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 王妃様から手紙をもらった翌日の昼。


 俺とセリアーナ、そしてオリアナさんは準備を終えて、談話室で城からの迎えを待っている。


 本来ならセリアーナと2人で行くはずだったんだが、昨日の話合いの結果、オリアナさんも同行することになったんだよな。

 俺とセリアーナのフォロー役だ。


 別に王妃様も周囲の侍女も、皆気の良い人で、俺たちを叩いたり揚げ足とったりとかは、まずしないんだが……それでも、セリアーナからしたら失敗できない相手だしな。


 セリアーナが王妃様と会ったのって何回あったかな。

 確か結婚式の前に会った時は、エリーシャも一緒だったんだっけ?

 こういう時、意外とセリアーナは慎重になるし、念を入れて、セリアーナの方から同行を願って、オリアナさんが了承したことで、こうなった訳だ。


 今日は俺もセリアーナも、身だしなみは自分ではやらずに、屋敷の使用人の手を借りている。

 使用人たちも、今日は王妃様に会いに行くってことを知っているからか、顔がマジだった。


 この屋敷の使用人たち全員と顔を合わせたわけじゃ無いし、まだ俺が来てから数日しか経っていないが、それでも真面目な人間ばかりだってのは分かっている。

 普段から、仕事は手を抜いたりすること無く真面目に行っているんだろう。

 ただ、その彼女たちが、一目でわかるくらいマジだった。


 距離からしたら、ほんの数十メートルで城壁が見えるご近所さんなのに、やっぱり王家ってのは違うんだな……。

 俺も王妃様の施療のたびに緊張はしていたが、アレはどっちかっていうと、身分よりも周囲を固める武装したねーちゃんたちが原因だったしな。

 マイルズだってそうだったしなー……。


 そんな事を考えながら足をプラプラさせていると、向かいのソファーに座っていたオリアナさんと目が合った。

 彼女の恰好はいつも通りだな。

 何が起きてもいい様に、いつも気を抜いていない彼女らしい。


 セリアーナも普段ならそうなんだが……ちょっと王都までの移動の間に気が緩んでいたからな。

 やはりリハビリ期間は必要だったか。


「セラ。貴女は随分と落ち着いていますね」


 目が合った後何も言ってこなかったが、どうやらオリアナさんは俺の様子を見ていたらしい。

 セリアーナですら多少の緊張を隠せないのに、普段通りの俺に少し感心したような口調で語りかけてきた。


「ん? うん。流石に慣れたからね」


 俺はもう慣れたし、王妃様側も俺に慣れているからな。

 施療中に殺気立つような事も無いし、気楽に臨めるようになっている。

 城に入るまでの手続きはともかく、いざ王妃様の前まで着けば問題無しだ!


「セリアーナは……。まあ、いいでしょう」


 俺の次は、セリアーナに視線を移した。

 セリアーナは、背筋を伸ばして目を瞑りながら腕を組んでいる。

 外の様子でも探っているんだろうが、普段のセリアーナなら、目を瞑らなくてもこの屋敷の周辺くらいなら探る事は余裕だろう。


 ……緊張隠しだな。


 オリアナさんもその考えに至ったか、小さく頷いた。


「……何かあるのなら、言ってくださっても構いませんよ?」


「いいえ。貴女ならいざ妃殿下の前に出れば、いつも通りに振舞えるでしょう。それよりも迎えはどうですか? そろそろのはずですが……」


「ええ。今城門の前に兵が集まっています。もう数分で到着するはずです」


「結構。セラ、準備は出来ていますね」


「大丈夫」


 そう返事をすると、足元に転がしていた【浮き玉】に足を乗せて、浮き上がった。


 そして待つ事数分。

 セリアーナがふと立ち上がったと思うと、すぐに廊下から部屋のドアをノックする音が響いた。


「失礼します。城からの迎えが参りました」


 ◇


「……ぉぉぅ」


 屋敷の玄関から外に出ると、目の前には豪華な馬車がドンと止まっていた。


 それだけじゃ無い。

 その馬車の周りには、下馬した騎士が兵士と合わせて十名ほど警備をしている。

 さらに門の外にも、騎士が数名。

 移動するのはたかが数十メートルなのに、随分と厳重な……。


 セリアーナがリーゼルとの婚約を発表したばかりの頃は、学院に通う際には、道中でも学院でも親衛隊による護衛が付いていたが、あの時以上だ。

 やっぱり、王子の婚約者とはいえ、いち伯爵家令嬢と現役の公爵夫人とでは扱いが違うのかもしれない。

 今回は、王妃様直々のお誘いだからってのもあるかもしれないけど……何とも大袈裟な。


 屋敷を振り返ってみると、2階の窓に人影がいくつも見えた。

 恐らく使用人たちだろう。

 野次馬だな。


 そして、それはウチの屋敷だけじゃない。


 敷地が広くて、他の屋敷まで距離があるからはっきりとは見えないが、明らかに窓からこちらを覗いているのがわかる。

 この辺は位の高い家の屋敷ばかりなんだが……それでもこの事態は特別なのかもしれないな。


 なるほど。

 王家の呼び出しってのはこんな風になるのか。

 そりゃ、マイルズだって慌てるよな。


「セラ、行くわよ」


「お? はーい」


 玄関から出てすぐのところで浮いていたが、馬車の前に立つセリアーナに早く来るように呼ばれた。

 俺から先に乗らないといけないからな……。


 急げ急げ。


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 馬車に乗って、屋敷から通りを一本越えて、ゆっくり進む事数十メートル。

 真っ白な綺麗な城壁と城門が見えてきた。


 しかし、大人が走れば10秒もかからない距離なのに、ゆっくりゴトゴトと……。

 貴族街はもちろん、街中だって普段は馬車はゆっくり走るもんだが、今回は特にゆっくりだった。


 なんでも王族からの招待の場合は、万が一にも事故が起きないようにこの速度でってのが決まっているらしい。

 それは、いくら移動する距離が短くても変わらないんだとか。

 もちろん、警備状態もだ。


 時折俺が王妃様のもとに行っていたときの様に、何かのついででって場合だとそうじゃないが、今回はモロに王妃様からの招待だからな。

 飛んでいければすぐだが、この仰々しさはどうしようもないんだろう。


 さて、当たり前ではあるが、何事も無く城門までたどり着き、そして、城の敷地内へと進んでいった。


 ◇


 城の敷地内には、執務を行うための城や王族の宮殿、客用の離宮……それら以外にも、貴族学院や騎士団本部、魔導士協会の本部にその関連施設などが設けられている。

 俺たちが目指す宮殿は一番奥だが、そこまでの道中には貴族学院の生徒も合同で使用する、騎士団の訓練場があって、今は学院の生徒がその訓練場を使用していた。


「……なんか見られてるね」


 その生徒たちだが、なんというか……王家専用の馬車がよほど珍しいらしく、あからさまに俺たちが乗る馬車を見ている。

 視線こそ感じられないが、声は聞こえてくるから俺にでもわかるぞ。


「不躾ね」


 当然その声はセリアーナにも届いていて、彼女は大分不快に感じている様だ。

 小さい声だが、この声の感じは大分怒っている。


 普段から、感情的にならないねーちゃんだからな。

 ましてや、こういう風に怒りを露にすることなんて、いつ以来だろう……?


 おっかねぇ……と、別に俺に向けられたわけでも無いのに、体を竦めてしまった。

 だが、同じく馬車に乗っているオリアナさんは違うようだ。


「まだ春の2月に入ったばかりでしょう? 外の彼等が国内国外どちらの出身かはわからないけれど、まだ入学したばかりなのだし大目に見なさい。子供はああいうものですよ。貴女も覚えはありませんか?」


「私にはそのような覚えはありません」


 セリアーナはきっぱり言い放つも、何か思うことがあるのか、口を噤んでしまった。

 オリアナさんは苦笑しつつも、さらにセリアーナに向かって、窘める様な口調で続けた。


「特に今年の生徒たちは、昨年落ち着いて準備をする事が出来なかったでしょうからね……」


 貴族学院は、国内貴族は春の1月に入学で国外の貴族は2月からだ。

 そして今日はまだ春の2月になったばかりで、貴族の心得とかまだ何も教わっていないだろう。


 確かにセリアーナが言うように、王家専用の馬車に向かって露骨に視線を向けたりざわつくような事は、彼等の立場を考えるとあまりやってはいけない事だろうけれど……まぁ、入学したばかりって事を考えたら、仕方が無いのかな?


 それに、本当ならそういうのも、しっかり地元で教育を受けてから来るべきなんだろうけれど、オリアナさんが言うように、去年は戦争やら何やらがあったからな。

 外の彼等が、東西どちらからやってきたかはわからないが、準備が不十分だってのもわからなくはない。


 もっとも……セリアーナなら、どんな状況だろうと、ああいう事はしなさそうだけれど。


 オリアナさんの話を、聞き流しているセリアーナを横目に、そんな事を考えていた。


 そして、馬車はガタゴトゆっくり城の敷地内を進んで行った。


 ◇


「……このままでいいの?」


「はい。どうぞそのままで」


 王族が暮らす宮殿へ到着した俺たちは、馬車から降りるとそのまま王妃様の部屋に通されることになった。

 なったのだが……。


 今までは、俺が王妃様の下に通されるときは、控室で簡単にではあるが身体検査を受けていた。

 我ながらビックリ人間だし、恩恵品だっていつも色々身に着けているから、武器を手にした親衛隊たちに囲まれるのは落ち着かないが、当然の事だと、納得している。


 今日だって、流石に【浮き玉】以外は【隠れ家】に置いてきているが、アカメたちもいるし加護だってそのままだ。

 てっきり、いつもの様に身体検査を受けるのだとばかり思っていたんだが……。


 何度か俺も見たことがある王妃様の侍女が、そのまま王妃様の部屋へと案内すると言い出した。

 驚いたのは俺だけじゃなくて、セリアーナたちもだ。


「それは、妃殿下がそうするように命じたのですか?」


「はい。陛下も了承済みです」


 彼女は手短にそれだけ言うと、「こちらへ」と、前を歩いて行った。


 残された俺たちは、ついつい互いに顔を見合わせるが、ここで立ち竦めていても仕方が無いってことで、そのまま彼女の後をついて行った。

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