421

914


 店内をしばらくウロウロとしていたのだが、並べられている品は俺の目から見ても、それなりに良い物だとは分かる。

 ただ、それでも俺の部屋や、リアーナの屋敷に置くような物じゃないってのも分かるんだ。

 裕福な平民や下位貴族向けのお店なのかな?


 しかし……俺だと店の人間に認識されているのに、何も買わずに帰ってしまうっていうのもなんだしな……。


「……お?」


 どうしたもんか……と、店内を彷徨っていると、店の奥にあるカウンターの、さらにその奥の壁に飾られた、一枚の大きな布が目に留まった。

 これは……。


「何かお気に召した商品がございましたか?」


 俺から数歩離れた所をついて来ていた店員……というには、ちょっと偉そうなおっさんが、声をかけてきた。

 さっき俺が接客を断ったからな。

 気を遣わせてしまったらしい。


 ともあれ……だ。


「アレって、壁に飾ってるけど、絨毯?」


 俺は壁に飾られた布を指して、そう言った。


 壁に掛ける布っていったら、タペストリーとかが定番だが、サイズがちょっと大きいんだ。

 四畳か五畳くらいはあるかな?


 黒に近い濃い青がメイン地で、夜空を模しているのか、三日月や所々に星のような模様が編まれている。

 縁は金糸で編まれていて、額縁の様だ。


 さらに、離れて見てもわかるくらい薄く織られていて、ちょっと絨毯にするには繊細過ぎる。

 ……やっぱ違うよな?


「あちらは確かに絨毯ではありますが、床に敷くための物ではなくて、ああやって壁に飾るための物でございます」


 彼はそう言うと、商品の解説を始めた。


 壁に飾る絨毯。

 ちょっとピンと来ないが、なんでも同盟内の一部の貴族の間では、それなりにメジャーな趣味らしい。


 この世界だとテレビも写真も無いし、生身での遠出も大変だ。

 自分が出向く代わりに、他所の風景を描いた絵を飾ったりするんだろうな。

 それはわかる。


 そんな事をやるのは、それなりにお金を持っていたりする人たちで……だんだんと豪華な方向に発展していったらしい。

 自宅に招いたお客さんたちに披露したりもするし、そうなるのも、やっぱりわかる。


 俺が所有している絵の中にも、風景画ではないが、妙に豪華な絵具を使って描かれた絵があるし、そういう風に凝っていくのは、ある意味正当進化なんだろう。


 んで、絵だと素材やサイズがある程度決まってしまうため、より融通が利く絨毯も使われたりもするようになったそうだ。

 確かにこれなら絵と違って、壁一面にかけたりも出来るもんな。

 絵の方が下とか言うつもりはないが、バリエーションはこちらの方が上かもしれない。


 まぁ……そんなの抜きにしても、アレは結構俺の好みに合う品だ。


 領都の屋敷にある俺の部屋にももちろん合うが、窓の無い【隠れ家】にもよく合うだろう。

 買いだな!


「ね、アレも売り物なんだよね?」


「あちらでございますね。はい、売りに出しております。……他にも、海や雪山もございますが……」


 俺の問いに、すぐに答えてきた。

 ついでに、リアーナでは中々お目にかかれない風景のバージョンも薦めてくるあたり、中々抜け目が無いな。


 だが、雪山はともかく、その気になれば海はいつでも見に行けるって事までは知らないようだ。

 まぁ、そりゃそうか。


「そっちはいいかな。これ買うよ。おいくら?」


「ありがとうございます。こちらは、使われている素材が良い物でして、少々お高くなっておりますが、よろしいでしょうか?」


 俺が薦めを断って値段を聞くと、彼はそう遠慮がちに聞いてきた。


 元々俺は結構な稼ぎがあるにもかかわらず、生活に必要な支出の大半はセリアーナに払ってもらっているから、貯えは相当ある。

 さらに、王都に来てからの施療でも、しっかり報酬は頂いていたからな。


 俺の事を知っているであろう店員が、わざわざそう聞いて来たって事は、中々立派なお値段なんだろうが……多少どころかよほど高いものでも、今の俺は余裕で買えるだろう。


「うん、大丈夫だよ」


 腰のポーチから財布を出しながら、俺は言い淀む店員に向かって気軽に答えた。


 ちなみに今日の俺の所持金は、金貨20枚に加えて、大金貨8枚だ。

 大金貨は金貨10枚に匹敵するから、実質俺の所持金は100枚相当もある。

 大金貨は所有してこそいたが、今まで使う機会は無かったからな……いい機会じゃないか?


 さぁ、いくら! 


 と、俺は店員の次の言葉を待っていると、彼もようやく言う気になったらしく、しっかりと俺と目を合わせて、口を開いた。


「こちらは、金貨で30枚になります」


「……ほぅ?」


 ……ほぅ?


915


「……大金貨でいいかな?」


「はい、もちろんです」


 俺は財布から大金貨を出して、彼に手渡した。

 大金貨を持った俺の手は、ほんのちょっと震えていたような気もするが、きっと気のせいだろう。


 彼は恭しく両手で受け取ると、「少々お待ちを」と言って、裏に下がっていった。


 いやー……最初に入った店でいきなり所持金の3割を使うことになるとは思いもしなかったな。

 今更取り消す事は出来ないし、する気も無いが……魔道具とかならともかく、普通の調度品でコレか。

 もっと高い物を買ったことはあるし、【隠れ家】にはまだまだお金はあるが、それにしても……やっべぇな。

 気を抜いていたから、ビックリしてしまった。


 十分過ぎるくらい持ってきたつもりだったけれど……これ今日の買い物大丈夫かな……。


「お待たせいたしました。こちらへの記入をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 一店目からの思わぬ資金の消費に、ちょっと色々考えていると、奥に下がっていた店員が偉そうなじーさんとともに現れた。

 そして、俺に書類とペンを差し出した。


 書類は、誰が何を買ったかや、金額だったり届け先について書き込む欄があった。

 外で大きな物や量を買って、屋敷に運んでもらう際の受取書類みたいなもんだな。

 リアーナとかでも経験があるが、大抵テレサなりアレクなり、同行する相手が書いていたから、自分で書くのは久しぶりだ。


「サラサラサラ……っと。はい、書いたよ」


 手早く書いて店員に渡したのだが、彼は上から順にチェックを入れていった。

 何か疑問に思ったのか、途中で一瞬手が止まったがまたすぐに再開して、読み終えたようだ。


 彼は「店長」と呼びながら偉そうなじーさんに手渡すと、今度は、彼の代わりにそのじーさんが話しかけてきた。


 このじーさんが店長だったのか……そりゃ、偉そうだわ。

 とはいえ、そのじーさんも俺に対しては随分と丁寧な態度で接してきた。


「ありがとうございます。商業ギルドを通じてお屋敷にお届けしますが……お届け先はミュラー家では無くて、リセリア家のお屋敷でよろしいのでしょうか?」


「うん。お城の手前のお屋敷ね」


 俺が指定した荷物を運ばせる場所は、リセリア家の屋敷だ。

 一応、もう俺はミュラー家の人間で、普通に考えるとそっちの屋敷が滞在先だもんな。

 だから、念のために確認して来たんだろう。

 さっきの彼も、何か引っかかった様子だったけれど、このことが気になっていたのかもしれない。


 俺相手じゃ聞きにくいから店長と入れ替わったのかもしれないし……悪いことしちゃったかな?

 次の店からは気をつけよう。


 ◇


 店長を始め、店にいた店員総出で見送られながら先程の店を出た俺は、再び中央通りをフラフラと彷徨い始めた。


 いやー……あの店に入るまでは、一人で街に出てお買い物ってことで「何か買わないと」と気を張っていたのかもしれない。

 気を張って……というよりも、緊張かな?

 果たして、自分の振る舞い方はあっているのかどうか……とか、色々考えちゃうもんな。


 でも、あの店での買い物は想定以上の出費ではあったが、アレはアレである意味力が抜けて、いいリラックスになった気もする。

 店に入る前は、そこはかとなく通行人の視線も気になっていたが、今ではもうすっかりだ。


「それじゃー、次はどこ行こうかな……と」


 思ったよりも大物を買ってしまったが、とりあえずまだ一店目だ。

 所持金もまだまだ残っているし、次はもう少し小物を見てみようかな。


 通りには屋台も並んでいるが……。


 記念祭とかのお祭りの時期とぶつかっていたら、もっと屋台とかに目新しいものが並んでいるんだろうが、今は何も無い時期だ。

 元々その予定ではあったが、立ち寄るのは普通の店舗だけでいいだろう。


「ふむ……」


 とりあえずこちら側の通りから見てみようかな。

 そんで、帰りに反対側だ。


 それじゃあ、方針も決まったし出発だ。

 俺は次の店を目指して、【浮き玉】を発進させた。


 ◇


「ありがとうございました。是非またお越しください」


「はいはい。買った物、よろしくねー」


 店を出ると、店員一同が揃って見送りに出てくる。

 その彼等に返事をすると、手を振りながら店の前から離れていった。


 こういう扱いを喜ぶような趣味は無いが、それでももう何度目ともなると慣れてくる。

 いい感じに振る舞えたんじゃないかな?


 さて、俺の成長はともかくとしてだ。


「んー……と。そろそろこっち側は粗方見終わったかな?」


 最初の店に入ってから、もう何店目か。

 避けた方がいい店や、あまり興味をそそられずにスルーした店もあったが、いくつかの店を覗いては、ちょこちょこ小物を買い続けていた。

 だが、それもそろそろ中央広場に出るころだし、こっちの通りは終わりにしようかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る