分の間、私たちが王都を訪れる事は無いのだし、もし何かあってもその対処をするのはマイルズたちよ。我慢なさい」


「はーい。それはもちろん分かってるけど……お? じーさんたちもいるね。手でも振る?」


 セリアーナに適当に返事をしつつ、周囲に気を配っていると、ちょうどミュラー家の屋敷の前に差し掛かるところだった。

 そして、その屋敷の2階の1室によく見知った気配が二つ……じーさんとオリアナさんだな。

 直接見送りに姿を見せる事は出来ないからなのか、屋敷から見送っているんだろう。


 窓から顔を出したら、向こうも気づきそうだけれど……どうするかな?


「その必要は無いわ。私やお前の加護や恩恵品についてはおじいさま方も良く知っているだろうし、屋敷から見送っている事に、私たちが気付いている事だってわかっているはずよ。数年後には領都でまた会うんだし、今はこれで十分でしょう」


 毎度の事ながら随分あっさりとしている。

 まぁ、この世界だと今生の別れってのはよくある事だし、それを思えば数年後に再会出来る以上、そこまで重く考える必要は無いのかもな。


「そんなもんかー」


 そう呟き、周囲の警戒を続けていると、俺が先日の夜の散歩の際に見て回った警備用の通路に、何組もの兵士らしき固まりを発見した。

 今まであの通路の事を認識していなかったから気付かなかったが、もしかしたら夜だけじゃなくて、昼間も張ってるのかな?


 通り過ぎていくミュラー家の屋敷を意識に残しつつも、察知出来る範囲全体の詳細を把握するように、ヘビたちの目を発動していたのだが……。


「どうしたの? 先程からキョロキョロとして」


「ぬぁっ!?」


 ミュラー家の屋敷を通り過ぎて、そろそろ貴族街の入口に差し掛かる頃、セリアーナがそう言って頭を掴んできた。


 ついつい集中しすぎて、その必要も無いのに頭も動かしてしまっていた様だ。

 ヘビくんたちは3体とも服の下から頭を出しているし、俺がわざわざ見ようとしなくても、周囲を見渡してくれている。

 そもそも俺は目を閉じているし、頭を動かしても別に変わらないんだが……無意識って怖いな。


「えーとね……」


 ともあれ、その事をセリアーナに答えると、彼女は「ああ」と、小さく呟いた。


「お前が言っている通路は見た事は無いけれど、今の私たちの様に、高位貴族が王都を出入りする際には、警戒態勢に入るそうよ」


「なるほど……。まぁ、それだけ警備が万全なのは頼もしいことだよね」


 貴族街の中だけとはいえ、本当にやたら厳重な警備態勢だ。

 守られる側からしたら、安心出来るし良いことだよな?


「もっとも、こういった事に兵を使っているから、街中の警備や監視の手が足りなくなるのかもしれないけれどね……」


 まぁ……中にはこういう風に意地悪く受け止める者もいるみたいだけれど、俺的には有りだ。


「クックッ」と悪役っぽく笑いながら頭を揺すってくるセリアーナに突っ込んだりせずに、そのまま馬車の外に集中し続けた。


 ◇


 貴族街を出て、街中を進む事しばし。


 王都の西門に到着したところで、俺たちを乗せた馬車は一旦停止して、王都を出る手続きをしていた。

 もっとも、身分は間違いないし、王都に入るんじゃなくて王都から出る側だから、簡単なサインだけで済む。


 そのサインだって……。


「失礼します。奥様、これより王都から出発しますがよろしいでしょうか?」


 御者が馬車の前部にある窓から声をかけてきた。


「ええ。問題無いわ」


 そして、セリアーナが短く答えると、馬車がゆっくりと動き始めた。


 書類は事前に用意していて、俺たちは御者にこうやって伝えるだけでいい。

 楽なもんだ。


 俺やテレサだけの少数での時はともかく、セリアーナが結婚する前の時なんかは、それなりに時間がかかった記憶があるんだが、今回はその時よりも大所帯なのに、ずっとその時間は短い。


 いくら出入りが多い時間から少しずらしているとはいえ、ほとんどノンストップだ。


「公爵様って凄いね」


「領地だと使う機会の無い力よ。それよりも、門を出てしばらくしたら、【妖精の瞳】を借りるわよ」


「む? 了解」


 少なくとも、今の俺が見ることが出来る範囲内では、妙な連中の姿は無い……気がするが、セリアーナの目から見たらどうなのかな?

 閉じていた目を開けて、セリアーナの顔を見るが……いつも通りだな。


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「セラ」


 王都の西門を出て間もなく、セリアーナが急に俺の名前を口にした。

【妖精の瞳】を使うにはまだちょっと王都が近すぎるし……となると。


「これだね? はい」


【小玉】の事だろうな。


 俺は【小玉】を出すと、セリアーナに向かって差し出した。


「あら? よくわかったわね」


 受け取ったセリアーナは、心なしか弾んだような声で【小玉】を発動すると、その上に座り浮き上がった。


 やっぱりなー、馬車ってガタゴトガタゴト相当揺れるんだよ。


 それは、しっかりと地面が舗装されている王都の貴族街ですらそうなんだ。

 貴族街を出て、王都内を走るようになってからは、その揺れはさらに大きくなっていた。


 そしてそして、王都から出て舗装されていない街道に出てからは、さらにその揺れは……。


 あまり馬車の構造に詳しくないが、俺たちが乗っているような高級馬車には一応ダンパーのような物が付いていて、ショックを多少は和らげてはいるものの、それでもやはり、硬い地面に硬い木の車輪の組み合わせじゃーな。

 座席には大きなクッションを置いているが、残念ながらそれだけじゃ、大して役には立ちそうもない。


 一度馬車内で浮くことを覚えてしまったら、耐えるのは難しいだろうな。


「こっちはまだいいかな?」


 浮き上がったセリアーナに、俺は頭の上の目玉を指してそう訊ねた。


 まだ王都が見える位置だし、必要は無いかもしれないが、念のため聞いておこうかな?


「必要ないわ。今から気を張っていても疲れるだけでしょう? お前もそうよ。今日はどうせ何もしてこないだろうし、護衛の兵たちに任せておけばいいわ」


「それもそっか……。そんじゃ、一応近づいて来る人だけ見ておくよ」


 実質何もしなくても良い的な事を言われたが、それはそれで俺が不安になるし、とりあえずそれくらいは俺もやっておこう。


「そう? まあ、好きにしなさい」


「うん……。それにしても、やっぱこの時間は人が少ないね」


 セリアーナに返事をしつつ窓の外に目をやるが、俺の見える限り街道には俺たち以外の姿は無い。

 今までこの正午を少し回ったばかりっていう時間帯に、王都の外に出た事が無いのでわからなかったが、いやはや……本当に人の姿が無い。


 セリアーナも姿勢こそ変わらないが、周囲の様子を探っているのか、いつの間にか正面を向いたまま目を閉じていた。


「……なんかいた?」


 邪魔にならない様に、小声でセリアーナに声をかけてみたが、そこまで真剣に探っていなかったのか、すぐに目を開けて俺に視線を向けて口を開いた。


「精々小動物程度ね。あと1時間もしたらすれ違うものも増えて来るでしょうけれど、今はこんなものよ」


「ほうほう」


 日が暮れる前に確実に目的地に到着するためには、どうしても出発のタイミングが同じになるんだろうな。


 理由はそれだけじゃ無い。


 人数が多ければ多いほど、魔物も賊も襲ってこようとはしなくなるし、安全面を考えても纏まっている方がずっと利点がある。

 あえてそのタイミングをずらして、単独で移動するのは俺たちの様に自前で戦力を用意出来るものくらいだろう。


 まぁ、単独でっていうには、ちょっと大所帯かな?


 5台の馬車に、全員が騎乗した腕の立つ兵が20数名。

 そして、やっぱり馬に乗った冒険者が……。


「あれ? あの護衛の人たちって、交代制なの?」


 先程周囲を探った時は、遠くばかりを気にかけていて気付かなかったが、四人の冒険者のうち外で馬に乗って移動しているのは二人で、残りの二人は俺たちの南側の馬車に乗っていた。


 屋敷に来た時に彼女たちが乗っていた馬は、今は馬車に繋がれていて、そのまま一緒に移動しているが……どういう事だろう?


「さあ? 馬車は余っているし、彼女たちの休憩や荷物運び用に使っても構わないと伝えているから、昼食でもとっているんじゃないかしら?」


「昼食……。あぁ、少し早めに出発するって事は伝えてなかったのかな」


 ウチの兵たちは当然知らせてあるから事前に準備をしていたけれど、彼女たちは護衛が急遽決まったし、どれくらい信用できるかもわからないから、そこら辺の事は伝えていなかったんだろう。

 通常なら、昼食を街で食べてから出発するが、それに間に合わなかったと……。


「王都を出たばかりの今が一番安全だし、ちょうどいいと考えたのでしょうね。護衛慣れしているだけあって、思ったより優秀じゃない」


 セリアーナは、イザベラの厚意に配慮して護衛を受け入れていたが、初めて彼女たちをまともに評価している気がするな。


 能力はともかく冒険者の実力は俺には計れないから、どんな形であれ、セリアーナが満足する基準にあるってのが分かっただけでもよかったよかった。

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