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「ねぇ……本当にいいの?」
王妃様の部屋の前に着いた俺は、案内の侍女が警備の兵に声をかける前に、もう一度このまま何のチェックもせずに入っていいのかと訊ねた。
いくらいいとは言われてもな……。
あんまり身分にこだわりの無い俺でも、一応王様とかにはそれなりに敬意を払っているんだ。
なんてったって、王様だしな?
んで、これから会う相手は王妃様。
彼女にだって敬意は払わないと。
オリアナさんや、普段なら間髪入れず突っ込んでくるセリアーナが何も言ってこないあたり、彼女たちもちょっと不安なのかもしれないな。
「ええ。どうぞそのままで」
「……下りた方がいいのかな?」
ここまで相変わらず【浮き玉】に乗ってきた俺は、下りた方がいいかを訊ねた。
いや……流石にここまできたら、このままでもいいってのは分かっているんだが、それでも大分イレギュラーな行為だと思っている。
再度、案内の侍女に確認を取ったのだが……。
「いえ、そのままで構いません」
そう言うと、侍女は警備の兵に中へ声をかけさせた。
「うぬぅ……」
「セラ、お前が気にしても仕方が無いわ。陛下も妃殿下も構わないと仰っているのでしょう?」
「そうですよ。さあ、入りましょう」
俺がもじもじしている間に、2人は気持ちを切り替えたのか、俺の背を手で押しながら部屋の中へと足を進めていった。
部屋に入った俺たちは、部屋の主である王妃様に出迎えられると、そのままソファーへと促された。
迎えは彼女側が手配していたし、到着する時間もしっかり把握していたんだろう。
テーブルにセットされたカップからは湯気が立っているし、出迎えの用意は完璧だ。
「よく来ましたね」
「お久しぶりです」
王妃様と、ありがちなやり取りをした後は、そのまま談笑タイムへ移った。
セリアーナとオリアナさんは、ソファーに並んで座っているが、俺のポジションは……王妃様の膝の上だ。
「貴女……相変わらず軽いわね」
「……育ってますよ?」
膝の上の俺はまだ加護を発動していないノーマル状態なのだが、その事を気にせず王妃様は2人との会話の合間に俺にも話しかけてくる。
しかし、会う人会う人みんな同じこと言うな。
ぬーん……と、唸る俺を見て3人は笑っているが、そんなに変わってないかな……?
彼女たちはそのままひとしきり笑っていたが、ふと笑いが止まると、王妃様が背中から回した手を俺の頬に当てて、口を開いた。
「セラ、そろそろいつものをお願い出来ますね?」
「ぬっ……。わかりました」
施療開始か……。
セリアーナたちはお喋りをしている間に、すっかりリラックスしたように、俺も頭を切り替えようと、手を付けていなかったお茶を一気に飲み干した。
◇
王妃様の施療は、寝室ではなく結局そのまま彼女の部屋で行うことになった。
施療のスタイルは、先程から引き続き膝の上でだ。
今日の俺は、例によって青のワンピースに、薄くではあるがメイクをして、髪にもなんかジャラジャラとアクセサリーをしたりと、しっかりおめかしモードだ。
確かに、【ミラの祝福】と【祈り】を同時に発動する本気の施療の場合は、肌をピッタリくっつける方が高い効果を発揮出来るが、王妃様の場合はもう何度もその本気の施療を行っていて、体の状態は非常に良い。
さらに、日常的に加護を発動していることで、俺の熟練度も随分上がっているからな。
膝上スタイルでも十分高い効果は発揮できる。
精々違いを挙げるなら、俺が神経を使うかどうかってくらいだな。
このスタイルで身分が高い相手に施療するには、俺も集中しないといけないし、お喋りには参加できないが……まぁ、どうせややこしい話には加わる気は無いし、問題無いだろう。
どうせ仮に話に加わっても、置いて行かれるしな!
◇
「……リアーナも含めた東部の状況はわかりました」
王妃様は、施療ついでにセリアーナから話を聞いていた。
子供たちの事から始まり、ダンジョンも含めた領地の開拓状況諸々だ。
俺もこの話を聞くのはもう何回目かってくらいだし、内容はいい加減覚えているが、よくもまぁ……相手によって言葉を使い分けて説明出来るもんだと感心してしまう。
オリアナさんが同行していたのは、こういった時のフォローのためだったのかもしれないが、出番は無しで、口を閉ざしたままだ。
表情こそいつもと変わらないが、セリアーナの対応ぶりに満足そうな雰囲気を感じる。
さて、セリアーナの話が終わったところで、今度は王妃様の番だ。
何の話をするのかなと、加護を発動しながら聞き耳を立てていると、王妃様は俺の頭に手を乗せた。
「それで、この娘はどうするのですか? ミュラー家に入るのは決まっていますが……まだそれだけでしょう? 王都に移る事も可能でしょうが、そのつもりはないようですし、確か今は領主の屋敷で暮らしているのだったかしら?」
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王妃様から、俺を今後どういう扱いにするのかと聞かれたセリアーナは、間を空けずにすぐに答えた。
「その娘は、リアーナ領都に新しく建てる、ミュラー家の屋敷を任せる事が決まっています。1人でなら不安もありますが……補佐役として、任期を終えたおじいさま方も一緒に、王都からそちらに移って貰いますから、役割を十分果たせます」
「私とアリオスが向かうのは、早くても2年以上後になりますが、まだ屋敷の建設には手を付けていませんし、時期的にはちょうどいいと思います。そうですね? セリアーナ」
「ええ。西部との関係の変化の影響で、まだもう少しかかってしまいます。それまではミュラー家のリアーナでの活動は、控えめになってしまいますが……父もそこは承知しています」
セリアーナとオリアナさんの言葉を聞いた王妃様は、どうやら頷いているらしい。
何となく背中にそれを感じた。
まぁ……リアーナの領都に建てる予定の屋敷の方は、まだ土地を確保しているだけだし、俺がいくらミュラー家に入ったからといって、すぐにはミュラー家の活動も始める事は出来ない。
今まで通り、セリアーナが間に入りつつ、時折俺がゼルキスの屋敷に直接行って、親父さんに報告をする……それだな。
が、それで話が終わりという訳ではなく、まだ続けるようだ。
「話は分かったけれど、リーゼルと短い時間だけれど話をしたときには、この娘にどこかの街を任せるかもしれないと言っていたわね。それはまだ先の事なの?」
「リアーナの開発計画で、領都の近くに複数の街を置く……そんな案が出ています。確かにセラにはそのうちの一つを任せても悪くないとは、リーゼルとも話していたのですが、セラ自身がそれを拒否したものですから……」
「あら、そうなの? その街には誰を入れるのかしら?」
「そちらはリーゼルに任せようと思っています。既に他の街には私と関係の強い者が入る事が決まっていますから。その事は先日リーゼルにも話したので、もう僅かですが、今回の滞在期間中に彼が何かしら動くかもしれません」
「そういえば、昨日届いた手紙に面会について書かれていたわね……。わかったわ。ならこの娘はこれまでと変わらずに、リアーナで過ごすのかしら? この時期に養子手続きをしたのは、学院に通う事を避けるためだとは聞いているけれど……」
高位貴族への養子入りは、貴族学院に通うため……ってのが理由では多い。
で、貴族学院に通うのは、その年に15歳になる者だけ……って年齢制限があるんだよな。
そして、身分と年齢が該当する者は、原則的に入学は絶対だ。
やたら国土が広い上に、あちらこちらに魔物がうろつくこの国では、中々他所の土地の人間と交わる機会がとれないし、貴族として今後の国内外の貴族との付き合いへ繋がる大事な期間を、国がわざわざ設けてくれているとも考えられる。
もちろん、この国の貴族としての心得だとか忠誠心だとかを叩きこむって目的もあるのかもしれないが、それでも貴重な機会には違いない。
だが、俺の場合はそれを避けるために、あえてこの入学時期からずれた時期に養子の手続きをした。
一応形だけでも親衛隊に入る事で、リアーナとゼルキス以外でも騎士として動けるようにはしているが、その辺の事は王妃様に伝わっていないのかもしれないな。
もしくは、理解出来ないか……だ。
俺は貴族はもちろん、冒険者とも平民とも少し違う価値観で動いているからな。
「ええ。その予定です。結婚に関して話をしたこともありますが、本人にそのつもりが無いようですし……。まあ、この娘は年齢が関係ないのかもしれませんし、好きにさせようと、ゼルキスの両親とも話しています」
「あら?」
と、驚いたような声を上げる王妃様。
しかし、俺は俺でちょっとびっくりしていたりもする。
そして、同時に納得も出来た。
今までの話って、要はここに辿り着くためのものだったんだな。
◇
貴族の結婚。
家や派閥、そして領地の結びつきが絡んでくる、一大イベントだ。
そして、セリアーナの場合は違ったが、貴族学院に通うために王都で暮らす1年が、きっかけ作りとしては非常に大きなウェイトを占めている。
そこを、時期をずらすなんて小細工をしてまで避ける俺を、この国の女性のトップである王妃様としては、不安に思っていたんだろう。
ミュラー家の相続権こそ持たないが、俺には色々あるからな。
いやはや、いらん心配をさせてしまった……などと頷いていると、フッと力が抜けるような感覚が襲ってきた。
深刻ではないが、これは疲労だな。
「はい、完了です!」
周りが俺をネタに深刻なんだか何だかわからない話をしている間にも、しっかり黙々と施療を進めていた俺は、その疲労を合図に完了したことを察して、皆に告げた。
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