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「あの人、じーさんのお友達なのかな?」


 廊下で出くわしたお爺さんと親しげに話すうちのじーさんを見て、オリアナさんに彼は誰なのかと訊ねた。

 年はじーさんよりも下だろうが、随分親しげだったもんな。

 騎士団での部下とかそんな感じかな?


「友人とは少し違うけれど、王都で付き合いのあるお家の方ね」


 オリアナさん曰く、彼は近くの村で代官を任されていて、そこの警備で騎士団や冒険者ギルドに顔を出す事が多く、その縁でじーさんとも付き合いがあるそうだ。

 じーさんが王都でこれまで築いてきた人脈だな。


 ちらっと聞こえてくる感じでは、手紙のやり取りはしていても、直接顔を合わせるのは数年ぶりらしい。

 近くに住んでいても、王都の外だと中々気軽に行き来は出来ないようだ。

 セリアーナの結婚のことなどは知っているようだが、じーさんは俺たちの事を紹介しているのか、手でこちらを示して何やら喋っていた。


 そして、しばし談笑を続けていたが、それも終わったらしく、お爺さんはこちらに一礼して去って行った。

 その彼を見送ると、こちらへ戻って来て「行こう」と歩き始める。


「もうよろしかったのですか?」


「ああ。私もあと数年で王都を去るし、後任への紹介も兼ねて、近いうちに改めて時間をとることにした」


 じーさんは歩きながらオリアナさんと何気ない様子で話しているが、その内容は結構重要な事だと思う。

 前世の政治家の地盤引継ぎみたいなもんだしな。

 スマホやパソコンで簡単に情報のやり取りができるわけでも無いし、しっかり対面で挨拶をする必要があるんだ。


 リセリア家の王都屋敷は、ちょっとその準備期間が足りなかったため、今まさに苦労しているもんな。

 頑張れ、マイルズ。


「簡単にお引越しって訳にはいかないんだね」


 じーさんたちの後ろをセリアーナと共に歩いているが、別に黙って歩く必要は無い。

 じーさんがお喋りしている間に、俺も少しは回復したし、折角だからセリアーナと少し話でもするかな?


「それは当然よ。むしろ簡単に交代しても問題無いような人物に、領地外の屋敷を任せる事は出来ないでしょう?」


「そりゃ、そっかー」


 セリアーナが言わんとするのはよくわかる。


 余程飛びぬけた何かが無い限り、他所の領地から王都へ送り出された人物と、短時間で関係を深めるのは難しいだろう。

 何十年もそこを拠点に、じっくりと活動してもらう必要があるわけだな。

 んで、それは相手側だって同じだ。


 互いのためにも、長期間問題を起こさずに、しっかりと勤めを果たしてくれる人物。

 そんな人じゃないと、任せることが出来ないんだろうな。


「お前なら出来るかもしれないけれど、する気は無いでしょう?」


「無いねー」


 と、益体も無い事を話しながら、俺たちはじーさんたちの後ろをついて行った。


 ◇


 この南側エリアの廊下の一番奥にある、両開きのドアが付いた大きな部屋。

 その部屋の前には、警備というよりも取り次ぎのための兵が立っている。


 じーさんは、ドアの前まで来ると足を止めた。


 北側で養子の手続きをした部屋は、中央の廊下から繋がっている横に入った廊下にあった。

 もちろん、ちゃんと専用の部屋を用意しているくらいだし、決して軽んじられているわけじゃ無いんだが、それでもそこまで重要な部屋では無かったんだろう。

 多くの部屋のうちの一つ……そんな感じだ。


 ところが、ここはどう考えても中央廊下の最奥に、ドドンとある。

 このエリアのメインのお部屋だな。


「ここなの?」


「そうだ。ここまで案内ご苦労だったな。後は、私たちだけで問題無い。お前はもう下がっていいぞ」


 じーさんはそう言って案内人を下がらせると、取り次ぎ役の兵に、中に入れるように命じている。


 ここでやるのは、俺の親衛隊への入隊手続きの様なものだ。


 領地単位なら領主の意向で、女性でも騎士相当の権限を与えられるが、国全域でとなると親衛隊に入隊するしかない。

 親衛隊への入隊は、身分を始め色々と条件が厳しいんだが、俺の場合はなんかアレコレ特例でいけるらしい。

 裏口みたいなもんか……実績はそこそこあるつもりだし、ちょっと違うかな?


「では、入ろうか」


 了承がとれたのか、兵がドアを重そうに開けると、じーさんがその中へスタスタと入っていく。

 重要そうな部屋なのに躊躇が無いな。

 オリアナさんも続いているし、入り慣れてるのかな?


「セラ、私たちも入りましょう」


「ほいほい」


 まぁ……緊張はするが、さっきまでいた向こうの部屋よりは、俺が普段から出入りしているホームに近いだろう。

 疲労もそこまで無いし、気楽に行けるかな?


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 俺たちが入った部屋は、リアーナの屋敷でリーゼルが普段から仕事をしている、あの広い執務室と同じくらいのサイズだった。

 ただ、リーゼルの執務室には彼と、共に仕事をする文官たちの机がズラッと並んでいるが、この部屋の場合は違った。


 部屋の最奥に何やら豪奢な机が1台置かれていて、さらにその両側に、真ん中だけスペースを作るように長机が置かれている。


 そして、各席には偉そうなおっさんと、少数だがおばさんもいて、彼等は既に着席していた。

 彼等は、ごつさや厳めしさや目つきの鋭さから、文官では無くて騎士団関係者だと一目でわかる。

 おばさんがたは、親衛隊の隊員かな?

 全員の手元には書類が置かれているし、面談に参加する人たちだろう。


 その彼等は、一同に部屋に入った俺たち……特に俺をジッと見ている。

 頭を動かさずに目だけで、セリアーナたちの様子を探るが、特に何か構えているわけでも無いし、俺だけ見られてるのかな?

 アレか?

 既にもう面接っぽいものが始まっているとか……?


 だが、ドキドキしている俺をよそに、じーさんは気さくにその面々に話しかけている。

 総長然り、やっぱりじーさんは騎士団関係者には顔がきくんだろうな。


「セラ、来なさい」


 ポケーっとその様子を眺めていると、じーさんは俺の名を呼びながら手招きをしていた。


「ほいほい……」


 セリアーナたちは入り口の前で待機しているし、行くのは俺とじーさんだけらしい。

 そして、そのまま長机の間を進んで行き、奥の席の前で足を止めた。


 両サイドのおっさんたちもだが、間近で見ると迫力が凄いんだよな……。

 なんで腕を組んでこちらを見ているだけで、ここまでの迫力を出せるんだろう?


「セラ、こちらは騎士団の総長補佐のロベル殿だ。総長は覚えているな?」


「ユーゼフさんでしょう? そりゃ覚えてるよ」


 じーさんのお友達で、騎士団トップのお爺さんだが、じーさんはその彼を指すとそう言った。

 それに合わせてその彼は小さく頷いているが、やはり一言も発さずに、ただじっと見ているだけ……。


「それと、そちらは親衛隊隊長のエヴァ殿の補佐をされている、メリア殿だ」


 補佐のおっさんの迫力に圧倒されている俺を無視して、さらにそのすぐ手前に座るおばさんを紹介した。


「初めまして、セラさん。エヴァ様から貴女の事は伺っていますよ」


「あ、初めまして……」


 エヴァさんは……確か親衛隊の隊長さんだったかな?

 一度王妃様と会う際に、紹介された気がする。


 しかし、騎士団の総長補佐だったり親衛隊の隊長補佐だったり、補佐ってのがどんな立ち位置なのかはわからないが、中々の大物が揃ってらっしゃる。

 紹介してくれたのはこの二人だけだが、この分だと他の面々も結構な役職だったり身分の人たちっぽいよな。


「では、始めようか。アリオス殿、よろしいか?」


「うむ。これを」


 じーさんは、懐から何かの書類を取り出すと、ロベルさんへと渡した。

 ロベルさんは、じーさんから書類を受け取ると「セラよ」と、俺の名を呼んで、今までの俺の簡単な功績を述べ始めた。


 ◇


 リアーナ領都から王都への最速移動記録。

 リアーナでの領都防衛や複数の魔王種討伐への参加。

 リアーナのダンジョンでの初期調査……その他色々。


 俺がリアーナで暮らすようになってからの経歴が、本当に簡単にだが、机に置かれていた書類に記されていた様だ。

 ついでに、俺たちが部屋に到着する前に、既にその情報を共有していたらしい。


 大分端折ってはいるし、当たり障りのない内容になってはいるが、それでも結構な大仕事を成し遂げていると思う。

 だが、彼等は特にざわついたりはしていない。

 淡々と進行していた。


 そして……。


「以上の功績を持って、セラ・ミュラー・ゼルキスを、親衛隊に推挙する。よろしいか?」


「異議なし」


 一通り読み終えたところで、ロベルさんは俺を親衛隊に入れるかどうかの決を採った。


 本来中央騎士団は、見習い期間中の訓練で適性を調べてから、どこに所属させるかの振り分けを行うらしい。


 親衛隊ってのは、正式には中央騎士団の一部隊の事であって、あくまで区別をつけるためにそう呼んでいるだけだ。

 だが、女性王族の護衛って特殊な役割から、こういった特殊な採用の方法をしているんだろう。


 とはいえ、今回のは裏口というか出来レースみたいなもんだし、誰も拒否することなく満場一致で、無事俺の親衛隊の入隊が決定した。


 うむ。

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