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間に置かれたテーブルに手を付けて軽く身を乗り出すと、俺も右手を伸ばした。
そして、セリアーナと握手。
「……なんか握手は初めてな気がする」
普段からちょくちょく手を繋ぐことはあっても、こういう風に面と向かって握手をするってのは、これまであったかな……?
まぁ、どうでもいいか。
「そうだったかしら? まあ、今更ね」
セリアーナも似たような事を考えたのか、小さく笑ったかと思うと肩を竦めている。
「だね。それにしても、なんかご機嫌だよね。今回の件で、よっぽどいい事でもあるの?」
先程も思ったが、やはり今日のセリアーナは機嫌が良さそうだ。
昨日までと何か変化があったかっていえば、俺の養子の手続きが完了して、ちょっと公的な関係が変わったってことくらいだが、今更だよな?
昨日の王妃様の話とか、色々面倒な事が片付いたってのはあるけれど……。
「うん? そうね。教会関連の問題が片付いて、これからリアーナの発展に力を注ぐことが出来るようになったでしょう? その事は領民だってわかっていたし、何があっても変更する事はなかったわ。お前の件も問題無く片付くことはわかってはいたけれどね」
そう言うと、セリアーナは頭を上に向けて、大きく息を吐いている。
つい今まで機嫌がよかったのに、一気に疲れたような仕草を見せた。
領地にいた頃は、全然そんな素振りを見せていなかったが、よっぽど王妃様との件が気がかりだったんだろうか?
「前もって言ってくれたら、ちゃんと伝えてたのに……」
「アレは、話がどう転がるかはもうわかっていたから、言っても仕方が無かったでしょう? そもそもお前を親衛隊に入れるって話が出ていた時点で、王妃様もお前に無理強いをするつもりはなかったようだし……」
「どゆこと?」
そりゃー、王妃様は元々俺が他家に対して、敵対意識を持ったりしていないってのは分かってはいただろうが、それでも、万が一に備えての次善策的な意味合いで、俺の婚約云々を考えていたそうだ。
それで東部側との関係が多少悪化したとしても、西部との関係が良好である方が、国にとって利益があるって判断で、その策を用意していたそうだが、王妃様自身もその策の出番が来る事はないって考えていたらしい。
保険だな。
また新たな情報が出てくるんだろうか?
それも親衛隊が関わっているとか……。
「ウチにはレオとリオがいるでしょう? 2人はリセリア公爵家の子であるけれど、同時に王族の血を引く子供でもあるの」
「まぁ……そうだね」
父親のリーゼルが第4王子なんだ。
それも、正妃の。
この国の王家や王族ってのが、どこらへんまで適用されるのかはわからないし、あの子たちに王位継承権があるのかどうかはわからないが、それでも王族の血を引く子なのは確かだ。
「もしかして、俺に護衛を命じるつもりだったとか?」
王族の血を引く子と親衛隊……その二つから思いつく事といったら、これかな。
「ええ。妃殿下も男女の双子が生まれることは想定外だったでしょうけれどね。お前が親衛隊になれば、私の護衛名目でリアーナに送ることも可能だし、それなら婚約や結婚自体は済ませても、お前を東部に置けるでしょう?」
「そうなの……かな?」
「そうなのよ。だから、特例でお前を親衛隊に入隊させたのよ。本来なら貴族学院を出ていない者を入隊させたりはしないわよ」
「……ぉぉぅ。言われてみれば確かに」
親衛隊は女性の王族を専門に守る事が任務なんだ。
ってことは、つまり王族と接するわけで……。
しっかり教育を受けた者じゃないと、仕事を任せられないよな。
……なるほど。
俺はずっと貴族学院には興味が無いと言っていたし、にもかかわらず親衛隊に入れるってのは、何かしら考えがあってもおかしくはない。
「どのみちお前に問題が無いことは妃殿下も理解していたでしょうし、その準備も無駄に終わる事は分かっていたはずだけれど……まあ、もう終わった事よ。これでウチと中央との関係も良好なままね」
そう言うと「フフッ」っと笑っている。
どうやら、また機嫌が戻ったらしいな。
「そか……。まぁ、それは良かったよ」
聞いた感じ、あっちもこっちも色々考えてはいたんだろう。
俺が居ようと居まいと関係無しに、国の東と西で対立しかねなかったんだ。
皆が皆、互いに利益を維持・確保しようとしているところに、たまたまどっちにも利用しやすそうな立場に俺がいてしまったから、皆困っちゃったんだろうな。
随分前から東部の開拓については考えていたんだろうが、俺が悪いわけじゃ無いが、結果的に引っ掻き回しちゃったか。
ちょいと、申し訳ないな。
しかし、まだ騎士団本部への顔見せは残っているが、これでようやく俺の身分絡みの問題は解決かな?
思えば8歳の頃から身分偽装していたし、そう考えると随分長い気がするよ。
これで、俺も大手を振って表をうろつけるってもんだ!
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諸々の手続きを終えて、王都にやって来た一番の目的を果たしたその夜。
食堂でリーゼルたちを交えた夕食を終えた俺は、談話室での食後のお茶に誘われたんだが、それを断っていた。
夕食後はいつも談話室で適当に情報交換も兼ねたお喋りをしていて、セリアーナもいるし、俺も一緒にそこに加わっていたんだが、今日は昼間の疲労もあったからな。
多分話の最中に寝る。
ってことで、セリアーナたちに別れを告げて、俺だけ先に食堂から出た。
食堂は本館の1階にあるんだが、2階に上がる階段を目指してふよふよ廊下を進んでいると、後ろから不意に男の声で呼び止められた。
「セラ殿、少し話があるがいいだろうか?」
「んん? どしたの団長」
声の主はオーギュストだ。
彼もいっしょに食堂にいたんだが、俺を追って来たらしい。
一応屋敷の中とはいえ、彼は基本的にリーゼルから離れる事はないにもかかわらずだ。
彼に関係する事で、何か俺に用事ってあったかな?
首を傾げながら彼の次の言葉を待っていると、辺りの様子を窺うように見渡すと、「こちらへ」と一言だけ言って、廊下に並ぶドアの一つを開けると、中へ入っていった。
「……なんだぁ?」
あそこは空き室のはずだが、わざわざ人のいない場所に移動するって……。
本当に何だろう?
ふむむ……と再度首を傾げつつも、オーギュストの後を追って、俺も空き部屋へと入っていった。
◇
「済まないな。あまり人に聞かせたい内容じゃないし、万が一に備えて、場所を変えさせてもらった。ああ、座ってくれて構わない」
「いや、浮いてるしいいけど」
空き部屋は狭い個室で、中にはソファーと机、後は荷物を置くための棚があるだけだった。
談話室というよりは、応接室かな?
あくまで、仕事用の部屋なんだろう。
オーギュストにソファーを勧められたが、わざわざ座る事はないしソファーの上で浮いていると、「そうか」と呟き、オーギュストは手前の席に座った。
彼が腰を下ろすって事は、もしかしたら長い話なのかな?
「それで、どうかしたの? わざわざ場所を変えたりしてまで、オレに話したい事があるなんて珍しいじゃない」
「うむ。セラ殿は今日騎士団へ加入したのだろう?」
「うん……。まぁ、騎士団っていうよりは、親衛隊にだけどね?」
親衛隊も騎士団の一部隊ではあるが、あくまで俺が色々動きやすくするために入ったに過ぎない。
一応他にも理由はあったが、それはもう解決しているしな。
現状、俺にあまり騎士団の一員って意識はないし、恐らく今後も芽生えないだろう。
「それがどうかしたの?」
今日俺がその手続きをする事は、オーギュストだって知っていただろうが、これまで特に何も言っていなかったんだよな。
セリアーナやリーゼルが一緒の場合がほとんどだし、もしかしたら彼が意見を出しにくかったってのもあるのかもしれないけれど、必要な事だったらちゃんと言うはずだ。
だとすると……別の事かな?
「ああ。まだ騎士団本部へは顔を出していないだろう? 行く予定はあるのか?」
「本部? うん。じーさんにも言われてるし、数日中には挨拶に行くつもりだよ」
明日は部屋でゴロゴロする予定だが、何も無ければ明後日には本部に行こうと思っている。
オーギュストは俺の返事を聞くと、「ふむ……」と何やら重々しく頷いた。
「君は奥様と一緒にいる事が多いから話を聞いたりもしているかもしれないが、まだこの王都内部に奥様を敵視している者が残っていることは知っているか?」
「あぁ……。王都全部は調べられないし、もし怪しい者がいても、何もしていなかったらこちらも手を出せないってのは聞いたね」
だからこそ、じーさんたちが自分たちの事を後回しにしてまでもこの屋敷に出入りをして、セリアーナの護衛の人数を増やしているんだ。
そこら辺の事はオーギュストも一緒に警備を行っているわけだし、俺よりもずっと詳しいはずだ。
「そうだ。これがリアーナなら多少の無理は利くが、ここは王都だ。どうしても一貴族が無理を通す事は出来ないし、周りに合わせる必要があるだろう?」
その言葉に「うん」と頷く。
王族だとか公爵だとか、ウチは身分はこの国でもトップクラスだけれど、それでも好き勝手にやっちゃーどうなるやら……。
実際にそうなったら、他家に何ができるのかはわからないけれど、少なくとも反感を買うのは間違いないだろう。
他家が物理的に遠いリアーナと関わりを持つのは、そうする事でしっかり利益があるからだし、そこは気を付けていかないといかないのかな?
その辺の事は何となく予測できるが……それで結局オーギュストは何の話をしたいんだ?
オーギュストを見ると、どうやら俺が話について来れてるかを見ている様だし、まだ話に続きはあるようだ。
とりあえず彼が続けるのを待ってみようかな?
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