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「あら?」


「誰か来た?」


 夕食をダラダラーっと食べながら、セリアーナと話をしていると、何か起きたのかドアの方に顔を向けた。

 誰か来たんだろうが……。


 食事が運ばれた際に、呼ぶまで来る必要は無いと伝えていたし、使用人がやって来るとは思えない。

 セリアーナが必要ないと言っているのに、こちらにやって来るとなると……誰だろうな?


 リーゼルだったりマイルズなら、セリアーナが来なくていいと言っても、何か用事があれば彼等の命令でやって来るだろうけれど、その二人は今屋敷にいないし……。


 リアーナ領都の屋敷だったら、セリアーナは屋敷の人間の動きを把握出来ているから、少々のイレギュラーでもすぐに誰が近づいているのかとかわかるらしいが、流石にこの短い滞在期間じゃ、屋敷の人間全ての動きを識別出来るようにはならなかったんだろう。


「行く?」


 チラっとセリアーナを見ると、目を閉じて加護に集中している様だ。


 部屋に近付いてくる者が敵じゃないって事は俺にもわかるが、だからといって、何もしないで待っているってのもな。

 ココは俺が見に行こうかと腰を浮かせかけたが、セリアーナに手で止められた。


「む」


 見ると閉じていた目を開けているし、近付いているのが誰かわかったのかな?


「調べたわ。イザベラね」


 調べたって事は、屋敷の人間全員を指しているのかな?

 夜で、通いの使用人たちは帰ったとはいえ、そこそこの人数がまだいるはずなのに……よく区別出来るよな。


 と、俺は相変わらずのセリアーナのおつむの性能に驚きつつ、彼女の言葉を反芻した。


「……イザベラさん?」


「ええ。侍女を一人だけ連れているけれど、彼女に間違いないわね」


 なるほど……彼女ならギリギリ有りなのかな?

 しかし、イザベラか。

 滞在期間中、彼女の方から積極的に俺たちに接触してくることが無かったから、ついつい対象外にしてしまっていた。


 ともあれ、イザベラが何の用でここに来るのかは分からないが、セリアーナも話を聞く気になっている様で、食事をしていた手を止めている。


「いいわ、セラ。彼女を通してちょうだい」


「ほいほ」


 ってことで、今度こそ俺は席から立つと、イザベラの出迎えに、ドアに向かってふよふよと飛んで行った。


 ◇


「お食事中に申し訳ありません」


 イザベラは部屋に入って来るなり謝罪の言葉を口にしたが、セリアーナは「気にするな」と言うと、何か用なのかと続けた。


「私共が普段から依頼を出している女性冒険者のパーティーに、明日からの護衛の依頼を出しました。他家のご婦人方も利用していますし、信用出来ると思います」


「ご苦労様。明日、確認させてもらうわ。貴女は食事は?」


「私は既に済ませております」


「そう。なら、お茶でも運ばせて、少し付き合いなさい。この娘に色々説明をしているのよ」


「ありがとうございます。お付き合いさせていただきます」


 どんどん話が進むなー……と二人の会話を眺めていると、さらに進展していき、あっという間にイザベラもここで一緒に過ごすことになっていた。


 ◇


「ねー、女性冒険者ってどんな人たちなの? オレも知ってる人たちかな?」


 折角話にイザベラが加わった事だし、明日合流するという女性冒険者たちについて聞いてみることにした。


 王都で活動する女性冒険者は俺も何人か知っているが、女性冒険者といえば、大半が回復系の魔法を使えて、ダンジョン探索をメインの活動にしているパーティーの支援役に就いていることが多い。

 俺が知る者たちもそうだ。


 地方だと正に今回の様に女性貴族の護衛任務に就くこともあるが、何かと美味しいダンジョンがあるこの王都で、わざわざそんな事をするのかって気もするよな。

 少なくとも、俺が知る中には、そういった冒険者はいない気がする。


「恐らくセラ様も知らない者たちだと思います。彼女たちは下位貴族の出身で、ダンジョン探索では無くて、貴族女性の警護を専門にしている者たちです。家柄でどうしても活動の範囲が狭められてしまっていますが、実力だけならば、親衛隊の候補に挙げられてもおかしく無いほどです」


「……へー」


 さらに詳しく聞いてみると、彼女たちは日頃から冒険者ギルドに顔を出す事はほとんどなく、王都内に独自に所有している拠点があって、そこにいるんだとか。


 冒険者ギルドに所属はしている様だが、冒険者でいるのはあくまで国内の移動に便利だからであって、探索や魔物退治をするためじゃないそうだ。

 それなら、俺が知らなくてもおかしくはないかな?


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 一通り、新たに加わることになった護衛の冒険者について聞き終えた俺は、正面のセリアーナの顔を見た。

 話すイザベラの顔を見ていたセリアーナは、すぐに視線に気付いたのか、彼女も俺の方を見ている。


「なに?」


「うん。いやさ、冒険者なら護衛を増やすのは良いんだなって思って……」


 諸々の事情で護衛の兵を増やす事が難しいから、俺たちが利用するルート周辺を巡回する兵のタイミングをいじったりしたり、色々面倒な方法を使っているのに、セリアーナはイザベラの提案をすんなり受け入れている。


 ……大丈夫なのかな?


「戦闘慣れした男性冒険者が主体のパーティーなら違ったけれど、女性冒険者なら問題は無いわね。もちろん、数にもよるけれど……イザベラ、その彼女たちは少数なんでしょう?」


「はい。4人組で活動をしています」


「へー……」


 4人とも貴族階級らしいし、今回の俺たちのちょっと特殊な事情はともかく、兵を必要以上に連れて行けなかったり、襲撃があるかもしれないとかの、貴族の事情には通じていそうだし、セリアーナの護衛を任せられるくらいの礼儀作法は身に着けているだろう。


 俺がその事に頷いていたのだが、イザベラは何か考えがあるのか、意を決したようにセリアーナの方を向くと口を開いた。


「帰路の件については、多少は私も把握しておりますが……これだけで足りるのですか? 正規兵は動かせなくても、いくつかの家に声をかければ、道中の哨戒を引き受けてくれる家は見つかると思いますよ?」


「ほぅ……」


 その言葉に、またも頷く俺。


 ウチだけが、正規・非正規問わずに、戦力を連れて移動するのは色々問題があるため、護衛の数を絞って移動する……。

 賊の行動を読みやすくするためってのはあるが、これが主な理由ではある。


 ただ、じーさんたちにこの屋敷に滞在してもらう事で、二家分の兵で屋敷を守っていたように、他家の誰かに同行してもらったら、その分護衛の兵を増やす事は出来るだろう。


 今はまだ実質東部の派閥の長はミュラー家ではあるが、それでもリセリア家は大きな家だし、派閥に声をかけたらそれくらいの事は出来なくはないと思う。

 賊の襲撃に巻き込んでしまう可能性もあるが、それでも見返りはあるだろうしな。


 イザベラが言わんとしていることは、そう言う事だろう。

 セリアーナはどう答えるかな? と、今度はイザベラからセリアーナに視線を移すと、苦笑しつつ困った様な表情を浮かべている。


「貴女の言いたいことも分からなくは無いけれど……」


 そう言うと、手に持っていたフォークを皿に置いた。


「先に食事を済ませましょうか……。セラ、お前は?」


「あ、オレはもうお腹いっぱい……」


「そう。なら下げさせましょう」


 そう言って、セリアーナは使用人を部屋に呼ばせた。


 この感じだと、話が長引きそうだな。

 そう言えば、ミュラー家の方の屋敷で、じーさんたちと話していた時に、長引きそうだから屋敷でするって感じの事を言っていたが、それなのかな?


 ◇


 セリアーナが呼ぶとすぐに使用人が入ってきて、食事の片づけを行った。

 俺とセリアーナの二人分だけにもかかわらず、何人も部屋に入って来たときは少々驚いたが、この屋敷は基本的に食堂以外で食事はしないからか、使用人たちもいまいち片付けに慣れていない感じだったし、その分数でカバーしようと思ったのかもしれないな。


 とはいえ、特に何事も起きるわけもなく、あっという間に片付けは完了して、俺とセリアーナ、そしてイザベラの分のお茶を用意すると、すぐに部屋から去って行った。


 さて、セリアーナはお茶を一口飲むと、先程中断した話を再開し始めた。


「イザベラ、貴女の立場を考えると、私たちの安全を第一に考えることは間違ってはいないわ」


「はい」


 何やら諭すような声で、セリアーナはイザベラに向かって語り掛けている。


 イザベラの提案は、ちょっと悪い言い方をすると、セリアーナたちのために囮になってもらうようなものだもんな。

 リセリア家はもちろんだし、東部にとっても国にとっても、セリアーナたちは重要な身なのは間違いないんだが、もしそれで何か起きてしまうと、大きい借りを作る事にもなるし、何事も無く切り抜けられたとしても、そういった役割に就かせたって事実は残っちゃうもんな。

 それは出来れば避けたいようだ。


 年はイザベラの方が一回り近く上なんだろうが、如何せん彼女はまだ今の立場になったばかりだ。

 その辺の判断は、まだ身につけられていないのかもしれないな。

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