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 さてさて。

 俺のメモを基に、騎士団本部でのやり取りや、騎士団がどういう事を考えているかの推測をしていたリーゼルたちだが、それも終わり、二人揃って俺たちの方へとやって来た。


「随分話し込んでいたけれど、もういいの?」


 セリアーナは向かい側に座ったリーゼルたちに向かって、少し呆れた様子でそう言った。


 俺が飽きて話し始めたのが、リーゼルたちにメモを渡してから20分くらい経ってからで、さらにセリアーナとも20分ほど話していたからな……。

 本当に、あのメモから何を読み取っていたんだろう?


「ああ。十分だよ」


 と、肩を竦めながら、オーギュストに何事か指示を出した。


 指示を受けたオーギュストが、テーブルの上に地図を広げたり、所々に俺のメモを置いていったりと準備をしているが、このリーゼルの様子は……。


「なにかマズいところでもありました?」


「うん? いや、そんな事はないよ。ただ……どうにも後手に回るしかないからね」


「ほーう……」


 マズいことは無いとは言っているが、どうにも芳しくなさそうだね。

 とりあえず、適当に頷いて、話が始まるのを待つことにした。


「お待たせしました。それでは、説明に移ります」


 待つ事数分。

 準備が整い、オーギュストが説明を開始した。


 基本的に俺が騎士団本部で聞いた事のおさらいの様な感じで、メモだけじゃわかりにくかった箇所を、俺に質問して、その都度答える……。

 そんな感じで進んでいった。


 セリアーナも、夕方の俺の説明だけでは足りなかったのか、リーゼルたちの話を聞いている。

 王都の状況だったり周囲の状況だったり……一つずつ確認して問題を挙げていっては、その都度解消していき、あっという間に王都の西側に移った。


 この辺の事に関しては、実はあまりメモに記入した俺の意見や感想は当てにならないんだよな。


 賊が商人の護衛に紛れて、いい感じにタイミングを合わせて襲ってくる……その程度の認識だ。

 騎士団本部で話を聞いてはいたんだが、はっきり言って俺が何か考えられるような情報を持っていないため、ただただその話の内容を書き連ねただけだった。


 多分この区間で襲撃がある……それだけ分かれば十分だったしな。

 ってことで、もう少し突っ込んだことを、いい機会だしこの場で俺も聞かせてもらおう。


「ねー」


 今まで聞かれたことに答えるだけだったが、ここで初めて俺から皆に向かって声を上げた。

 一瞬、皆は何事かと思ったのか、間が空いてしまったが、リーゼルがすぐに反応した。


「うん? どうかしたかい?」


「大したことじゃないんだけどね? どうしても色々分からないことがあるんだよね」


 そう言うと、セリアーナの膝の上から「よいしょ」と腕を伸ばして、地図の港周辺の街道を指した。

 二つの街の中間あたりのここが、恐らく襲撃が起きるポイントだ。


 王都から一つ手前のグラーゼの街で一泊して、翌朝出発したとしたら、ちょうど昼頃にこの辺りを通ることになるんだ。


 昼といえばちょうど人通りも多い時間帯だし、たとえ賊が警戒されていたとしても、護衛の任務を引き受けていたら、上手い具合にその辺りでぶつかることになるだろう。

 さらに、街道周辺の村から出発した連中も、距離的にはそうそう大差は無いし、合流する事は難しくないはずだ。


 だから、位置的にこの区間がポイントなのはわかる。


 ただ、やっぱりそこまでして襲撃をするっていうのがわからないんだよな。

 変な奴・おかしい奴……それで流してもいいけれど、出来れば理由があるのなら知っておきたい。


 騎士団本部では流したが、折角だしここで彼等に訊ねることにした。


「お前は相変わらず下らない事を気にしているのね……」


 呆れたようなセリアーナの声が頭の上から聞こえてくる。

 顔は見えないが、その声からどんな表情をしているかわかるくらいだ。


 それに、正面の二人も意外そうな顔をしているし……。


「そんな変な事聞いたかな……?」


 別に変な事じゃ無いよな?

 不安になって来るじゃないか……。


「変……とまでは言わないけれど、この動きは予測出来ていた事だし、そこまで気にする事なのか……とは思うね。どこが気になっているんだい?」


「どこって……。だって教会とか帝国って、しばらく同盟とは距離を取るんでしょう? それなのに、ここでセリア様を襲っても意味がないんじゃない?」


 敢えて口に出す気は無いが、そもそも跡継ぎはもう誕生しているんだ。


 もちろん、セリアーナにもリーゼルにも何も起こらないことが一番なんだが、もし万が一の事態が起きたとしても、王家やミュラー家がバックアップに入って、リアーナ領を支えることが出来る。


 取り残された連中が決起したリアーナとは、大分事情が違うと思うんだが……その辺はどうなってるんだろうな?


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 東部で取り残されてしまって、自棄になった連中たちとは状況が違う、王都の賊たちが、未だにセリアーナに固執する理由がわからず、その事を訊ねたのだが……。


「…………ん?」


 俺の言葉を聞いた二人は困った様な表情だ。

 この二人がこんな顔になるのは珍しいな。


 ってことはだ……。


「…………」


「…………」


 頭を真上に向けると、同じく真下を冷たい目で見下ろすセリアーナの顔が見えた。


 そして、目を合わせること数秒。

 小さく「ふぅ……」と溜息を吐いた。


「オレが言った事って、そんな変だった?」


 そう言って首を傾げた。

 我ながらそんなにおかしなことを聞いたわけではないと思っているんだが、どうなんだろう?


「そんな事はないよ。ただ、セラ君が警戒している相手が少し違っているね」


「そうですね……。セラ殿、今我々が警戒している相手は、教会や帝国勢力ではなくて、西部の小国なんだ」


 そう言って、リーゼルとオーギュストは顔を見合わせると、揃って苦笑を浮かべた。


「……ほ? いたっ!?」


 予想だにしなかった二人の言葉に、ついつい間の抜けた声を出してしまったのだが、さらに追撃で、セリアーナが頭の天辺をペシッと軽く叩いた。

 軽くだったので痛みは無いが、なんとなく「痛い」と言ってしまった。


 リーゼルたちはちょっと驚いたような顔をしているが……まぁ、これは俺たちの間では


「なにすんの」


 頭を抑えつつ真上を向いてセリアーナを見るが、先程とは違って、彼女は俺を無視してリーゼルを見たかと思うと、彼に説明をするように促した。


「わかったよ……。セラ君、リアーナで事を起こしたのは、教会と繋がりのあった者たちだったね? もちろんそれだけでは無いだろうけれど、君はその件があったから、今回の僕たちが警戒している相手が、教会やそこと繋がりのある勢力だと考えたんだろう?」


「うん。でも……違うんだよね?」


 セリアーナを狙っているのは、教会や帝国絡みだと思っていたが、違ったみたいだ。

 でも、そこ以外でとなると……西部の小国っていっても、そこが何でまた未だにセリアーナを狙うのか……。


「そうだね。昨年の戦争を主導したいくつかの国があるだろう?」


 いまいちよくわからん……と、俺は頭の中が「?」マークでいっぱいになっていたが、リーゼルが諭すように一つ一つ丁寧に、説明を開始した。


 ◇


 今回セリアーナを狙っているのは、西部の小国らしい。

 少々困った事ではあるが、これがどこの国かって事までは分からないそうだが、それでも、何となくあたりはつけているんだとか。


 大陸西部は、今後帝国と連合国を中心に再編していくことになる。

 教会の本国である神国は、その両勢力の間でバランスを保ち続けているそうだが、それがどうなるかは東部からではよくわからない。

 ……んで、そこら辺の事はいいとして、とにかく大事なのは、西部の小国が潰されてそれぞれ係わりを持つ大国に吸収されたりするってことだ。


 いくら影響下にあるとはいえ、本来なら大国が小国を吸収しようとしたら、国内で揉めたりもするらしい。

 大国ともなれば、国内にその小国との外交を任されている家があったりもするし、そこの権限が削がれることになるからな。

 権限が削がれる=権益も削がれるってことらしく、お家の利益のためには、そこは頑張って維持しようとするだろう。


 ところが、戦争でボロボロになった国は、それどころじゃないらしく、またその国を任されている家もその辺の事は分かっていて、上手い事やりくりしていくそうだ。


 そこら辺の事は、以前領地でも聞いた気がするが、それはあくまで大国目線の問題だ。

 再編されることになる小国にとっては、そんな簡単に受け入れる事は出来ないんだとか。


 再編自体は決定していても、その後に何とか自分たちの力を維持しようと、色々頑張っているらしい。

 特に、戦争に参加した敗戦国連中は……。


 敗戦国連中にしたら、自分たちが戦争を起こして、尚且つボロ負けしたことがきっかけでこうなったと、周囲や自国の人間に思われている。

 実際は、元々大国連中がそうなるように仕向けていたらしいが、そこらへんはもう関係無いんだろう。


「彼等からしたら、再編で吸収された後の立場を考えなければいけない。今のままでは、貴族も平民も出自がその国だというだけで、今後もずっと下に扱われることになる」


「うん」


「だから、ここでセリアの命を取る事が出来れば、再編後の立場を多少なりとも向上させることに繋がるんだ」


「……ほう」


 リーゼルの説明は、わかる部分が大半だが、時折「ん??」と、引っかかる箇所もあり、なんとも言えない声で返事をした。

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