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906 セリアーナ・side その4


 一先ず一つ目の問題点と、回避・解決手段は決まったし、次の問題点だ。

 と言っても、一つ目が最も重要な問題というだけであって、残りはそこまでたいしたことではない。


 二つ目の問題は、高位貴族の娘が一人で王都を出歩く事だ。


 下位貴族の娘ならば、かつてのエレナの様に高位貴族の女性の護衛だったり、冒険者になっている場合もあるし、一人で外に出る事もある。

 ただ、その場合でも馬に乗ったり、何かしら武装した状態でだ。


 さらに、自分が生まれた領地の中から出ることは滅多に無いし、下位とはいえ、貴族の娘ならば、その街の人間も素性を知っているから、一人で出歩いていたとしても、手を出そうとする者はいないだろう。


「家紋入りのマントを持っていたね? だが、セラ君の場合は使わない方がいいか。平民の間でどこまで彼女の事情が知られているのかはわからないが、余計な者を集めてしまうかもしれないし……」


「そうですね。セラ殿は王都の住民の間でも比較的知られているでしょうが、彼女の身分事情についてまではどこまで広まっているのかわかりません。セラ殿の目的を考えるなら、むしろ無い方が動きやすいかも知れませんね」


 身分と身元を周囲にハッキリと知らしめるという事は、余計な危険を遠ざけるにはいい手ではあるが……二人が話しているように、私やリセリア家・ミュラー家に関係なく、貴族の令嬢が一人で出歩くようなら、逆に危険を引き寄せてしまう事もある。


 そのような事を行うのは、王都圏で活動する犯罪者連中だろう。


 もちろん、その連中だって貴族を相手にしたら分が悪いのはわかっているから、敢えて家紋を掲げた娘を狙うような事はないとは思うが、それでも絶対だとは言えない。

 やりようによっては、攫って金に換える事は出来るだろうし、もっと簡単に、家に脅迫でもしてしまえば、金を引き出させることも出来るだろう。


 セラはいくらでも打開できる術を持っているし、セラ自身に危険は無いだろうが、本来いくらでも避ける事が可能なのにもかかわらず、下らない騒動に巻き込まれるようでは、ウチやミュラー家の看板に傷がついてしまう。


 もっとも、セラならそんな事態に陥る前に、離脱するくらいの判断は出来るだろうが、だからと言って、気を抜いてその可能性を無視していいものではない。


「それが妥当でしょうね。まあ……あの見た目なら、たとえ詳しいことを知らなくても、そうそう手を出そうとする者はいないでしょう」


 貴族街や、冒険者ギルド。


 その他にも、中央広場周辺の店舗やそこに出入りする者なら、妙な玉に乗って空を飛んでいる娘を見たら、直接面識が無くても、それがセラだとわかるだろう。

 それ抜きでも、あの見た目から、ただものでは無いという事が理解出来るし、危険は無いか。


 だが、賊には警戒しているが、そことは全く関係の無いところで問題を起こすようでは、私たちや騎士団が何かと備えている意味が無い。

 そこは、セラにしっかりと後で伝えておかなければいけない。


「この点は、これくらいでいいとして……。次は……そうね。そもそも貴族や平民といった身分を問わずに、一人で街を歩くような事は歓迎出来ないわね」


 さて……つい今まで話していた、貴族の娘が一人で出歩くという問題だが、身分など関係無しに、そもそも若い娘が一人で街を出歩くという事自体が大きな問題だったりもする。


 住民全てが顔見知りで、外から人が入ってこないような、小さな村なら構わないかもしれないが、ある程度の規模以上の村や街なら、極力避けるべきだろう。


 ましてや、ここはこの国で最も人が多い王都だ。


 身分が確かな屋敷の使用人が、決まったルートを使って馴染みの店に足を運んだり、しっかりと武装をした女性冒険者が、冒険者関連施設を出入りする……女性が一人で出歩くとしたら、それくらいだろうか?


 その事を考えたなら、出かけるのを止めさせてしまえばいいんだろうが……。


 額に手を当てながら溜息を吐くと、向かいの席から、リーゼルの小さな笑い声が聞こえてきた。

 どうやら、私の様子がおかしかったらしい。


「君が駄目だと言えば、セラ君も外に出るのを我慢するんじゃないかい?」


「セラ自体は、どうとでも切り抜ける技量があるのよ。それに、あれであの娘は油断はしないし……。外の狩場やダンジョンならともかく、街中で恩恵品や加護を使って戦う訳にもいかないことは分かっているから、少しでも怪しい場所には近寄ったりはしないでしょう。問題無いと思うわ」


「確かに、セラ殿は少々慎重すぎるくらいですからね。それでも万が一という事もありますし……どうでしょう? 【妖精の瞳】とヘビたちの使用を許可してみては? セラ殿は王都内で従魔を動かす認可を受けていたはずです」


 オーギュストがそう提案してきた。


 恩恵品と従魔。


 その二つは少々外聞が悪くなってしまうから、普段は街中での使用を控えさせているが、使いさえしたら防衛という面では私の加護にも匹敵する。

 実に手堅い意見だ。


 リーゼルの方を見ると、彼もこちらを見て頷いている。

 まあ……それが妥当なところだろうか?



907 セリアーナ・side その5


 セラ個人の問題から始まって、街や他の人間の事情……それ以外にも、あの娘が気を付けるべきことを列挙していった。


 列挙した……とはいえ、数こそ多いもののどれも大した事ではなく、しっかりと説明しておけば、十分回避できることばかりだ。

 そもそも、普段から人間相手には特に気を遣っているセラなら、あえて言わなくても必要は無いだろうが……日頃から気を付けていても、アレは攫われたり襲われたりと、何かと不運な目に遭う娘だ。

 念を入れるにこしたことはない。


 しかし……。


「二人とも、時間を取らせて悪かったわね」


 昼食は出先でとってきたようだが、それでも帰って早々に、セラの件で時間を取らせてしまった。

 あの娘はミュラー家と私の間の繋がりで、二人は直接関係は無いのに……少し申し訳なく思えてくる。


 その事を伝えると、リーゼルは笑いながら首を横に振った。


「セラ君に不便を強いているのは、リセリア家の事情だろう? わざわざ王都までやって来たにもかかわらず、屋敷にずっと留まって貰っているからね。これくらい大したことじゃ無いよ」


 リーゼルがそう言ったかと思えば。


「そうですね。我々ももう少し王都で動くことが出来ていれば、ここまで事態を長引かせることがなかったかもしれません。王都を発つまでもう日はありませんが、少しはセラ殿も自由な時間を持っていただかなければ……」


 オーギュストも、そう言った。

 二人とも、ここにはいないセラに申し訳なく思っている様だ。


 王都に到着してからのセラの役割は、会談時の施療に加えて私の護衛も含まれている。


 それ自体はリアーナの屋敷でも一緒だが、ここはリセリア家の屋敷だとはいえ、王都は慣れない土地だし、屋敷の人間も私にとっては馴染みのない者たちばかりだ。

 その状況で、私が加護を緩めるようなことをしないのは二人とも理解しているだろう。

 そして、その私の護衛を務めているセラも、私同様……あるいは、それ以上に気を張っていると考えているかもしれない。


 領地では私の側にはエレナやテレサもいて、セラ一人で私を守る状況という事態にはまずならないが、王都では、オーギュストたちはいるが、彼等の役割はリーゼルの護衛が第一だ。


 その分セラの負担が増えている……リーゼルたちがそう考えているかもしれない。


 二人が、妙にセラに気を遣っているように見えるのはそのためだろうか?


 実際は、屋敷の中にいる事が飽きたとかその程度の事で、ただの気分転換でしかない。

 リアーナの屋敷でもよくあったことだし、気にするようなことでは無い……そう伝えようと口を開いたのだが……。


「二人とも……あら?」


「うん? どうかしたのかい?」


 私の次の言葉を待って、リーゼルたちはこちらを見ているが、それを無視してしばし集中する。


 二人に気にするなと伝えようとした、丁度そのタイミングで、セラが部屋から動き出したことがわかった。

 部屋から出て廊下を進み、1階に到着したところで使用人と何か話でもしているのか動きを止めている。


 セラは部屋でファイルを読んでいたのだが、出てきたという事は……。


 あれでセラは根は真面目だ。

 やらなければいけないことがあるのに、その場を離れて他の事をするような真似はしないだろう。

 と、いう事は、ファイルを読み終えて、しっかりとその内容を頭に入れたという事だ。


 それなら向かう先は……。


「セラが部屋から出てきたわね。こちらに来ているみたいよ」


 大方ファイルを読み終えて、一人で部屋で待っているのが退屈だから、こちらに合流する事を選んだんだろう。


 しかし、それならそれで好都合でもある。

 三人で話していたことを伝えてしまおう。


 ◇


 セラが部屋を出た事に気付いてからしばらく経った頃、私たちがいる談話室に、セラが到着した。

 普段のセラからしたら、大した距離ではないのに随分と時間がかかったが、それは案内に使用人を伴って来たからだろう。


「おじゃましまーす」


 ともあれ、そのセラが呑気な顔で部屋の中へと入って来た。


 服装こそ部屋で別れた時と変わりないが……。


「お前、その頭でここまで来たの?」


「うん?」


 私の言葉にセラは首を傾げているが、その頭を見れば、セラが部屋でどのような恰好でファイルを読んでいたのかが、すぐにわかる。

 私が額に手を当てて溜息をついていると、その代わりという訳では無いだろうが、リーゼルはセラを見て笑いながら声をかけた。


「ふっふっ……。セラ君、そこに鏡があるから見てみるといいよ。オーギュスト、セラ君の分と、僕らの新しいお茶の用意を頼んできてくれ」


 オーギュストはその言葉に頷いて立ち上がると、部屋の外で控えている使用人の下へと向かって行った。

 なら、私は。


「セラ」


「ほ?」


 鏡に向かおうとしているセラを呼び留めると、私は自分の膝を指した。

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