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「ここで待っとくの?」


「そうよ。今までは人の出入りが少ない所ばかりだったけれど、城を始めとした公的な場では、本来こういった場所で馬車を待つものよ。……まあ、お前はそもそも馬車を使わないから、関係無いでしょうけれどね」


「なるほど……」


 セリアーナの突っ込みも混ざった返答に、俺は小さく頷いた。


 今俺たちがいるのは、城の正門側にある控室だ。


 ミュラー家への養子入りと親衛隊への入隊という、今日の目的を無事完了させた俺たちは、そのまま帰宅することになって、ここまでやって来たんだ。

 彼女曰く、ここで馬車が門前に回ってくるまでの間待っているらしい。

 前世の、バス停や駅にあった待合所みたいなもんかな?

 もっとも、城にあるだけあって、こちらの方がずっと豪華だ。


 流石にウチの屋敷程ではないが、それでも室内の調度品は、リアーナの商業ギルドの支部長室に置かれていた物よりも、格は上だと思う。

 馬車の用意が出来るまでの間待つだけの場所なのに……ちょっとしたラウンジの様だ。


 他にも部屋があったが、ここだけ入口に警備の兵がいたし、もしかしたらここが特別なのかも。

 城って事もあって、いたる所に兵士がウロウロしているから、わざわざ気に留めたりしなかったが、貴族専用の部屋とかかな?


「見なさい」


「お?」


 セリアーナの目線を追うと、俺たちから離れた場所に座るおっさんとじーさんが話をしていた。

 一緒にこの席までやって来たのに、いつの間に……。


「ここなら爵位に関係なく、同じ場に集まるでしょう? 時間は短いけれど、ここでも他家との交流を持つことが出来るわ。上手くやれば、間を通さずに、直接話を上に持って行くことも出来るし、お前が利用する機会はそうそう無いでしょうけれど、それでもここの存在は覚えておいた方がいいわね」


「なるほど……一応覚えておくよ」


 ラウンジっていうよりは、喫煙所かな?


 普段から【浮き玉】を使う俺が、こういった場所を利用する事はまず無いだろうが、それでも、こういう場所があるってことだけは覚えておいた方がいいかもしれないな。

 もしかしたら、今後もお使いなんかで他所の家の人間と繋ぎを持つ必要ってのがあるかもしれない……あるかな?


 果たして、今後こう言った場を利用する機会が訪れるかどうかを考えて、「うーぬ……」と首を傾げていると、部屋に兵が入ってきた。

 武器は手にしていないし、伝令か。

 どこかの家の馬車の用意が出来たのかな?


「リセリア家の皆さま。ミュラー家の皆さま」


 ウチか!?


「行きましょう」


 驚く俺を他所に、セリアーナたちは当然といった様子で、その声に応えて立ち上がり、じーさんも先程まで話していたおっさんに別れを告げると、話を切り上げてこちらに合流した。


 外へ向かうセリアーナたちから遅れないように、俺も慌ててその後を追ったが、追いついたところでセリアーナに声をかけた。


「ねー」


「なに?」


「オレたちが先でよかったの?」


 部屋には俺たちよりも先に待っていた人たちがいたが、彼等はよかったのかな?


「ええ。そういうものよ」


 セリアーナは俺が何を考えているのがわかったのか、シンプルに答えた。

 公爵家と伯爵家のパワーか……わかりやすいね。


 ◇


 外に出て馬車に乗ると、行きと同様にゆっくりとした速度で馬車は屋敷に向かって走り始める。

 相変わらず、ガタゴトと揺れているが、その揺れる馬車の中で、赤いミュラー家の紋章の刺繍が施されたマントが、俺の背中にかけられていた。


「これでいいですね。楽にしていいですよ」


「ほい。……ねぇ、屋敷に帰るだけなのに着ける必要があるの?」


「あるな。あの屋敷の人間もよく訓練されているが、それでも多少は外に情報が出るかもしれんだろう。お前が正式にミュラー家の人間になったと示しておいた方がいいだろう。わざわざ事前に用意して城に出向いたのに、何も変化が無ければ、いらん憶測を呼ぶかもしれんからな。お前にとっては面倒なことかもしれないが、必要な事だ」


「なるほどー……」


 どうにもこの2人は、まだリセリア家の王都屋敷の使用人の評価は定まっていないようで、何かと慎重になっている。

 まぁ、昼間屋敷を出る時も似たような事を言っていたもんな。

 これが普通なのかもしれないな。


「む」


 ガタゴト馬車が進んでいると、ふとじーさんが馬車の外に目を向けて短く声を上げた。


「どしたの?」


「騎士団本部だな。今日はもうこのまま屋敷に戻るが、お前も親衛隊とはいえ、正式に騎士団の一員になったんだ。王都の滞在中に一度はあそこに顔を出しておくといい。ユーゼフとゼロスは覚えているか?」


「そりゃ、もちろん覚えているよ?」


 騎士団総長と、近衛隊隊長のおっさんたちだ。

 顔を合わせたのは数回だが、迫力あるおっさんだったからしっかり覚えているぞ。


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 騎士団総長のユーゼフと近衛隊隊長のゼロス。

 別に挨拶に行くこと自体は、何も問題無いけれど、それでもわざわざ言うくらいだ。

 何か理由があるのかもしれないが……なんなんだろう?


「事前にお前の事は話しているし、今日の事も報告が上がってくるだろうが、あの2人のどちらかにでも直接話を通す事が出来れば、王都圏を守る中央騎士団だけではなく、他領も含む騎士団全体に話が伝わると思っておけばいい」


「ははぁ……」


 なるほど。

 俺が貴族になったってのは、メサリア王国最新ニュース的な感じで、一週間程で国全体に伝わるそうだが、親衛隊の件はまた別なのかもしれないな。

 俺が騎士として何かをするってことはそうそうないだろうし、そもそも通過するだけならともかく、リアーナ以外の領地に行く事自体も無いと思う。


 そんなに、急遽他所の領地にお使いを頼まれる事も無いだろうが、それでも世の中何が起きるかわからないし、色々備えておくのも悪くないだろう。


「屋敷に戻ってからセリアーナと相談するといい。その際には、両方のマントを着けて行け」


 小さくなっていく騎士団本部を見送っていると、じーさんが口を開いた。

 行くとしたら俺だけだろうし、セリアーナに相談するのは分かるが、マントを両方つけるのか……。


「こっちだけじゃなくて?」


 赤いミュラー家のマントを摘まみながら、こちらだけじゃ無いのかと訊ねると、じーさんは首を横に振った。


「お前はミュラー家の人間になったが、同時にリセリア家の人間でもある。特に、お前が動くときは、セリアーナの命を受けての事が多いだろう?」


「まぁ……そうだね。領内だけなら好きにしてるけど、そう言う事じゃないんでしょう?」


 じーさんが言っているのは、恐らく俺が領地の外で何か目的を持って動く時の事だろう。

 俺が領地の外に出るのは、正にセリアーナから何かしら命を受けた時だしな。

 だから、ミュラー家の人間ではあるが、実際はリセリア家としての行動になる。


「そうだ。下位貴族の人間が、行儀見習いなどで他所の家に仕えることはあっても、たとえ養子とはいえ、領地持ちの伯爵家の人間が、公爵家へ仕える事などそうは無い。お前がどういった立場なのかを、はっきりと示しておいた方がいいだろうな」


「なるほどー……」


 自分の言葉に頷くじーさんにつられて、俺も一緒に頷いた。


 特に俺の場合は、ただ働くだけじゃなくて、騎士団でしっかりと役職ももらっているから、身分や所属や役職が色々ごっちゃになるんだろうしな……。

 事情を詳しく知っている者ならともかく、中途半端にしか知らなかったり、あるいは全然知らない者からみたら、「なんだこいつ」ってなってしまうかもしれない。


 そういう目で見られるのは昔から慣れているが、俺の立場が複雑になっているし、貴族関連だと何かと面倒なことになるかもしれないから、はっきり出来ることはそうしておいた方がいいだろう。


 だが……。


「……そういえばさ、オレは今日はこのままリセリア家のお屋敷に行くんだよね? いいのかな?」


 身分をはっきりさせる手段の一つが、この両家のマントなのはわかったが、それなら俺がリセリア家の王都屋敷に滞在するのは有りなんだろうか?


 リアーナ領の貴族が王都にやって来て、それで屋敷を利用するっていうんならともかく、今日から俺はミュラー家の人間になったし、さらに、ミュラー家はしっかり王都に屋敷もあるんだ。

 全く考えていなかったが、それなら俺はミュラー家の方の王都屋敷に移ったりしなくていいのかな?


 次回からの滞在先は、向こうの屋敷になるのはセリアーナの話でも出ていたし、俺もわかってはいたが、今のじーさんの話を聞いて、今回もその方がいいんじゃないかなって気がしてきたぞ?


「そちらに関しては問題ありませんよ」


「ぬぬ?」


「高位貴族へ優秀な平民が養子入りする……。そういった話はよくある事です。自領の者ならともかく、他領の者を受け入れる場合は、手続きが済むまでの間だけでは無くて、王都への滞在中は自分の出身元の領地の屋敷に世話になったりもします。貴女の場合は少し事情が違いますが、今回の滞在期間は、あちらのお屋敷で過ごして問題ありませんよ」


「そっかぁー……」


 オリアナさん曰く、どうやら前例があるようだ。

 俺の場合はちょっとイレギュラーではあるが、それでもその範疇内らしいし、このままリセリア家のお屋敷に滞在していていいようだ。


「しっかし……特に何かが変わったってわけじゃ無いのに、色々面倒だよね……」


 話をしている間に馬車は城門を出て、屋敷まであともうすぐだ。

 さらに東に数百メートル行くと、ミュラー家の屋敷があるが……、俺の王都での生活は今後もこの短い範囲に収まりそうではある。

 あまり変化は無いような気もするが、周りはそうじゃないのかな。


「貴女にとっては大した事では無いかも知れませんが、平民どころか貴族ですら上の家へ養子に入るのは、本人にも実家にも大きな影響があるんですよ……」


 と、オリアナさんは苦笑しつつも、呆れた様な声でそう言った。

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