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「ふーむ……ふむむ……」
今まで俺が見てきた店は、中央通りの南側だった。
王都を大きくエリアごとに分けると、南側は貴族街が広がっているから、中央通りから外れた場所には街は広がっていない。
だから、この中央通り沿いを見るだけでも十分なんだが、反対側はどうだろう。
商業地区から外れて、北に進んで行くと外国人たちの居住地に入っちゃうからな。
あまり行き過ぎないように気を付ける必要があるが、それでも一本か二本奥に入っても何か見れそうな気もするし……。
こっち側の通行人とは、またちょっと違った人たちがいるかもしれない。
「とりあえずぶらつきながら考えるか」
事前にファイルで予習していて、ある程度店の情報を持っていても、こっちの通りだけで色々面白い物が見れたんだ。
実際に行ってみたら、また何か見つけられるかもしれないし……中央通りを一回りしたら、奥にも行ってみるかな!
◇
「うーん……意外と見るものが無いよな……」
中央通りの北側を一通り覗いてみたのだが、今一つ心惹かれる物を扱っているお店は無かった。
もっとも、扱っているもの自体は悪い物ではないし、むしろ良品ばかりと言ってもいいくらいだ。
ただなー……。
俺が最初見始めた、通りの反対側の店と扱っている商品が似ているんだよ。
通りの北と南で別れてはいるが、同じような場所だし、無理も無いのかもしれない。
北側から見始めていたら、そっちの店の方で色々買っていただろうな。
ともあれ、一応入った店では買い物をしているし、何だかんだで所持金の半分はもう使っている。
もちろん、こちらの通り側の店でもだ。
「ふむ」
何だかんだで、中央通りの行ける範囲を一周してしまって、貴族街への門がすぐ側に見える場所にまで来てしまった。
さてさて、これからどうしたものかと、建物の壁に背を着けて通りを見ながら唸っていたのだが……。
「……お嬢ちゃん、あんた確かリセリア家のセラ様だよな? どうかしたのかい?」
俺の様子が気になったのか、屋台のおっさんが声をかけてきた。
何気に今日初めて、店の人間以外から話しかけられたな。
王都で屋台を出せているだけあって、身元もしっかりしているし、最低限の情報は持っている様で、俺の事は知っていたらしい。
ただ……最新の情報ってわけじゃ無く、俺がリセリア家に仕えている時代で止まっている様だ。
ふ……まだまだだな。
俺はもうミュラー家のお貴族様だぜ。
その事を考えたら、この気やすい口の利き方は咎めるのが正しいのかもしれないが、わざわざそこを突っ込むのは野暮かもしれない。
数日前になったばかりだしな。
ともあれ、わざわざ気にして声をかけてくれたんだし、お返事だ。
「どうかしたってほどじゃないけどね。ちょっとこの後どこに行こうかと思って……。あ、おっちゃんさ、向こう側ってどんな感じなのか知ってる?」
何かあった訳ではないと答えたが、ついでに向こう側の様子はどんな感じなのかを、聞いてみることにした。
この通りで屋台を出しているくらいだ。
もっと奥の、外国人地区についてはともかく、すぐそこの事なら何かしらネタを知っているかもしれないもんな。
おっさんは俺が指した方を見ると、黙って頬をかきながら考え込んでしまった。
ちょっと聞き方がアバウト過ぎだったかな?
とはいえ、それも数十秒の事。
考えがまとまったのか、こちらを見て口を開いた。
「向こうはなあ……。他国の人間が出入りしているだろう? ここの住民ならともかく、俺たちみたいな者は近付かないな」
「うん? おっちゃん、王都の人じゃないの?」
「ああ、俺たちは近くの村に住んでいて、交代でここの屋台の番をしているんだ」
「へぇー……」
交代ってなんだ……と、聞いてみると、簡単にだが教えてくれた。
王都周辺の村の住人が、そこの特産品なんかを王都でも売るための場として、屋台を出しているそうだ。
んで、商品の補充に定期的に村から人がやって来るが、そのついでに交代しているんだとか。
そして、屋台の番をするために王都に残っている間は、そこら辺の宿を利用しているらしい。
王都圏なら東部と違って、護衛がいるのなら比較的気楽に外を移動できるし、それなら人が多く、物が売れそうな王都で商売をって考えるのも納得だ。
しかし、屋台か。
王都で店を持つのは簡単じゃないもんな。
屋台ならハードルはずっと下がるだろう。
今まで特に意識していなかったが、出稼ぎみたいなもんもあるんだな。
すぐ近くの村で、王都の貴族がスポンサーをやっている農場があるが、あれは直接屋敷に納めているしまたちょっと違うかな?
王都圏ならではの色々な商売形態があるんだな。
面白い。
……っと、それよりも続きだ続き。
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「近づかないなら、向こうの事とかは知らないかな?」
いくら王都圏に住むこの国の人間とはいえ、厳密には王都の住民じゃないんだし、外国人の住む場所で何か揉め事が起きたとしても、どこまで親身になってくれるかわからないそうで、極力近付かないようにしていたらしい。
多少なりとも、騎士団の事を知っている身としては、そんなこと無いよと言いたいが……彼等はそんな事を知らないだろうし、その距離の取り方が正解だろう。
しかし、それだと俺が聞きたいような情報は知らないのかもしれないな。
「そうだなあ……。向こう側にも店なんかはある事はあるが、どちらかってーと、商人向けの店だったりするしな。お嬢ちゃんが見に行っても、面白い物は無いんじゃないか?」
「ははぁ……ん」
おっさんの言葉から推測するに、卸売りの市場や問屋街みたい感じか。
それなら、彼は街に店舗を構えているわけでもないし、あまり用は無いんだろう。
リアーナの領都では、商会の倉庫や職人の工房とかは街の隅に建っていたが、卸売りってのは無かったはずだ。
まぁ、街の規模を考えたら、わざわざそんな場所を作らなくてもよかったのかもしれない。
あの街の商会は、ほとんどが領都が本拠点で、他所の街に拠点を持っている商会とかもほとんど無かったもんな。
「もし向こうを見に行くってんなら、案内でもつけるか? 俺は屋台があるから離れられないが、声をかければすぐに仲間を集められるぞ? 一人で行くよりはいいんじゃないか?」
「うん……。いや、大丈夫だよ。ありがとーね」
俺がそう告げると、おっさんは「そうか」と小さく呟き、肩を竦めながら自分の屋台に向かって歩いて行った。
向こう側については詳しくないって言っていたが……。
俺の事を気にしているあたり、もしかしたら、外国人が多いからとか関係無しに、あまり治安は良くない感じなのかな?
彼の態度を考えたら、なんかそんな気がしてきたな。
普通に考えたら、近づかない方がベストなんだろうけれど……まぁ、気を抜かなければ問題無いだろう。
気を引き締めると、俺はゆっくり中央通りを外れて、北に向かっていった。
◇
中央通りから小路に入った、一画。
勝手に俺は問屋街と名付けたが、そこに踏み入ってしばらくウロウロしていた。
「……なるほどなー」
ウロウロジロジロと、しばらくしていたが、何となくここの事が理解出来て来た。
確かに表通りに比べると、こちら側は随分と治安が悪い気がする。
ゴミが散乱していたりするわけじゃ無いが、建物の間とかを見ると雑草がボウボウだったり、その建物の壁や屋根を見たら、ちょっと割れたりひびが入っていたり……。
ただ単に建物が古いってわけじゃ無くて、手入れがされていない感じの建物が目に付く。
昔ジグハルトを勧誘しに、冒険者ギルドの裏手の地区に行ったことがあるが、そこと似たような空気だ。
ただ、確かに治安が悪いんだが、犯罪者が潜伏していたりとか、そういった治安の悪さじゃない。
あくまで、荒っぽい連中が多く出入りしていて、その連中に合わせた雰囲気になっているってだけだ。
堅気にしたら、そりゃーあんまり積極的に関わりたくないような連中だろうが、リアーナの冒険者に慣れている俺にとっては、なんてことは無い。
それに……今も通りのそこらで俺の事を見ている、一見ガラが悪く見える連中も、実力はリアーナの新人冒険者にだって届かないくらいだ。
彼等もその事を理解しているんだろう。
いかにも場違いな俺が先程から堂々とうろついているのに、視線は向けて来ても、声をかけたりはおろか近付いて来ようともしない。
うむうむ。
ただの見た目が荒っぽいおっさんたちってだけだな。
それじゃあ、改めてここら辺をうろついてみますかね。
◇
「なるほどなー」
一通りこのエリアを見て回って、何度か繰り返した言葉を再度呟いた。
荒くれどもを気にする必要が無いと分かった以上、堂々と店とかにも突っ込んで行けた。
全部の店を見て回れたわけじゃ無いが、いくつか見た中で特に多かったのが、比較的安価そうな食器だったり家具だったり、作り始めてから完成まで、ちょっと時間がかかりそうな物だった。
王都じゃよほど大きな商会でもない限り、倉庫なんて持てないだろうし、小さなお店はこういったところで調達するんだろう。
この辺の店も、例のファイルで多少は扱っている品を把握していたが、より詳しく知る事が出来たな。
俺には必要ないが、表通りのお高い店と違って、わざわざ物を買わないと……とか考えなくていいし、むしろ気楽に見ることが出来た。
何気に、この世界で初めて何も考えずに、ウィンドウショッピングをやった気がするな。
さて……店と扱っている商品に関しては、うろつくことでスッキリしたが、逆にそのお陰で気になる事がいくつか生まれた。
それはどうしようかな……。
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