439

950


 セリアーナは、イザベラにリセリア家の方針やら、王都での振舞い方の指導を行っていた。


 イザベラも、大した説明を受けずに短い期間で護衛を手配したりと、能力はあるんだろうが、マイルズ同様に王都や王国西部で暮らしていたからか、ちょっとお上品というか、思考がまともなんだよな。

 文官出身だからっていうのもあるかもしれないが、リアーナを始め、東部はもうちょっと荒っぽい。

 もちろん、領地と王都では求められる能力が違うし、完全に染まらなくてもいいんだろうが、少しはウチの流儀に慣れて貰わないとな。


 セリアーナもそう考えているんだろう。


 俺だけならともかく、セリアーナは余程の事があってもそうそう王都に来る事は出来ないし、今のうちに伝えることは伝えておきたいんだろうな。

 彼女にしたら珍しく、長々と話をしている。


 イザベラも必要さを理解しているのか、メモを取ったりこそしていないが、真剣に話を聞いている。

 ちなみに、俺は彼女たちの話に加わる事が出来るわけもなく、二人の会話を眺めていた。


 そして、そのまま見守ることしばし。

 彼女たちの話はひと段落したらしく、揃ってカップに手を伸ばした。

 中々白熱していたもんな。

 喉くらい乾くだろう。


「ねー」


 会話が中断したのをいい事に、俺も少し話に参加させてもらうことにした。


「なに?」


「ちょっと聞きたいんだけどさ。昼間じーさんとこで話をしてた時に、長引きそうだから屋敷でするって言ってたじゃない?」


「……ああ、そういえばそうね。別にお前にはそこまで関係無いことだけれど……聞きたいの?」


「聞きたい」


 俺にはそこまで関係無いって言っているし、内容は、他家を巻き込まないようにだとか、そんな感じだと予想はしている。


 セリアーナやじーさんの中で、俺はリセリア家なのかミュラー家に属しているのかは分からないが、俺は今後も基本的にリセリア領での活動がメインになるし、王都圏での取り決めに関しては確かに関係無いだろう。


 ただ、この帰路での襲撃の際に、何かやっちゃいけないことがあるのかどうかとかを知りたいんだよな。


 その旨を伝えると、何やらセリアーナは答えに困っているような顔をしている。


「答えにくいことなら聞かなくてもいいけど……」


「そういうわけじゃ無いけれど、どう伝えたらわかりやすいかしら……」


 思ったより考え込んでいるけれど、そんな難しいことなのかな……?


「奥様」


 言い淀むセリアーナを見て、少々不安になっていると、黙って俺たちを見ていたイザベラが口を開いた。

 セリアーナは「なに?」と、そちらを向いて、話を促した。


「私が代わりに説明します。先程の奥様から教えていただいた情報で、概ね理解出来ましたし……もし抜けがあるようでしたら、補足をお願い出来ますか?」


「それもそうね。任せるわ」


「はい」


 話がまとまったのか、イザベラは体ごと俺の方に向き直ると、ジッと顔を見てきた。

 中々キリッとしたお顔をしてらっしゃる。

 思えば、こんな風に彼女と顔を合わせるのは初めてかもしれない。


「セラ様。アリオス様が動かれないのは、王都圏の取り決めも関係ありますが、恐らく他国にまで問題を広げないためなのでしょう」


「……ほぅ? 他国?」


 他国ってなんだ?


 そう首を傾げていると、イザベラに説明を任せるといったにもかかわらず、セリアーナが話に加わってきた。

 自分で説明がしたいのか、それともまだるっこしいのが嫌なのか……両方かな?


「関わる者が増えれば、それだけ話も広がるでしょう? ましてや、その人間が貴族ともなればなおさらね」


「うん」


「折角戦争が終わったのに、蒸し返されたくないの。だから、関わる者を極力減らしたいのでしょうね。距離があるし、リアーナには直接は関係無いけれど、中央がゴタゴタするのは避けて欲しいし、これくらいは協力してあげてもいいでしょう」


 そう言うと「フッ」と、どこか満足そうな様子で笑った。

 どうやら、これで終わりの様だが……。


「おっ……奥様?」


 イザベラが驚いたような顔で、セリアーナの名を口にした。


 これは、アレだね。


 イザベラに任せると言っておきながらも、結局自分が説明をしてしまい、にもかかわらず、明らかに言葉が足りていない事に驚いてしまったんだろう。


 わかるよ……。


 セリアーナは基本的に言葉が足りないんだ。

 だから、彼女の説明を理解するには色々慣れが必要だ。

 まぁ……でも、付き合いの長い俺は何となく言いたいことが理解できた。


951


 セリアーナの、明らかに言葉が足りていない話を、これまでの彼女の話から推測するに……恐らく下手に他国の息のかかった賊と戦う事で、折角終わった戦争を再び混ぜっ返す事になるのを避けたいって事だろう。


 貴族からしたら、戦争はもう終わった事だし、今後の対応自体も概ね決まっているから、今更気にしていても仕方が無いって感じにはなるんだが、民間レベルだとな。

 下手に貴族が襲撃を受けたとか知られると、血の気の多い連中が勝手に盛り上がって、えらいことになるかもしれない。


 言いたいことは、きっとそんな感じの事なんだろうな……と、俺はセリアーナを見た。


「開戦前なら参戦への後押しになるし、さほど問題は無いのだけれど、戦争はもう終わっているでしょう? 今更他国の者を排斥しだしたりされると困るのよ。その原因を作るような事は避けなければいけないわね。あくまでリセリア家だけで切り抜けなければいけないの」


 セリアーナは自分の言葉に納得しているのか、頷いている。


 何となくイザベラの顔を見ると、セリアーナの様子に少々唖然としている様だが、俺が自分を見ていることに気付いたのか、すぐに表情を引きしめた。

 そのままでいいんだろうけど……まぁ、彼女の立場上、そうはいかないんだろう。


「そっか……何となくわかったよ。わかりはしたけど……」


 ようは賊からの襲撃は、リセリア家の問題として片付ける必要があるわけだ。

 そして、周りへの被害はもちろん出さない様に。

 さらには、極力ウチの人間にも被害を出さない様に。


 ……それらは当たり前といえば当たり前の事だが、改めてその必要があるって言われると、中々難易度が高いミッションだよな。

 新しく雇うことになる女性冒険者たちは、貴族ではあるものの、冒険者としての身分の方が先に来るんだろう。

 少数な上に、元々女性相手の護衛が専門の様だし、セーフなのかな?


 とはいえ、ちょっと時間が無さ過ぎるし、この分じゃ連携なんかもオーギュストたちとならともかく、肝心の俺やセリアーナとはどうなるか……。

 コレは、俺も頑張らないといけないな!


「……セラ」


「うん?」


 気合いを入れていると、セリアーナが声をかけてきた。

 相変わらず、どこか呆れた様な声色だが……これはもういつもの事だしな。

 何かあるんだろうか?


「お前はまだ自覚が無いようだけれど、もうミュラー家の人間よ?」


「ぬ?」


 まぁ、確かに養子入りしたけれど……それがどうかしたのかな?


 はて……と、首を横に傾けていると、イザベラがセリアーナの言葉を補足するように口を開いた。


「セラ様、奥様は貴女も関わらせたくないのですよ」


「なぬっ!?」


 イザベラの言葉に驚いて、慌ててセリアーナに顔を向けると、彼女はただ肩を竦めているだけだった。


 そして、しばらくしてお茶を飲み終えると、会はお開きとなった。


 俺たちは明日出発するし、あまり遅くまで居座っては邪魔になると思ったんだろう。

 イザベラからそう切り出してきたんだ。


 それはごもっともだってことで、俺たちもササッと風呂に入ることにした。

 俺としては、もう少しあの場でセリアーナに話を聞いておきたかったんだが……まぁ、それは風呂から出た後でもいいだろう。


 ◇


 風呂から出た後は、俺たちはそのまま寝室へと移動した。

 セリアーナ曰く、リーゼルたちはまだ戻って来ていないようだし、このまま部屋で出発まで過ごして問題無いそうだ。


 彼等が出席しているのがどんな集まりかはわからないが、仮にも公爵様だ。

 酔い潰されて帰って来るような事は無いだろう。

 オーギュストも一緒だし……何より、リーゼルが羽目を外している姿ってのは想像出来ないもんな。


 ってことで、彼等の事は彼等自身に任せておこう。

 それよりも……。


「ねー」


 先に俺の髪を乾かしたセリアーナは、今は自分の長い髪を乾かしている。


 俺の髪は熱と風をミックスした魔法で一気に乾かしているが、自分の髪の場合は、タオルを当てながらゆっくりと弱めの魔法で乾かしているあたり、なんというか……。


 いや、いつもの事だし文句は言うまい。

 ちゃんと髪を乾かしてくれているんだしな。


 ともあれ、髪を乾かしているセリアーナを眺めながら、それが終わるのを待っていたんだが、彼女の長い髪をこのペースで乾かすのは、いつもそれなりに時間がかかるんだ。


 弱めなだけあって音もほとんどしない。

 そのままでも会話くらいは出来るし、先程はお開きになってしまい最後まで聞けなかったが、今それを聞いてしまうか。

 明日からの俺の行動指針になるし、わりかし重要な事だと思うんだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る