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玄関ホールで俺の正装姿を披露した後、その場でしばしリーゼルたちも交えて話をして、それから出発となった。
屋敷から出てすぐの場所には、ミュラー家とリセリア家の馬車が止まっていて、さらにその周囲には騎士たちが数名いる。
ドアにはそれぞれの家の紋章が彫られていて、一目でお貴族様専用の馬車だってわかるだろう。
俺は他の家の紋章は見分けがつかないけれどな!
「では、行くか。私たちの馬車が前だ」
「ほいほい。んじゃ、セリア様。お城でね」
「ええ」
じーさんが言うように、ミュラー家の馬車が前にある。
今日は王家の招待ってわけじゃ無いから、同行出来る兵の問題もあって、セリアーナが乗る馬車の前方を俺たちの馬車が守り、その周囲を騎士たちが守ることになっている。
2台合わせても馬車に乗っているのは4人なんだし、1台に纏めて移動したら楽なんだが……そうもいかないし。
これだけ短い距離なのに、わざわざ気を遣わないといけないのは大変だよな。
「よいしょっと」
まぁ……今日限りの事だろうけどな。
ってことで、馬車に乗るために、ドアに手をかけた。
【浮き玉】なしで馬車に乗るのなんて何年ぶりだろう?
「手を貸すか?」
「だいじょーぶ」
少々俺には馬車の入口は高すぎるが……、じーさんの言葉に首を振ると、気合いを入れて乗り込んだ。
俺に続いて、オリアナさんにじーさんの順番で乗り込むと、御者台に向かってノックをして準備が整った事を知らせた。
じーさんもオリアナさんも荷物を持っているが、2人が持っているのは俺関係の荷物なんだよな。
俺は手ぶら……少々申し訳なくなるね。
さて、セリアーナが乗り込むまで少し間があったが、どうやら乗り込んだらしい。
馬車はゆっくりと進み始めた。
屋敷の敷地から出て、城に向かって走り始めたのだが……。
「……ぉぉぉ」
「どうした?」
「や、お城の近くだけど、やっぱり揺れるんだね」
ゆっくり進んでいるから、余計にそう感じるだけなのかもしれないが、ガタゴトガタゴト……石畳を進む振動が尻越しに強く感じる。
馬車ってこんなに揺れるんだったっけ?
王都の貴族街で、さらに城のすぐ目の前。
恐らくこの国で最も役人の目が届いている場所だろうし、路面の舗装だって手を抜いたりはしていないはずなんだが、揺れること揺れること。
速度は抑えているし、体が跳ねる様な事はないんだが、小さい振動が途切れることなく続いている。
ミュラー家の王都用の馬車だけあって内装も豪華だし、当然クッションもいい物なんだが、それでもおケツが痛いぜ。
「……なにを言って……ああ、そうか。お前は普段から馬車の中でもアレに乗っていたんだったな」
俺の言葉を聞いたじーさんは、一瞬何事かと怪訝な表情を浮かべたが、すぐにその理由に思い当たったようだ。
「そういえば、貴族街の他家のお屋敷を訪れる際も、貴女はあの玉に乗っていましたね。リアーナ領やゼルキス領でもそうなのですか?」
「うんうん。それに、そもそも領地じゃ馬車に乗ること自体滅多に無いしね。いつも外を飛んでるよ」
隣に座るオリアナさんに飛んでいる様子を腕を振って表現しつつ、領地での交通事情について城に到着するまで話し続けた。
◇
馬車は城の正門前までやって来たところで停車した。
「あれ? 下りないの?」
「セリアーナが到着してからだ。待っていろ」
「ほう」
よくわからんが、セリアーナの馬車が到着……というよりかは、停車するのを待ってから下りるらしい。
じーさんが護衛に回るのかな?
「セラ、こちらを今のうちに着けておきなさい」
じーさんの言葉に頷いていると、オリアナさんが膝の上に載せた箱の蓋を開けて、そう言った。
「お? りょーかいです」
ちなみに箱の中身は、ミュラー家とリセリア家の紋章が刺繍されたマントだ。
屋敷を出る時に付けておけばいいような気もするんだが、いかんせん、今の俺の立場は貴族って意味では複雑だったりする。
ミュラー家に養子入りするためにミュラー家の馬車に乗っているが、今俺が世話になっているのはリセリア家で、滞在先だってご近所のミュラー家の屋敷じゃなくて、リセリア家の屋敷だ。
なにより、俺の今の身分は平民だからな。
変に身分を示すような物は、この短い距離でも身に着けたりはしていなかった。
まぁ……それは、外に対してっていうよりも、内向きに対してのポーズみたいなもんなんだろうけれどな。
「ありがとー」
オリアナさんに背中を向けていると、肩にマントをかけられた。
色は青で、リセリア家の紋章が記されたマントだ。
今の俺は、リセリア家の関係者って事なのか。
今日の手続きを終えたら、さらに赤のマントも加わるんだろうな。
「うむ。よく似合っているな。む? 向こうも止まったか……では、下りるぞ」
じーさんはそう言うと、ドアを開けて馬車から下りていった。
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セリアーナとも合流した俺たちは、そのまま4人で城の中へと入ることにした。
お城……。
そういえば、俺って奥の宮殿とかは入った事は何度かあるが、こっちに入るのは初めてだっけ?
居住区の宮殿と違い、こちらは行政施設ってだけあって、たくさんの文官が忙しそうに、城内の廊下を歩いている。
リアーナもゼルキスも、文官よりも武官の方が多い領地だったから、これだけの文官の割合が多い場所ってのは新鮮だ。
さて、俺たちは今その城の中を、案内を伴って歩いている。
歩く列の順番は、じーさんとオリアナさんが案内人のすぐ後ろを、そして、2人からさらに一歩下がった場所を、俺とセリアーナだ。
「広いねぇ……」
テクテクと廊下を歩きながら、ついついそんな言葉が口をついた。
城に限らずだが、俺の足で移動するにはこの国の建物は広すぎるんだよな。
いつも移動は浮いていたから忘れていたよ。
「城は特にね……。でも、お前もまともに歩けているじゃない。テレサから、以前妃殿下にお会いした際は、お前が転びそうになっていたと聞いたのに」
隣を歩くセリアーナは、俺のボヤキを聞いて苦笑しつつもどこか感心したような声で、そう言った。
「まぁね! でも、前の時とは靴も服も全然違うしね。こっちの方がずっと歩きやすいよ」
その言葉に、俺は胸を張ってそう答えた。
セリアーナが言っているのは、一昨年に聖貨を受け取りに来た時の事だろう。
あの時は、宮殿の毛足が長い絨毯の上を、柔らかい靴に長いスカートっていう、慣れていなければ誰だって歩きにくいようなシチュエーションだった。
それに引き換え、今歩いている城の廊下は、分厚い絨毯は敷かれているが、毛足は短く、歩く際に邪魔になるような事はない。
見栄え……という点では、少々地味になってしまうが、実用性重視だな。
そして、恰好だってそうだ。
ソールは固いが、動きやすいデザインのブーツにパンツ。
前世から着慣れた格好だ。
肩から提げたマントが足に絡んで少々邪魔には感じるが、動きの妨げになる程じゃない。
普段から【浮き玉】頼りで、あまり歩いたりはしないが、これなら生身の移動でも何の不安は無い!
「その割には、息が少し切れているようだが……。大丈夫か?」
だが、じーさんは前を歩いていながらも、俺が息を切らしている事に気付いたようだ。
「だっ……大丈夫だよ」
歩くこと自体は苦にならないが、いかんせん距離がなぁ。
広いんだよ……本当に。
どんだけ広いんだろうな?
俺が手続きをする部屋は1階だから、階段を上る事はなくて済んでいるが、エスカレーターやエレベータの無いこの世界だ。
もしこれが2階や3階で、とか言われたら、ちょっと躊躇してしまったかもしれないな。
「申し訳ありません」
案内役の文官が、どこか申し訳なさそうな声でそう告げてきた。
別に彼が悪いわけじゃ無いんだろうが、気を遣わせてしまったな。
案内程度の事とはいえ、公爵家と伯爵家がお相手だし、中々しんどいお仕事かもしれないな。
しばし誰も話をすることなく廊下を歩き続けていたが、その廊下に繋がる通路の手前で足を止めると、再び案内の彼が口を開いた。
「手続きをする部屋は、この通路の奥になります」
「……ぉぅ」
彼が示した通路は両側に扉が並んでいて、やはり多くの文官が行きかっている場所だ。
ちなみに、奥まで数百メートルはあろうかという長さ。
ここを奥までかー……そう思うと、ついつい呻き声が漏れてしまった。
◇
さてさて、長い道のりを経て、何とかかんとか手続きをする部屋へとたどり着いたのだが……。
「ひぃ……ひぃ……」
部屋で待っていたオッサンたちの視線を感じつつも、俺は部屋に置かれたソファーにへたり込んで、肩で息をしていた。
「アリオス……彼女は大丈夫なのかね?」
「ああ、問題無い。セラ、しっかりせんか」
おっさんたちのうちの一人は、じーさんの知り合いらしく名前を呼んでいる。
そして、俺の様子も気にかけているようだが、それどころじゃーない。
昨晩アレコレ打ち合わせをしたのは、城の人間はもちろんだが、このおっさんたちに不格好なところを見せたりしないようにってのも思惑に含まれていたんだが……取り繕う余裕も無いな。
「セラ……」
「ぅぃ」
呆れた様なセリアーナの怒ったような冷たい声に、返事をする。
じーさんも含む周りのおっさんたちは、セリアーナのその声に少々引いていたが……、セリアーナは本当に怒ったりする時はもっと感情が無くなるからな。
これはただのポーズだろう。
「さっさと回復してしまいなさい」
「はーい」
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