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今日は騎士団本部へ挨拶に行く日だ。
午前中に念のために確認して、総長も隊長も本部にいる事は分かっている。
そこまでやっているんなら、面会の予約もとってしまえばいいような気もするが……。
それを、今の俺の身分でやっちゃうと、大事になってしまうんだとか。
仮に貴族でも、それが男性の場合だとそこまで向こうも構えたりはしないそうだが、女性貴族は基本的に騎士団本部に出入りしない。
親衛隊は騎士団の一員だが、彼女たちは主に城をメインに活動しているそうだしな。
アポなしで本部に突撃だ。
まぁ……事前に今日行くことを伝えているし、厳密にはアポなしとは言えないが、公的には記録に残らないし、細かいことは気にしない!
ってことで、時間になったのでそろそろ出発しようと、玄関ホールにやって来た。
領都やゼルキスの屋敷や王都のミュラー家の屋敷……。
俺が主に出入りしている屋敷では、玄関から出入りするよりも、窓から出入りする事がほとんどだが、この屋敷では出入りするのは玄関からになっている。
よそ様のお宅だもんな。
礼儀は大事だ。
だから、お出かけするために、俺は玄関ホールへ向かうことにした。
よくよく考えると当たり前の事ではあるが、その当たり前の事をほとんどしていないから、何とも不思議な気がする。
部屋の窓から飛んで行くのが一番手っ取り早いんだよな……。
ともあれ、玄関ホールに到着したわけだが、そこで俺を待っていたのは、使用人を始め、マイルズ夫妻にオーギュストたちだった。
流石にセリアーナやリーゼルの姿は無いが、王族に呼ばれたわけでも無い、ただのお出かけにしては随分と丁重なお見送りだ。
「……なんでこんないるの?」
「当然の事です」
ついつい疑問をこぼしてしまったが、イザベラが即座に答えた。
「……そっか」
当然の事らしい。
立場的に俺はもう貴族のお客様だし、こんなもんなのかな?
落ち着かないなー……と、頬をポリポリかいていると、オーギュストが近寄って来た。
「セラ殿、昨日の件をよろしく頼む」
「はいよ。わざわざその為に団長まで来てたの?」
「いや、私はただの君の見送りだよ。もし、装備に不備があるようなら伝えようかと思ったが……いらない心配だったな」
【浮き玉】に乗る俺を見て、オーギュストは苦笑している。
普段から服装に関しては、セリアーナの監修が入るが、今日行くのは彼女が馴染みのない場所だし、気にかけてくれたんだろう。
ちなみに俺の今日の恰好は、黒のワンピースに、ミュラー家・リセリア家の紋章付きマント2枚を纏っていた。
ベルト代わりの【蛇の尾】に、【琥珀の剣】と【妖精の瞳】や【ダンレムの糸】をアクセサリー代わりにして、【緋蜂の針】も着けている。
もちろん本物のアクセサリーも、昨日頂いた指輪を始め、髪留め等も派手になりすぎない程度にしっかりと着けていた。
【影の剣】と【足環】は、ビジュアル面の問題でお留守番だが、俺が一人で出かけられるのと、城に入っても問題無いだけの戦闘能力でのバランスは、しっかりとれているはずだ。
俺は「まぁね!」と胸を張って答えると、屋敷の皆にも声をかけて、出発した。
◇
一応城の目の前だし、ここら辺を通る馬車ほどではないが、俺も【浮き玉】の速度を落としてゆっくりと移動している。
「ふぬ……。なんか一人で外に出るのは久しぶりな気がするな」
春の2月の昼間という、お出かけするには実に気持ちのいい季節だ。
例年だと狩場でフィーバーしているんだが、今年は船に乗ったり王都でお嬢様をやったりと、随分上品な過ごし方をしていたからな。
別に家で過ごすのも嫌いじゃないが、やはりこの暖かい季節に外に出るのは、ちょっとウキウキしてしまう。
「どうかな……?」
とはいえ、ウキウキしながらもしっかり警戒はしている。
服の外に出しはしないが、アカメたちに袖から周囲を見張らせて、人の気配を確認しているが、これはどうなんだろうな?
通りに並ぶ屋敷の門前に立つ警備の兵が、俺の様子をチラチラ窺っているのはわかるんだが、ただ見ているだけなのかなんなのか。
壁越しにも動く人の姿があるが、ヘビたちの目を発動しても、それだけしかわからない。
【妖精の瞳】を発動したら、もっとはっきりと確認できるんだろうが、もう城門が目の前なのに、アレを外に晒す勇気は無いな……。
「ぬーん……。ま、いっか」
セリアーナに念のためにと、【琥珀の盾】を渡したままで屋敷を出てきたが、俺には風があるしな。
オーギュストから色々話を聞かされたから、ついつい気を張ってしまっていたが、よくよく考えると、この場所は味方だらけなんだ。
いざとなれば、一発凌げさえしたらすぐに逃げられるんだし、もう少し気楽に行こう。
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城門を潜ってから20分ほど移動をして、ようやくお目当ての騎士団本部へとたどり着いた。
そして、騎士団本部は訓練場のすぐ隣にある。
丁度今の時刻が昼過ぎという事もあってか、学院の生徒たちも訓練に使っていて、色んな生徒に「なんだアレ!?」って感じでジロジロ見られてしまった。
つい先日王妃様に会いに、ここを馬車で通過した際も何かと注目されたが……あの時は王族の紋章付きの馬車に乗っていたからだった。
だが、【浮き玉】に乗った俺に対してだったからな……。
これが城内じゃなければ、とっとと加速して一息で飛んで行くんだが、流石にここで高速飛行をするのは駄目だろうし、大人しくその視線を受けていた。
声をかけて来たりなんかはしなかったが、中々鬱陶しい視線だった。
ともあれ、本部の中に入ろうと玄関に近づくと、そこの両脇を固めている槍を手にした警備の姿が目に入った。
直立して、訓練場や周囲に異常がないか目を光らせている。
安全な城内とはいえ気を抜いたりしていないあたり、彼等もよく訓練を積んだ精兵なんだろう。
だが、初め俺が現れた時、一瞬「ぎょっ!?」としたのを見逃さなかったぞ?
まぁ……変な玉に乗って宙に浮いている人間を初めて見て、冷静でいろってのはちょっと酷かな。
「確か……ミュラー家のセラ殿だな?」
とはいえ、落ち着いてみればすぐに何者かっていうのは分かったようだ。
マントの紋章が見えなくても、変な玉に乗ってフラフラそこらを漂っている人間なんて俺くらいだもんな。
「こんちはー。そうです」
「親衛隊に入隊されたと聞いている。その挨拶か?」
職務中だから態度こそ固いが、そこはかとなくこちらを敬った対応の仕方だ。
これが伯爵家の力……。
ちょっと面白くなってきたので、もう少しここで彼等を突いてみたいような気もするが、パワハラはいかんね。
「そうそう。総長か隊長に挨拶をね。入らせてもらってもいい?」
「ああ。お二人とも今は中にいるはずだ。開けるか?」
「む……。お願い」
このドア重そうだし、ちょっと俺が開けるのは大変そうだ。
彼等もそう思ったのか、手にしている槍を壁に立てかけて、わざわざドアを開けてくれた。
そして、俺は彼等に一言礼を言うと、本部の中へと入っていった。
◇
リアーナの騎士団本部は、街のすぐ側に訓練場と兵舎があるから、本部そのものは機能を事務面に特化させていたりする。
兵たちの待機所こそあるが、あまりフル装備の騎士や兵の姿は見られないが、こちらは違う。
こちらは、内装こそ落ち着いた雰囲気で統一しているが、中をうろつく人間の鎧率の高さ。
そして、おっさん率の高さ……というか、女性の姿が一切見られない。
随分と無骨な印象だ。
そのむさ苦しい建物に入った俺は、すぐに入り口側の受付に行くとそこのおっさんに訪問理由を告げた。
何となくこの辺のやり取りは、冒険者ギルドに近いものがあるな。
そもそも冒険者ギルドが、騎士団の外郭団体みたいな一面もあるし、当然と言えばそうなのかな?
それはさておき、話を聞いたおっさんはすぐに案内の人間を用意してくれた。
その彼に先導されて、総長がいる部屋を目指して、のんびり進んでいる最中、辺りを見て気付いたことを尋ねることにした。
「ねー」
「どうしました?」
俺の呼び声に、彼はわざわざ足を止めて体ごと振り向いた。
見た感じ、騎士団の制服を着ているが、彼は騎士というよりは一般の事務員みたいだし、そこら辺の対応には気を付けているんだろう。
わざわざここに来る外部の人間なんて、大抵貴族だろうしな……。
まぁ、いいや。
「女の人っていないの?」
「女性ですか……。そうですね、女性は基本的にこちらに出入りする事はありませんね」
「あらま」
女性の姿が全然見られないから、その事を訊ねたのだが……。
どうやら、この騎士団本部に女性が足を踏み入れるのは、ゼロでは無さそうだが、ほぼほぼ無いらしい。
騎士は、親衛隊を除けば女性はなる事が出来ないが、兵士なら一応なる事は出来るし、俺も街中でなら女性兵を見たことがあるんだけどな……。
「時折、ご令嬢の護衛についての話なども来ますが、その話を持ってくるのは屋敷で働く執事がほとんどですからね」
再び歩きだした彼は、笑いながらそう言った。
「あー……。そりゃ、そうか」
そういえば、貴族の女性がフラフラ出歩くこと自体滅多に無いことだったか。
侍女の役に付くのも大抵貴族だし、外に出るのは男の役割だ。
「それに、ここは王城の敷地内ですから、貴族とはいえ、気軽に訪れることは無いようですね」
「なるほどー……」
俺は割と気軽に訪れちゃったけど、言われてみたら、街中にも詰め所があるのに、そちらに行かずにわざわざこっちに来ることは無いのかな?
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