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「あのさ……じーさんの話だと、オレたちは大人しく馬車に乗っているだけでよさそうな感じなのに、セリア様はわざわざ稽古に来たの?」
「それはね……」
俺の疑問にセリアーナは答えようとしたが、一瞬だけじーさんと目を合わせていた。
「この場の会談であまり時間がかかり過ぎてもな……。詳しいことは屋敷に戻ってからにすればいい」
「ええ。そうします」
屋敷の人間に怪しまれないために、今のこの時間を設けているが、かといって、家人を排した状況であまり時間がかかり過ぎても、それはそれで妙に思われちゃうか。
「セラ」
「ほい?」
「想定していた賊の中に、剣と弓を扱う冒険者が新しく加わったでしょう?」
確定ってわけじゃ無いけれど、それは他の冒険者からの情報だし、そこそこ信憑性は高いはずだ。
その事を思い出しながら、セリアーナの言葉に頷いた。
「うん……魔法を使わないから仕掛けるタイミングが分かりにくいし、対人慣れもしてそうだしで、だからオレたちが乗る馬車を守るための馬車を増やしたんだよね? 盾代わりに」
賊は商隊の護衛として襲ってくるんだよな。
んで、近付いて来た連中をとりあえず倒せたらいいんだが、商人は加担しているかどうかがわからないし、その彼等を巻き込むわけにはいかない。
いくら王族かつ公爵家とはいえ、流石に巻き込まれただけの商人を攻撃したらまずいだろう。
「ええ。戦えば私たちが圧倒するに決まっているけれど、それでも先手を譲る以上、どうしても相手に突破される可能性があるでしょう?」
「まぁ、そりゃそうだね。……え? もしかして、セリア様もヤル気なん?」
突破される可能性がある事は重々分かっているし、それに備えて、周囲に兵を配置したりあれこれ考えてはいたんだが……どうもセリアーナ自身も戦う気みたいだな。
彼女が剣を振るうのを見たのは……いつだっけ?
リアーナでは、屋敷の地下訓練所で時折女性兵に交ざって訓練をしているが、実戦ともなると、確かダンジョンにちょっと遊びに行ったのが最後な気がする。
大分ブランクがあるよな。
おまけに、ここ最近はまともに体を動かしていなかった。
セリアーナ自身は、エレナやテレサには流石に及ばないだろうが、それでも相当動ける女性だし、今日一日だけとはいえ、じーさんにしっかり稽古をつけて貰ったんだ。
そして、慎重な彼女自身がヤル気っぽいし、問題は無いんだろうが……それでも、マジか? とは思うよな。
どうなのさ……と、セリアーナの方を見てみれば、彼女は答えずに「フッ」と笑うだけだった。
「ぬぅ……」
と、答えないセリアーナに唸っていると、横からじーさんが言葉を挟んできた。
「仮にも公爵夫人が、他の者を戦わせておいて、自分は何もしないという訳にもいかんだろう。ましてや、襲撃の狙いはセリアーナで、本人がその事を理解している。その状況で何もしないとなれば、今後は国内の貴族から侮られかねん。せめて一太刀は浴びせんとな」
じーさんの言葉に、セリアーナは「そういうこと」と言いながら頷いている。
「今回の賊は腕が立つし、仕掛ける段階まで敵意を隠す事が出来るかもしれないから、近寄る前に排除する事が出来ないのだけれど、いざ仕掛けて来さえすれば、私なら察知する事はたやすいし、対処する事も可能よ。コレもあるし……問題無いわ」
そう言うと、指にはめている【琥珀の盾】が見えるように、手を顔の前に持って来た。
セリアーナなりに勝算はあるようだし、馬車の中なら俺も側にくっついているから【風の衣】の範囲内でもある。
それなら、よほどの事があっても守り切れるだろう。
「そっか……。まぁ、わかったよ」
とりあえず簡単にではあるが、セリアーナが今日は何のためにここに来たのかと、ついでに、彼女が襲撃の際に剣を取らなければいけないのかって事は分かった気がする。
とはいえ、聞きたい事はコレで全部ってわけじゃないし、他にも聞きたいことはある。
だが、じーさんもココでの会談には、あまり時間をかけ過ぎない方がいいと言っているし、それは屋敷に戻ってからかな?
聞き足りなければ、馬車での移動中にも聞けるし……とりあえず、納得出来た事も有るし、俺はもう下がって話を進めてもらおう。
◇
食堂での会談も終わり、明日の準備もあるから、そろそろ俺たちはお暇しようとなった。
もうすぐ夕方だし、時間的にも頃合いだよな。
俺は寝ていたから気付かなかったが、リセリア家の馬車はこの屋敷でずっと待機していたらしく、馬車を待つことなくすぐに出発が出来るようだった。
ってことで、見送りのじーさんとオリアナさんともども、玄関ホールまで俺たちはやって来た。
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「では、リーゼル殿にもよろしくと伝えておいてくれ。明日は見送りには出れないが、ウチの兵が今港まで出ているし、どこかで会うかもしれんな」
「ええ、ありがとうございます。もし会うようなことがあれば、挨拶くらいはしておきますわ」
セリアーナとじーさんにオリアナさんが皆の前で挨拶をしている。
なんとゆーか、当たり障りのないことを話しているが、情報漏れとか色々気を付けるとあんな感じになるんだろうな。
じーさんが言うように、明日の俺たちの出発に、じーさんたちが見送りに来るような事は無い。
他所の家だし、大袈裟になっちゃうもんな。
下手に注目を浴びて、賊側の行動に変化が出ないように、そこそこ地味に……だ。
馬車5台編成に護衛の兵士付き……地味かな?
「セラ」
「ほ?」
地味って何だろう……と首を傾げていると、先程までじーさんと一緒にセリアーナと話をしていたが、そちらはもう終わったようで、オリアナさんが声をかけてきた。
「セリアーナの事はもちろんですが、貴女も気を付けて帰るのですよ」
「う? うん、大丈夫です」
どうやら俺の事も気にかけてくれている様だ。
オリアナさんは詳細は聞かされていないだろうが、それでも何となくは状況を把握出来ているんだろう。
襲撃を受けることを前提にしている移動は、何かと気がかりなのかもしれない。
ジッと俺の顔を見ている。
俺たちはいざとなれば【隠れ家】もあるし、手段を問わなければそこまで危険は無いが、知らないと「大丈夫か?」って思うよな。
だから、しっかりと心配ないと伝えることにした。
オリアナさんはそれを聞いて安心したのか、表情を緩めると話を再開した。
「そうですか。貴女たちに備えがあるのなら、私から何か言うことはありません。次に会うのは、リアーナの屋敷になりますね。他所の貴族を迎え入れることも増えるでしょうし、しっかりと屋敷の体裁を整えておくのですよ。私たちがそちらに移ったら、ひきうけますが、それまでは主は貴女です。セリアーナやリーゼル殿に相談しても構いませんが……」
「お……ぉぅ。がんばります」
俺たちの帰路も気がかりだったようだが、同様に、リアーナでのミュラー家の屋敷についても、同じく気がかりなようだ。
管理するのが俺だもんな。
じーさんたちが移ってきたら、名義は俺でも実質管理は二人に任せるが、それまでは俺が引き受けるわけだし、何かと心配なのかもしれない。
だが、何となくこのままどこまでも止まらなそうな気がしたので、慌てて話に割って入り打ち切らせた。
キリが無さそうだし、俺の方から止めないと終わりそうになかったもんな。
オリアナさんは「そうですか……」と言って、話を終わらせた。
「セラ」
セリアーナの声にそちらを向くと、じーさんは腕を組みその場で立っていて、セリアーナはこちらにやって来ていた。
「挨拶はもういいの?」
セリアーナは俺の言葉に「ええ」と頷くと、オリアナさんに向いて口を開いた。
「おばあ様、リアーナでもお会い出来ることを楽しみにしておきます」
「私もですよ。体には気を付けなさい」
「はい。それじゃあセラ、行くわよ」
セリアーナはそう言うと、スタスタとドアに向かって歩き始めた。
「うん」
次に会うのは数年後なのに、随分あっさりとした別れ方だと思わなくもないが……あっさりというかドライというか、この世界結構こんな感じなんだよな。
俺は、最後にじーさんたちに向かって頭を下げると、置いて行かれないようにセリアーナの後を追ってドアに向かって行った。
◇
屋敷に戻った俺たちは、リーゼルに簡単な報告をすると、部屋に戻り夕食の時間を待つことになった。
ちなみにリーゼルとオーギュストは、マイルズと連れ立って外出していて、今は屋敷にはいない。
今日で王都を発つから、最期にちょっとした送別会のような催しが開かれるようで、それに出席しているんだ。
明日は朝が早いのに、ご苦労な事だと思うが……これも立派な外交で、滅多に会えない相手としっかり交流を図っておく必要があるんだとか。
まぁ……彼等はちゃんと自制が出来る男だし、それにもしお酒が残っているようなら、俺がサクッと施療を行ってやるし、問題無いといえば無いか。
「来たわね」
セリアーナの言葉に、俺は部屋のドアに視線を向けた。
何が来たかというと、夕食だ。
この屋敷では、食事は基本的に食堂でとることになっているそうで、俺たちもずっとそちらで済ませていたんだが……今日は特別にこの部屋に持って来させることにした。
別に食堂でもよかったんだが、その方が食事中でもミュラー家での話の続きが出来るもんな!
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