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城から帰って来たその夜。
夕食後に皆で集まって、明日の予定を詰めている。
明日は、俺の養子手続きをするために城に向かうことになるが、今日と違って王族の客人という訳じゃないし、通常の手続きを経て城に入るだけに、色々細かい規則があるそうだ。
だからこそ、いざ向こうで余計な手間をかけずに済むように、今日のうちにしっかりと手順を頭に入れておこうってわけだ。
やること自体は、城に行って何とかって間で、公証人みたいな役職の文官立会いの下で、何かの書類にじーさんたちとサインをするってだけだ。
そして、その後お偉いさんにご挨拶。
それで終わり。
ただ、今回は公的な用事だし、形式ばった対応をされる事になる。
これがもっとカジュアルな私用での訪問なら、多少は適当でもいいんだけどな……。
もちろん、王族からの招待ってわけじゃないとはいえ、こちとら伯爵家と公爵家がバックについているわけだし、そこまで神経質になる事も無いんだが……まぁ、やる事はやっておかないといけない。
今日の王妃様の話じゃないが、俺が原因で侮られたり、何かのきっかけになる様な事は避けたいもんな。
「それでは、明日はセラ殿はミュラー家の馬車で移動でよろしいですか?」
「ああ。私が迎えに来る。距離は短いが、その間はセリアーナの護衛はこちらに回すことになるな。問題無いか?」
ちなみに、今日もじーさんたちに加えてマイルズ夫妻も一緒だ。
夫妻……特に夫のマイルズの方は、昨日はだいぶ狼狽えていたが、今日はもう大丈夫そうだな。
じーさんと対等に、明日の移動時の対応について協議をしている。
直接王家と関わらないからとか?
色々お付き合いするのは難しそうだもんな……。
王家といえば、王妃様の態度もちょっと気になったよな……あれなんだったんだろう。
ともあれ、今まではセリアーナの馬車に同乗していたが、明日はミュラー家として動くわけだし、普段とは色々勝手が違う。
俺だけ【浮き玉】で飛んで行くわけにもいかない。
俺の立場が変わると、今後はそういう面でも変化が出てくるのかもしれないな。
まぁ……セリアーナと領地の外で一緒になる事なんて、そうそう無いことだし、気にする事じゃないか。
その後も話し合いはしばらくの間続いたが……。
「……ふわぁぁ」
デカいあくびが出た。
一応真面目に話を聞いてはいたんだが、眠気が……。
「打ち合わせはこれくらいにしようか。明日は僕は同行しないが、セリアとアリオス殿がいるし大丈夫だろう?」
そんな俺の様子を察したのか、リーゼルは話を終わりにしようかと切り出した。
「そうね。とりあえず、明日城で行う事は頭に入ったでしょう? 何かあったら私とおじい様で対処するわ」
「うむ。今回の件は少々特殊な事情ではあるが、立ち会う者も私の事をよく知っているし、些細な事で異を唱えたりはせんだろう」
セリアーナとじーさんも、それに同意している。
集まって話をしているとはいえ、結局のところ俺が話を聞いていなかったら意味が無いもんな。
「やー……ごめんね。今日は眠くてさ」
「まあ、今日は王妃殿下とお話をしたり、お前も頭を使ったものね……」
なるほど……まだ寝るには早い時間なのに、なんでこんなに頭が働かないのか不思議に思っていたが、そういや今日は王妃様に会ったからな。
そっちでエネルギー使っちゃっていたか。
「……あふっ」
眠気の理由に納得したところで気が緩んでしまったのか、デカいあくびがもう一発。
これはもう今日は駄目だな。
明日のためにも、さっさと休むか。
◇
「ねー」
「なに? さっさと寝なさい」
話はお開きとなって、俺たちが滞在している部屋に戻ってきたが、セリアーナはまだ起きているんだろう。
この屋敷の寝室は、基本的に寝るだけだからな……そちらに向かわず、そのままソファーに座っていた。
俺はもう寝るから、このまま寝室に向かおうと思ったんだが……一つ気になる事を思い出した。
昼間の王妃様の態度だ。
「王妃様ってさ、なんであんなにホッとしてたの? いや、オレがお話を持って来た家に対して、特に敵対しようとかそんな事を考えていなかったから、ってのはわかるけどさ……」
将来的に、国内で俺をきっかけにした問題が起きる可能性が無くなったって事がはっきりしたし、王妃様にしたらそれは確かにホッとできるのかもしれないけれど、それも、今まで何度か顔を合わせてきたんだ。
俺が権力とかはもちろん、そもそも他家に興味が無いってことくらいは分かっていそうなもんだけどな?
「ああ……。理由はあれだけじゃないからでしょうね」
どうやらセリアーナには心当たりがあるらしい。
ソファーに座ったまま、こちらを見ずに答えた。
眠気はあるが……覚えているうちに聞いておこうかな?
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「もし、お前があのリストに記されていた家に対して、敵対意識を持っているようだったら、恐らく、命令という形でそれらと近しい関係の別の家と婚約させられていたはずよ。お前は、妃殿下の態度が変わった事を気にしているようだけれど、それも当然よね」
「……ほ?」
セリアーナの言葉に、眠気が一気に覚めた。
婚約の命令とか……。
今日王妃様に呼ばれたのは、結局のところ俺の行動を穏便に制限出来ないから、直接話を聞こうってのが理由でもあったんだ。
そんな風に、結構俺に対して気を使う人が、婚約を命令するのかな?
「……どういうこと?」
もう終わった話ではあるが、流石に気になる。
もう少し詳しく聞くためにセリアーナに問いただすと、彼女は小さく息を吐いた。
そして、俺にも座るようにと、ソファーに座る自分の隣を軽く叩いた。
「どういう事と言われてもね……。お前を口実に、国内の貴族同士が揉める事を警戒していたの。それはわかるわね?」
「うん。帝国とかとの関係が変わるから、そっちに割いていた分の力が余ってるんでしょ?」
んで、国が支援に力を入れることになる、俺たち東部に対してちょっかいをかけようってわけだ。
流石に国の存亡の危機とかの切羽詰まった状況なら、そんな真似はしないんだろうが、今はまさにその状況から解放されているわけだし、妙な事を考える者が出てきたっておかしくない。
だから、その懸念が今日の話で無くなって、ホッとした……そう思っていたんだが……。
「お前にその気が無いから、あそこで話は終わったけれど、もし違った場合は、妃殿下はその立場上、解決するために行動する必要があるわ」
「うん……まぁ、そうだね」
王妃様はこの国の女性貴族……ひいては女性のトップだもんな。
中身はともかく、俺は一応立派な女性なわけだし、セリアーナが言うように問題が悪化しかねないのなら、王妃様が対処に出る必要はあるだろう。
「お前を無理やり婚約させたところで、大人しく従おうとは思わないでしょう? 私やお父様たちだってそうよ」
「うん。……結局、それだったら別のところで揉めたりしない?」
王国西部と東部が違うくらいで、結局国内の貴族間で揉め事が起きることに違いは無い気がする。
どっちにもならなかったが、最終的に俺に婚約させるって方法を選ぶんなら、東部との関係にヒビが入るかもしれない。
別に自分がそんな大物だって言いたいわけじゃ無いんだが……揉めるよな?
「ウチ、ミュラー家……東部閥と中央の関係は間違いなく悪化するわね。でもそれだけよ」
「ぬ?」
「東部は、魔境を始め魔物に警戒しなければいけないから、中央との関係が悪化したからといって、何か事を起こそうとは考えないでしょう?」
「まぁ、そりゃーそうだよね。ウチは余力とか無いか……」
大陸西部との関係がどう変わろうと、それ以前から、基本的に東部が警戒しているのは魔物だ。
領内の教会勢力とか、確かに懸念事項は減りはしているが、それでも東部の体制は今まで通りだろう。
「それじゃー、王妃様はオレたちとの関係が悪化する方がまだマシって考えてたのかな?」
「でしょうね。妃殿下個人の考えは別にしても、国にとってはその方が影響が少ないわ。どの道、東部への支援は続けるでしょうし、私たちの代では修復できなくても、次の代ではまた新しい関係を築いているかもしれないもの」
「なるほど……。あぁ、だからオレの答えを聞いて、王妃様はホッとしてたんだね」
俺の返答次第じゃ、東部と関係が悪化するかもしれなかったんだ。
いくらなんでもそんなこと無いだろう……と思っていても、彼女たちの常識からはみ出している俺が相手だもんな。
直前までそんな素振りは見せなかったけれど、やっぱりそれなりに緊張していたんだろう。
「そうね。わかってはいたでしょうけれど、それでもやはり王妃として、確認しておかなければならないのでしょうね」
そう言うと、「身分が高いと大変だわ……」と呟いた。
このねーちゃんも、間違いなく国内じゃ上から数えてすぐの位置にいるんだけどな。
「聞きたいことはそれだけかしら? それなら、さっさと寝てしまいなさい。お前も話を聞いていたし、明日の手順に関しては心配していないけれど……寝ぼけて何かやらかさないかは……」
セリアーナは言葉を途中で止めると、こちらを見て、溜息を一つ吐いた。
話の内容に驚いて眠気は一時的に覚めてしまったが、眠かったことに変わりは無い。
布団に入ったらすぐにグッスリだろう。
ミスをするとか、そもそもそんなに大したことをする訳じゃないし、心配するような事はないだろうが……さっさと寝ちゃうかな。
セリアーナは、もう話は終わりなのか、本を手にしている。
「それもそうだね。それじゃー、お休みー」
ソファーから【浮き玉】に移って浮き上がると、俺は寝室に向かった。
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