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着替えを済ませて、部屋で朝食も済ませた俺たちは、リーゼルの部屋に向かっていた。
移動時の護衛などの話をするためだな。
んで、着替えこそしているが、俺はいつも通り【浮き玉】に乗っていて、のんびりと廊下を浮きながら進んでいた。
そして、セリアーナは……。
彼女は屋敷に滞在中は、ほとんどが【小玉】に乗って移動していた。
だが、今は廊下を自分の足で歩いている。
「……今日は歩くの?」
「ええ。今日からしばらく歩く機会も減るでしょうからね。……お前はいつも通りね。今更歩けなんて言ったりはしないけれど……」
「もう慣れてるから、これでいいの」
このスタイルはもうずっと続けているし、確かに一月くらい戦闘を全くしないのはちょっと珍しいが、それでも全く無かったってわけじゃない。
ダンジョンが出来る前のリアーナだと、雨季とか冬は外に狩りに出ることはほとんど無かったしな。
船に乗っている時に戦闘をする機会があるかもしれないし、移動期間中に、多少は体を動かすくらいはするつもりだが、今更何かを変えるような事は無いだろう。
うんうん……と、自分の言葉に頷いていると、セリアーナは小さく溜め息を吐いていた。
「まあ、お前の事はお前に任せるわ。それより……貴女」
「はいっ!?」
セリアーナは、先導する使用人に向かって声をかけると、彼女は足を止めて振り向き、慌てたような声で返事をした。
顔を見ると、緊張で強張っているし、どんだけビビられているんだろうな……セリアーナって。
俺も偉そうな事は言えないが、セリアーナはこの滞在期間で全く使用人たちに馴染まなかったよな。
俺と違って、セリアーナが王都に再び来るのは大分先になる。
今働いている使用人たちが、その頃も屋敷に残っているかどうかはわからないし、あんまりその必要を感じていないのかもしれないな。
ともあれ、今は使用人だ。
若い女性の使用人なんだが……セリアーナは彼女に、昨晩リーゼルが帰宅してからどうだったのかを訊ねているが、如何せん彼女がセリアーナにビビりまくって、話がいまいち要領を得ない。
しどろもどろだ。
セリアーナも別に怒っているわけじゃ無いんだが、顔も声も慣れない人間にとっては冷たく感じるだろうし、そりゃーね。
とはいえ、このまま放っておくと、セリアーナも普通に不機嫌になってしまいそうだし、ココは俺が間を取り持とうかね。
「ねね」
「はいっ」
彼女は俺相手でも緊張している様だが、セリアーナの時よりはマシそうだな。
「ウチの旦那様はどんな感じだったん?」
「その……公爵様方がお帰りになった時には、私はもう仕事が終わって家に戻っていたので、直接自分で見たわけではありません。ただ、引継ぎで聞いた限りでは、お酒は多少は飲まれていたようですが、特に酔ったりはしていなかったとの事です。オーギュスト様も同様なのですが、旦那様が大分お酒を召されていたとだけは、聞いています」
「……ほぅ」
なるほど。
このねーちゃんは、リーゼルが直接どんな様子だったかを見ていないから、あんなに歯切れが悪かったんだな。
別にそのまま答えてもいいだろうけれど、セリアーナに直接問い詰められたんじゃ、中々答え辛かったのかもしれない。
「だってさ。旦那様は元気そうだね」
目の前で話をしているんだし、セリアーナにだって聞こえてはいるだろうが、今の話を伝えようと振り向くと、セリアーナは面白くなさそうな顔をしていた。
「どしたのさ」
使用人のねーちゃんがビビってるぞ?
「何でも無いわ。リーゼルの体調に問題が無いのなら、このまま向かってもいいわね? 行きましょう」
「はい」
そう言って歩き出した彼女を先頭に、俺たちはまた進み始めたんだが……。
「ねー、セリア様。なんか旦那様に気になる事でもあったの?」
「何でも無いわ。ただ、珍しくリーゼルの酔い潰れた姿を見れるかと思ったのだけれど……。上手くマイルズに押し付けたようね」
「……お酒?」
何かたくさん飲んでいた様だし。直接的な言い方はしていないが、多分酔い潰れたんじゃないかな?
彼はちょっと小心者というか、細かそうな所があるように思えたが、リーゼルたちが一緒なのに酔い潰れるってのは考えにくいし、セリアーナが言うように、周りから勧められたお酒はマイルズに回していたんだろうな。
リーゼルには必要ないだろうが、マイルズには施療が必要かもしれないな……。
起きていたら、やってやるかな?
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さてさて。
リーゼルの部屋に到着した俺たちだが、中に入ると既に着替えを終えているリーゼルが待っていた。
「お早う。体調は悪くないようね」
セリアーナが言うように、顔色はいつも通りだし、部屋に酒の匂いも残っていない。
相変わらず何でもそつなくこなすにーちゃんだ。
「ああ。昨晩は控えさせてもらったからね。僕もオーギュストも、酒はほとんど口にしなかったよ。その代わりといっては何だけれど、マイルズが大変だったが……まあ、彼はこういった集まりに今まで参加する機会が無かったそうだし、少しは慣れて貰わないとね」
昨晩の事を苦笑しながらリーゼルは話しているが、中々ハードというか……酒を注がれたら飲み干す……そんな感じの会だったらしい。
アルハラとかそんな概念も薄そうだしな。
昨晩の集まりがたまたまそうだっただけかもしれないし、この国の貴族の送別会が全部そうだとは限らないが、ミュラー家のじーさんとかを見ると、あんな感じのおっさんどもがゴロゴロしていそうだし、多分そんな感じの飲み会は多そうだよな。
別にそんな飲み会があっても、俺は別に悪いとは思わない。
体調に支障をきたさなければ……だが。
俺はお世話になったことはないけれど、魔法だとか薬品だとか、前世にはなかった技術で意外とヤバい状況からでも復活できそうだし、それも助長しているのかもしれない。
話を聞いた感じ、どうやら昨日の飲み会だとリーゼルたちは今日に響きそうだったから、自分たちの代わりにマイルズに押し付けたんだろうな。
流石にマイルズだって、これまで飲み会の参加経験がゼロってことは無いだろうけれど、彼は文官出身だ。
騎士の経験があるゴツイおっさんどもとの交流も少なかったんだろう。
んで、馴染ませるついでに、お酒の処理も任せた……と。
「マイルズには今後も王都で彼らといい関係を築いてもらわないといけないからね。僕がいるうちに参加させておきたかったんだが……中々その機会もなくてね……。昨日はちょうど良かったよ」
「そう……まあ、いいわ。それよりも、昨晩部屋に持って行かせた手紙は読んだかしら?」
それよりも扱いか……。
頑張れマイルズ。
「ああ、イザベラが手配した護衛だね。今オーギュストが冒険者ギルドで顔を合わせに行っているよ。資料の上だけれど、僕らも彼女たちの事は知っているからね。問題は無いんじゃないかな?」
そこで言葉を区切ると、リーゼルはこちらを向いた。
「セラ君は、どうかな?」
「どう……とな? まぁ、いいんじゃないですか? オレは大人しくしておけって言われてるし、何かあった時に人手があるのは良い事ですよ」
「はははっ。君らしいね。一応、君も守られる側なんだけれどね」
おかしそうに笑うリーゼルを見て、セリアーナは小さくため息を吐いている。
まぁね。
リーゼルの言わんとすることもわかるんだよ。
身分も立場も性別も、本来俺は守られる側の方が似合うんだ。
領地でなら騎士団での役職もあるし、ある程度戦う側に立つのもわかるけれど、何で王都圏に来てまでって思ってるんだろうな。
親衛隊っていっても、俺が自由に動き回る為のお飾りだってことも彼は知っているから、なおさらそう思うんだろう。
だが……!
「まぁ、オレはセリア様の護衛だしね?」
色々身分や立場や役職やら変わったり増えたりしてきたが、セリアーナの護衛ってのはずっと変わらないし、なんだかんだでそこが俺のポジションだと思っている。
「はははっ、頼もしいね。君の出番がないのならそれが一番だけれど……万が一の際には頼むよ。さて……僕もそろそろ準備に取り掛かるけれど、君たちはもういいのかい?」
リーゼルはおかしそうに笑っていたが、表情を引き締めると俺たちを見てそう言った。
今日の旅程は、襲撃が起きると予測しているポイントまで行かないが、それでも油断していいわけじゃない。
恐らく王都に残っている連中は後ろを付けてくるだろうしな。
だが、俺たちはもちろん、公爵様として王都を発つリーゼルも、下手に武装をするわけにはいかない。
見えないところまではわからないが、目に見える範囲でなら精々剣を持つ程度だ。
そりゃー、気合が入ってもおかしくないか。
さて、俺は何時でも準備は出来ているが、セリアーナは?
「ええ。私たちはこれでいいわ。後でまた会いましょう。セラ、行くわよ」
彼女の方を見ると、当然といった様子でそう答えている。
そして、長居する気はない様で俺の返事を待たずに席を立ち、ドアへと向かい始めた。
「お? はーい。じゃ、旦那様。また後でー」
俺は苦笑するリーゼルに手を振ると、慌ててセリアーナの後を追っていった。
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