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 騎士団本部に挨拶に出かけるために、屋敷を発ったのが昼を少し回った頃だが、屋敷に帰って来た時は、既に日が落ちていた。


 挨拶自体はすぐに終了したが、その後の話し合いが思った以上に長引いてしまった。

 怪しい連中……じーさんたちは、もう賊って呼んでいたが、その連中の動きを予測したり、アレコレ話しこんでいたんだ。


 ウチが用意出来る兵数も騎士団の兵の動員も、互いに色々制限がついている状況ではあるが、それでも出発までにやれる事はあるそうだし、それについてもしっかりメモをしてきた。

 それをリーゼルたちに渡せば、今日の挨拶兼お使いは完了かな。


 玄関から入り、使用人たちに挨拶をしながら部屋に戻ると、ドアを開けながら中に向かって声をかけた。


「ただいまー……お仕事?」


 部屋の中では、セリアーナが机に着いて、手紙の山を前に忙しそうに手を動かしていた。


 領都にいた時は、エレナやテレサがセリアーナ宛の手紙を、ある程度処理していたが、こちらに来て以来、手紙は全部自分で処理しているし、大変そうだ。

 なんといっても、次にセリアーナが王都にやって来るのは、何年後かわからないもんな。

 この機を逃さずにって事だろう。


「お帰りなさい。随分時間がかかったわね」


 セリアーナは手紙を書いていた手を止めると、顔を上げてこちらを見た。


 化粧や髪形に気合いが入っていないし、午後は来客が無かったようだ。

 そういえば午前中もそうだった。

 護衛役の俺が外に出かけていたし、今日はオフだったのかもしれないな。


 その割には、机の上を見た感じ余り休めてなさそうだが……大変だね。


 さて、セリアーナのお疲れ具合も気にはなるが、申し訳ないが先に報告をさせて貰おう。


「うん。挨拶自体は、向こうにじーさんもいたし、すぐに終わったんだけどね。その後色々話を聞いてたら時間がかかったんだよね」


「ああ……おじい様もいたのね。お前の補佐役でも務めてくれたのかしら? それとも、東部閥の今後についてとか? 私たちが領地に帰る際の警備についても話してはいるでしょうけれど……」


 セリアーナはそう言うと、席から立ち上がった。

 作業はあとに回すのか、そのままソファーの方へと歩いて行く。

 俺はその後ろをついて行きながら、それに答えるのだが……。


「……よくわかったね。じーさんかオリアナさんから聞いてたの?」


 今日何を話していたのかの説明をする前に、ズバリ言い当てられてしまった。

 事前に聞いていたなんてことは無いんだろうが、思わずそう聞いてしまいたくなったぞ。

 なんでわかったんだろう?


「お前相手に時間をかける話なんて、そうそう無いでしょう? ふう……。それで? どうだったの?」


 話しながらソファーに座ったセリアーナは、チョイチョイと指で自分の膝の上を示した。


「どっこいしょ」


 俺は【浮き玉】を抱えて、セリアーナの膝に座ると、【祈り】と【ミラの祝福】を発動した。


「向こうで話を聞きながら色々メモを取ってたんだよね」


 ポーチの中から騎士団本部で書いたメモの束を取り出すと、そのままセリアーナに渡した。


「……多いわね」


「なにが重要なのかわからないからね……。適当に気になった事を全部書いてたんだ」


 始め向こうで貰ったのは、王都周辺の簡易地図が書かれた紙だったが、気が付いたことや思いついた事を、適当にアレコレ書き足していったら、あっという間に埋まってしまって、その都度新しい紙を貰っていったら、結構な量になってしまった。


 だが、別に適当にといっても、いい加減に何でもかんでも書いていたわけじゃ無い。


 移動する距離だとか、移動にかかる時間だとか、兵の巡回のシフトだとか……とりあえず確定している事だったり、想定している賊たちの数だったり、狙う戦法だったりを、色々訊ねては、その返答を書き連ねていた。


 やっぱりなー……【浮き玉】を始め、アレコレ恩恵品や加護で身を包んでいるからか、どうにも色々ズレているんだよ。

 俺の感性は。


 さらに、これでリーゼルたちが並程度の能力だったら、騎士団たちの対処法をそのまま真似たりでいいんだろうが、彼等は優秀だからな。

 今判明している情報から、どんな行動を選択するのかがわからない。

 ってことで、そのまま情報を持って帰って、リーゼルたちに丸投げすることにした。


 果たして、これがオーギュストが期待した結果なのかどうかはわからないが……。


「まあ……量は多すぎるけれど、必要な事は書かれているようね。いいんじゃない? リーゼルたちに渡したら、後は彼等がいい様に使うでしょう」


 一通り内容を確認したのか、セリアーナはそう言ってメモをテーブルに置いた。

 とりあえず、セリアーナの合格点には達していたらしい。

 後はリーゼルたちに任せることになった。


 とりあえず、今日のお仕事……ひいては、俺の王都でのお仕事はこれで完了したわけだ。

 後は、出発の日までダラダラ過ごせばいいだろう。


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 夕食後。

 いつもの様に、談話室にリーゼルたちと共に集まって、その場で今日の騎士団本部での事を伝えた。

 ついでに、その際に俺が持って帰って来たメモも渡したんだが……。


「…………」


 リーゼルとオーギュストは、俺たちとは違うテーブルの上に地図を広げて、先程から一言も喋らずに、真剣な顔で俺のメモの束を見ていた。


 俺もセリアーナもメモの内容はもう頭に入っているし、今更見なくてもいいからってことで、俺はセリアーナの膝の上に乗っかって加護を発動している。


 夕方屋敷に帰ってから、しばらく施療を行っていたんだが、十分とはいえなかったからな。

 丁度いい時間つぶしだ。


 とはいえ、流石に座っているだけってのも退屈だし……。

 チラリと頭を上に向けると、目を閉じたセリアーナの顔が見える。


 眠ってないよな……?


「ねぇ」


「なに?」


 セリアーナに声をかけると、すぐに返事が返ってきた。


 寝ていなかったか。

 それじゃあ、リーゼルたちの邪魔にならないようにと、何となく俺たちも黙っていたが、別に話したら駄目ってわけでも無いし、適当にお喋りでもするかね?


 賊については、向こうの話が終わってから皆でやったらいいだろうし、今は何にするか……。

 王都の状況とか聞いてみるかな?


 俺は外とは基本的に接触していないから何もわからないが、セリアーナはなんだかんだで、手紙や面会を通じて、街の様子を知る機会もあっただろうしな。


 一先ず顔を近くに寄せてもらうために、チョイチョイとセリアーナの髪を引いてみると、小さく眉を顰めつつも体ごと前に屈めて、顔を俺のすぐ横に持って来てくれた。


「どうしたの?」


 声を潜めてそう訊ねてきたが……うむ。

 どうやら、何か内密の話でもあるのかと思わせてしまったようだ。


「や……大したことじゃないんだけどね? 退屈だし、何かお喋りでも……って」


「……そう。まあ、いいわ。付き合って上げましょう」


 セリアーナは、一瞬「なんだ……」と、呆れた様な顔になったが、彼女も退屈していたのか、そのまま話に乗って来た。


 ◇


 施療を行いつつも、俺とセリアーナは小声で話を行っていた。


 話す内容は、時間つぶし目的だしそこまでたいした事ではない。

 王都で直接街中に店舗を構えている店で、新しく出来たところはどこか……等だ。

 出発前に、俺もちょっと買い物とかしたいしな。

 自分で店に行かず、屋敷に呼ぶことになるが、ちょっとは情報を仕入れておきたい。


 昔、王都に滞在していた際に、少しだが俺も王都の店を調べたりはしていたし、結構詳しくなっていたつもりなんだが……。


 あれ以降も何度か王都にやって来る機会はあったんだが、移動先なんて、精々滞在先の屋敷と、ダンジョンに通うための冒険者ギルドの往復だけだったし、街中の様子なんてわざわざ知ろうと思わなかった。


 お陰で、王都の街中の事情にはすっかり疎くなっている。


 まぁ、王都は安定した街だし、そこで店舗を構えられるような店がそんな頻繁に入れ替わったりもしないだろうが……。


「なんか知らない?」


 と、聞いてみた。


 我ながら適当にもほどがあるが、予想通り……いや、予想以上にセリアーナは街の事情も把握出来ているようだ。


 俺が思った通り、確かに店そのものは大きく入れ替わったりはしていないらしい。

 ここ数年で、何かしらやらかしたような所を除いたら、店舗の改装すらなく、以前のままなんだとか。

 ただ、それはあくまで外観はであって、中は意外とドロドロとしているそうだ。


 この王都が本拠地で、いわば本社を置いているような商会は流石にそうでも無いが、本社が他所にあって、そこから王都に支店を出しているようなところは、内部でも権力争いがあって、足の引っ張り合いやらなにやらがあるんだとか。

 流石にその内部事情が表に出てくるような事は、滅多に無いそうだが……何かしら人事異動がある場合は、その権力争いの果てらしい。

 支店とはいえ、やっぱり王都の責任者って立場は大きいんだろうな。


 その、本来表に出てこないような情報を何で知っているんだって気もするが……これも立派な奥様活動の成果だ。

 王都の、他の奥様方から色々そういったゴシップが入ってくるらしい。


 まぁ……お陰様で、俺もどこの商会を利用したらいいかはわかったな……。

 とりあえず、今度呼ぶのは、内部が揉めていないところにしてもらおう。


「すまない。待たせてしまったね」


 そこへ、ようやく情報の整理が出来たらしいリーゼルとオーギュストが、大量の紙束を持って、こちらにやって来た。

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