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 資料を初めに流し見した際は、領地持ちの貴族の事だけしかわからなかったが、ある程度読み進めていく事で、領地持ちだけじゃなくて、それ以外の貴族に関しての情報も含まれていることがわかった。


 全員この国の貴族で、ついでに若い男性ばかり纏められているが、これは何なんだろうな?

 比較的、王都より西側の領地が多くて、俺やセリアーナも馴染みのない領地が多い気もするし……。

 何か俺に仕事を頼みたいのなら、その土地の魔物だったり特産品だったりも一緒に載せるはずだし……わからん。


 それでも、わからないなりに資料をめくり続けていたのだが、積まれた山が大分小さくなってきたところで、今まで3人でお喋りをしていた王妃様が、俺に向かって声をかけてきた。


「目は通し終えたかしら?」


 そして、立ち上がるとこちらへやって来る。

 セリアーナたちも一緒だ。


「はい。大体……ですけど。これってなんなんですか?」


「貴女を紹介して欲しいと、私に話を持って来た家の資料よ」


「……ほぅ?」


 俺を紹介……ってーと、【ミラの祝福】目当てかな?

 あるいは、ちょっと変わったところで、【浮き玉】を使った高速移動の方か?

 他には……無いよな?


「セラを紹介ですか……。これらの家は私にもリーゼルにも届いていませんが……おばあ様はどうですか?」


「ウチにも届いていませんね。元々私たちとは付き合いのない家ですし……」


「オレも知らない人たちだよ」


「そうよね。私にも見せて頂戴」


 そう言うと、セリアーナは資料を何枚か掴んで、目を通し始めた。


 2人もよく知らない家なのか……。

 リーゼルにも伝わっていないみたいだし、王妃様の下でストップしていたようだな。


「王妃殿下、その話はいつ頃から話が届いていたのですか?」


「一昨年の終わり頃からですよ」


「一昨年……。あぁ、時期的には丁度それくらいですか」


 なにやら王妃様とオリアナさんの間で通じ合っている様だが……俺にはわからんな。

 一昨年って何かあったっけ?


 はて……と、2人を眺めながら首を傾げていると、資料を読んでいたセリアーナが、俺の頭に手を置いた。

 振り向くと、既に資料は机に置いているし……読み終えたのかな?


「何かわかった?」


 俺は何もわからなかったが、セリアーナは何やら気が抜けたような表情をしているし、あの資料から何かわかったのかもしれない。


「ええ。王家にお前への縁談を持ち込んだ家の資料ね」


「……んん?」


 俺への縁談話……結婚についてはちょろっとさっきの雑談の際にも触れていたが、そこまで進んでいたのか?

 王妃様は、話に関して「俺を紹介して」としか言っていないけれど……。


「あら? よくわかったわね」


「はい。結婚前に私が王都に滞在していた際に、話を持って来た家がいくつか含まれていましたから……」


「そうらしいわね。私が下手に表立って貴女たちに伝えると、命令に取られかねないから、こちらで話を留めていたのよ。今回はいい機会だったわね」


「あらー……」


 手間をかけさせてしまっていた様だ。


 ウチやミュラー家には、時折そういう類の話が持ち込まれるのは知っていたが、王妃様にもか。

 しかし、王妃様にそんな事を頼めるような家からチェックされるとは……中々大人物じゃないか?

 俺って。


 さらに、オリアナさんも加わって、どの家がどうのとかの話を3人でしているが、俺は「ほーう……」と、適当に頷くだけだった。


 ◇


 すっかり俺は置いてけぼりで話が弾んでいたが、王妃様は俺を見ると、フッとにこやかな表情から真顔に戻った。


「な……なんです?」


「貴女に聞いておくことがあるわ。……コレを」


 そう言うと、資料の山から1枚紙を抜き取ると、俺に向かって差し出した。

 受け取ってそれを読んでみるが、先程も簡単にだが目を通した物で、内容は把握出来ている。

 家名とそこの息子らしき男の名前がズラッと羅列されているんだよな。


 先程の言葉から推察するに……こいつらか?

 俺の縁談話の相手は。


「貴女が結婚をするつもりが無いのはわかったわ。そこに記された者たちともね。ただ、一つ確認をしておきたいの。その理由は何?」


「理由……?」


 俺が結婚しない理由なんて簡単だ。

 単純に結婚をしたくないだけなんだよな。

 男性とだから……とかじゃなくて、女性とも結婚をしたいと思わないし……。


 でもなー……貴族って身分を考えると、こんな理由でいいんだろうか?

 わざわざ王妃様が直々に話をしてくるくらいなんだし、もう少し真面目な答えの方がいいのかもしれないが……。


 チラっとセリアーナを見ると、彼女は頷くだけで無言のままだ。


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「大した理由じゃないですけど……結婚はしなくていいかなって……」


 結婚をしない理由を問われたはいいが、果たしてどう答えたものか。

 少々悩みはしたが、もうそのまま答えてしまおう。

 どうせ取り繕ったって、お貴族様の常識に疎い俺じゃ、上手くごまかす事なんて出来ないだろうしな。


「要は、結婚自体に興味が無いという事ね?」


 俺の言葉を聞いた王妃様は、いい感じに察してくれたらしい。

 我ながら短い言葉だったが、しっかり伝わっていた。


「そうですそうです」


 王妃様や他の2人を見ても、今の俺の返答で問題は無かったようだ。

 3人とも納得したような表情をしている。


「セラはミュラー家に入るとはいっても、相続権もありませんし、本人にその気が無いのなら、無理に世継ぎを作らせる事もありません。お父様たちもその事は了承済みですわ」


「そうですね。セラ自身が所有する恩恵品については相続をどうするか……という問題もありますが、それはまた先の事ですし、今考えることでは無いでしょう」


 俺の、結婚する気が無いという考えを補足するために、セリアーナとオリアナさんが王妃様に向かって、色々説明をしているが、それを遮って再び俺の目を見た。

 そして、俺が手にしている紙を指して、口を開いた。


「セラ。これは確認のためだけれど、正直に答えて頂戴」


「あ……はい。なんでしょ?」


「貴女はそこに記された家や人物と敵対する意思があるわけではないのよね? ただ単に、結婚をする気が無いだけ……。そうね?」


「へ? ……いや、そんな事は全く無いですけど。そもそも知らない人たちだし……」


 知ったところで結婚する事にはならないだろうが、相手に関しての情報は何も無いし、敵対がどうのなんて考えた事も無い。

 何だってそんなことを聞いてくるんだ……?


「結構。もし貴女が縁談を拒む理由が、他家への敵対意識だったら少し問題だったけれど、そうじゃないのなら好きにしたらいいわ」


 わけわからんと首を傾げていると、王妃様は俺に向かってそう言い、満足そうに笑みを浮かべていた。


 ◇


 あの後すぐに場所を移すことになり、再び王妃様の部屋へと戻ってきた。

 あそこも別に悪い部屋とは思わないが、仮にも王妃様が呼んだ賓客をもてなすには、設備面でも防諜面でも問題があるんだろうな。


「何度も移動させてごめんなさいね」


「いえ、構いません」


 王妃様の言葉に即答えたが、俺は【浮き玉】に乗ってるから全然疲れないしな。

 セリアーナもオリアナさんも疲れた様子は無いし、問題無しだ!


「それならよかったわ。では、続きを話しましょうか。向こうで話しても良かったのだけれど、一応念のために……ね」


「王妃殿下、貴女が警戒されていたのは、国内が割れることですか?」


 オリアナさんの言葉に、「フフ」と小さく笑っている。


「国が割れる……オレ絡みで?」


 確かに【ミラの祝福】は効果はデカいが、そんな、大袈裟な……。

 まぁ、冗談でそんなこと言う人じゃないし、その可能性はゼロじゃないってことなのかな?


「流石にセラが原因で国が割れるとは思いませんが、何かのきっかけにはなるかもしれませんね」


 セリアーナも、心なしか固い声でそう言った。


「昨年、西部との戦争が終わったでしょう? そして、これから数年かけて西部との付き合い方も変化していくはずよ。今までは西部への警戒に力を注いでいた分が不要になる領地も出来るはずだし、その余剰分を自領に回すことになるわ」


 戦争の影響か……。


 ウチみたいな東部は、変わらず魔物への警戒を続けるから、あまり余力が出来たりはしないかもしれないけれど、この国の西部は違うよな。

 なんといっても、ウチより大陸西部に近いんだ。

 王国西部がどんなところなのかは俺は知らないけれど、ウチよりは影響はずっとあるだろう。


「今後この国は、東部に力を注いでいくことになるし、そうなると面白く思わない者たちも現れるでしょう。何かしら国内に揉め事の火種を作りたいでしょうし、あの紹介を断る理由次第では、セリアーナが言うように貴女がそのきっかけになったかもしれないの」


「……王妃様が誰にも言わなくてもですか?」


「ええ。もしその場合は、伯爵家の令嬢の意向を私が否定するわけにはいかないでしょう? だから何か聞かれたら黙るかはぐらかすかしか出来ないもの。でも、これではっきりと私からも話を切り出す事が出来るわ」


「……はぁ」


 と、王妃様相手に失礼かもしれないが、ついつい気が抜けた声で返事をしてしまった。


 それにしても、そこはかとなく、来た当初よりも王妃様の声が明るく感じる。

 よっぽど気がかりだったのかな?


 部屋には夕方まで滞在していたが、王妃様の機嫌は、終始良いままだった。

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