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夜の王都は、一度だけだが飛んだことはある。
まぁ、セリアーナに抱えられながら、高速で夜の街をかっ飛んだわけだから、俺が飛んだって言っていいのかはちょっとわからないけどな。
あの時はあまり街の様子を見るような余裕は無かった。
今と違って風も無かったしなー……。
ともあれ、今日はそんな無茶をせずに、ゆっくりと上から夜の王都を眺めさせて貰おう。
「……ふむ」
後ろを振り返ってみると、貴族街が見えている。
貴族街の入口付近から奥に行くにつれて、通りの両脇に建っている屋敷の規模が徐々に大きくなっているのが見えた。
城の手前の一際デカい数軒のうちの一軒が、リセリア家の王都屋敷か。
通りに街灯がしっかりと設置されているし、各屋敷にも明かりがしっかりと灯されていて、上からだと貴族街の全容が昼間よりも把握出来る。
そもそもこの辺りは、昼夜問わずに高度を取る事はなかったから、今までじっくりと上から見る機会が無かったんだが、計画的に貴族街が作られているのがわかるな。
立派なもんだ。
「ウチも一応分けて街を作っているし、気を付けてはいるんだけどな……」
リアーナの貴族街は、領主の屋敷がある丘の麓付近は色々気を遣ってはいるけれど、そこ以外はとりあえず敷地だけ確保して、何とか形にしている感じだからな。
ちょっと、街としては統一感が無かったりもする。
街の成り立ちを考えたら、そうなってしまうのも無理ないとはいえ、完成度というか洗練具合を見せつけられてしまった気がする。
「まぁ……ウチはまだまだ発展途上だしな! それじゃー、行ってみるかね。アカメたちもいいかな?」
上空だし人目が無いから、ヘビたちも自由にさせることが出来る。
もちろん、俺の死角をカバーしてもらう事にはなるが、久々に自由にさせられるな。
ってことで、襟から首を伸ばしているアカメたちに声をかけた。
後ろは見えないが、三体とも心なしか機嫌が良いようだ。
「うむうむ」
俺は小さく何度か頷いて、【浮き玉】を街に向けて移動させた。
◇
門のすぐ上から、街を眺めながらゆっくりと宙を移動しているが、中々どうして……。
王都はやはり栄えている。
中央通りに並ぶ店舗は、もう夜という事もあって店そのものは閉まっているが、通りには人の姿はまだまだ多い。
街灯に照らされた通りを忙しそうに移動していた。
「ぬーん……。あれは……店の従業員とかなのかな? 普通の住民ってわけじゃないよな?」
この辺は住宅が無いエリアだし、昼間はともかく、夜に昼間の住民がうろつくような場所じゃない。
よくよく見てみると、通りを行きかう人たちは何か荷物のような物を手にしているし、北の問屋街から馬車が来たりもしていた。
この通りに並ぶ各店舗の従業員が、閉店後の作業でもしているって考えるのが妥当かな?
「早朝にするよりも、夜間にやっちゃう方がいいのかもしれないね。見た感じ店舗の上の階は居住スペースって感じじゃなさそうだし……リアーナの店とかと一緒っぽいかな」
問屋街の店舗の方は生活出来るようなスペースもあったが、そちらと違ってこちらの店舗は横に広い分高さは無いからな。
店舗の上の階に今は人の気配はないし、こっちは完全に業務用の施設なんだろう。
そんで、従業員は街の居住エリアで暮らしていて、朝になったら出勤してくる……と。
リアーナの領都の場合だと早朝から出勤して営業の準備をしていたはずだが、店舗施設の造りは似ていても、業務形態は違うのかもしれない。
王都は貴族の数も多いし、彼等が朝の活動を開始する前に……ってのもあるのかな?
リアーナは騎士や冒険者はともかく、貴族の活動開始時間はちょっと遅めだもんな。
「……ってことは、アレは見回りの兵士なのかな?」
行きかう従業員たちに交ざって、数人の固まりで動いている者がいるんだが、そこそこ腕が立つんだよな。
問屋街に潜んでいる連中だったり、冒険者でもダンジョン探索をするような連中に比べたら劣りはするが、少なくとも一般人よりはずっと上だし、動きも規則正しい。
彼等がこの通りの警備を担当しているんだろうな。
用心棒とか警備員がいないのに大丈夫なのかな……と思ったが、兵士が見回っているんなら、そもそもそこに泥棒なんかは近づくような事はしないし大丈夫だろう。
そして、街中で一応街灯があるとはいえ、夜に平気で一般人が出歩いているのも、彼等が見回りをしているからか。
リアーナでも夜間の見回りは行っているが、どちらかというと魔物に備えるためだし、下の連中とはまた大分違うよな。
少なくとも、リアーナの商業地区がこんな感じに夜も人が出歩くってのは、ちょっと考えられないか。
「ふーむ……。上から見るだけでも結構違いがあるもんだねー……」
ただの夜の散歩のつもりだったが、これは結構楽しめるのかもしれないな。
よし……次行くか!
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中央通りの西側から徐々に中央広場付近まで移動をしていたが、店舗関係者で賑わっていた西側と違って、中央広場に近付くにつれて、表に出ている住民は減っていった。
中央広場は屋台とか色々出ていたが、それが全部撤収しているからな……。
中央広場を経由してどこかへ向かう人はいるものの、元々住民はあまり地区を跨いで移動する事は無いようだし、夜ともなればこうなるか。
ただ、面白いもので通りを出歩く住民の数は少ないものの、広場沿いの建物には人の気配が多く残っている。
一応、広場やその周辺の見回りをする兵士もしっかりいるんだが、それとは別に警備の人間らしき者もいるし、こっちの店とかは向こうとはまた別物なのかな?
こっち側は確か平民向けの店とかも多かったはずだが……その違いかな?
「よくわからんね……。まぁ、王都の街の事情にあまり詳しくないからってのもあるのかもしれないけれど……」
我ながら身も蓋も無い事を考えつつ、中央広場の上空で静止して周囲を見回してみた。
この位置からでも、東西南北の城壁や城……端から端までしっかりと見ることが出来る。
先程の貴族街から出てすぐも、空中で静止していたが、あの時は貴族街の方しか見ていなかったからな。
改めてこうやって見てみると、王都は平地にあるのがよくわかる。
リアーナの領都は、屋敷がもろ丘の上に建っていることからもわかるように、街中でも勾配があるんだ。
リアーナだけじゃない。
東部全体が起伏の激しい土地で、ゼルキスの領都だってそうだった。
いやー……王都はどこまでもまっ平だ。
これなら、街の勾配なんかを考えたりせずに、平面に街づくりが出来るよな。
「しっかし……。あんま高い建物は無いんだよな……規制でもかけてるのかな?」
パッと目に付く高い建物と言えば、時計塔くらいだろうか?
それ以外となると……少し低いが、遠くに見える城だったり教会くらいかな。
技術的に高層建築が難しいのは確かだが、平地で地盤もしっかりしている場所なんだ。
もう少しチャレンジ出来そうな気もするが……。
まぁ、その気になると貴族街とかも覗けちゃうし、この世界には魔法もあるから、射線が通れば狙おうと思えば狙えてしまう。
リアーナの屋敷もその辺の事は気を遣っていたし、防犯のためにも仕方が無いのかもしれない。
俺だってやれちゃうもんな。
これは、王都とかリアーナがどうのってことよりも、この世界の問題なのかもしれないな。
「後で帰ったら聞いてみようかな……うん? どうかしたかな?」
今まで建築基準とかまでは気にした事が無かったから、帰ったらセリアーナに聞いてみよう……そんな事を考えていると、俺の背後をカバーしているミツメが何かに気付いたのか、合図を飛ばしてきた。
何事かと後ろを振り返ってみるが、何も異常は無い……はず。
「ぬーん……」
ミツメが気にしたのは、広場の東側だった。
そっちの方向は、王都の住民が暮らす地域だったり冒険者ギルドがあるし、人の数も多いが……それで何か引っかかったのかな?
目を凝らしてみるが、特に変わった何かが見えるってわけでも無い。
【妖精の瞳】やアカメたちの目を通すと、何やら多数の光点が見えるし、人が多くいるのがわかるが、精々それくらいだ。
距離がありすぎるのかな?
「アカメたちもか……。【祈り】を使うにはちょっと目立ち過ぎるし……どうするか」
しばらくそちらを睨んでいると、アカメたちも気にし始めた。
どうやら、気になる何かがあるのは間違いないっぽいけれど、【祈り】を使うと視力が強化されるから、離れていても何かを見つけられるかもしれない。
だが、【祈り】を使うと全身が薄っすら光っちゃうし、折角黒いコートを着てきたのに目立ってしまうからな。
この辺は人がいないとはいえ、流石に目立ち過ぎるだろう。
だから、【祈り】を使うのは無しだ。
かといって近付くってのも、あの辺りは昼間も近付かないようにと言われていた場所だし、こんな時間じゃ猶更だ。
あの辺りを出歩いているのは、恐らく冒険者が大半だろう。
この時間に王都内を出歩ける冒険者ともなれば、それなりに素性が定かな者ばかりだろうが、それでも近付くのは危険かもしれない。
「いや、でもな……」
ヘビたちは向こうを気にしているのは確かなんだが、それでも臨戦態勢に入っているわけじゃ無いんだよ。
これが敵なら何かしら警戒を露にするんだが、何も無いんだよな。
ただ気にしているだけ。
「……行ってみるかな?」
もう少し高度を下ろして大通りを移動したなら、いきなり攻撃される……なんてことはしてこないはずだ。
このまま無視してうろつくのも、屋敷に引き返すのもどっちも気になったままになるだけだもんな。
街には見回りの兵だっているし、大丈夫大丈夫。
行ってみよう!
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