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938 セリアーナ・side
「入りなさい」
外に出たがったセラを送り出してから数分程経って、廊下の窓を閉めるために一緒について行った使用人が戻ってきたので、ノックに返事をして、部屋に入らせることにした。
「セラ様は無事出発されました」
入ってきた使用人は普段からこの一画を担当していて、セラの事も見慣れているが、それでも2階の窓から飛び立つ姿を見るのは初めてだ。
初め指示を出した際には随分と驚いていた。
だが、どうせあの娘の事だから、帰宅は玄関からでは無くて窓から入って来るだろうし、その際に窓を開けに向かってもらわないといけないから、慣れておいてもらわないといけない。
もっとも、あと数日の付き合いでしかないが……。
「ご苦労様。アレが帰宅時にもお願いすると思うから、しばらく廊下に控えておいて頂戴。時間がかかるようなら交代しても問題無いわ」
「はい。それでは、失礼します」
彼女は一礼すると、部屋から出て行った。
「さて……」
部屋に一人きりになった事を確認すると、瞼を閉じて意識を加護に集中した。
今回の滞在は、あくまでセラの付き添いがメインだったし、加護の使用は控えめにしているが……まあ、いいでしょう。
貴族街の地図を思い浮かべながら一気に範囲を広げることにした。
「……あれがセラね。貴族街だとまともな道を使うのね」
街の中央通りを小走り程度の速度で進む、光点が見える。
この時間であることと、そもそも人通りが少ない貴族街だから一目でわかるが、これが街中だったのなら見逃してしまいそうなほど、実に人間らしい動き方だ。
さて、セラに問題無い事がわかったし、周囲の様子を改めて探ってみるが……怪しい気配はない。
少なくとも、貴族街には問題は無いか。
王都を発つまでもう時間は無いし、そろそろこちらの動きを探る目的で、縁のある家に監視役を送り込むくらいはしてくるかと思っていたが、思った以上に西部の影響力が薄れている様だ。
街にまだ留まっている賊たちがどう動くかはまだわからないが、差し当たって、セラが必要になるような事態も無いだろうし、今の屋敷の守りだけで十分だろう。
「ふう」
一息吐くと、加護の範囲をまたいつも通りの屋敷の周辺までに戻した。
◇
セラが戻ってきたのは、街に出てから2時間弱ほど経ってからだった。
正直なところ、どうでもいいようなことを見つけては首を突っ込んだりして、戻って来るまで大分時間がかかるだろうと考えていたが……思ったよりも短くて、少々驚いた。
それはさておき、戻って来たセラに街の様子を聞かされたが、殊の外落ち着いているようだった。
この時期は、我が国の貴族学院に通うことになる他国の生徒が移動してくる影響もあって、ある程度他国の冒険者たちが街中を出歩くことになり、多少なりとも平時とは違った雰囲気になるものだが……。
昼間出かけた先日の話でも、外国の人間が少なそうだと話していたし、色々変化が出て来ているんだろう。
そうなると、この屋敷を任されたのがマイルズなのは正解だったのかもしれない。
他家との繋がりが弱いし、騎士団や冒険者ギルドとの繋がりも薄いが、その分政治面での能力は悪くないし、色々変化する状況にも上手く対応出来るだろう。
等と考えている間に、目的の場所へと到着した。
リーゼルの部屋があるフロアだ。
「これはっ、奥様!?」
私に気付いた警備の兵が、慌ててこちらへと近づいてきた。
普段は二人で守っているのに、今は一人だけになっている。
部屋の中には……リーゼルとオーギュストか。
守りは不要だと、下がらせたんだろう。
「リーゼルに用があるの。入れてもらうわよ」
「はっ。少々お待ちください」
そういうと、彼は中へと入っていった。
いくら前にいるのが私だとはいえ、部屋の前を無人にしてしまうだなんて、随分と不用心だ。
オーギュストが中にいるのなら彼を呼べばいいのに……。
セラ曰く、屋敷の外を守る兵は腕は十分らしいが……中の兵はまだまだ訓練が甘いのかもしれない。
まだリーゼルたちだから見逃してもらえるが、部屋にいたのが他家のお客だと思うと……。
「ふう……」と溜め息を吐いていると、彼が中から慌てて出て来た。
「お待たせしました。どうぞ中にお入りください」
「ええ。ご苦労様」
まだしばらくの間は、おじい様がリアーナの王都での外交の手伝いをしてくれるそうだが、どうせなら屋敷の兵たちの訓練も依頼しておこうかしら……。
939 セリアーナ・side その2
「貴方たち、相変わらず仲が良いわね……」
部屋に入った私は、ついついそう呟いてしまった。
もう遅い時間にもかかわらず二人で部屋にいるのだから、なにか仕事の話でもしているのかと思ったが……。
テーブルを挟んで座り、ボードゲームを行っているようだった。
盤面はまだまだ駒が残っていて、中盤の様だ。
「ああ……この一戦を最後にするつもりだったんだが、思ったより長引いてしまってね。今片付けるよ」
「構わないわ。続けて頂戴」
リーゼルとオーギュストはテーブルの上を片付けようとしたが、私はそれを止めた。
どうやら何戦も既に行っていたようだが、どうせ、そこまで大した用事でもないわけだし、終わるのを待ってもいいし、続けながら聞いてもらっても構わない。
「奥様がお一人でこちらに来るというと……セラ殿から何か知らされたのでしょうか? 【浮き玉】の本体に乗っているという事は、セラ殿は無事帰還されたのでしょう?」
「ええ。セラは今寝ているわ」
セラは話を終えた後、少し目を離した間に眠ってしまっていた。
滅多にしない夜の外出に疲れたのかもしれないし、そのままベッドへ運んだが、私が眠るにはまだ少し早いし、それなら明日するつもりだったリーゼルへの報告を、今のうちにしてしまおうとやって来たわけだ。
二人で部屋にいるのは分かっていたし、明日は少し出かけたくもあったから、今日のうちに済ます事が出来るのは都合がいいのだが……まさか遊んでいるとは思わなかったわね……。
「フフッ……。外の彼は、君がソレに乗って来た事を随分驚いていたよ」
リーゼルがこちらを指して苦笑している。
どうやら外の兵は、私が【浮き玉】に乗ってやって来たことに驚いていたらしい。
だからこその、あの慌てた態度だったんだろうか?
こちらにやって来たのは、滞在期間中数えるほどだし、あの彼の勤務時間が私の訪問とずれた時間だったのなら、あの態度も仕方ないだろうか?
なんといっても、人が妙な玉に乗って宙を浮いているんだ。
見慣れていなければ、驚くのも無理はない。
少し評価を戻してあげよう……。
「まあいいわ。それより話をしてもいいかしら?」
私が部屋に入ってから席を立っていたオーギュストも再び座ったのを見計らい、私も空いた席に座って話を進めることにした。
「うん? ああ……そうだね。それで、どうかしたのかな?」
「ええ……セラが色々見てきたのだけれど……」
◇
「……なるほど。弓と剣か」
一通りの説明を終えて、二人の反応を待っていたのだが、やはり同じ点が気にかかるようだ。
リーゼルもオーギュストも、襲撃に関わってくる冒険者が追加される可能性よりも、扱う武器を気にしていた。
「セラも直接見たわけでは無いけれど、冒険者同士の会話の中で出た情報だし、それなりに信憑性は高いんじゃないかしら?」
冒険者は、依頼人相手でもなければ自分の得意なスタイルを話さない者も多いが、同業者相手の場合だと、戦闘時の余計な混乱を避けるためにも、ある程度の情報を晒す場合が多い。
恐らくこの情報は正しいだろう。
「まあ、その対処は貴方たちに任せるわ。問題無いでしょう?」
結局、兵を動かすのはこの二人だし、この情報を基にどうするのかは二人が考える事だ。
護衛の編成には口を出す気は無い。
「そうだね。一撃を入れられる可能性が無くなっただけで、十分対処出来るはずだ。そうだね?」
「はい。元々側面は馬車を配置していますし、後部には護衛の兵を固める予定ですから」
二人もその事はわかっているのだろう。
互いに顔を見合わせて頷いたかと思うと、真剣な顔で話を始めている。
「ただ……念のため兵を少し増やした方がいいかも知れませんね。戦闘は我々の兵が引き受けるとしても、周囲の警戒を任せられる者も欲しいですし」
「うん。ついでに明日にでもアルザとグラードの街に話を通しておこう。調整をするほどの時間は無いし、向こうにも事情はあるだろうが、上手く行けば巡回の兵のタイミングを合わせられるかもしれないからね」
ウチが連れて行ける護衛の兵はまだ増やせるだけの余裕があったんだろう。
どうやら、その数を増やすようだ。
さらに、恐らく襲撃を受けるであろう場所は、その二つの街の道中だが、二つの街から出ている巡回兵をこちらと合流させるつもりらしい。
二人が言うように、戦闘自体はウチの兵が行うが、数がいればそれだけ相手への威圧にもなるし、早期の投降に繋がる可能性もある。
もちろん、数が多いとその分動きが鈍くなる欠点もあるが……どのみち迎え撃つつもりなのだし関係は無いか。
このまま二人に任せて大丈夫だろう。
とはいえ、私も何もしない……という訳にもいかない。
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