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【隠れ家】内での模様替えについての話はしばらく続いたが、それもようやくひと段落ついて、今は二人でリビングのソファーに座っていた。

 時間も時間だし、お茶を飲んだりはしないが、ちょっとまったりタイムだ。

 どうせもうあとはやる事はないんだし、部屋に戻ってもいいんだが……居心地良いんだよな。

【隠れ家】って。


「それにしても……お前はよくよく妙な物を見つけてくるわね」


「ぬ? ……絨毯の事かな? ゼルキスとかだとああいったのは無いの?」


 セリアーナの言葉に、絨毯を買った店で聞いた話を思い出す。


 一部の貴族の間では、部屋の雰囲気を大きく変えることが出来る絨毯を壁に飾るって趣味が、それなりに知名度が有るっぽい事を言っていたんだが、セリアーナの言い方から、どうやら彼女は今までこの趣味の事を聞いた事が無かったぽいな。


「無いわね。東部だと、呑気に外の風景を眺めようとは考えないもの。魔物の脅威が少ない土地ならではの趣味じゃないかしら?」


「……へぇ」


 なんとも殺伐とした答えが返ってきた。

 てっきり、だからこそ部屋の中に趣向を凝らすって方向に進むのかと思ったんだが……かすりもしないのか。


「絵は飾ってたりするけど、違うのかな?」


 リアーナやゼルキスの領主の屋敷に、俺が訪れたことのある他の貴族の屋敷でも、応接室には風景画が飾られていることもあった。

 ってことは、風景画自体は否定されているわけじゃ無いんだろう。

 なら、絨毯が受け入れられないのかな?


「絵は絵でしょう? 昔からある物だし、今更気にするようなことでは無いけれど、外の景色を感じるためだけに、壁一面を埋めるような物はどうかしらね」


「……ほぅ。あんまり大っぴらにしない方がいい感じかな?」


 どうにも東部の人間は保守的というか……。

 絵は昔からある物だし、当たり前の様に受け入れられているけれど、絨毯を使った部屋のコーディネートはちょっと前衛的すぎるのかもしれない。


 あまりに東部の人間の価値観から離れすぎているのなら、【隠れ家】から出さない方がいいのかな?


「まあ、リアーナでも流行るかどうかはわからないけれど、拒否される様な物ではないし、商会だってお前が望めば仕入れるはずよ。流石に私の部屋に飾るのはどうかと思うけれど、お前の部屋だったり、それこそ、いずれ建つミュラー家の屋敷に飾るのなら好きにしたらいいわ。お前の事だし、色々買い揃えたいんでしょう?」


「ぬ……」


 最後の言葉に、思わず声が漏れてしまった。


「気に入った物を買い集めたがるでしょう? 置き場はあるのだから、好きにしなさい」


 セリアーナはそう言うと「フッ」と笑っている。

 バレバレだったか。


「買った店の人が、他にも色々なバリエーションがあるって言ってたんだよね。今回はあの一枚だけで十分だけれど、折角だし、他にも色々集めたかったんだ」


 今回の王都滞在ではもう買わなくてもいいが、壁に飾る絨毯っていう新たなアイテムの存在を知ったんだ。

 今後も機会があれば増やしていきたいとは思ったんだよな。


 とはいえ、リアーナでの生活で、俺やセリアーナたちに何か支障をきたすようなら、断念していたんだが……大っぴらに人に勧めたりしなければ、問題はない様子。

 元々俺の部屋も【隠れ家】も、他所の人間が立ち入らない場所だし、何の問題も無い。


 ホッとしていると、セリアーナは視線を棚に置かれた時計に移した。


「さて……と。模様替えの案も出し終えたし、そろそろ時間も丁度いいわね。出ましょうか」


「そうだね。それじゃー戻ろっか」


 いつの間にやら時計の針は10時を回っていた。

 お出かけはもう無いが、明日からも予定は色々入っているし、そろそろ寝る用意を始める時間だ。


 ソファーの下に転がしていた【浮き玉】を足で手繰り寄せると、そのまま発動して浮き上がった。

 そして、モゾモゾ体勢を変えながら座り込むと、同じくソファーから立ち上がったセリアーナと目が合った。


「どうしたの?」


 スカートの裾を正していたはずなのに、目が合ったって事は、俺の一連の動作を見ていたんだろうが……今までも何度もしている事だし、特に珍しい事でも無いはずなんだけれどな。


「最近【小玉】に乗る機会が増えたからわかったけれど、お前……無駄に器用よね」


 もしかしたら【小玉】で試したりしてたのかな?

 呆れ半分感心半分って感じでそう言ってきた。


「む? まぁ……こっちの方が大きいしね。セリア様もこっちなら簡単なんじゃない?」


 加えて、俺の方が小さいし上で動ける余裕は大きいだろう。

 俺は「代わろうか?」と【浮き玉】を指すが、セリアーナは首を横に振った。


「必要ないわ。行くわよ」


 そして、そのままスタスタと玄関に向かって行く。

 俺は電気のスイッチを切りながら、その後を追って行った。


923


 俺が街へのお出かけに出てから数日が経った。

 王都の滞在も残すところ後僅かとなって、屋敷への来客のペースも上がってきた。


 俺たちのお客さんは、基本的に変わりは無い。

 王都で暮らす貴族の奥様方だ。


 ここ数日は、相変わらず身分が高い奥様方が中心だったが、今の王都で身分が高い貴族というと、領地を持たない貴族ばかりなんだよな。


 もちろん、時期によっては自領から王都に出てくる場合もあるんだが、今の時期は入学シーズンは終わったし、記念祭にはまだ日があるしで、皆領地に戻っているんだよな。

 まぁ、リーゼルは例外だが……。

 ともあれ、現状領地持ちの貴族はほとんどいない。


 爵位は同格でも国内での影響力は、やはり領地持ちの家の方が上らしく、公爵領の領主夫人であるセリアーナと、義理とはいえ伯爵家の娘である俺のコンビは、王族を除けば実質トップだったりする。


 その余裕があるからか、セリアーナは当然にしても、俺も奥様方の相手をするのに緊張をする事はなくなっていた。

 基本的に俺は話に参加する事はなく、膝の上に座っているだけだったが、それでも貴族の奥様との会談の雰囲気は、今回でしっかり掴む事が出来たと思う。


 今までもリアーナやゼルキスの奥様方とは顔を合わせることはあったが、ちょっと場所が中央から離れすぎていて、一般的な貴族の奥様とは少々違う。


 東部の女性貴族は皆逞しいんだ。

 全体的な雰囲気が、冒険者とか騎士の奥さんに近いんだよな。


 だから、俺はこれまで比較的気楽に会談に同席出来ていたんだが……王都はな。

 話の内容や方向性こそそこまで離れていないが、王都のお上品な奥様方とは雰囲気が大分違っている。


 俺の立場も変わるし、昔のようにただ単に座っているだけでいいのかわからなかったし、どうなるのか少々不安だったんだが、いやはや良かった良かった。


 さて、俺とセリアーナはもちろんだが、リーゼルに果てはオーギュストにもお客さんが途切れないでいた。


 今までも、リーゼルは領主として王都で他領や他国の人間だったり、中央の人間との交流を図っていたが、オーギュストも騎士団だったり冒険者ギルドだったりと、アレコレ会談を行っていた。


 どちらも、リアーナ領に関係する仕事で、何となくだが、俺もどんなことをしているのかは聞かされたし把握も出来ていたんだが、ここ数日はその顔ぶれに、見たこと無いおっさんたちが加わっていた。


 特にこの数日は、今までも忙しそうだったのにさらに追加しているんだ。

 そりゃー忙しかっただろう。


 ◇


 何だかんだで皆が忙しく、俺が出かけたその夜以来集まる機会が無かったのだが、今日は丁度時間を作る事が出来たため、夕食後に集まることになった。


 ちなみに今日の集まりはリーゼルから言い出したものだ。


 もちろん、普段もリーゼルが誘ってくることはあるんだが、その際は俺やセリアーナと違って使用人は部屋から出さない事が多い。

 だが、今日はわざわざ部屋から出している。


「それで? セラの報告を聞いた時はそのまま流していたけれど、何か方針を変えたりするのかしら?」


 セリアーナは、運ばれてきたお茶を一口飲むと、前置きを省いて切り出した。


 まぁね。


 わざわざ人払いをしているんだし、ただのお喋りじゃなくて、何かそれなりに重要な用件があるんだろうって事はわかるさ。

 そして、このタイミングでそんな話っていったら、先日俺がした報告に関する何かくらいだろう。


「わかりやす過ぎたかな? その通りだよ」


 リーゼルは苦笑しつつ、オーギュストに向かって手を振って話を始めるよう合図した。


「こちらから大きな動きを見せる事は出来ないため、冒険者ギルドや商業ギルドを通した遠回しな確認だけになりましたが、セラ殿の懸念通りでした」


 リーゼルの合図を受けてオーギュストは口を開いたが、彼曰く、どうやら先日のお出かけで気付くことが出来た腕の立つ連中は、元々は外国の貴族の護衛として王都に入って来た連中だったらしい。


 他国の貴族の護衛だろうと、しっかりチェックをしているあたりは流石だけれど、貴族街に入る訳でもなく街中で大人しく過ごしているんなら、一々呼び出したりするわけにもいかないし、どうしても街に入った後はチェックから漏れていたらしい。


 まぁ、貴族の護衛として入って来たんなら、北の教会地区とかに本来はいたんだろうしな。


「んで、その人たちが怪しいと?」


「ああ。近日中に街を発つ予定の商人の護衛として、彼等も王都を出るそうだ。商業ギルドに調べさせたところ、既に荷は用意しているそうだが、護衛に雇った連中の用事が片付き次第……そうなっているそうだ」


「随分あからさまね。私たちを待っているんでしょう?」


 セリアーナの言葉に、「恐らく」と言って、オーギュストは頷いた。

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