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「ぉぉぅ……待ってるね」
屋敷の門をくぐると、玄関の前に整列している使用人の姿が目に入った。
ミュラー家の方の王都屋敷でも見た事ある光景だが、事前に城から連絡でも入っていたんだろう。
「普段はしていないようですが、今日は貴女を出迎えるためでしょうね。ここの使用人はよく仕込まれていますが、マイルズ卿は、昨日までとは対応を変えるんだと、使用人たちにしっかり示したいのでしょう」
「ほぅほぅ……。マイルズさん、細かいというか慎重だよね。ウチの旦那様たちもゼルキスの伯爵たちも、そこまで細かいことには拘らないと思うけれど、そんなもんなの?」
リーゼルや親父さんは、細かいなりにも堅苦しさは感じないんだ。
だからこそ、俺も好きに振舞えているんだが……。
「細かい所にこだわるのは、アイツが文官出身だからかもしれんな。お前やセリアーナは気にしないだろうがな……。まあ、屋敷を取りまとめるのに、ルールを作り、それを守らせるのも大事な事だ」
「なるほどー……」
公爵領の王都屋敷ともなれば、そこを訪れるお客さんも身分の高い者が多いだろうし、リセリア家のお客さんである俺から、伯爵家の娘の俺にクラスチェンジしたってことで、改めて仕切り直そうってことかな?
俺一人のために、面倒な対応をさせてしまっているのかもしれない。
まぁ、それは彼等が考えること!
今の俺はお客さんだし、次回以降はミュラー家の方を利用する事になるんだ。
大袈裟に出迎えられるのは落ち着かないが、この屋敷の方針には口出しせずに、大人しく受け入れよう。
そんなこんなで、じーさんたちと喋っている間にも進んでいた馬車は、使用人たちの前に到着した。
そして、止まるとすぐに外からドアが開かれる。
後ろにもうセリアーナが乗る馬車も来ているからな。
少々急ぎ目に行かないといけないんだろう。
ってことで!
「では、降りるか」
「ほい!」
まずはじーさんから下りて、次は真ん中に座っていた俺が下りていく。
思えば、行きの馬車でもそうだったが、俺はいつも端に座っていたのに、帰り真ん中になっていた。
これも俺の立場の変化の影響とかかな?
◇
「お帰りなさいませ。セラ様」
「お……ぉぅ。ただいま……」
馬車から下りると、出迎えのために整列している使用人たちが、一斉に頭を下げた。
元から粗末な扱いはされていなかったが、これは……。
「セラ、こちらへ」
「う……うん」
出迎えにビビる俺を、奥へと引っ張っていくじーさん。
確かにここに突っ立っていると、馬車が動かせない。
次の馬車の邪魔になるか。
馬車は、俺が離れるとすぐにその場を離れていき、そして、次の馬車がやって来た。
俺たちの時同様に、停車するとすぐにドアが開けられて、中からセリアーナが姿を現す。
そして、これまた同じく使用人たちが一斉に頭を下げていた。
じーさんたちはこうじゃ無かったし、色々使い分けているんだな。
結構あからさまなのに気にした様子も無いし、これが普通なのか。
俺は大抵他所のお宅に出向くときは、セリアーナにくっついているから、いつもセリアーナの対応しか見ていないが……。
やっぱり、お貴族生活は俺には向いてないような気がするな……。
「なに変な顔をしているの?」
真っ直ぐドアへ歩いていたセリアーナは、ドアの手前に立つ俺を見て怪訝な顔をしている。
「色々考えてたんだよ……」
「そう。さっさと入りましょう」
その返答で何かを察したのか、もしくは興味を失ったのか……ドアに向かって再び歩き始めた。
◇
「あぁー……疲れた……」
詳しい話は、また後でリーゼルたちも交えてする事になるから、まだまだ完全には気を抜けないが、それでも今日の用事は一先ず完了だ。
じーさんたちは談話室へ行き、俺たちは自分たちの部屋に戻ってきた。
ここで、夜まで時間を潰すことになるだろう。
んで、俺は慣れないお固い場所や、久しぶりにずっと自分の足で動いた事なども合わせて、ソファーの上ですっかりグロッキー状態になっていた。
「セラ様、髪飾りを外しますから、こちらへよろしいでしょうか?」
「はーい」
城へ行く前の俺の身だしなみを担当してくれていた使用人たちは、今回も一緒に部屋にやって来てくれている。
もちろん、道具も一緒にだ。
そうなんだよな。
場の雰囲気だったり、体を動かしたことも確かに疲労の原因にはなっているが、この畏まった恰好も間違いなく、その原因の一つにはなっているんだ。
サッサと着替えてしまいたい。
だが、その前にしっかりと髪を解して化粧を落としたいんだが、リアーナの様に【隠れ家】に引きこもって風呂に入ったりは、他人の目もあるしこの屋敷じゃ出来ないもんな。
大人しく彼女たちの手を借りよう!
彼女たちの下に向かうべく、俺は気力を振り絞ってソファーから立ちあがった。
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「ふへー……さっぱりした……」
髪を解いて化粧を落とし、服を着替えて顔も洗って……。
さらには、まだそんな時間じゃ無いだろうに、しっかり風呂の用意までしてくれていたため、そちらも堪能してきた。
魔法で髪を乾かす事が可能な人材も揃っていて、お陰様でさっぱりだ。
ここに滞在するようになってからは、いつもセリアーナに頼んでいたが……流石は公爵家の王都屋敷といったところだろうか?
さて……着替えと風呂とを済ませて、これでようやく一息つく事が出来た。
部屋の中は、先程までいた使用人たちは皆下がっていて、もうセリアーナだけとなっている。
これなら問題無いだろう。
「ちょっと、奥から色々取って来るね」
「ええ。いってらっしゃい」
セリアーナに一言告げると、俺は寝室に向かって歩き出した。
【浮き玉】もだが、他の恩恵品もずっと外したままだった。
戦闘を行うような場所に行っていたわけではないが、普段から人前に出る時であろうと、何かしら身に着けていたのに、今回は全部外していたからな……。
落ち着かないんだよ。
さっさと、いつもの姿に戻ってこよう!
◇
【隠れ家】で諸々を身に着けた俺は、ついでに靴も脱いでいつもの裸足になると、【浮き玉】に乗って応接室へ戻ってきた。
やはり、このスタイルが落ち着くな。
今度騎士団本部に行く時もこれにしようかな?
「ただいまー」
「お帰りなさい……。結局裸足なのね」
ソファーに座ってお茶を飲んでいたセリアーナは、俺の方をジロリと一瞥すると、カップを置いて一つ息を吐いた。
「ぬ」
落ち着く恰好を求めると、結局これに行きついてしまうんだよな。
「まあ、いいわ。今日はご苦労だったわね」
そう言うと、俺の分のお茶を淹れながら向かいの席を示した。
「うん。……ありがと」
そちらに座ると、カップを取って一口。
「ふぅ」
「フッ……。珍しい疲れ方をしているわね」
俺がリアーナで疲労する場合ってのは、大体狩りが原因の肉体的な疲労だ。
だから、風呂に入った後はベッドに転がったりして、体を休める事に専念しているが、今日の主な疲労箇所は頭。
そして、精神だ。
寝転がってもあまり回復はしないだろう。
多少はマシっていうくらいかな?
「そうだねー。他所に出かけることは今までもあったけれど、大抵一ヵ所だけだったからね。今日みたいに、他人の多い所を歩きで移動しながら複数ってのは……疲れたね」
改めて自分で言葉にすると、より一層疲れが増した気がしてきた。
騎士団本部には明日にでも顔を出すつもりだったけれど……明後日にしちゃおうかな?
行くのは俺一人になるだろうし、あんまり頭が働いていない状態で行くのは、止めておいた方がいいよな。
「明日は屋敷にいようかな……」
「あら? どこかに顔を出す用事でもあったの?」
「んー? うん。帰りの馬車でねー」
俺は帰りの馬車の中で、じーさんたちと話した内容をセリアーナに伝えた。
◇
「あまり遅らせるのはよく無いけれど……お前の都合がいい時にでも問題無いでしょう。それに、騎士団本部ならお前の身分でも自由に出入り出来るでしょうし、先触れを出す必要も無いわ」
「そっかー」
今までの俺は公的な施設を訪れる時は、先触れを出して、尚且つ誰かの代理的なポジションでいる事が多かったが、まだ王都だけとはいえ、今日からはもう違うからな。
その辺は、多少の融通が利くんだろう。
そして、自由度が上がるのは、公的機関への出入りだけじゃない。
「王都内の移動も、もちろん勝手に他家に入り込んだりは駄目だけれど、ある程度の場所なら自由に移動しても構わないわ」
街中の移動もそうだ。
今まではリセリア家が後ろ盾についていたが、俺自身の身分は平民だったし、一応これでも遠慮していたんだ。
だが、これからは俺の責任でさらに自由に動けるようになる。
とはいえ、出来るようになったからって用も無いのに、無駄に動き回る必要も無いだろう。
「うん。まぁ……でも、今回はいいかな」
俺の言葉に「そう」と頷くと、フッと笑っている。
そして、しばし黙ってこちらを見ていたが、口を開き話を始めた。
「義理ではあるけれど、これでお前は私の妹ね。私もお前への助力は惜しまないから、今後も力になって頂戴」
なんとも珍しい言葉を言ったかと思うと、右手をこちらに差し出してきた。
これまた珍しい……。
スキンシップ自体は、頭を掴まれたり頬を挟まれたり抓られたり腰に手を回されたりと、何かと多いものの、こういうまともなのは……。
「なに? 抱きしめた方がよかったかしら?」
俺の反応が面白いのか、ニヤリと笑うと手を引っ込めて、両手を広げた。
「……いや。こっちの方がセリア様っぽいかな」
こういう風におどけた真似をするなんて、ご機嫌だな。
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