405

882


「騎士団本部へ行った際に、総長か隊長か……どちらかとお会いするだろう?」


 しばし何事かを考えこんでいたオーギュストは、顔を上げて口を開いた。

 出てきた言葉は、ちょっと拍子抜けするようなものだった。

 何とも言えない真面目な様子だったから、どんなことを言い出すのかって少々不安だったんだが……思ったよりずっと普通の事だな。


 しかしその二人か。


 何だろう……何か頼みたいことがあるんだろうけれど、わざわざ俺を経由するような事……思いつかねぇ。


 思いつかないが、とりあえず答えておくか。


「……うん。どっちかは本部にいるみたいだしね。会うつもりだよ」


「では、その時に今の王都の警備状況と、警戒対象の動向を受け取って来て欲しい。頼めるだろうか?」


「そりゃー……そのために行くんだし別にいいけど、オレを間に通したりしないで、直接自分で聞きに行ったらいいんじゃない?」


 騎士団とウチの関係は良好なはずだし、オーギュストだってそうだよな?

 それなら、より細かい情報を持っているであろう、オーギュストが直接行った方が、より正確な情報を手に入れられるはずだ。


「確かにセラ殿が言う通りなのだが……。申し訳ないがそうもいかないんだ」


「なんでよ」


「君が王宮で襲われた時の様な事はもう起きない。さんざん王都内部は調べ尽くしたそうだしな。だが、それでも外部と繋がりを持っている者が残っている可能性もある」


「……まだいるかもしれないんだ」


 俺が襲われた後は、城だけじゃなくて騎士団全体とかもしっかり調査したって聞いていたんだが……。


「あれ以降王都のみではなく、王都圏全域を調査をしたそうだ。そして、昨年の戦争以来王都圏から外国の勢力も減った。直接行動を起こすような者は、流石にもう残っていないだろう。それでも城の人間全ての外部との繋がりを断てているとは断言できないだろう?」


「まぁ、そうだね。それに、外国の人だけってわけでもないんでしょう?」


 直接城の人間から情報を受け取るんじゃなくて、間に何人か挟んだら、情報が手元に届くのに時間がかかるかもしれないし、どこかで情報が歪んでしまうかもしれないが、それでも特定される危険性も減るだろう。

 そこらへんまで調べられているのかって言うと、ちょっとわからないよな。


 その考えは合っているようで、オーギュストは頷いていた。

 だが……。


「旦那様が冬に色々調査や捜査をしたって言ってたけど、それでも足りなかったの?」


「私やリアーナの兵が動けば、どうしてもその動きが伝わってしまうだろう? 今リセリア家は各所で注目をされているからな。戦力を揃えて街中での戦闘も選んでいいのならばそうしたが、そういう訳にはいかない」


 なるほど。

 リーゼルも出来ることはやったけれど、流石に王都内で戦闘になる可能性のある方法は選べなかった……と。

 その分しっかり王都の外は調べ切ったんだし、王都内の事は騎士団に任せているんだろう。

 とりあえず、何で自分で行かずに俺に任せようとしているのかはわかったかな。


「まぁ……何となくわかったよ。団長たちが騎士団本部に直接行っちゃうと、残ってる連中を刺激しちゃうかもしれないんだね? ……オレが行くのは大丈夫なのかな?」


「ああ。既に君の騎士団入りの情報は知られているだろうが、軍事面では君はあくまで奥様の私兵としか見られていない。それに、君はお二人と面識があるのだろう? その君が騎士団本部に向かったところで、そう物騒な事にはならないさ」


「……そんなもんか」


 だが、言われてみればその通りかもしれない。

 俺は基本的に一人でフラフラ動いているし、リアーナじゃ騎士団の2番隊副長なんて座についているが、そっちでも一人でフラフラしていることがほとんどだ。

 狩りはするけど兵を動かしたりはしない、ただの伝令役。

 リアーナでも未だに俺の事をよく知らない者からは、そんな風に見られているし、確かに大丈夫そうだ。


「総長や隊長ならば、私が君にその事を頼んだと言えば伝わるだろう。済まないが、よろしく頼むよ」


「ん。りょーかい。それなら早めの方がいいかな? 明日にしようかな……」


 その言葉を聞いたオーギュストは、軽く笑うと首を横に振った。


「急ぐ必要は無い。我々が最も警戒しているのは、リアーナへの帰路だからな。それまでは、少々不便に感じるかもしれないが、奥様は屋敷から出なければ危険は無い。もちろん警戒を緩めるような事は出来ないが、アリオス殿の支援もあるし、十分過ぎるほどだ。話は以上だ。長く付き合わせて済まなかったね」


 そう言うと、返事を待たずにオーギュストは立ち上がりドアに向かって歩き始めた。

 そして、ドアを開ける。

 用事はこれで終わりってことかな?


883


「うぬ……?」


 ベッドでスヤスヤと寝入っていたはずだが、何かの気配を感じたのか、目を覚ましてしまった。

 部屋には明かりが灯っているし、セリアーナだろう。


「あら、起こしたかしら……」


「うん……どっこいしょっと。おや? まだ寝ないの?」


 体を起こしてセリアーナの方を見ると、楽な髪形に結い直している最中だった。

 ただ、服装はラフなものではあったが寝巻じゃないし……まだまだ寝ないようだ。


 今何時なんだろうね?


「ええ。書いておきたい手紙があるのよ。眠るのはそれを終えてからね」


「……そっかぁ」


 また向こうに向かうみたいだし、それじゃあ俺は再び布団に潜ろうかな……と、横になろうとしたところ、セリアーナは何かを思いついたのか「そういえば……」と呟いた。


「オーギュストから話を聞いたわ」


「ぬ? ……あぁ。夜のね」


 セリアーナが言っているのは、夕食後に彼女と別れた後に、オーギュストと話をした時の事だろう。


「ええ。明日から面会の予定はいくつか入っているけれど、どうするの?」


「んー……明後日にしようかなって思ってるよ? 行くならお昼過ぎからでしょう?」


 リアーナの騎士団は、朝は朝礼みたいなことをやっているし、夕方になると朝と昼の任務報告の取り纏めを行ったりと、忙しい時間帯になっている。

 丁度時間が空いているのは、昼食を終えた後から1時間くらいだ。

 だから、事前に予定に入れていないような用事の場合は、その時間帯に埋めるようにするのが、マナーだったりする。


 それはリアーナだけじゃなくて、この国の各地の騎士団も一緒で、当然王都にある騎士団本部もそうだ。


 俺の用は総長か隊長のどちらかに会って、挨拶とオーギュストに頼まれた、王都の警備状況なんかの話を聞く事だけだ。

 時間がかかるような事でも無いし、便宜上とはいえ俺は彼等の部下になるわけだから、向こうもわざわざもてなすような事はしなくていいわけで、そんなに互いに構えるような事でも無い。


 フラッと行って、簡単に済ませてくる……そんな感じでも問題無いと言えば無いんだが……マナー的にはよろしくない。

 折角リーゼルたちが、他家に配慮して大人しくしているのに、たかが挨拶とはいえ、俺が突っ込まれる様な隙を作っちゃうのは駄目だよな。


「そう……わかったわ。こちらで適当に面会の時間は調整しておくから、何時にするかはお前が好きにしなさい」


 それだけ言うとセリアーナは立ち上がり、俺の返事を待つことなく部屋の明かりを消して、出て行った。


「……寝るか」


 話をしていると何となく目が冴えてきたが、セリアーナもやる事はあるだろうし、邪魔しちゃーな……。


 俺は、寝直すために気合いを入れて布団に潜った。


 ◇


 俺が貴族になった翌日。


 セリアーナが面会客と対談をするついでに、俺も施療を行うスタイルで立ち会っていた。


 俺たちが王都に着いた当初にも、オリアナさんが選別した相手と対談していたが、セリアーナのお貴族様的振舞いのリハビリ代わりの、比較的気やすく接する事が出来る相手だった。

 ただ、そのリハビリももう十分だろうってことで、今日からは中々身分が高い相手がお客さんだ。


 会話に出てくる人名とかも、俺ですら知っているような人だったりするからな……。

 施療に集中している事にして、何も聞こえないふりをしているが、中々スリリングだ。


 彼女たちの仲が険悪だとかそんな事はないんだが、一々出てくる単語が物騒なんだよな……。

 普通に他国の王族とか貴族がどうのこうのって話をしている。


 セリアーナは、俺以外領地から側に置く人間を連れてきていないから、侍女代わりにイザベラを同席させていたが、彼女や相手が連れてきた侍女も、心なしか表情が硬かったもんな……。


 俺も領地でのセリアーナの対談に同席する事が多々あるが、その相手は、基本的に領内の貴族がほとんどだ。

 こういう雰囲気の場に同席するのは、何気に初めてかもしれない。


 とはいえ、その緊張する対談も、今日の分はつい今しがた一先ず何事も問題無く終了した。


 セリアーナはもちろん、イザベラだって緊張してはいても、流石は王都の屋敷を任されているだけあって、しっかり話についていけていたし、振舞いにも問題は無かった。

 恐らく、滞在中はあと何回かこういった対談があるだろうが、上手くいくだろう。


 さて……それはそれとしてだ。


「これどうしようか……」


「お前の好きにしたらいいでしょう」


「好きにってもなー……」


 俺たちが対談をしていた談話室のすぐ隣にある控室に、今俺たちは来ているのだが、その部屋には大小様々な箱がいくつも積まれていた。

 俺への贈り物だ。


 名目は……なんなんだろうな?

 養子入りってのは別にお祝いするような事でも無いし、親衛隊の加入かな?


 昨日の今日でこれだけ用意出来る、高位貴族の情報網。

 油断はできないよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る