442

956


 リーゼルの部屋から戻ってきた俺たちは、出発に向けて最後の確認を行っていた。


 そして、その確認作業も終わり、部屋にはいくつかの箱が積まれていて、その中には今朝まで使っていた私物が詰め込まれている。

 こういうのは本来なら使用人がやるんだろうが、俺たちの場合は全部自分でやっているし、見落としが無いかも自分でやっているんだ。


「忘れ物は?」


「無いよー。奥もしっかり確認してきたからね」


 セリアーナの言葉に、手を上げて答えた。

 この部屋も寝室も何度も確認したし、ついでに【隠れ家】も調べてきた。

 忘れ物はゼロだ!


 ……まぁ、そもそも持ってきた物もこちらで買った物も、ほとんどそのまま【隠れ家】に放り込んでいて、この部屋で外に出していた物なんて、着替え位だったもんな。

 忘れ物が出るわけもないか。


 ともあれ、これで荷造りも完了だな。


「結構。あとは港に着いてから受け取る分だけね。それじゃあ、部屋を移しましょうか」


「ほい」


 三週間弱かな?

 何だかんだで長く滞在していたが、ほとんどずっとこの部屋にいたよな。


 ミュラーさん家の人間になった俺は、今後屋敷を訪れることはあっても、宿泊する事は無いだろう。

 なんといっても、目と鼻の先にミュラー家の屋敷があるもんな。

 そう考えると少々名残惜しい気もする。


 俺は、その積まれた箱を眺めながら感慨に耽っていたのだが……。


「どうしたの? 行くわよ?」


 セリアーナは何の感慨も無い様で、さっさと部屋を出て行こうとしていた。

 相変わらずドライな事で。


「りょーかい」


 返事をして、セリアーナの下に向かうと、彼女は怪訝な顔で俺を見ていた。


「どーかした?」


「お前、そんなにこの部屋を気に入ったの?」


「いや? そこまでは無いかな。でも、もう来る事が無いと思うとね」


「そういうものかしら……」


「そういうもんだよ。よいしょ……っと。おや? ご苦労様」


 ドアを開けて廊下に出ると、数名の使用人がドアの前で待機していた。

 荷物を運ぶために待っていたんだろう。


 セリアーナは、待機している使用人に向き合うと口を開いた。


「ご苦労様。荷物はアレで全部だから、運んでおいて頂戴」


「はい。公爵様が談話室でお待ちです。案内は必要でしょうか?」


「必要ないわ。セラ、行くわよ」


 セリアーナはそう言うと、さっさと歩き始めた。

 決して大股じゃないのに、スタスタと中々の速度だ。

 ボーっとしていると、置いて行かれそうだな。


「ほいほい」


 俺も後を追おうとしたが……その前に!


「それじゃーお願いしますね」


 彼女たちに向かって【祈り】を発動した。


 彼女たちだけじゃなくて、屋敷の使用人全員ともほとんど関わる事は無かったが、滞在中お世話になったんだ。

 誰にでもやるようなもんじゃないが、それでも、これくらいはやっても良いだろう。


 頭を下げる彼女たちに向かって手を振ると、先を歩くセリアーナに追いつくために、【浮き玉】の速度を上げた。


 ◇


 さて、使用人たちに【祈り】をかけてから、先を行くセリアーナを追いかけた俺はすぐに追いついた。

 まぁ、いくら歩くのが速いからといっても、真っ直ぐの廊下を歩いているんだ。

【浮き玉】の方が速いもんな。


 そして、そのまま並びあって廊下を進んでいたのだが、廊下の突き当りを曲がったところで、それまで黙っていたセリアーナが口を開いた。


「お前は相変わらず律儀よね」


「ん? さっきの?」


 俺が彼女たちに【祈り】をかけているのは見ていなかったが、何かしら気配でも察したのかな?

 咎める口調ではないが、なにかマズかったのかな?


「ええ。声をかけるだけならまだしも、大して重くも無い荷物を運ばせるだけなのに、わざわざ加護をかけるなんてね」


「ここにいる間お世話になったしね? 駄目だった?」


 そんなにまずいことをしたつもりは無いんだけど……。

 どうも、その事を言うのを廊下を曲がるまで待っていたみたいだし、なんかやらかしたかな?


「駄目では無いけれど……。まあ、いいわ。廊下で話す事では無いわね。先に部屋に向かいましょう」


「ふぬ……?」


 首を傾げつつセリアーナの隣を進むが、今しがた彼女が口にしたように、この場では教えてくれる気は無いらしい。

 まぁ、部屋に着いたら教えてくれるんだし、とりあえずそれを待つかな。


957


「よいしょっと……。おや? 団長ももうよかったの?」


 出発までの間時間を潰すことになる談話室。

 そこに到着した俺は、ドアを開けて中に入ったのだが……そこにはリーゼルだけじゃなくて、オーギュストの姿もあった。

 俺たちが近づいて来た事に気付いていたのか、部屋に入ってすぐの場所に立っている。


 朝リーゼルと話した時は、オーギュストは護衛に入る冒険者たちとの顔合わせをするために、屋敷の外に出ていたんだが、どうやら終わったっぽいな。


「ああ。軽くだが面談をして、問題無いことを確認してきた。今は彼女たちは出発に向けた最後の準備をしている。直に屋敷に来るだろう」


「へー……」


 問題は無かったんだな。


 イザベラの紹介だし、貴族相手の護衛の実績もあるしで、心配はしていなかったが、オーギュストがお墨付きを与えるほどなら、本当に大丈夫なんだろう。


「セリア、もう準備は良いのかい?」


「ええ。今部屋に残してあった荷物を、馬車へ運ばせているわ」


 俺がオーギュストと話をしている間に部屋に入ったセリアーナは、適当に返事をしながらリーゼルの向かいに腰掛けていた。

 それじゃー、俺はその隣りへ失礼して……。


「さて……オーギュスト。今日の予定を説明してくれるかい?」


 俺が座ると、リーゼルがオーギュストにそう促した。


 そして、オーギュストは「はい」と返事をすると、説明を開始した。


 なんというか、オーギュストはこの滞在中は、ずっとリーゼルの秘書みたいな役割だったよな。

 出来る男なのに……。

 まぁ、彼の本職での出番が無かったってのは、それはそれでいい事なのかな?


 そんな事を考えながら、俺も一緒に彼の話を聞いていた。


 ちなみにスケジュールは、そんなに変わり映えがしない、極オーソドックスなものだった。


 集まって馬車で移動。

 それだけだもんな。

 新しく護衛に加わる者たちが増えても、スケジュールに変化は無かった。


 ただ、元々のスケジュールが、通常よりちょっと変わっているんだよな。


 この世界だとどうしても魔物の問題があるし、遠出の場合は、早朝から出発して暗くなる前に移動を終えるってのが基本になっている。

 それは、この国の中でもトップクラスに治安がいい王都圏でも同じだ。


 だが、今はもう昼近くで、出発するにはちょっと遅かったりする。

 もちろん、近場の移動ってだけなら正午を過ぎてからってのもあるんだが、今回の俺たちは昼食の時間もちょっと早めて、正午前に出発する予定だ。


 結局はグラードの街で一泊することに変わりは無いが、こうする事で、王都から俺たちを追って来る連中の行動を把握しやすくするんだとか。

 出発の時間をずらすから、他の一般人に紛れ込むのは難しいもんな。


「……以上です。何か質問はありますか?」


 一通り説明を終えたオーギュストは、何かないかと聞いてくるが……。


「いや、十分だよ。セリアとセラ君は何かあるかい?」


「いえ、何も無いわ」


「オレもー」


 色々追加の情報こそあっても、俺たちがやる事は何も変わらないんだ。

 それに、今日はただ移動するだけだもんな。


「わかりました。移動中に何か気付いたことがあれば、今夜グラードの宿で話す場を設けますので、その時にお願いします」


 オーギュストは、そう言って話を締めた。


 ◇


「まだ少し時間があるね……。適当にお喋りでもして、時間を潰そうか?」


 リーゼルは部屋に置かれた時計を眺めながら、そう提案してきた。

 時刻は11時ちょっと前と、昼食までまだ少し時間がある。

 ダラダラ喋っていたらすぐに時間になるだろう。


 ただ、セリアーナもオーギュストも、あまり適当なお喋りをするタイプじゃないし……部屋が微妙な沈黙に包まれてしまった。


 提案したリーゼルは、何となく予想出来ていたのか苦笑を浮かべているが……ここは俺が一つ話題を振ってみようかな。

 時間もあまりないし、どうでもいい様な内容でもいいよな?


「ねー、セリア様」


 俺は頭を隣に向けて、セリアーナに向かって話しかけた。


「なに?」


「さっきの廊下での話だけどさ……」


 廊下で話す事では無いと打ち切った話題だが、ここでならいいだろう。

 あまり大した理由じゃなさそうだったし、丁度良さそうだもんな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る