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 リーゼルの説明は、随分と細かく丁寧なものだった。

 多分あれをセリアーナやアレクたちがやっていたら、そこには近づくな、あっちにも近づくな。

 この範囲だけにしろ……そんな感じで終わっていたと思う。


 いや……テレサだったらリーゼルと同じ様に、細かい説明をしていたかもしれないな。


 ともあれ、お陰様で何に気を付けるのかがハッキリと理解できた。

 時間はかかったが、それなりに有意義な話が出来たんじゃないかな?


 ってことで、談話室での話は終わり、俺とセリアーナは部屋へと戻って来た。


 俺はなんと無しに窓側を漂っているが、セリアーナはソファーに座って寛いでいる。

 時間が遅いし、今日はもうこの後の用事は入っていないんだろう。


 それなら……。


「ねー」


「なに?」


 窓から離れて、セリアーナに向かって声をかけると、すぐに返事が返ってきた。

 見た感じ疲れている様子は無いし、これならちょっと話に付き合ってもらっても大丈夫そうだな。


「あのさ、さっきはわざわざ聞くような事じゃないかなって思って聞かなかったんだけどね? 聞きたいことがあるんだ」


「……なに? 改まって」


「うん。ほら、オレってお出かけするの明後日じゃない」


「そうね」


 と、頷くセリアーナ。


 今日の話し合いで必要な情報は受け取ったつもりだし、出かけるだけなら明日でも構わないんだ。

 ただ、俺が一人で街に出るってことを、色々なところに……主に騎士団にだが、伝えておかなければいけないらしい。


 先程の話し合いでも少し触れたが、万が一何かが起きたとしても、俺なら恐らく無事切り抜けられるが、そもそもそんな事態になること自体が駄目なんだ。

 んで、身分のある人間ってのは、その事をしっかり理解しているから、一人で出歩いたりはしない。


 ところが、俺は行っちゃうからな……。


「お前がリーゼルや騎士団に気を使っているのは分かるけれど、もうその旨を記した封書を騎士団に出したし、明日には街の警備詰め所に伝わっているでしょう。今更よ」


「今更かー」


「そう、今更。それに、アカメたちや【妖精の瞳】も使用することになるし、住民はともかく、街の警備隊には伝えておかなければ、賊では無くて巡回の兵と揉めることになるわよ」


「それは、勘弁してほしいね……」


 俺自身を守るのは【風の衣】がある。

【琥珀の盾】はセリアーナに貸したままだが、それでも、風があればとりあえず攻撃を受けたとしても、一撃でどうにかなるって事はないし、離脱するだけの間は稼げるだろう。


 ただ、それじゃあ駄目だってことで、明後日のお散歩では、普段は怪しすぎるから表に出さない、アカメたちや【妖精の瞳】を使用するように言われている。

 それが、俺が一人で街に出る際の条件でもある。


 その二つを組み合わせたら、セリアーナの加護の様に敵意を持つ者を見抜いたりって事は出来ないが、それでも周囲にいる生物の存在と強さを、たとえ壁の裏側にいようとも見つけることが出来るからな。

 見分ける事は出来なくても、それでも商人にそぐわない力や武具を持っている者がいたら、そこを避けてしまえばいいし、襲撃に遭う可能性を一気に引き下げることも可能だ。


 そこまでやってようやく、一人で俺を街に出かけさせられるようになる。


 ……いやー、本当に大事になってるよね。

 正直そこまで大事になるとは思っていなかったし、初めにその事が分かっていたのなら、一人で出かけたいとか言い出さなかったんだけれど……。


「まあ、お前の身分が変わっても、リアーナでもゼルキスでもこれまで通りで構わないわ。ここまで手間をかけるのは王都でだけよ。結果論になるけれど、そもそもこんな状況になるまで、賊を何かに利用できないかと放置していた騎士団や、そこと繋がりのある貴族の責任なわけだしね。これを機に、しっかり綺麗にしてもらいましょう」


「うん」


 薄い笑みを浮かべながら、セリアーナがそう言ってくるが、いやはや……それでもやっぱり申し訳なさが先立ってしまうな。


「お前を自由にさせておいた方が、思わぬ結果を拾ってくることがあるのだし、多少の手間はかけさせられても、結局はその方が利益になりそうなのよ。リーゼルもその事が分かっているし、気にしなくていいわ」


「ぬ……」


 まぁ、確かに俺と同じ様な事をするのは他にいないだろうし、そういう意味では、好きにさせておくってのも理解出来なくもない。

 これが他の人が言っていたら、俺を気遣ってって見えなくもないが、セリアーナだしな。

 多分、本当にそうなんだろう。


 もしかしたら、今回の件もそれを期待されてなのかな?


 それなら……「ふんっ」と、俺は小さく気合いを入れた。


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「……ん? どうかした?」


 気合いを入れていると、セリアーナはその俺の様子を眺めていたんだが……なにやら視線がジトっとしている。

 何か今のやり取りで呆れられるような要素ってあったかな?


「お前が何を気負っているのかは何となく想像つくけれど……。今回の街の散策では、お前に何か成果を期待したりはしていないわよ?」


「ぬ?」


 何かアレコレと手間をかけてくれてるし、てっきり散策ついでに何かしら見つけて来いってのかと思ったんだけど……違うのかな?


「むしろ、滞在期間はもう少ないのに、その状況で何かを見つけられても困るだけよ。もし何かを見つけても、伝えるのは私たちだけにしておきなさい」


「……それはそうかも」


 あるかどうかは別にして、たとえば、アカメをゲットした時のような何かがあったとしても、解決まで付き合えるかどうかわからないもんな。

 そりゃー……俺だけなら一人でリアーナまで余裕で帰還する事が出来るし、別にそれが終わるまで付き合ってもいいんだが、養子の手続きを終えた今、俺の任務はセリアーナの護衛だ。


 俺がいなくても、リーゼルやオーギュストがいるから危険は無いだろうが、それでも【浮き玉】だったり【隠れ家】といった小ネタがあるからな。

 安全かつ快適な帰路のためにも、俺が一緒の方がいいだろう。

 納得して、俺はコクコクと頷いた。


「お前にとっては、動ける範囲は狭いかもしれないけれど、まあ……十分でしょう?」


「うん。もともとこっちとかは近付いてなかったしね……ちょっとここら辺は見てみたかったけど……」


 セリアーナの言葉に、地図を指しながら返事をした。


 俺が行ってもいいと言われたエリアは、中央広場から西側全般だ。


 東街の中ではあるが、比較的中央広場寄りの冒険者地区が除外されているのは、やっぱり様々な地域から集まる冒険者を警戒しているのかもしれないな。

 別にダンジョンに入ったりはしないが、ちょっと今の冒険者ギルドの状況とかも見てみたかったんだが……仕方ないか。


「今回はそこは止めておいた方がいいわね。お前なら今後も王都を訪れる機会もあるでしょうし、またその時にしなさい」


「はーい」


 確かにそりゃそうだな。


 俺はセリアーナの言葉に適当な返事をしつつ、再度地図に視線を戻した。


 ◇


 セリアーナたちから街へのお散歩許可が出た翌日。


 俺はセリアーナの客との面会に同席して、その客に施療を行いつつ完了したら報酬と、ついでに俺への贈り物を頂いて……と、いつも通りに一日を過ごしていた。


 朝や昼過ぎに、少し玄関周りがざわついている時間もあったが、恐らく騎士団への連絡だったりその返事だったりだろう。

 どんな事を書いていたんだか分からないが、本当に大事になっていることに少々ビビってしまった。

 前日の話で分かっていたつもりだったが、玄関から少し距離のある談話室にいながらでも、その気配が伝わるくらいには大掛かりだったからな……。


 後で聞いたところ、リーゼルは騎士団だけじゃなくて、俺が訪れるであろうエリアや、そこに建っている店と繋がりのある貴族にも、俺が訪れるかも知れないとの連絡を入れておこうとしていたらしい。


 それは相談を受けたセリアーナが止めたらしいが……たまに思うけど、リーゼルは結構な過保護だよね。

 グッジョブだセリアーナ。


 だが、これに関しては、俺がリーゼルの前で力を振るう機会ってのがほとんど無かったからってのもあるかもしれない。

 俺の戦闘能力はともかく、基本的に冒険者として活動しているし、戦闘方面以外の判断力だとかが未知数なんだろうな。


 オーギュストや他の者から少しは聞いているかもしれないが、日頃の彼の前での俺は大抵そこら辺を漂っているだけだし、それで全面的に信用するってのも難しいだろう。


 というか、むしろ血の気の多い奴って思われているのかもしれない。

 肩がぶつかったから……とか、目が合ったから……とか、チンピラっぽい理由で揉めたり……冒険者とかだとよくあるしな。


 だから、リーゼルがちょっとばかり不安になって、他の家に話を持って行って協力を仰ごうって考えても不思議じゃないか。

 むしろ、妥当だ。

 妥当ではあるが……。


 流石に王都での残り短い滞在期間で、俺の慎重で知的なところを披露する機会なんてないだろうが、領地に戻ったらリーゼルのそこら辺の認識を、どうにかして改めさせておいた方がいいだろうな。


 お散歩を翌日に控えて、俺は割とどうでもいい決意を固めていた。

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