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「そんじゃー、そろそろいいですか?」


 運ばれてきたお茶を飲んで、一息ついたところで俺はそう切り出した。

 お貴族様はここからアレコレ話して……と、本題に入るまで時間がかかったりするが、俺はスパッといくぞ!


 じーさんたちやおっさんたちもそこは心得たものなのか、テーブルの上のカップ等を退けたかと思うと、すぐに地図や、いろいろ書き込まれた資料を並べ始めた。


 地図は王都圏の地図だな。


 特に王都は建物や通りまで随分詳しく書き込まれている。

 俺が領都で制作にかかわった地図にも引けを取らないくらいだ。


 ……やるじゃねぇか。


 と、勝手に対抗心を燃やしている俺を他所に、準備が完了したらしい。


 さらに、いつの間にやら資料だけじゃなくて、何種類かの駒までも置かれていたりと、随分と本格的になっているし、コレ本当に話をしに来たのが俺でいいんだろうか?

 やっべぇな……と、部屋の様子の変りように、少々気圧されてしまった。


「では、開始しようか」


「お……はぃ」


 ユーゼフの声に、つっかえながら応えると、隣のじーさんが笑いながら口を開いた。


「ああ、セラ。言葉使いはいつものままで構わん。誰もお前に上品な振る舞いは期待しておらんからな。それよりも、しっかりしろ。お前が話を聞かねばどうにもならんだろう」


「ぉ……ぉぅ。まぁ、多分旦那様とか団長も備えているとは思うけどね」


 挨拶のついでにって軽い感じで、昨晩オーギュストに言われたから甘く見ていたが、逆にここまで本格的になるような事なら、あの二人がちゃんと事前に何か考えているはずだ。

 はずだよな……?


 じーさんの方を見ると「フッ」と、何も答えずに笑っている。


 うむ……きっと大丈夫なはずだ。


「よいしょっ」


 浮き上がると、抱えた【浮き玉】を後ろに回して座り直した。

 ソファーに座ったままだと、いちいち身を乗り出さないと見えないからな……。


 ◇


「さて、それではセラ」


「ほい。えーと、ウチの……リアーナ領の騎士団団長のオーギュストから、セリアーナ様を狙って何か事を起こそうとする者がいるのかどうか、それと、把握している警戒中の者の場所について聞くように、言われてます」


「うむ」


 ユーゼフが頷くと、すぐにおっさんたち数人が地図の上に駒を置いて行った。

 アレが警戒している連中なのかな?


 じーさんは手前に置かれている余り物の駒の一つを取ると、「これが兵士だ」と見せてきた。


 街中に置かれている場所が詰め所で、街の外にでも街道や森なんかに置かれているし、巡回場所なんだろうな。

 他にも何種類かの駒が置かれているが、どれもその巡回しているラインに引っかかっている。


 おっさんたちの1人が指示棒のようなものを持って、テーブルの端に立った。

 彼が司会役なんだろう。


「簡単に説明しましょう。兵の駒以外が警戒対象になります。王都外の街は今回は省きますが、御覧の通り、王都内ではほぼ兵の詰所と巡回で監視出来るようになっています。滞在場所から動けば、すぐにその情報は詰め所を通して共有出来ます」


「うむ。そもそもそうなるように下の街は作っているからな」


「ええ。たとえ深夜であろうと妙な動きを見せたらすぐに捕縛が可能です」


 周りの会話から、王都ってのはそういう怪しい連中が集まる場所ってのを意図的に作っているらしい。

 そして、詰所だったり巡回ルートで包囲網の様なものを作っている……と。


 リアーナも教会地区とかが同じような役割をしていたが、あれは元々存在していた場所だから、ちょっと違うかな?

 王都の方が見逃す可能性は低そうだ。


 さらに、それだけじゃなくて王都内の少し外れた場所にも、その怪しいかもしれない連中の駒が置かれているが、商家だったり外国の人間の屋敷だったりと、滞在場所はしっかり場所が把握出来ている。

 ついでに、冒険者ギルドや検問を通してその連中の素性もばっちりだ。

 この分なら、少なくとも王都内での漏れはなさそうだな。


 凄いな……と、感心して眺めていると、横から一枚の紙が差し出された。


「セラ殿、こちらを」


「お?」


 受け取って見てみると、流石にこの地図ほどまでは詳しくはないが、駒が並べられた状態の王都の簡易地図が描かれていた。

 小さくだが、補足の情報も書かれているし、これだけでも十分役に立ちそうだな。


「そちらは持ち帰って貰って構いませんので、話で何か気になった事があったら、そちらに記入してください」


 そう言って、ペンも差し出してきた。


 メモ代わりにしちゃっていいのか。

 しかし、色々準備してくれてはいるが……果たして俺が何か気付くことが出来るだろうか?

 持って帰っていいってことは、セリアーナたちにも見せていいんだろうし、このままでも大丈夫かな。


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 さて……話は進んで、王都内の情報は一通り頭に入った。


 通常の騎士団の巡回だけでも、大半の問題はクリア出来ていた。

 あまり露骨に兵を動かしづらい場所もある事はあるが、そこは教会や他国の関係者が固まっているエリアで、昨年の戦争以降はその場所も大分風通しがよくなっているしな。


 いくつか巡回経路から外れた場所に滞在している者もいたりはするが、そちらもちゃんとフォロー出来ているし、その連中が貴族街にやって来る事も無いだろう。


 少なくとも、王都内では心配はなさそうだ。


 そして、お次は王都内から出て王都圏の西側の説明に移った。


 地図には王都だけじゃなくて、周囲の街や村も描きこまれている。

 王都を中心に、少し離れた場所に東西南北に大きな街があって、さらにその周囲に小さな村がいくつも……。


 そして、その街や村にもいくつかの駒が置かれている。

 王都の外に活動の拠点を作っているんだろう。

 所在を把握された状態で、排除されずにいるってことは、大人しくしている連中だな。


 大人しくしているからって無視していいもんでもないし、ちゃんと監視の対象になってはいるんだろう。

 ただ、この連中の事も気になるが……その前に一つ。


「ねー。この辺って、どこかの領地なの?」


 俺は、ソファーからフワッと浮き上がりテーブルの上に向かうと、王都の周りにある街や村を指した。


 これがリアーナやゼルキスなら土地が余りまくっているし、なにより、川や山で大きく区切られていたりもするから、どこの領地の街なのかはすぐにわかるんだが、この王都周辺ってのは、森や川は確かに流れているが、領地を区切ったりするような規模のものじゃ無いし、地形だって平地でメリハリがない。


 地図を見ただけじゃよくわからないんだよな……ってことで、頭に浮かんだ疑問を口にした。


 それを聞いたじーさんたちは、「ん?」といった様子で顔を見合わせている。

 俺、そんな変なことを聞いたかな……と、不安になっていると、合点がいったらしくじーさんが「ああ」と呟いた。


「その地図は全て王家が治めている地域だ。それぞれの代官に王族が就かれている。他領はこの地図の外からだな」


「へぇー……」


 なるほど……王都の周囲を守る街や村があって、そこの代官は王族。

 リアーナで今進めている開拓プランと似たようなものか。


 向こうは親族の数が足りないから、アレクやルバンたちに任せることになっているが、こちらはしっかりと足りているんだろう。

 だから、身内で固める事が出来るんだな。


 しかし、皆の反応を見るに、その情報は割と常識っぽい。

 学院で、国内の貴族の歴史とかを学ぶそうだし、もしかしたらその一環で習ったりするのかもしれないな。


 いかんいかん。

 ちょいと世間知らずなところを晒してしまったぜ。


 ともあれ、周囲の都市が信頼出来るのなら、騎士団が把握している連中の他に、実はこっそり匿っている……とかそんな事も無いだろう。


「ありがとう。それじゃー、話を進めてちょーだい」


 とりあえずの疑問が晴れたところで、俺は席に戻ると次の話に移ってくれと促した。


「はい。それでは、王都内はこれで終わりにして、次は王都の外の説明になります」


 司会役の彼は、何事も無かったかのように説明を再開した。

 中々のポーカーフェイスだ。


 その彼は、今は王都の西側を指して先程の王都の時と同じ様に説明を行っている。


 俺たちが領地へ帰る際に通るルートは西側だから、東・北・南側は軽く触れる程度で終わった。


 王都の外でセリアーナを狙うのなら、俺たちが利用するルートは西側しかないわけだし、戦力はそこに集中するのがベストなのは、特に考えなくてもわかるはずなんだが……やっぱりこの連中の情報網はもうまともに機能していないのかもしれないな。

 移動の手間を考えたら船しかないのに、そこに確証を持てないから、各地にばらけさせていたんだろう。


 今はもう俺たちが実際に船便でやって来たことから、帰りも船を使うってことに、この連中も気付いただろうが、今更もう動く事は出来ないはずだ。

 滞在先の兵たちに補足されているのは分かっているだろうしな。


 ってことで、西側の情報だ。


 俺たちがやって来た際に利用した街にも、セリアーナ曰く怪しい連中はいたそうだが、行きの比較的手薄な守備状況でも、手を出してこなかったんだ。

 帰りは、王都に残っていたウチの兵たちはもちろん、ミュラー家の兵も借りれるそうだし……。


 おや?

 これってもう、帰りの安全は確保されたんじゃないか?

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