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 俺の使用人への接し方に一言言いたそうだったセリアーナ。

 結局あれは何を言いたかったのかな……と、訊ねることにした。


「あれはね……」


 セリアーナは、一瞬考えこんだような素振りをみせたが、すぐに答え始めた。


「一言二言程度でも言葉を交わしたら、親しくなったと言いだす者もいるのよ。ココで働く者たちがそうだとは言う気は無いけれど、領地の屋敷の使用人たちの様に、私たちが直接面接したわけじゃ無いし、そこまで信用出来ないでしょう?」


「……ぉぉぅ」


 てっきり、面倒だからとかそんなんかと思っていたんだが、思ったよりまともな理由だったな。

 そう驚いていると、リーゼルが「何かあったのかい?」とセリアーナに訊ねていた。


 そして、説明を受けて納得したのかなにやら頷いている。


「なるほど……。付き合い方は色々あるけれど、確かに使用人と仕事以外の会話を交わす事は、滅多に無いかな? 僕の立場だとあまり他家を訪問する機会が少ないからというのもあるけれど、やはり、セリアが言ったように注意も必要だからね」


「そっかぁ……」


 今までの自分の行動を思い返してみると、リセリア家やミュラー家の領地の屋敷以外でも、結構いろんなお屋敷にお邪魔しているが、使用人相手には、どこでも同じように気楽に接していたんだよな。


 その時の身分はまだ平民だったし問題は無いのかもしれないが、今はもう違うもんな。

 それなり以上のお家の人間で、さらに、あちらこちらに顔が利く身だ。

 他所の家での振る舞いは考えた方がいいかもしれない。


「君は僕たちと違って自由に動ける分、他所の家を訪問する機会も多いだろうから、気を付けた方がいいのは確かだね。でも、リアーナやゼルキス領でなら、どの家でもこれまで通りの振る舞い方で問題無いよ」


 リーゼルが言うように、彼もセリアーナも領地のトップだし、彼等が領地から外に出ることはほとんどないだろう。

 そして、領内じゃ迎える立場で、どこかの家に出ることもほとんどないが、俺はむしろ出かけることも仕事の一つだ。


 リアーナとゼルキスの二つの領地なら、領主であるリセリア家とミュラー家の目が届いているし、そうそう変な事にはならないだろうけれど、他所の土地だとな。

 どこどこのお貴族様の知り合いだとか、そんな感じで妙な事をする輩がいるかもしれない。


 まぁ……そんな輩が、果たして貴族の屋敷で働くかはわからないけれど、気やすく誰にでも話しかけるって知られたら、それを利用しようって考えるのが現れてもおかしくは無いし、やっぱりちゃんと気を付けるに越した事は無いか。


「お前の事だから、基本的にリアーナとゼルキス以外では他家と交流を深める事は無いでしょうけれど……そういう事もあると覚えておきなさい」


「りょーかい。……こういうのってどこで教わるの? 貴族学院?」


 貴族の振る舞いってことで、習ったりするのかな?


「家で家族の振る舞いを見て覚えるものよ。お前の場合は仕方が無いけれど、これからは徐々にでいいから覚えていきなさい」


「……ぉぉぉ!?」


 セリアーナはそう言いながら俺の頭を掴み、左右に揺すった。


「ははは。さて……そろそろ用意も出来たみたいだね」


「ええ」


 セリアーナとリーゼル、そしてオーギュストが揃って立ち上がった。

 俺も彼等に合わせて浮き上がったが、実は何が起きたのかはよくわかっていない。


「……昼食よ」


「……ぉぅ」


 セリアーナは、俺の表情から何もわかっていないことを読み取ったんだろう。

 立ち上がってどうするのかを、耳元で囁いた。


「あ、なるほど……」


 頷くと同時に、ドアがコンコンとノックされた。

 どうやら彼等は、昼食の用意が出来た事を知らせに来る使用人の気配に気付いたんだろう。


 いつもはドアの前には警備の兵が立っていて、彼等が先に用を伝えてくれるんだが……今日は何でか誰もいないし、ちょっと勝手が違うから気付けなかったな……!


 って事にしておこう。


 しかし、昼食か……。


「朝食を食べてからまだあんまり時間が経ってないし、お腹入るかな……?」


 ただでさえ少食だしな。

 全く入らないって事は無いが、それでもあまり食べようって気にはならないぞ?


「食べられるだけでいいわ。移動中に何か食べたくなったら、携帯食になるけれど馬車の中でも食べられるし……それに」


「あぁ、そうだね」


 いざとなれば【隠れ家】だってあるんだ。

 明日の移動時はともかく、今日ならそこまで警戒の必要も無いし、のんびり【隠れ家】で時間を潰したりしてもいいか。


 セリアーナもそう考えているのか、目が合うと小さく笑っていた。

 これはセリアーナも中に入る気だな?


「どうしたんだい?」


「何でも無いわ。セラ、行きましょう」


「はーい」


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 早めの昼食をとり終えた俺たちは、一旦談話室に集まっていた。

 先日は食堂で時間を潰していたが、今日はもう出発するわけだし、屋敷の使用人の目を気にする必要も無いもんな。


 さらに、いつもは食後の集まりには滅多に参加しなかったマイルズ夫妻も同席している。


 てっきりマイルズは二日酔いで潰れているかと思っていたんだが、少々顔色こそ優れないが、まぁまぁ大丈夫そうではある。

 じーさんもそうだったが、やっぱり人種なのかな?

 肝臓が強いのかもしれないな。


 ともあれ、彼等も交えて王都やリアーナの事をアレコレと話していたのだが……。


「失礼します。出発の準備が完了しました」


 馬車やら護衛やら……何かと時間がかかる、朝から取りかかっていた俺たちの出発の準備が完了したようだ。

 屋敷の兵がその事を伝えに来た。


 部屋の前にいないとは思っていたが、彼等は出発準備の監視に出ていたんだとか。

 人が潜むような事は出来ないだろうが、魔道具とかを紛れ込ませることは決して不可能じゃないし、それを考えたら、しっかりと監視しておかないと危険だもんな。

 ご苦労様だ。


「ありがとう。さて……それじゃあ、そろそろ行こうか。準備は良いね?」


「ええ」


 セリアーナはそう言いつつも、振り向いて俺の顔を見る。

 いまいち信用されていない気がするな。


「大丈夫だよー」


「結構。行きましょう」


 そう言って、部屋から出ることにした。


 したのだが……。


「旦那様たちは手ぶらでいいの?」


 リーゼルやオーギュストは領地を発った時はもっと色々装備していたよな?

 二人とも動ける恰好ではあるが、およそ戦闘に備えた恰好とは言えないし、部屋の中を見回すが、武器はどこにも置かれていなかった。

 俺たちならともかく、二人もそのままでいいんだろうか?


「ああ、これで大丈夫だよ。リアーナを発った時の恰好で、何も無いこの時期に王都圏を移動するのは、僕の立場だと少々問題があるからね。先に港に送っているんだよ」


 確かに、馬車に乗っているとはいえアレは相当目立つ恰好だったからな……。


 なんといっても、公爵様の戦争用本気装備だ。

 何かの拍子に人の目に触れたりしたら、何事かって思われるだろう。


「……偉いと色々大変ですね」


「仕方が無いさ。その分周りの兵には頑張ってもらうからね」


 俺の言葉に肩を竦めて笑うと、部屋からスタスタと廊下へと出て行った。

 そして、俺たちも後に続いて廊下に出た。


 リーゼルもオーギュストも、狙われると分かっていながら、一番良い装備を手元に置けていないってのに随分平気そうだな。

 強がりって感じもしないし……俺と違って装備に依存していないんだろうな。


 しかし、その分兵士へのプレッシャーは大きいだろうな。

 俺は別の馬車でよかったよ……。


 そんな事を考えながら、前を歩く二人を眺めていた。


 ◇


 マイルズや屋敷の使用人たちに見送られながら玄関から出ると、そこには5台の馬車と、一緒に帰還するリアーナの兵たちに、こちらで用意した護衛の兵と、新しくそこに加わった女性冒険者たちが準備を終えて待機していた。


 王都に来てから用意した兵たちは、いわば正規の兵だし、高位貴族の護衛に相応しい重装備をしている。

 だが、ウチの兵はリーゼルたち同様に軽装だ。


 さて……それはともかくとしてだ。


 リーゼルとセリアーナはマイルズ夫妻と。

 オーギュストはこちらの兵たちと話をしていて、俺は少々手持ち無沙汰になっているし、どうしたものか……。


「やほー」


 とりあえず、顔馴染みでもあるし、ちょっとうちの兵たちに挨拶しておくかな。

 この滞在期間では、ほとんど彼等と関わる事も無かったし、今のうちに情報収集だ。


「副長か。奥様についていなくていいのか?」


「いいのいいの。旦那様たちもいるしね。それよりもさ、その恰好でいいの?」


「コレか……?」


 俺の言葉に、彼は自分の体を見下ろしてそう呟いた。


 どこまで詳しく聞かされているかはわからないが、彼等はウチの人間だ。

 それも、自分の護衛に王都に残しておくほどの精鋭でもある。

 襲撃の件等ある程度の事は聞かされているはずだ。


 彼等に情報を出し渋って万が一の事があれば、後々領内で騎士団内にリーゼルに不信感を持つ者が生まれることになるし、ウチのデメリットにしかならないもんな。

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