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「……お?」
目を覚ますと、ベッドの隣にセリアーナの姿は無かった。
部屋の中を見渡すも、部屋の中は薄暗くてよくわからないが……ここにいないのなら隣か。
今何時なんだろうな……。
まだ起こされてないし、もうひと眠り……。
「っ!? ちげーわ!」
いや、別に何かが違うって事はないんだが、ついつい声に出してしまった。
「起きないと起きないと……」
今日は城で養子の手続きを行う日だ。
城に行くのは昼からだが、その前にしっかり準備をしておかなければいけないし、二度寝は駄目だ!
「よっこらせっ!」
俺は気合いを入れてベッドから跳ね起きると、ベッドの下に転がしている【浮き玉】に乗って、隣室へ向かうことにした。
◇
「おはよー」
隣室に移動すると、昨晩に引き続きソファーでくつろいで読書中のセリアーナの姿があった。
「あら? そろそろ起こそうと思っていたのだけれど……自分で起きたのね」
寝室から出てきた俺を見て、セリアーナは少し驚いたように目を丸くしてそう言った。
2度寝しかけたが、なんか感心してるみたいだし、その事は黙っておくか。
「今日の予定は頭に入っているわね?」
「お? うん、大丈夫。昼前にじーさんたちが来るんでしょう? んで、昼食後に馬車で出発」
「結構。いつもと違って化粧もしっかり施すから、そのつもりでいなさい」
「はーい。今は……10時ちょっと前か。朝食食べといた方がいいかな?」
服だけじゃなくて、化粧もしっかりか……着替えるのが昼食の前か後かはわからないが、昼食の時間は早めになるだろう。
いつもはこのくらいの時間に起きたら朝食は抜くんだが……今日はしっかり食べておこうかな。
セリアーナもそれに同意らしく、こちらを見ると頷いて口を開いた。
「そうしなさい。予定通りにいけば時間はそれほどかからないけれど、誰かと会うかもしれないし、どうなるかはわからないものね」
今日の俺は、養子の手続きと騎士団の手続きの2つをこなさなければならない。
どちらも城内で済む事だが、それぞれ手続きをする場所が違うからな。
そして、一緒に移動するのがセリアーナやじーさんたちっていう大物だ。
どこで誰からお話の誘いを受けるかわからないし、予定通りに進むかどうか……。
「それじゃ、食堂に……セリア様も行くの?」
食堂に向かおうとしたのだが、セリアーナは読んでいた本を机の上に置くと、立ち上がった。
改めて正面から見ると、彼女の恰好も普段通りで正装ではないし、まだ準備に入っていないようだ。
「ええ。食事はもう済ませたけれど、お茶を頂くわ。行きましょう」
「ほいほい」
そう答えると、セリアーナの前に出て、ドアに向かって【浮き玉】を進めた。
◇
着替えを始めとした、俺の準備は昼食後に行うことになった。
別にガキじゃあるまいし、服を汚したりはしないんだが……まぁ、あまりお固い恰好は慣れていないし、疲れるからな。
出来るだけその恰好でいる時間を短く出来るのはありがたい。
そんなこんなで、じーさんたちもやって来て昼食を一緒に済ませた後に、俺は部屋に戻って恰好を整えることになった。
「こうしてしっかり正装をすると、少しは成長しているように見えますね」
「ええ。それに、黒のジャケットに赤い髪もよく映えますし、大変お似合いですね」
ちなみに、部屋にはセリアーナと使用人の他にも、オリアナさんとイザベラも一緒だ。
今日のために仕立てた服を着た俺は、彼女たちの前に立ってその姿を見せているが、2人の評価は上々らしく、それぞれ賛辞を述べている。
「凹凸が少ない娘ですからね……。セラ、来なさい」
「はーい……」
なんかチクリと言われた気もするが、手招きしているセリアーナの下へ向かった。
そちらでは、昨日俺の髪と化粧を担当した使用人たちがいて、自分たちの出番を待っている。
昨日も一応それなりにしっかりと整えていたんだが、あまり厚化粧をしないこの世界の基準でも、アレは相当な薄化粧だったのが俺にだってわかるし、髪にしたって、簡単に結んだだけだった。
折角城へ送り出す客人なのに、その腕を全く発揮出来ずに不完全燃焼だったのかもしれない。
先程からセリアーナとの打ち合わせをする声が漏れてくるが、やたら気合いが入っているのはわかる。
彼女たちは、俺が座るための椅子や化粧道具などの準備をして、待ち構えていた。
「セラ様、どうぞこちらへ。まずは化粧から済ませますので……」
「うん……お手柔らかにね」
椅子に座ると、前世の美容院の様にケープをかけてきた。
恐らく服に化粧品が付かないようになんだろうが……昨日はこんなの使わなかったし、これは本気だな……。
ちょっとだけ、その気迫にビビりながら、俺は大人しく彼女たちが化粧を始めるのを待った。
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化粧と髪結いを開始してしばし。
まずは顔に何かをペタペタ塗っていき、そのあと目や唇にこれまた何かを塗っていき……それと並行して、髪の毛をグイグイ引っ張ったり纏めていったり、何かのアクセサリーを着けたりしていた。
昨日も化粧と髪を任せていて、その時は大して時間はかからず整えていたんだが、昨日と違って今日は手が込んだ髪形なようで少々苦戦していた。
セリアーナと違って、俺の髪質にはそこまで手こずっていなかったんだが……それだけ複雑な髪形なのかな?
だが、それもようやく完成したらしく、まずは体にかけられていたケープを外された。
そして……。
「セリアーナ様、どうぞご確認ください」
俺の化粧を担当していた使用人は、俺に鏡を見せる前にセリアーナに確認を任せていた。
もうこの屋敷でも、セリアーナがすっかり保護者枠に収まってしまっているんだな。
否定はしないが……うん。
「いいと思うわ。ご苦労様」
セリアーナは、俺の周りを回りつつジロジロ無遠慮に眺めていたが、何周かしたところでそう言った。
どうやら出来はいいらしく、満足そうだ。
結局30分くらいかかったんだろうか?
力作だな。
「ありがとうございます。セラ様、どうぞ」
使用人はセリアーナに頭を下げると、今度こそ俺の顔の前に鏡を持って来た。
「ありがと……。ほぅ」
肌の色こそ元々真っ白だから変化はほとんどないが、ソバカスが化粧で目立たなくなっている。
そして、唇と瞼に濃い赤の口紅とアイシャドーが塗られていた。
昨日は口紅だけで、しかも色は薄いピンクに近かったが、なんというか……。
我ながら顔のつくりは悪くないと思っているが、あんまり特徴の無い顔だとも思っている。
決して厚化粧ってわけじゃ無いんだが、化粧のおかげで雰囲気が随分と違って見えた。
髪形も、昨日は簡単に後ろで纏めただけだったのに対して、三つ編みのお団子を頭の上に作って、そこからさらに尻尾を生やして……なんというか、船でセリアーナがやってくれた髪形に似ていた。
ただ、今日の方が編み目の細かさや、髪飾りの着け方など、もう少し手間をかけているかな?
「昨日とは色々違うし、大分印象が変わって見えるね」
腕を組んで俺を見ていたセリアーナは、「フッ」と小さく笑うと口を開いた。
「普段からふざけていないのは分かるけれど、それでもお前の顔は威厳とは程遠いわ。お前の年だとまだ必要は無いかもしれないけれど、それでも今日の手続きで城の中を移動することになるし、少しは取り繕っておいた方がいいでしょう?」
「なるほど……」
一応セリアーナなりに言葉を選んだんだろうが、普段の俺のままだと正装したくらいじゃ、貴族っぽさを演出出来ないってことだろう。
別に手続きをするだけだし、そこまで気を使う必要は無いのかもしれないが、それでも侮られていい事は無いしな。
少しでも、マシな見た目になるようにってことで、こうなっちゃったのかな。
「時間もそろそろだし、出発しましょうか? おばあ様、よろしいですか?」
「ええ。何時でも構いませんよ」
今日のスタイルの理由に納得して頷いていると、その俺を他所にセリアーナとオリアナさんは話をしていた。
部屋で待機している使用人の1人に、出発の用意を命じているし、そろそろかな?
「セラ、いいわね?」
まぁ……今日は城に行くとはいえ、公的な用だしお上品に振舞う必要がある。
具体的には、恩恵品を全て外したり、靴を履いたり……普段の俺とは大分違うスタイルだ。
恩恵品の中でも、【影の剣】とかの武器を外すのは昨日のようなケースだと、たまにある事だし、それなりに慣れてはいるんだが、【浮き玉】を置いて行くってのは久しぶりだし、ちょっと落ち着かなかったりする。
ただ、それはどうしようも無いことだし、代わりといっては何だが、セリアーナとじーさんも一緒だ。
何の心配もいらないだろう。
「うん。行けるよ」
ってことで、俺はセリアーナにそう答えた。
◇
「おお!? 随分様になっているではないか」
玄関ホールに到着すると、そちらでは既に今日同行するじーさんと、見送りのリーゼルたちが待機していた。
そして、じーさんは俺を見るなり、デカい声で俺の正装姿を褒めてきた。
いつもの厳めしい表情ではあるが、声は明るいし、そんなに似合ってるのかな?
「まぁね!」
「以前の服も悪くは無かったが、やはりその服の方がいいな」
「そっちか……!」
胸を張って答えたのだが……どうやらこのじじいが褒めていたポイントは、俺よりも服の方が大きいらしい。
ちなみに、じーさんも俺と同じ様なデザインの正装を着ている。
じーさんが言っている以前の服ってのは、あのパチモン服の事だろうが、じーさん世代的にはこっちの方が受けがいいんだろう。
モード服とクラシック服の違いみたいなもんかな?
世界は違っても、同じ感じなのかもしれない。
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