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 オリアナさんの部屋に到着して、着替えを済ませた俺は、そのままそこで軽食をいただくことになった。

 一応昼食もあるから控えめではあるが、そういやまだ朝食を食べていなかったんだよな。

 んで、そのついでに色々オリアナさんとお喋りをしていた。


 俺たちはもう明日王都を発つし、今回の滞在では屋敷の護衛の件もあって、なんだかんだで顔を合わす機会こそ多かったが、俺はほぼほぼセリアーナと一緒にいたから、あまり話をする時間が無かったんだ。

 ある意味いい機会ではあったかな?


 とはいえ、俺とオリアナさんじゃ、そんなに建設的な話が出来るわけでもなく、リアーナの領都や周辺の街の様子だとか……あまり内容の無い会話だった。

 まぁ、雑談ってそんなものではあるよな。


 さて、俺が食事を終えた後もその雑談は続いて、途中から施療等をしていたのだが、2時間ほど経った頃、部屋のドアがノックされた。

 時間を考えたら、そろそろ訓練を切り上げたセリアーナが、この部屋にやって来てもおかしくない。


 このノックの主はセリアーナかな?


 そう思ったのだが、部屋に入って来たのは屋敷の使用人だった。


「失礼します。奥様、昼食の用意が整いました。旦那様とセリアーナ様は先に食堂に向かわれています」


 流石に遅いなー……と思っていたんだが、どうやらセリアーナたちは稽古を切り上げて、先に食堂に向かっていた様だ。


 じーさんはわからないが、セリアーナに限っては、中庭で稽古をしていた恰好のまま食堂に行くとも思えないし、風呂に入ったり着替えたりをしていたはずだ。

 それなら、これだけ時間がかかるのもおかしくはないかな?


「ご苦労様。セラ、私たちも行きましょう」


「はーい」


 オリアナさんの言葉に返事はしたものの……昼食入るかな?


 と、少々不安になりつつも、オリアナさんの膝から降りて、【小玉】に乗ると浮き上がり、部屋の外に出て行くオリアナさんの後を追って、俺も部屋を後にした。


 ◇


 俺たちが食堂に着いた時には、既にセリアーナたちも到着していた。

 予想通り、着替えも済ませているし……髪の感じから風呂にも入っていたんだろうな。

 セリアーナもじーさんもさっぱりしていた。


 そして、【浮き玉】に乗ったセリアーナが、食堂に入ってきた俺を見て手招きをしている。


「セラ。返すわ」


「お? はいはい」


 セリアーナは【浮き玉】から降りたかと思うと、それを手に取って近づく俺に向かって差し出した。


「ありがとう、いい運動が出来たわ。お前、食事は?」


「オリアナさんの部屋で軽くだけど食べたよ。昼も軽くでいいかな……。よいしょっと」


 床に降りて普通に乗り換える事が出来るなら楽なんだが、俺は今日は裸足のままだからな。

【浮き玉】を受け取ると、体をそちら側に移しながら【小玉】を解除するという、少々難易度の高い技を使う羽目になった。


 ともあれ、これでいつもの俺の姿に戻った訳だ。


 大きい分座り心地もいい気がするし、一息ついていると、待っていたのかセリアーナが口を開いた。


「無理に食べる必要は無いけれど、後で話があるからお前も残っておきなさい」


 それだけ言うと、セリアーナは食卓へ向かって行った。


「はーい」


 話か……なんだろうな?

 気にはなるが、後で話すっていっているし、俺も席に着くか。


 ◇


 昼食だが、俺は軽めの物にしてもらったが、三人は中々しっかりとした物を食べていた。

 セリアーナはともかく、じーさんもオリアナさんも健康そうで何よりだな。


 さて。

 皆が健啖なのはさておいて、食事も終わりそのまま食堂で話をすることになった。

 お茶の用意をさせると、じーさんは使用人たちを下がらせたのだが……。


「ねー、ここでそのまま話すの?」


 この屋敷も、領地の本宅だったり、リセリア家の王都屋敷程ではないが、広さも部屋数も十分揃っている。

 談話室だってしっかりあるし、わざわざ使用人を下げるのなら部屋を移動して、そちらで話をしてもいいと思うんだが……。


「話の内容自体は大したことでは無いがな。それでも、わざわざセリアーナやお前が屋敷を訪れて、剣の稽古をしたんだ。話をするのに部屋を変えては、使用人も構えてしまうだろう?」


「……なるほど」


 まぁ……いくら実家だとはいえ、公爵家のご婦人がわざわざやって来た理由が剣の稽古とかだと、何事かと思うよな。

 昔の俺たちが滞在していたころの使用人が多数残っているのならともかく、人も入れ替わりが多いようだし、何でも無いよーってアピールする必要があるのかもしれないな。


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 この食堂での会話は、リセリア家では、本当に何も心配するような出来事は起きていないという、アピールのためのものらしく、内容は本当になんでもいいようだ。


 一見何でもないような会話の中に、実は重要な事を紛れさせて……とか、そんな事も絶対ないとは言えないが……少なくとも、リアーナの方の領主屋敷にある地下訓練所や騎士団の訓練場の話に、そんな重要な事を込めたりは出来ないだろう。


 これはもう単純に、じーさんの好奇心だろう。


 数年後には、リアーナに移住することになるかもしれないが、土地だけはあるし、訓練場が街のすぐ外にあるから、騎士団連中はそっちを利用している。

 恐らくじーさんもそっちを使うことになるだろうし、そうなると、中々屋敷の地下訓練所を利用する機会は無さそうだもんな。


 しかし、まー……余程興味があるらしく、随分詳しく聞き出していた。


 じーさんも王都での生活が長い身だ。


 この屋敷の中庭もあれば、城の訓練場をある程度は自由に使える身分でもあるが、それでも気兼ねなく利用できる訓練所は魅力的なのかもしれないな。


 しばらくその訓練所について盛り上がっていたが、それもひと段落ついて、違う話題に変わった。


「そういえば、セリアーナ。連絡が昨晩遅くであったし、屋敷に来てからは早々に稽古に移って、話を聞く余裕が無かったが……。リアーナまでの荷物を用意したりはいいのか? 商会を屋敷に呼んでいたのは知っているが、セラの用意もあるだろう?」


「大丈夫です。荷物は既に運ばせておりますわ」


「む? 早いな……。そうなると、馬車は全部で何台になるのだ? 先日リーゼル殿から護衛を増やすと話を伺ったが……」


 帰路で遭遇するであろう賊たちが想定より増えたことと、賊の編成の面倒さから、こちらも色々と備えることにしたが、じーさんの耳にもその話は届いている様だ。


 どんな風にするのかは俺も詳しくは知らないが、騎士団にも何か話を通しているそうだし、その事がじーさんに伝わってもおかしくは無いか。


「馬車は私たちが乗る分の他に三台用意します。初手を防ぐだけなら、それでも十分でしょう。護衛の兵も増やしますし、街道を巡回する兵の時間に合わせるようにしますからね」


「……馬車を盾にするか。なるほど、それで剣の稽古に来たのだな。流石に一月近く体を動かさないと、お前でも体は鈍るか」


 セリアーナは、じーさんの言葉には答えず肩だけ竦めている。


 じーさんは騎士団で活動していたこともあるだけに、今の短いやり取りだけで、リーゼルたちがどういった準備をして、編成を組むかってのを把握出来たらしい。


 リーゼルも俺からの報告を聞いてすぐに、その方針を決められたし、もしかしたら騎士団とかで同じ様なケースを想定した訓練でもしてるのかもしれないな。


「ね、じーさん。すぐ思いついていたし、そういうのってどこかで習うの? やっぱり騎士団とか?」


 折角の機会だし、聞いておくか。

 次に会うのは大分先だもんな。


 じーさんは、セリアーナから俺に視線を移すと、ゆっくり頷いた。


「うむ。もっとも、習いはするが騎士団ではなくて、貴族学院で教わる知識だ。これは要人を護衛しながら、敵地を突破するために考案されたものだな。まさか、今の時代に、それも自国内でそれを実践する機会が来るとは思わなかったが……実績のある陣形ではあるな」


「そうですね。国内での大きな騒乱はもう随分起きていませんし、そもそも我が国は他国に侵略する事も有りませんから……。流石によく学んでいるようですね」


「ほー……」


 じーさんとオリアナさんは、俺たちの帰りの編成がリーゼル発案と聞いて、感心している。


 使われる機会の無い古い知識だし、思い出せはしても、しっかりと活用するのは難しいもんな。


 まぁ、リーゼルが座学をしっかりと修めていたってことは置いておくとして、要人を俺やセリアーナに置き換えたら、ピッタリではあるな。


 じーさんやオリアナさんが言うように、まさか国内の……それも王都のすぐ側で役立つとは思わなかっただろうけれど。


 ともあれ、一つ利口になった気がする。


 しかしだ、これって要人を守るための陣形なんだよな?

 先程のじーさんの話だと、セリアーナは体の鈍りを取るために、今日この屋敷にやって来たって感じだったが……どういう事だろう?


「ねー」


 どうせなら、この事も聞いておくか。

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