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904 セリアーナ・side その2


「ああ……。セラ君が街の様子を見に行きたいんだね」


「ええ」


 私が貰った、王都の商会の内部事情が記されたファイルの事は、リーゼルも既に知っている。

 それをセラに読ませていると伝えただけだが、何のためにそうしたのか理解したらしい。


「一人で行くのかな? セラ君なら、出歩いても危険は無いだろうから、問題無いが……」


 と、少し考えこむようなそぶりを見せたが、すぐに顔を上げた。


「廊下で話す事でもないか。とりあえず談話室へ行こう。君は一人だが……構わないかい?」


「問題無いわ。行きましょう」


 リーゼルの言葉に頷き、談話室へと進み始めたのだが、言い出した当の彼が何故か足を止めている。


「どうしたの?」


 振り返り、行かないのかと訊ねると、リーゼルは視線を下に向けている。

 少し困った様な表情……時折セラに向けているのと同じような表情をしているが……どうしたんだろうか?


「ああ……うん。ところで、君はソレに乗ったままなのかい?」


 何事かと思ったが……リーゼルが見ていたのは、私が乗っている【小玉】だったようだ。


「そうよ。領地ではあまり乗る事も無いし、いい機会だからこちらで慣れておこうと思って、セラから預かっているのよ。何か問題でもあるかしら?」


 領地の屋敷では、普段は移動中にも、エレナたちと何かと打ち合わせをする事があるし、彼女たちと目線の高さや速度を合わせるためにも、自分の足で歩いている。

 だが、こちらでは使用人を除けば、私の側にいるのは【浮き玉】に乗ったセラだけ。

 お陰で、気兼ねなく使う事が出来る。


「……フフ」


「そうか……。いや、セラ君には【浮き玉】があるし、そちらは使わないか……。彼女がいいのなら僕からはなにもないよ。行こう」


 リーゼルは気を取り直したようにそう言って、オーギュストを伴い、前を歩きだした。


 ◇


 談話室に向かう途中に廊下で会った使用人に、部屋までお茶を持って来させると、リーゼルは一口飲んで口を開いた。


「それで、セラ君はどこに行きたいかとかは決めているのかい? いくらセラ君でも、視察では多少の制限が付いてしまうし、どこにでも……とはいかないよ?」


「そうですね。中央広場やその周囲ならば問題ありませんが、あまり貴族街から離れると、流石に安全は保障できません。何人か街に配備しておきましょうか……」


 内容は廊下で少し触れた話の続きだ。


 セラが街の様子を見に行きたがっている事は、リーゼルもオーギュストも理解している様だが……どうやら、まだまだ彼等はセラの事を理解していないようだ。

 多少はセラに慣れてきているが、それでもアレの行動を真面目に考えすぎている。


「必要ないわ。別にあの娘が外に出たがっているのも、王都の視察では無くて、ただ単に屋敷に留まり続けることに飽きたからって事だし、気分転換に少し好きに外を飛んで回りたい……それだけよ」


 二人は顔を見合わせたかと思うと、ほんの数秒だが、言葉を失ってしまったようで、その体勢のまま黙り込んでしまった。


「つまり、目的は無い……と、いう事かい?」


「そうね。強いて言うなら、外に出ることが目的かしら」


「……なるほど。わかってはいたつもりだったけれど、セラ君はずいぶん自由なんだね……」


 そう言って、苦笑を浮かべた。


「そうですね……。ですが、それなら危険も無いでしょう。例のファイルを今読んでいるという事は、セラ殿は中央広場や商業地区の店でも覗きに行くのでしょうか?」


 そう言ったオーギュストも、リーゼルと同じような表情をしていた。


 あの娘は、平民でありながら多数の女性貴族から支持されているという、ただでさえ特殊な立場だったのに、今では伯爵家の娘だ。

 彼等も、今まで以上に気を遣う事になるだろう。

 もっとも、屋敷に縛り付けたりは出来ないし……彼等も大変だ。


 とりあえず、この滞在期間のあの娘に関しては、気を遣わなくていい事を伝えておくか……。


「セラは何度か王都に来たことがあるでしょう? その滞在中に立ち寄った場所が、何か変わっていないかを見てみたいそうよ。元々、一人で危険な場所には立ち寄らないようにしているから、オーギュストが言ったように、出歩くにしても、中央通りから西側の治安のいい場所でしょうね」


 それを聞いて、二人は「ああ……」と息をついている。


「随分セラに気を配っているわね。今までもそうだったかしら」


 それとも、街で何か気を付けなければいけないような事態でも起きているのか……。


「領地への帰還には、彼女の力を借りる機会もあるかもしれないからね。もっとも、今のところその可能性は高くは無いし、無駄に終わるかもしれないけれどね。後は……単に貴族の女性が一人で出歩くという事の対処の仕方に慣れていないだけかな? セラ君に関しては心配はいらないだろうけれど……それでもね」


 リーゼルはそう言うと、肩を竦めながら笑っていた。


905 セリアーナ・side その3


 差し当たって、セラが一人で街をうろついた際に起きるであろう問題を三人で挙げていき、そして、回避や解決法も考えていった。


 まずは、私との繋がりが強い者が、一人で街中を出歩くということ。


 王都の騎士団が常に監視を行っているから、賊はうかつに行動できないでいるし、何より狙いは私だから、わざわざ空を飛んでいるセラを狙うような事はないはずだが……一人でフラフラ漂っているとどうなるかはわからない。


 これに関しては、そう難しいことでは無い。


「……移動する範囲に気を付ければ問題無いね」


「そうですね。奥まった小路に入らなければ、手を出すような隙は無いでしょう。仮に襲われたとしても、セラ殿なら上空に逃れることが出来ますから心配はいらないでしょうが、それでも下手に相手を動かして、帰路での行動が読めなくなるのはまずいですからね……」


「そうね。行動範囲は、ここまでにさせておきましょう」


 二人の言葉に従って、机に広げられた王都の地図に線を引いた。


 今引いた線の外に賊が拠点にしている宿等があって、必ずしも安全とは言えないエリアになっている。

 街にいる賊たちは、警戒を緩めるわけにはいかないが、少なくとも街中では手を出してこないというのが、私たちや騎士団の共通の考えだ。


 賊は私を狙うために残っているが、だからと言って、自滅覚悟で仕掛けてくるとは思わない。

 所詮は、彼等は下っ端、雇われだ。


 どこかに指揮役がいるだろうし、監視役もいるはずだから、ある程度は統率の取れた動きをするだろうが、どこまで本気で襲ってくるかはわからない。


 王都を発った後、港への道中での襲撃に全力で来るのは、周辺に潜伏している連中を含めても、いいとこ3分の1程度と見ている。

 残りは、周囲に回って、こちらの退路を断ちながら、適当な牽制程度しかしてこないだろう。


 賊の目的は私の命だが、私を殺す事が出来ても出来なくても、襲撃後には生き残った賊はそこから離脱をしなければいけない。

 最後の一人になるまで戦うような忠誠心は無いに決まっている。


 ただ、離脱だって簡単に出来るものでは無い。


 そもそも、それが可能ならとっくにしているはずだ。

 だから、捕らえられることを前提に、敵意を極力示さずに大人しくしているだろう。


 賊の行動をこちらで勝手に推測するのは、どうしても都合の良い方に考えてしまいかねないが……実は西部の人間を使った襲撃は、同盟内で何度か行われていたらしい。


 数は少ないから、私もリーゼルから聞かされるまで知らなかったし、国内でもほとんど知られていないが、それでも、対処法や処罰の参考に十分なっている。


 ちなみに、襲撃に消極的参加の賊は、数年の賦役を課した後に辺境の開拓地送りが一般的らしい。


 その判断の基準は、襲撃を受けた側だし、必ずしも分がいいとは言えないが、その連中にとっては、そもそも参加すること自体が本国での力関係による、押し付けの様なものらしく、国を捨てる丁度いいきっかけになっているそうだ。


 下らない……と、思わなくもないが、平民には平民なりの上下関係があるんだろう。


 ともあれ、今回王都圏に残っている者たちの大半は、逃れるタイミングを失って襲撃のメンバーに加えられてしまっただけで、その例に倣うだろうと考えている。


 その連中を刺激せずに、初撃を防ぎきるだけの戦力を用意したら、襲撃はほぼしのげるといっていいだろう。


 ただ、それはあくまで、何も起きずにこちらの想定通りに事態が進んだら……の場合だ。


 だから、下手にセラを自由に動かさせて、王都に留まる賊を刺激したくない……と、リーゼルたちは考えているのだろう。

 彼等からしたら、帰路の道中の防衛策にも影響が出るかも知れないし、無理もない。


 地図を眺めながらそう考えていると、こちらの顔色を窺うような視線に気付いた。

 リーゼルか。

 どうにも、セラに関してはどう接していいのか、分からないでいる様だ。


「セラなら問題無いわ。適当にそのエリア外に出るなと言っておけば、大人しく従うはずよ」


「そうか……。まあ、それは君に任せるよ。いいかな?」


 私の言葉に、小さく息を吐くと、リーゼルはそう言ってきた。

 セラなら、「その範囲の外には出ないように」とだけ伝えておけば、大人しく従うだろう。

 楽な仕事だ。


 さて、これが一番の懸念だっただけに、少々時間を取ってしまったが、まだ他にも気を付けるべき点は残っている。

 それらに関しても、さっさと片付けてしまおう。


「ええ。次に進めましょう」


 私は次に移るように促した。

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