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 今日は久々に一人で気ままなお出かけをする日だ!


 一人で出かけるってだけならつい先日も騎士団本部に行ったが、アレは近すぎる上に、場所も用件も決まっていたから、自由度というか……若干の窮屈さは感じていた。


 やはり、気分転換で出かけるのなら、特に何も考えたりせずに、その時の気分で彷徨いたいもんだ。

 アレだな。

 なまじ普段から重力すら無視して生きているから、何かに制限が付くと、ちょっと窮屈さを感じるようになってきているな。


 貴族っていう新たな属性が付いちゃったが、それがいい具合に俺の行動の枷になるのか、あるいは誰にも止められることなく、さらに自由になるのか……。

 気を付けないとな。


 さて、それは領地に帰ってからの課題ってことにして、今日これからの事だ。


 まだセリアーナの部屋にいるが、先日の騎士団本部へのお使いと違って、今日はただのお散歩だ。


 昨晩のうちにマイルズに使用人の見送りも不要と伝えているし、窓からではなくて玄関を利用するが、何時でも出かけられる。

 昼を回ったばかりだが、住民が用事を片付けるために街の店を利用するのは午前が多いだろうし、これから訪れる先に今から客が増えるって事も無いだろう。


 少し前に着替えも済ませたし……頃合いだな。


「よっし……準備は出来たかな。セリア様はー……商会の人が品を見せに来るんだっけね?」


「ええ。あまり他所と比べても仕方が無いし、ここに決めるつもりよ。お前が買っておきたい物は昨日書いてもらった分だけでいいのよね?」


 返事をしたセリアーナは、ソファーではなくて執務机に着いている。


 彼女が言ったように、今日はこれから商会の人間が品を持って屋敷に来るからな。

 昨日のように、午後だからといってリラックスする訳にはいかないんだろう。


 ちなみに、俺のリアーナに残っている人たちへのお土産も、一緒に購入しておいてもらう予定だ。


 また後日屋敷に呼んで、色々持って来てもらうってのも手ではあるんだが、どうせ物は一緒だし、そんな頻繁に呼ぶのもアレだしな。

 リセリア家の他にミュラー家にも呼ばれるってのは、商人にとっては良い事らしいが、俺が落ち着かないし、そこは勘弁してもらう。


「うんうん。とりあえず思いついた分を書いただけだし、もし不要だと思ったら、セリア様の方で削ってもらっていいからね」


 ってことで、セリアーナには俺がこういった物を買っておいて欲しいというメモを預けている。


 そのメモは、昨晩言われて慌てて用意した物だし、思いついたものをただただ羅列しただけで、果たして本当に必要な物だけなのかどうかはちょっとわからないが……そこはセリアーナのセンスにお任せだ。


「そう? まあ、おかしな物は書いていないし、適当に選ばせてもらうわ」


 セリアーナは返事の代わりなのか、メモをヒラヒラ振って、早く行くようにと促していた。


「うん。お願いね。そんじゃー、行ってくるね」


 俺もセリアーナに向かって手を振り返し、ドアを開けて部屋から出た。


 ◇


 屋敷から出た俺は、ふよふよと通りを進みながら、貴族街と街とを隔てる門までやって来た。


 王都ほど厳重ではないが、リアーナやゼルキスはもちろん、どこの領地の領都にも貴族街を隔てる検問はあるそうだ。

 そして、そこを通過する際には、身分や働き先によって多少の変化はあるが、通過する際には基本的に誰もが、簡単な審査を受けている。


 ちなみに、俺の場合はリアーナとゼルキス限定だが、その検問はフリーパスだったりする。

 領主の屋敷から、ふらふらーっと門の上を飛んで行くんだ。


 だが、王都は流石にそうはいかない。


 許可を取ればいけるんだろうが、今回は街に行くことは予定になかったし、


 ってことで、俺も大人しく審査を受けることになっている。


 以前王都に滞在していた時も、ダンジョンに向かう際にはこのルートを使っていたし、門に配備されている兵たちとの相手も慣れたもんだと、余裕を見せていたんだが……。


「セラ様ですね。昨日隊長から報告は受けております」


 門前で俺を見た兵士は、すぐに詰所から書類を持ってくると、記入を始めた。


「セラ様、こちらにお名前をお願いいたします」


 ポカーンとしていると、書類への記入を終えた兵士が、サインをするようにと渡してきた。

 書類を見ると、残りは俺の名前を書くだけで完了するようになっている。


「あ、うん。ありがとうね」


 兵士の馬鹿丁寧な対応にびっくりだよ……。


 今まではミュラー家の客扱いで、じーさんの関係者ってことで、大分フランクな対応を受けていたが……これは……セリアーナとかその辺のレベルの対応の仕方じゃないか?


 屋敷の使用人だけじゃなくて、兵士相手からもこういった対応をされると、流石に身分の変化を実感してくるな……。


 背中がむずがゆくなりつつ、俺はその書類に名前を記入した。


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 門を抜けて貴族街から出た俺は、街と貴族街を隔てる壁から少し離れた場所に建っている建物の陰まで行くと、一先ず【妖精の瞳】を発動した。


「よいしょっと……」


 うむ。

 頭を上に向けたら、俺の頭の上にある目玉とばっちり目が合った。


 リーゼルがしっかりと騎士団から許可を得ているし、これを使う分には何の問題も無いんだが……やっぱどう考えてもビジュアル的にやばいよな。

 リアーナですら、はるか上空以外では使わないようにしているくらいなのに、普通の人間の高さで使うことになるのか。

 一人で出かける条件の一つが、コレを使って周囲の警戒をしっかりすることだし、解除する気は無いんだが……それでも、結構ヤバいよな。


「…………とりあえず、次をやるか。ほっ!」


 目玉のヤバさはさて置いて、もう一つの条件の方もクリアしておくか。


 念のために周囲の様子を窺うが、俺を気にしている者はいない。

 場所が貴族街の手前で、そちらに用事がなければ通過する者はいないような場所だし、当たり前かな?


 お陰で、気兼ねなくアカメたちを外に出す事が出来る。


 服の中から出てきたヘビたちを、外の様子が見えて、尚且つ目立たない位置に移動させた。

 目玉もだけれど、このヘビくんたちも中々インパクトがあるもんな。

 自分で鏡を見た時も、服の中からニョロニョロヘビが生えているのを見て驚いたもんだ。


 うむうむと頷くと、3メートルほどまで高度を上げた。

 街中の移動時はここまで上げる事はないが、まぁ……まだ人のいない場所だしいいだろう。

 とりあえず、自分の目で周囲を見ると、門前やその奥にいる兵士まではっきりと見えた。


「これでも見えるかなー……と」


 ヘビたちの目を発動させてから目を閉じて、上手く視界を共有できるかを試してみた。


「ふむ……まぁ、なんとかいけるかな?」


 ヘビたちは、左右と後方をそれぞれ向かせて、俺の死角をカバーしてもらっているが、如何せん、服の襟からこっそり首を伸ばしているだけなんだよな。

 ヘビたちの視線上に髪も被さるし、ちょっと見えにくかったりするかも……と思ったが、壁越しに詰所の兵の姿まで把握できるし、このままで大丈夫そうだ。


「それじゃあ、行こうかね」


 小さな声でそう言って、高度を下げて中央通りへと戻ることにした。


 ◇


 王都の中央通りは、東西南北の各入城門から繋がっていて、距離は長いし道幅も広くなっている。

 さらに、ただの広い道路というだけじゃなくて、両側に屋台が出たりと、普段から何かと人通りは多い。

 間にある中央広場はもちろんだが、王都内の各地区で働く住民、外から王都にやって来た者たちが入り交ざった、非常に賑やかな場所だ。


 俺はその人の多い中央通りを、商業地区に向かってのんびりふよふよと進んでいた。


 今日の俺の恰好は、相変わらずの薄い青のワンピースに、【緋蜂の針】を着けてはいるものの、流石に裸足はどうだろうってことで、サンダルを履いている。

 そして、髪形はシンプルなポニーテールだ。

【浮き玉】に乗ってこそいるが、割かしどこにでもいる娘さんが、ちょっと着飾ったって感じのスタイルだ。


 ちなみに、家紋入りのマントは着けていない。


 これがあると、どこの家の人間かってのがすぐにわかるんだが、それはそれで、今俺が警戒しているのとは違う連中を引き寄せてしまったりするかもしれないかららしい。


「貴族の関係者です」って宣言しているようなもんだし、厄介避けには持ってこいって認識なんだけどな。

 昔はミュラー家の家紋が刺繍されたメイド服を着て、王都をウロチョロしていたが、何かに困るような事はなかったんだ。

 だが、俺自身が貴族になっていると、それはまた違う問題になってしまうんだとか。


「ふぬ……」


 しかし、どうにも人目を集めている気がする。

 まぁ、普通に人が宙を飛んでたら見ちゃうよな。


 俺が王都を自由に動いていたのも、もう何年も前の事だし、同じ人間がずっといるってわけじゃないんだ。

 ましてや、王都外の人間もたくさんいるこの場所。


 俺の事を知らない者だってたくさんだ。

 この注目は無視していいかな?


 それよりも、適当に店にでも入ってみるか……。


 ってことで、妙に凝った装飾の扉が何となく気になった、通り沿いの店に入ってみることにした。


 ◇


「……ほー」


 店に入ってから思い出したが、確かここは室内を飾る調度品を取り扱っている店だった。

 雑貨や絨毯、ベッド脇に置いたりするチェスト……家具というにはちょっと小ぶりな、そんな物だな。


 店の人間は流石に王都で店舗を構えているだけあって、よく教育されている。

 外を歩く人間と違い、すぐに俺が誰かわかったようで、「セラ様」と、俺の名を口にすると、接客につこうとしてくれた。


 まぁ、ゆっくり見たいから断ったけどな!


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