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「なに?」
俺の言葉に、髪を乾かす姿勢はそのままに、返事だけ返してきた。
さっきまで色々話していたんだが……彼女の中ではもうその事はすっかり終わった事なんだろう。
相変わらずの切り替えの早さ。
だが、俺は割と細かいことも気になるタイプだ。
ちゃんと、聞きたい事は聞いておきたい。
「明日からオレって何したらいいの? オレはミュラー家の人間になるから、あまり関わらせたくないって言ってたけど、セリア様の隣に座るんだよ?」
例えば、これがただの魔物との戦闘だったりするのなら、別に俺も馬車の中で「がんばれー」と、適当に応援するくらいでいいんだろうが、隣に座るセリアーナを明確に狙ってくる人間が相手なんだ。
何もするなってのは……。
不安げにセリアーナの方を見ると、彼女は「あのね……」と溜め息を吐くと、こちらをジロっと睨んできた。
「この私が、たかが賊如きに後れを取ると思っているの?」
「……ぉぅ」
確かにセリアーナは、フィジカル面はともかく、それ以外の事なら下手な冒険者や兵士何かよりも、ずっと上の位置にいる。
さらに俺の【祈り】も加われば、問屋街で見つけた賊連中が相手でも、そうそう引けを取らないだろう。
だが……あまりにも自信たっぷりに言われてしまい、流石に言葉が出てこず黙ってしまった。
「まあ、お前が言いたいこともわかるわ。先程はイザベラがいたから、お前の加護や恩恵品の情報を出さないように、参加させない方向で話を切り上げたけれど、少しは動いても構わないわ。ただ、あくまで今回はリセリア家の問題として片付けたいから、派手な行動は避けて欲しいわね」
「派手……糸とか羽かな?」
俺の手持ちの中でも【ダンレムの糸】と【紫の羽】は一際派手な効果と見た目をしている。
リアーナの騎士団や冒険者連中なら俺の事をよく知っているし、いきなり爆発したり羽が生えたりしても、そこまで驚いたりはしないだろうが、今回は王都圏の人間が多数一緒だ。
その二つの使用は避けた方がいいだろう。
見た目の派手さはともかく、その二つは多数相手の戦闘では使い勝手がいいからな。
ついつい選択してしまいがちだったが、使えないのか……そいつは大変だ。
「それだけじゃないわよ」
矢と羽が使えない状況で、不特定多数相手の戦闘をどう展開するか……その事を考えていたが、そんな事お構いなしに、セリアーナがさらに言葉を続けてきた。
「尾と腕と足も使用は控えなさい。そうね……ヘビたちも控えておいた方がいいでしょうね」
「なぬっ!?」
矢と羽は少々派手過ぎるし、周りへの影響を考えたら使用を禁じられるのもわからなくもないが、他の物もとなると……。
ちょっと制限が厳しすぎないか?
「ちょっと厳しくない? それじゃー、ほとんど使えないんだけど……」
「要は、人間らしい姿でいなさい……ということよ。矢と羽以外でも、お前はあまりにも多くの加護と恩恵品を所持しているから、どうしても目立ってしまうでしょう?」
「や……まぁ、それは否定しないけれど……」
もうちょい言い方ってないか?
「事実でしょう? 後は……そうね、爪も使用を控えた方がいいかも知れないわね。どうしても必要になったのなら仕方が無いけれど、極力賊は生きたまま捕らえたいの。好きに使っていい物は【琥珀の剣】……後は【浮き玉】と【妖精の瞳】。それだけにしなさい。……むくれないの。新しく盾も増えたことだし、数手防ぎさえしたら、後はリーゼルたちが片を付けてくれるわ。そもそもお前の出番は無いのかもしれないのよ? 【祈り】をかけてくれたら、大人しく座っておくだけでいいわ」
「むぅ……」
護衛の冒険者を盾と言い切るセリアーナには少々ビビるが、それよりも、俺の制限の多さだよ。
ゲテモノ装備シリーズはもちろんだが、【影の剣】も使用は禁止か。
確かに、セリアーナが言うように【影の剣】は殺傷能力が高すぎるんだよな。
手加減してどうこうって類の武器じゃない。
さらに、相手は腕の立つ人間だ。
魔物は、ダンジョンや魔境等の場所によって多少の戦い方は変わってくるが、それでも基本的な部分に変化は無い。
だが、人間の場合はそうじゃないんだ。
そんな相手に、俺は接近戦を挑みたくないし、そもそも挑めるだけの腕を持っていない。
「セリア様が言うように、オレは大人しく座っているのがいいかも知れないね……」
セリアーナは「そういうこと」と頷くと、魔法を止めて髪に当てていた手を離して、ベッドに置かれている、櫛やらなにやらの髪を手入れする道具が入った小箱を指して、俺の名を呼んだ。
「ほいほい」
髪も乾いたようだし、手入れをするんだろう。
聞きたいことも粗方済んだし……俺も手伝ってやるかな?
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ペチペチと乾いた音と共に、ほっぺを襲う小さな痛み。
……セリアーナか!
「ふぬっ!」
目をカッ! と開き、ベッドの上でモタモタと飛び起きた。
そして……。
「おわっ!?」
起きると同時に頭を掴まれて、ベッドに落とし返された。
枕の上だし、何よりクッションがいいから全く痛くはないが、寝起きにこれは堪えるな。
「ぐぬぬ……」と、唸りながら顔を上げると、ベッドに座る寝間着姿のセリアーナの姿があった。
寝ている人の頬を叩き、さらには起き上がった人間をベッドに叩きつけておきながら、なんともなかったような顔をしている。
「起きたわね」
「起きたよ。……普通に起こしてよ」
「起こしたわよ。でも、お前が起きないのだから仕方がないでしょう? そんなことよりも、今日王都を発つことは忘れていないわね?」
俺の本気の抗議を「そんなこと」の一言で、あっさり片付けられてしまったのは少々納得いかないが……。
「……覚えてるよ」
再び体を起こしながら、俺はそう呟いた。
セリアーナが言うように、今日は王都を発つ日だ。
出発の予定は昼の少し前だし、それまでまだまだ時間に余裕はあるが、だからといって、いつもの様にダラダラ過ごすわけにはいかないだろう。
だから、普段は割と放置している俺を、セリアーナが起こすのは理解出来るんだ。
だが、この起こし方はどうなんよ。
セリアーナは、俺の様子を気にすることなく、そのまま話を進めていく。
「結構。それならサッサと着替えてしまいなさい。出発までまだ余裕はあるけれど、リーゼルと少し話しておく事もあるし、お前も一緒に来なさい」
リーゼルに話か。
昨晩イザベラから聞かされた、彼女が新しく手配した護衛なんかの事だろうな。
昨晩は風呂から出て髪を乾かしたりした後は、すぐに俺は寝たんだが、その時はまだリーゼルたちは帰って来ていなかった。
セリアーナはその後も起きていたはずだが……。
「旦那様たち、昨日は帰って来るの遅かったの?」
「ええ。流石に日付が変わる前ではあったけれどね。遅かったし、わざわざ談話室を用意させるのも手間でしょうから、手紙だけ部屋に届けさせておいたの。大した内容じゃないし、彼等ならすぐに対応出来るでしょうけれど、一応話をしておいた方がいいでしょう?」
「……そうだね。その方が旦那様たちもきっと驚かなくていいんじゃないかな?」
もしかしたら、俺がリーゼルたちの対応力を低く見積もりすぎているだけなのかもしれないけれど、それでも、いきなり護衛が増えていたらビックリするよな?
別にどうしても隠しておく必要があるわけじゃ無いし、俺としては、ちゃんと伝えておいてあげて欲しい。
「それもそうね」
セリアーナはそう言うと、ベッドから立ち上がり、服を仕舞っているタンスに向かって歩いて行った。
俺の着替えもそこに入っているし、さっさと着替えるかな……。
「あ、ねー!」
ベッドから下りようとした際に、ふと自分の足が目に入った。
普段は両足に色々つけているが……寝る時は全部外しているし、靴下もアクセサリーも何も着けていないただの裸足だ。
「なに?」
タンスの扉に手をかけていたセリアーナだったが、怪訝な表情を浮かべながら、俺の言葉に振り返った。
「いくつかの恩恵品でさ、今日からの移動では使わない様にって言ってたけどさ」
「うん? ええ、そうね。どれも派手過ぎるし、もし使用するようなことがあれば、お前が必要以上に目立つでしょう? 使用は控えて欲しいわね。それがどうかしたの?」
使用を禁じられた恩恵品は、どれも目立つものばかりだし、普段から人目のある場所での使用は控えているが、いざって時に備えて、いつでも使用出来る様に身に着けている。
「発動はしないからさ、身に着けるのはいいかな? いつも着けてるから、なんも無いと何か落ち着かないんだよね……」
セリアーナはその言葉に少し考えるような素振りを見せたが、すぐに答えが出たようだ。
「そうね……使用しなければ問題はないかしら? ただ、裸足は止めておきなさい」
「はーい。それじゃ、さっさと着替えるかね……」
言いつけ通り、襲撃の際も基本的に周りに任せるつもりではあるが……それでも、万が一って事があるし、その際には冷静に対処出来る様に、俺の精神状態をベストに持って行っておきたい。
魔物の不意打ちはこれまでも経験したことがあるが、人間からのはそうそう無いからな。
使う使わないは別にしても、いつもと同じ状態でいた方が、普段のパフォーマンスを発揮出来る……ような気がするんだ。
これで、戦力はともかくメンタルではベストになれそうだな!
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