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「相変わらず見事なものね」


 施療が終わると、その出来栄えを侍女たちに持たせた鏡で確認しながら、王妃様はそう口にすると、満足そうに鏡を眺めている。

 セリアーナたちもその出来を褒めているし、中々いい仕事をしたんじゃないかな?

 今回は主に胴体部に触れながらではあったけれど、1時間以上に渡って念入りに行ったため、しっかりと頭部にも効果は及んでいる。

 全身キラキラだ。


 まぁ……集中するため、俺はその間会話に参加できないが、どうせこのメンツの会話に加わるのは俺には出来ないし、問題無しだな。


「貴女……いつもコレを受けているのよね」


 ひとしきり確認した王妃様は、改めてセリアーナの姿を頭から足まで見ると、「ふぅ……」と小さく溜息を吐いた。

 そこはかとなく、セリアーナを見る視線が羨ましそうに感じる。

 王妃様も、そこまで【ミラの祝福】に拘る事はないんだが、いざ効果を実感した直後だとこうなるかな?


 確かにセリアーナは、俺が普段からくっついているからピカピカではあるが、実はしっかり発動しての施療ってのは、意外と行っていなかったりもする。

 もちろん、セリアーナが一番受けていることに違いは無いんだけどな。


 セリアーナも王妃様のその視線に気付いたのか、「フッ」と小さく笑った。

 そして否定した。


「ここまで時間をかけることは、滅多にありませんわ」


「あら? そうなの?」


 セリアーナの言葉を聞いて、王妃様と、ついでにオリアナさんも驚いたような表情を見せた。

 まぁ、【ミラの祝福】について、よく知らないと驚くよな。


「ええ。ただ、【ミラの祝福】は、先程のように改まって発動しなくても、大分効果は弱まりますが、常時発動しているようです。ダンジョンや狩場に出ているセラが、何もしなくてもその容姿を保てているのは、そのお陰でしょう。そして、その娘に触れているとそれだけでわずかですが、その効果を受けることが出来るのです。普段からその娘は私の側にいますから、その影響でしょうね」


 と、セリアーナにしては珍しく、随分詳しく説明をした。

 他の人相手なら大抵一言二言で済ませるのに、流石に相手が王妃様だとそうはいかないか。


「それは……聞いても良かったのかしら?」


 王妃様は、侍女もいる中で加護の詳細を聞いてしまった事に、どこか申し訳なさそうにしていた。

 そして、周りの侍女たちもどこか申し訳なさそうにしている。


 そりゃー、王族からの質問には、ちゃんと答えないといけないしな……。

 むしろ、今のは王妃様の失態だったか。

 俺は王妃様の事はそこまでよく知らないが、ちょっと彼女らしく無いミスな気がする。

【祈り】と【ミラの祝福】の合わせ技でリラックス効果もあるし、気が緩んでいたのかな?


 恩恵品はもちろん、加護だって本来はべらべら喋るようなものでもないが……。


「ええ。わざわざ説明するほどの事ではありませんが、隠すほどの事でもありませんから。この娘は、屋内にいる時は大抵誰かに張り付いていますしね……」


「まぁ……否定はしないよね」


 頭の上に置かれたセリアーナの手をのけながら、答えた。


 うん。

 彼女が言うように、別に知られたところでどうという事でもないし、隠すほどの事じゃ無いんだよな。


 結局のところ俺がくっつく必要があるわけだし、通常の使い方と条件は一緒だ。

 それに、まともに効果が出るまでの時間は、はるかに長時間で、それだけの間くっつける相手なんて限られている。

 セリアーナを始めとした、リアーナの面々だけだよな。


「そう……。万能という訳では無いのね……」


 特に漏らしても問題無い情報だと分かってほっとしたのか、少し気が抜けたような声でそう言った。

 何となく気を使わせてしまった気がして、申し訳なくなっちゃうな……。


 ともあれ、この話はこれで終わりとばかりに、王妃様は施療のために崩していた身だしなみを、侍女たちに整えさせ始めた。


 ◇


 王妃様が服装と髪形を整えた後、しばし他愛のない会話を続けたが、会話が途切れたところで王妃様は席を立ち上がった。


「場所を変えましょう」


 そして、そう言うと俺たちの返事を待たずに、スタスタとドアに向かって歩き始めた。


「……どうしたのかな?」


 王妃様が俺たちの相手をするのに必要な物は、この部屋に全部揃っていると思うんだが……。

 何だって移動するんだろう?

 王妃様に限らず、身分が高い人って、基本的に言葉が足りないよな……!


「わかりませんが……。待たせるわけにはいきませんね。行きましょう」


「そうですね」


 2人も思い当たる節が無いのか不思議そうな顔をしつつも、立ち上がり、王妃様の後を追って歩き始めた。


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 廊下に出た俺たちは、王妃様の後をついていっているが、どこへ向かっているのかの説明は受けていない。

 王妃様は髪こそ整えたりしたが、着替えとかをしているわけじゃ無いし、この一画から出るような事は無いと思うんだが……。


 王妃様の部屋は、宮殿内の彼女に割り当てられた一画の一番奥にある。

 まぁ、隠し部屋なんかもあるが……今回はそこへは行かないんだろう。

 入口の方に向かって進んで行っている。


「……ねぇ、どこ行くのかな?」


 進んでいる方向は分かっても、それじゃあ、どこに向かっているのか……となると、俺にはわからない。

 俺の一歩後ろを歩くセリアーナたちを振り向くと、どこに向かっているのか心当たりがないかを訊ねた。


「お前の方がここには詳しいでしょう? お前が分からないのなら、私にわかるわけないわ」


「直に分かるはずですよ。場所をおっしゃらないのなら、離れてはいないでしょう」


 俺の質問に二人はそれぞれ答えてくれたが、どうやら答えはわからないようだ。

 まぁ、オリアナさんが言うように、離れた場所じゃないだろうしすぐに到着するか。

 それなら、大人しくついて行こう。


 そのまま王妃様たちを先頭に、長い廊下を進んでいたのだが、突き当りの一つ手前にある部屋のドアの前で、彼女たちは足を止めた。


「ここです」


 そして、王妃様はそれだけ言うと、中へと入っていった。


 あそこが何の部屋かは分からないが……ドアの前では侍女たちが俺たちを待っているし、何より王妃様が一人で入っていったんだ。

 危険って事はないだろう。


「ほんじゃ、オレから失礼して……」


 一瞬、三人で顔を見合わせてしまったが、まずは俺が入ることにした。


 ◇


 入った部屋は窓の無い、さほど広く無い部屋だった。

 王妃様の部屋の前にある、控室くらいかな?


 机が壁に沿っていくつも置かれていて、さらに、窓が無いからか机の一つ一つに魔道具の照明も備え付けられている。

 何かの作業部屋のようだが、いくら宮殿とはいえ、結構贅沢なお部屋じゃないか。


 ただ……。


「ここは……なに?」


 贅沢な部屋ではあるが、ここは何をする場所なんだろう?

 一番奥の机には、何か色々資料らしき物が積まれているが、他は何もないただの机だし、何か棚が置かれているわけでも無い。

 自習室とかそんな印象を受けるが、まさかそんなもんを、この建物に用意するわけないし……。


「この隣が私の書庫なのよ。ここは、そこで用意した資料を使って、作業をするための部屋ね」


「……あ、なるほど……です」


 パッと見の第一印象だけで考えたが、当たらずとも遠からずってところか?

 ついついどもった返事になってしまったが、王妃様は気にしていないようだ。

 しかしまた、なんだってこの部屋に俺たちを連れて来たんだ?


 何か作業でもさせられんのかな?

 王妃様の侍女を排してまで、俺たちに任せたい事ってのはちょっと思いつかないぞ?


「失礼します」


 首を傾げていると、セリアーナたちも部屋に入ってきた。

 彼女たちも部屋の中を見回しているが、俺と同じく机の上に目を留めている。


「そちらは……地図でしょうか?」


「ええ。貴女たちに来てもらったのはこのためよ。……セラ」


「ほ?」


 俺の名を呼んで手招きをする王妃様。

 なんだろうと思いつつ、そちらに向かうと、机の上に積まれた資料を指した。


 セリアーナが先程言ったように、その中には地図も含まれているが……何となく見覚えのある地形もあるし、この国の地図だな。

 んで、地図はいいとして、この積まれた資料はなんなんだろう?


「貴女のために揃えた物よ。全てに目を通す必要は無いけれど、話をするために必要だから、軽く目を通して頂戴」


「はぁ……。それじゃぁ……」


 一体何なんだろうか?


 そう思いはするが、わざわざ揃えてくれたみたいだし、折角だし読ませてもらおう。


 積まれた資料の一枚目を取って、軽く流し見してみたところ、頭に地名と人名が書かれているし、領地と領主一族の情報が書かれているらしい。

 領地の位置を示す縮小地図以外は全部文字ではあるが、シンプルに纏まっているから、簡単に目を通すだけならそこまで手間じゃない。

 まぁ……全部合わせると結構な厚さになるし、どれだけの項目があるのかはわからないが、そこまで時間はかからないだろう。


 振り向いて3人を見てみるが、それぞれ椅子を引っ張り出して向き合っているし、放っておいても良さそうかな?


「よいしょ」


 小さく声を出して【浮き玉】から椅子に移ると、机の上の資料を手に取った。


 それじゃあ、俺はさっさと資料に目を通そうかね。

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