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 案内の彼は、会話をしたことで多少なりとも俺に慣れたのか、総長の部屋に着くまでの間、色々小ネタを披露してくれた。


 例えば、親衛隊は城に詰め所を持っていたりだとか、街を警備する隊の中の女性兵の人数だとか……。

 俺が女だからか、同性の話題が多かった。


 当たり前だが、王都はリアーナの領都よりも人口が多いし、他所の土地から訪れる者もずっと多い。

 その分、街を巡回する兵の数も他の街より多い。

 そして、それに比例して女性兵の数だって多い。


 それを聞いて、よくそんなに候補者がいるな……と思ったんだが、ウチとは募集や採用の基準がちょっと違うようだった。

 ウチの女性兵士の場合は、募集対象は領地の騎士団関係者からだが、王都の女性兵士は、王都の住民なら誰でも応募は出来るらしい。


 まぁ……ウチと違って、住民の信用度の高さだったり、街を襲う危険度だったりが違う。

 街中を巡回する兵士に期待しているのは、戦闘よりも治安維持なんだとか。

 んで、女性兵士は女性相手をメインにする。


 城や貴族街には立ち入って来る事はないそうだし、警官ってよりも警備員とかそっちの方が近いのかもしれないな。


 さて。


 お喋りをしながら、本部の奥へと移動をしていたが、ようやくお目当ての総長の部屋の前に辿り着いた。


 部屋のドアの前には、警備というよりは取り次ぎ役の軽装の兵士が一人だけいる。

 騎士団の最高幹部の部屋の守りがこれっていうのは、ちょっと薄すぎる気もするが……ここ自体が総長のホームだし、総長本人も、戦っている姿こそ見たこと無いが力はじーさん並だったのを覚えている。

 これくらいでいいのかな?


「セラ様、こちらが総長の執務室です。それでは、自分はこれで失礼します」


「うん。ありがとー」


 ここまで案内してくれた彼は一礼すると下がっていった。

 スタスタやたらと早足だが、もしかしたらここは彼にとっては苦手な場所なのかな?

 上司よりもっと上の人間の部屋だもんな……。


 しばし小さくなっていく彼を見ていたが、クルリとその場で半回転して前を向いた。


「セラ様。どうぞ」


 部屋の方を向くと、いつの間にやら総長の部屋のドアは既に開けられていた。

 ドアのすぐ正面に壁があって、外からでは部屋の中の様子はわからないが、厚い壁や黒い絨毯などで、重厚な雰囲気が伝わってくる。

 これは確かに、近付きにくい雰囲気だが……。


「ほいほい」


 今更だしな。

 軽く返事をすると、部屋の中へと入っていった。


 ◇


 部屋に入るとすぐに壁があり、そこを曲がって壁沿いに進んで行くと、また曲がり角。


 移動した距離は10メートルも無いくらいだったが、何のために……と一瞬考えてしまったが、これは防犯や警備上の問題かな?

 距離自体は大したこと無いが、壁を破るなり走り抜けるなりしても、中の人間が構えるだけの間は作れるだろう。


 なんだ。

 警備が緩いと思っていたけど、そんな事はないんだな。


 ともあれ、ようやく部屋の中が見える場所に出た。

 広い部屋で、執務用の机が複数に、応接用のテーブルとソファーも複数セット置かれている。

 会議室とまではいかないが、この部屋でもちょっとした集まりは出来そうだな。


 本部は大きな建物だし会議室も複数あるだろうが、それでも内密な話をしたりする際に、ここを使ったりするんだろう。


 ともあれ、中に向かってとりあえず一声。


「お久しぶりでーす……?」


「久しぶりだな。セラ」


「あ……うん」


 俺の声に応えたのは、部屋の主である騎士団総長ユーゼフだ。

 彼は、執務用の机ではなくて応接用の席についていた。


 相変わらずの強面のじーさんだが、今日は鎧を外している。

 テーブルに隠れて下はどんな服なのかわからないが、上はラフなシャツ姿だ。


 奥を見ると、ユーゼフ用の色々飾り紐等が付いた黒のジャケットがかかっていた。

 アレを着たらまた印象はだいぶ変わるんだろうが、今まで何度か会った際は、ほとんど鎧姿だっただけに、随分と柔和な印象を受ける。


 もっとも、顔を見たらすぐにその印象は消え去るんだけどな……!


 それよりもだ。


 ここはユーゼフの部屋だが、彼だけがいるとは思っていなかった。

 近衛隊長のゼロスや、他にも秘書役や護衛の人間がいてもおかしくはないだろう。

 あるいは、もっと無関係の者がいたって、別におかしいことではないんだ。

 なんといっても、お偉いさんの部屋だからな。


 そして、実際にゼロスを始め、偉そうな雰囲気のゴツイおっさんたちに、その彼等の補佐役と思しき、騎士というには少々細身の男性たちが部屋の中にはいた。

 部屋の中にはいた。


 ただ、中にいたのはそれだけじゃない。


「じーさんもいたの?」


 見慣れた強面のじじい。

 アリオスが、ユーゼフの向かいの席に座っていた。


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 何故か、騎士団本部の総長の部屋に、ユーゼフ以外にもじーさんまでいたが、一先ずその事は後にして、今日の用事を済ませることにした。


 まずは、挨拶だ。


 総長や隊長の他にも、この部屋にいたおっさんたちは、騎士団の幹部だったらしく、お陰で一度に挨拶を済ませることが出来る。


 他の騎士も入隊時には、適当な機会を設けてはお偉いさんと顔見せのような事をしているそうだが、集団で行う事がほとんどで、今日の俺の様に個別でってのは、ちょっと珍しいんだとか。

 わざわざ集まらせちゃったか……。


 親衛隊の人間がいないのは残念だったが……一度隊長か誰かに会ったことがあるし、そもそも俺は親衛隊として活動するわけじゃ無いしな。


「ミュラー家のセラです。先日親衛隊に入りました。主にリセリア家が治めるリアーナ領の領都で、領主夫人の護衛兼領主の伝令を任されています」


 そう言って、俺が「よろしくお願いします」とユーゼフに頭を下げれば……。


「聞いている。国内の各騎士団に話を通しておくから、ゼルキス以外でも騎士として活動出来るようになるだろう」


 と、すぐに応じてくれた。


 この国での騎士ってのは、身分と役職の両方があるが、どちらも権限は同じようなものではある。

 名誉職みたいな感じだな。


 違いは、その騎士の身分が適用されるのが家か個人かで、俺の場合は個人だけに適用されるパターンらしい。

 もちろん、何かしら功績を積んでいったら、正式に騎士家になれるそうだが、俺は身分にそこまでこだわっていないし、なによりミュラー家の身分の方が先に来るし、あんまり関係は無いかな?


「ユーゼフ総長、彼女の所属は王都ではないのですか?」


 俺とユーゼフのやり取りが終わると、それを見ていた周りのおっさんの一人が口を開いた。


 基本的に、騎士……特に王都の騎士は、領地を跨いで活動するような事はないらしい。

 伝令だったり護衛だったり、何かしらの任務で外に出ることはあっても、大抵は任命された領地でそのまま過ごすんだとか。

 親衛隊の場合は、王都がメインの場だ。


 だが、家はゼルキス領のミュラーさん家だし、そのくせリアーナ領で働きますって言われたんじゃ、事情をよく知らないとわけわからないよな。


 ……ってことは、彼は良く事情を知らない人なのか。


 他のおっさんたちを見てみれば、似たような反応をしているのが半数ほど。

 おっさんの質問をきっかけに、少し部屋がざわつき始めた。

 俺が部屋に入って来たときは、驚いた仕草はしていなかったし、俺の存在自体は知っているが、あまり興味が無かったとかそんな感じか。


 ユーゼフは手で制して皆を鎮めさせると、再び口を開いた。


「彼女は、貴族学院で教育を積んだ正式な貴族ではない。あくまで今回の親衛隊への入隊も、東部でのリアーナ領主夫人やそのご子息ご令嬢の護衛のためだ。また、妃殿下への直接やり取りをする機会も多い身だ。彼女が単独での高速移動が可能なのは知っているだろう?」


 一旦話をそこで区切ると、皆の反応を見ている。

 皆は、それを聞いて「なるほど……」といった様子だ。


 しかし、俺の機動力の評価は随分高いんだな。

 騎士に任命されたときもそうだったし、船便を使わないで、向こうからこっちまでやって来れるっていうのは、やっぱり大きいのか。


「リアーナ領との関係上、特例ではあるが、彼女は親衛隊に入って貰うことになった。親衛隊入りとは関係無しに、ミュラー家への養子入りも決まっていたし、どこかへ借りを作るような事も無い」


 親衛隊ってのは女性の王族専門の護衛みたいなもんだし、高位貴族の娘しか入隊出来ないっていう条件がある。

 当然、身分だけじゃなくて能力だって必要だし、その事を考えたら俺の立場や入隊の仕方は大分特殊だ。


 能力面はともかく、それ以外の面を不安に思われるのはよくわかる。

 俺も真っ当な親衛隊として働けって言われたら困るもんな。


「ああ。セラはゼルキス出身だし、元々セリアーナの使用人でもある。現当主との関係も良好だし問題は無いだろう」


 じーさんも話に加わり、ユーゼフの言葉を補足した。


 それを聞いて、再び「なるほど……」と頷く一同。

 先程は表に出さなかったが、何か思うところがあるおっさんたちもいたのかもしれないな。


 ともあれ、じーさんとユーゼフの話で、皆も俺の件は納得出来たようだ。


 いやはや、オーギュストのお使い前のたかが挨拶にもかかわらず、気を使わされてしまった。

 まぁ……気を使ったのは俺じゃなくて、じーさんとユーゼフの二人だけどな。


 とりあえず、これでようやく次の話に移る事が出来そうだ。

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