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「おはよー」
二人の前に降りた俺は、とりあえず挨拶をしてみた。
そういえば起きてから時計を見ていないから、今が何時かわからないが、昼って事はないだろうしな。
この挨拶で問題無しだ。
「む? どーかした?」
問題無しのつもりなんだが、なにやら二人して俺を見ながら渋い表情をしている。
失敬な!
「その恰好はな……。誰にも会わなかったのか?」
俺を見て、じーさんがどこか呆れた様な声でそう言った。
「うん? あぁ、廊下には誰もいなかったし、部屋から出てすぐに下りてきたからね。屋敷の人たちには会ってないよ。格好に関しては……いつの間にかここにいたんだから勘弁してよ」
じーさんの言わんとする事はわからなくはないんだ。
ただ、起きたらここにいたんだし、着替えなんて出来るわけないよな。
我ながら困った顔をしているだろうなー……と思いつつ、じーさんに答えていると、その隣にいたセリアーナが口を開いた。
ちなみに、セリアーナは相変わらず【浮き玉】に乗ったままで、ついつい顔でなくてそちらに視線が行ってしまう。
じーさんと剣の稽古を行っている時も乗ったままだったし、セリアーナも【小玉】だけじゃなくて、本体の方も随分使いこなしているよな。
「お前の服は……なによ」
「いや、何でも無いよ」
俺がセリアーナから視線を外している事に気付いた様で、話を中断して、どうしたのかと訊ねてきたので、慌ててなんでもないと答えると、小さく息を吐いて、話を再開した。
「まあ……いいわ。お前の服はおばあ様に預けているわ。使用人に会えばここがミュラー家の屋敷だとわかるでしょうし、すぐにそちらに向かうと思ったのだけれど……珍しいわね」
「あぁ……オリアナさんの部屋に服あったのか。一応じーさんかオリアナさんの部屋に向かおうと思ったんだよね。でも、何か廊下にもカンカン音が響いてて、何かなー……って思ってるところで、ちょうどセリア様たちの姿が目に入ったからね。先にこっちに来たんだ」
二人に俺が窓から降りてきた経緯を説明した。
自分でいうのも何だが、俺は結構礼儀に関しては守るべきところは守っていたりする。
他所のお宅にお邪魔したら、まずはそこの主に挨拶するしな。
セリアーナはその事を知っているから、部屋から出て早々に中庭に降りてきた事を不思議に思っているんだろうが、いくら俺でも目が覚めたら他所の屋敷にいたって状況だと、ちょっと違う行動をとりもする。
そもそも、俺は寝た記憶すらないんだし、ここがミュラー家の屋敷だってわかったのも、誰かに聞いてとかじゃなくて自力で推理した結果だし……わけわからないよな。
「まあ、いいわ。私はまだここで体を動かしておくから、お前は先におばあ様の部屋に行っておきなさい。コレはまだ借りておくわよ?」
そう言って、自分が座る【浮き玉】を指している。
【小玉】よりも本体の方が気に入ってるのかな?
「わかった。それじゃー、後でね」
「ええ。……ああ、待ちなさい」
オリアナさんの部屋に行くために、屋敷の中に向かおうとしたところ、ふとセリアーナに呼び止められた。
何か言い忘れでもあるのかな?
「私とおじい様に【祈り】をかけて頂戴」
「ぬ? いいよ。ほっ!」
「ありがとう。行っていいわ。後で会いましょう」
「うん」
言われた通り【祈り】を発動すると、二人はまた先程まで剣を振るっていた場所へと戻っていった。
俺はその二人を見ていたんだが、なんだってセリアーナはここまでガチ目に剣を振っているんだろう?
こちらには来ないで、向こうで剣を振っている兵たちと同じくらいの激しさで動いていたしな。
いくら【浮き玉】に乗っているからとはいえ、結構ハードな運動だと思うんだ。
じーさんは、昔から空いた時間とかにはこうやって体を動かしていたし、特に変わった事をしている気はしないが、セリアーナはな……。
リアーナの屋敷にいた頃は、時折地下の訓練所で体を動かしていたけれど、移動中もだが、こっちに来てからは場所も無いし、そもそも運動する時間が無かったからってのもあって、ずっと屋内にいた。
もうすぐ領地に帰還するし、そうなったらまた2週間くらいは船に乗りっぱなしで、体を動かすような時間が無くなるし、だから今日のうちに……とか、そんな感じかな?
ふむ……と、納得すると、再び俺は屋敷に向かうことにした。
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中庭でセリアーナたちに別れを告げた俺は、窓からではなくて、裏口から中へと入ることにした。
俺がただのお客さんだったら、家人用の出入り口であるこっちを使う事は無いんだが、今の俺はミュラーさんちの子だからな。
別に裏口を利用する事に問題は無い。
一応、俺の家でもあるわけだしな。
やっぱり、思い切り裏方のスペースに繋がっている場所だし、無関係の人間を通したい場所じゃない。
いきなり、他所の家の人間が自分たちのスペースに踏み込んで来たら、使用人たちだって驚くだろうし、気を抜くことも出来ないだろう。
「あ!? セラ様!?」
中に入るとすぐに使用人とバッタリと遭遇したのだが……彼女は俺を見るなり声を上げた。
しかし、随分と驚いているな。
セリアーナもいるし、流石に俺が屋敷にいる事を知らないわけじゃ無いんだろうけれど……。
「このような場所にどうされたのですか?」
裏口のすぐそばにある控室から、他の使用人も顔を出したが、皆同じような表情だ。
「さっきまで中庭にいたんだけど、オリアナさんの部屋にオレの着替えがあるみたいだし、そっちに行こうと思ってね。窓から入るのもなんだし、こっちから入って来たんだ」
それを聞いた彼女たちは、「ああ……」と漏らしている。
随分ホッとしているようだけれど、これは……アレかな?
もしかしたら、主人側の人間もこっち側に来ない方がいいんだろうか?
「オリアナ様のお部屋はわかりますか? よろしければ案内を付けますが……」
「うん、大丈夫。何回も行ってるしね」
疎まれているわけじゃ無いだろうが、初対面の使用人ばかりで、どことなく距離を感じるしさっさと退散した方がいいだろう。
俺は案内を断って、その場をそそくさと後にした。
◇
使用人たちと別れてから、俺は真っ直ぐオリアナさんの部屋に向かった。
客室が中心の2階と違って、1階は流石に使用人の姿も多く、オリアナさんの部屋への途中でも何人かの使用人とすれ違ったりしたが、もう俺の知っている顔はいなかった。
主要な人員以外は数年で入れ替わったりするそうだし、俺がいた頃の人たちはほとんど残っていないんだろうな。
なんてことを考えていると、オリアナさんの部屋のすぐ手前まであっという間にやって来てしまった。
ここも十分すぎるくらい広いんだが、やっぱり、リセリア家の王都屋敷よりはこちらの方が少し狭いんだな。
「これは、セラ様。奥様に御用でしょうか?」
じーさんの部屋と違って、オリアナさんの部屋の前には護衛の兵はいないが、使用人はしっかり控えている。
その彼女が、一瞬だけ驚いたようなそぶりを見せたが、すぐに用件を訊ねてきた。
「うん。お願いー」
「はい。少々お待ちください」
彼女はそう言うと、中に向かって俺がやって来たことを伝えた。
俺の服を預かっているくらいだし、俺がここに来る事は分かっていたと思うんだが……なにやら中から少し驚いたような声がしている。
俺の現れ方が何か予定とはちょっと違ったのかな?
もしかして、起こしに来るつもりだったとか……?
まぁ、いいか。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。すぐに着替えを出すから、待っていなさい」
中にはいると、オリアナさんは挨拶もそこそこに、使用人に命じて、奥の部屋に俺の服を取りに行かせた。
「ほいほい。……なんか慌ててたみたいだけど、大丈夫でした?」
部屋に入る前に、ドアのすぐ外で待っていた時は何かとバタついているような気配がしていたが、今は何事も無かったようにふるまっている。
大したことじゃ無かったんだろうが、ちょいと気にはなるよな。
「問題ありませんよ。ただ……使用人を階段のすぐ手前で待たせていて、貴女が起きてきたら連れてくるようにと命じていたものですから。彼女はどうしたのですか?」
「あぁ……。そういう段取りだったんだね……。オレは階段に行く前に窓から中庭に降りたんだよね。んで、セリア様とかじーさんたちと話をしてから、裏口から入って来たんだよね」
中庭に降りる前に、俺がもう少し進んでいたら出会っていたかもしれないな。
廊下の窓から中庭に降りるって事は想定外だったんだろう。
目が覚めるなり知らない場所にいるっていう、ちょっと訳の分からない事態に少々浮足立っていたからであって、俺も普段ならしないしな……。
それを聞いて、オリアナさんは納得したらしく小さく頷いていた。
「あ、そうだ。2階の窓の鍵を開けたままなんだよね」
「ああ、それなら……。貴女、階段で待機している者に、もう離れていいと伝えて頂戴。ついでに、2階の窓の鍵をかけて……とも」
どうやら、本来俺をここに連れてくる予定だった使用人に、役割を解くついでに任せるようだ。
待ちぼうけさせた上に、後始末まで任せちゃって少々申し訳ない気もするな。
帰りに一発【祈り】でもかけてあげようかな……!
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