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「お待たせ! ……しました」
【祈り】を発動して数分程が経ち、俺はすっかり回復する事が出来た。
領地でのダンジョンや狩場で消耗した場合だと、もっと回復するのに時間がかかるんだが、所詮はただ歩き疲れただけだからな。
この程度で十分だ。
さて、初っ端から想定していた事態と大分違ってしまったが、むしろ周りのおっさんたちは、息切れしてソファーに潰れていた俺が、すぐに動けるようになったことに驚いている。
文官ばかりだしなー……俺の加護の事はよく知らないのかもしれないな。
「もう……いいのかね?」
「はい。だいじょーぶです」
念のためって様子でこちらの具合を聞いてきたおっさんにそう答えると、立ち上がって皆の前へと進み出た。
この部屋は城の1階奥にあって、壁には絵の一枚も飾られていないし、なんとも地味な部屋だが……主に貴族間の相続関係の手続きを行う場所になっているらしい。
俺がつい先ほどまで座っていたソファーを除けば、書類にサインをするための背の高い机があるだけだ。
窓もついていないし、そこはかとなく厳かな雰囲気を感じる。
その雰囲気に負けないように、本当はビシッと何の文句も出ないように決める予定だったんだが、城内の歩く距離っていう想定外の障害でそれを潰されてしまい、少々醜態を晒す羽目になってしまった。
だが……セリアーナたちの前で、遠慮なくああいった振舞いを許されているっていうのは、それはそれである意味俺の立場を示しているともいえる。
むしろ、俺の貴族間でのイメージを後押しするような感じでもあるし、正解だったかな?
だからこそ、セリアーナも何も言わなかったのかもしれない。
「ごほんっ……。それでは、始めよう」
書類の束を手にしたおっさんが1人前に出てくると、咳ばらいをして机の上に書類を広げ始め、おっさんが書類に書かれた内容を読み上げ始めた。
書かれていたのは、どういった経緯で貴族になって領地を持ったのかだとか、初代は誰なのかだとか……ミュラー家の歴史の様なものだ。
流石に婚姻だとか代々の当主の名前だとか、そんな事までは端折っているが、それでもミュラー家がどういった家なのか、そして、このメサリア王国に於いてどういった役割を期待されているのかは、十分理解出来た。
これまでは王国東部の纏め役として、東部全体の安定と発展のサポートを。
そして、今は魔境に対しての最前線がリセリア家に変わった事から、新たな役割として中央との仲介役も加わった。
それに対しての責任がどうのとか、貴族としての誇りがどうとか……色々長々語っている。
どうやら貴族学院では、そういった各家の情報や役割を教わったりもするそうだが、俺は学院には通わないし、その分のサポートなんだろう。
こういった教育をちゃんと受けることで、やたらモラルの高い、この国の貴族が完成するんだろうな。
まぁ、俺はミュラー家の一員になるとはいえ、これまでと変わらずリアーナのセリアーナの下で、ダラダラ好き勝手過ごすことになるんだ。
一応話は聞いているものの、そこまで真剣になる必要は無いだろう。
昨晩ぐっすり寝たのが利いているのか、欠伸することなく、おっさんの話を最後まで聞き続けることが出来た。
◇
「平民の娘、セラ。ここに名前を書きなさい」
「はい」
おっさんの長い話が終わり、いよいよ養子手続きに入った。
といっても、相続権の有無やどういった立場になるかの説明も、おっさんが一緒に読み上げていたし、この場で俺がやる事といったらサインするだけなんだけどな。
もちろん、適当にやるつもりはない。
真面目に書かないとな!
ちなみにサインをするのは、俺だけじゃなくて、セリアーナたちもだ。
じーさんはミュラー家の名代としてで、セリアーナは今回の立会人としてだな。
国に提出する書類に名前を残すことになるんだから、それなりに重要な役割だ。
ってことで、おっさんが用意したペンを受け取ると、背伸びをしながら机の上の書類にサインを書き始めた。
「セラ……っと。書けました」
ペンを置くと、おっさんは書類を手に取って書類を眺めている。
目の動きから、俺のサインだけじゃなくて、書類全部を一から読み返しているようだ。
なんとも生真面目な……。
「では、次にこちらへアリオス卿がサインを」
「うむ」
今度はじーさんが書類にサインを書き始めた。
俺のシンプル過ぎる名前よりも凝っているだけに時間もかかっているが、なんというか、一字一字丁寧に書いているのがわかる。
そして、じーさんも書き終わり、一連のやり取りを繰り返した後は、セリアーナの番となった。
彼女も、じーさん同様に一字一字丁寧に書いていく。
俺なんて適当に書いたのにな……自分の手続きなのに……申し訳ねぇ。
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「……うむ。それでは、セラ殿。こちらにサインを」
「お?」
セリアーナがサインした書類を受け取ったおっさんは、次の書類を取り出すと、俺に差し出してきたのだが……呼び方が変わっている。
先程までは「セラ」と呼び捨てだったが、今は「セラ殿」だ。
「あ、そっか……」
そう言えば、先程の書類が俺の養子の手続きだったんだよな。
ってことは、もう今の俺の身分はミュラー家のお嬢さんなのか。
当たり前だが、どこも変わったりはしないな。
謎のファンタジーパワーとかは発揮されないのか……。
ちょっと残念ではある。
しかし、書類一枚でコロっと態度が変わってしまうあたり、なんともデジタルな対応だ。
お役人さんっぽいな!
さて、受け取った書類を流し見したが、内容は俺の身分が王都外でも適用される時期についての説明だった。
一応現時点でも伯爵家の一員ではあるんだが、どうやらまだその身分は王都だけで、国全域でとなるのは1週間後らしい。
今回の様に、貴族家の養子に入ったとしても、その情報が国中に広まるまでには時間がかかってしまう。
まだその情報が届いていない王都から離れた土地で、貴族として振舞っても揉め事が起こるかもしれないし、周知されるまでの期間を設けるんだろう。
俺は別としても、高速での移動手段が乏しいこの世界じゃあまり考えられないことだが、それでもやろうと思えば出来てしまうし、王都と王都外とでしっかりと分けているんだろう。
今の俺は仮免みたいなもんなのかな?
ともあれ、内容は読んだし了承のサインを書かないとな。
セラセラっと。
「えーと……って、なに?」
名前を書こうとした書類に影が差し、何事かと振り向くと、一歩下がった位置に立っていたセリアーナが、すぐ側に来ていた。
「お前が名前を書き間違えないかの確認よ」
「セラ・ミュラー・ゼルキス……っと。間違えるわけないでしょ」
言われて気付いたが、つい癖で今まで通り「セラ」と書きそうになってしまっていた。
別にそこから書き足すのは簡単だし、バランス的にも余裕でリカバリー出来る。
なんといっても、俺の名前は短いし簡単だ。
とはいえ、折角新しい名前になったんだし、それはカッコ悪いからな。
「はい。どうぞ」
今度こそしっかりと新しい名前を書いて、書類をおっさんに渡した。
「うむ。…………結構。これに書かれているように、王都の外で貴族として振舞うには一週間間を空けてもらう。よいな?」
「はい」
即答すると、なにやらおっさんの視線が頭の上を通り越していく。
それを追って俺も後ろを振り向くと、セリアーナたちが頷いていた。
彼女たちは保証人みたいなもんだし、同意を取るのは大事だし……俺が信用出来ないってことじゃないよな?
◇
差し当たって、俺のミュラー家への養子手続きは完了した。
振舞いという点では、貴族らしさは発揮出来なかったが、些細な事だろう!
大事な事は、無事手続きを完了させたってことだ。
だが、今日やる事はそれだけではない。
もう一つの用を片付けるために部屋を出ると、再び長い廊下を歩いていた。
「ふぅ……ふぅ……」
「どうする? 一度休憩していっても構わんが……それとも担いでいくか?」
「いや、大丈夫……」
手続きをした部屋を出て、城の正門前のホールまで出てきたところで、先程と同様に息切れしている俺にむかって休憩を提案してきたじーさんに、首を振ってどちらも不要と答えた。
改めて見てみると、ホールや廊下にはとにかくいろんな人間がいるんだ。
貴族はもちろん、謁見や何かの陳情で登城している平民の姿もあるし、俺の立場とか関係無しに、あまり目立つような事はしない方が良さそうな気がする。
先程の部屋は城の北側で、そちらは貴族絡みの事務仕事が集中しているエリアだ。
そして、俺たちが今向かっているのはその反対側で、騎士団や平民相手の仕事が中心だ。
距離こそあるが、先程の場所よりはもう少し、俺的に居心地がいいし、到着しさえすれば、そっちで【祈り】を使ってすぐ回復出来るしな。
ちょっとの我慢だ!
気合いを入れて、「ひぃひぃ……」と歩き続けていると、廊下を歩くおっさん……というよりは、おじーさんと言った方がいい年齢の男性と出くわした。
お年の割には背筋も伸びていて、頭は少々寂しいが体もがっしりしている。
歩いている場所も城の南側だし、騎士団関係者かな?
そう思ったのも束の間。
「おおっ!? アリオス殿!」
両手を広げて大きな声で、じーさんの名前を呼んだ。
随分親しげな笑みを浮かべているし、お友達なのかな?
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