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セリアーナの領主夫人活動が始まって数日が経った。
その数日間は、おっさんやじーさんたちから始まって、貴族の奥様方とのお相手が続いていた。
俺がやっていた事といえば、マダムのお膝の上に座りながら、1時間ほどのお喋りを聞くだけってのを、1日3回繰り返していただけだが、如何せん相手は貴族だし、しかも何十歳も年上だ。
身分はセリアーナの方がずっと上ではあるが、この王都は向こうのホームでもある。
オリアナさんのチェックがあるし、同席してもらってもいるが、セリアーナは緊張していたんじゃないかな?
もっとも、ここ最近のセリアーナは、夕食を終えると部屋に下がって、俺のケアを受けるってのが日課になっていた。
そして、そのままベッドに入り込むが、ここはリアーナよりもずっと平和な王都だ。
さらに、夜こそじーさんたちは帰っているから警備は通常に戻しているが、それでも、王都の貴族街という、この国でもトップの治安を誇る場所。
睡眠もしっかりとれていた……と思う。
俺もグッスリだったからな……。
ともあれ、その甲斐あってか、疲れを翌日に残すことなく、それどころか普段よりもスッキリしているくらいだ。
今日で一先ず、王都でのスケジュールの前半戦が終了だったが、いい感じに乗り切れたんじゃないかな?
さて……ここ数日の振り返りはこれくらいにして、今は目の前の事に集中だ。
セリアーナの膝に座りながら視線を彷徨わせていた俺は、動きを止めて前を向いた。
ちなみに、ここは談話室で、俺たちだけじゃなくて、リーゼルにオーギュスト。
普段はこの時間なら屋敷に戻っている、じーさんたちもいる。
そして、部屋にいるのは彼等だけじゃない。
「マイルズ、落ち着いたらどうだい? セリアもセラ君も困っているよ」
俺の様子が目に入ったのか、リーゼルは苦笑を浮かべながら、テーブルの向こう側で慌てているのか、挙動が不審なマイルズに向かってそう言った。
「っは!? いや……申し訳ありませんっ」
マイルズはリーゼルに言われて、一旦冷静さを取り戻したかに見えたが、それもすぐ元に戻ってしまった。
皆は一瞬目を合わせると、似たような表情を浮かべて、肩を竦めたり「フッ」と小さく笑ったりと、それぞれらしい反応をしていた。
◇
今日の夕方の事だ。
いつもの様に面会を終えた後は、ダラダラしようと部屋に戻っていたのだが、そこで屋敷の使用人からセリアーナ宛の手紙が届いた。
届けに来た彼女は、顔を真っ青にして随分と緊張した様子だったのが気になったが、セリアーナは手紙を受け取ると、彼女をすぐに下がらせた。
「それは誰から?」
と、訊ねることにした。
まぁ……あの使用人の様子はその手紙が原因だろうってのは、見たらわかる。
わかるが……中身を知らないのにあんなになる様な手紙ってなんだ?
「王妃様からよ。明日お前を連れて、城に来て欲しいようね。……ああ、少し違うわね。お前に付き添って城へ来るように……ね」
「ほう?」
……まぁ、そんなことがあったんだ。
あの手紙はセリアーナ宛だったし、リーゼルやマイルズを通さずに、直接セリアーナの下へ持って来たんだろう。
俺は気付けなかったが、受け取った彼女は手紙の封蝋で、あれが王妃様からのものだとわかったらしい。
ちゃんと見分けられる辺り、しっかりと教育をされているんだな……と感心したんだが、いきなり王妃様からの手紙を届けることになったら、確かに驚くよな。
ただ、王妃様からの呼び出し……といっても、そんなに堅苦しいものでは無くて、【ミラの祝福】をご所望なだけだ。
これ自体は以前からあった事だし、今更って気もするが……。
翌々日には俺も城に行くわけだし、その時でいいような気もした。
ってことで、どういうことかとセリアーナに聞いたのだが、彼女の返答が先程のアレだった。
今の俺は、リアーナやゼルキスでは騎士相当の権限があるが、あくまで身分は平民に過ぎない。
そして、王都でももちろんそうだ。
一応、リセリア家の人間ってことで、それなりに忖度されることはあっても、実際に何か出来るってわけじゃない。
だから、城に入るのにはそれなりに手続きだったり、体裁を整えたりする必要があるわけだ。
それが、養子とはいえ貴族になれば、その手間が大分緩和されるから楽になるのは間違いない。
ただ、ミュラー家という大きな家の人間を、個人的な用事で好き勝手に呼びつけるっていうのは、いくら王妃でもちょっと周りの目が気になるらしい。
んで、今回は手間をかける方を選んだわけだな。
孫を産んだセリアーナが、はるばる遠い領地から王都にやって来たわけだし、王妃がもてなすってのはおかしくない。
日頃連れている護衛の俺を、セリアーナが一緒に連れているのも、おかしくない。
……そんな構図かな?
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さてさて。
手紙を受け取り内容に了承したセリアーナは、すぐに返事を書くと、リーゼル経由で城に出させることにした。
その事にどういう意味があるのかわからないが、公爵夫人よりも、公爵の方が何か有利なのかもしれない。
まぁ、城に手紙を届けさせるのには、屋敷の人間を使う訳だし、結局はリーゼルにも話が行くだろうからな。
その手間を省いただけかもしれない。
話を聞いたリーゼルも、じーさんたちを交えて夕食の時にでも話そう……と、軽く応えていたし、その程度の事なんだろうなって考えていたんだが……この話は、リーゼルだけじゃなくてマイルズにも伝わっていた。
雇われの身とはいえこの屋敷の責任者なわけだし、彼にも知らせるのは、よくよく考えたら当たり前の事だよな。
俺はもちろん、他の皆もそう考えていた。
この屋敷では、朝と昼はセリアーナと2人で、そして夜はリーゼルも交えて3人で食べていたのだが、今日は手紙の件もあったし、じーさんたちやマイルズ夫妻も一緒に集まっていた。
んで、その席で手紙の件を切り出したのだが、じーさんたちは特にどうという事も無い様子だったのだが……。
マイルズ夫妻……特にマイルズは違った。
王妃の親族で、その縁から王都を任されているとはいえ、彼自身は領地を持たない男爵らしい。
文官肌の人間で、その仕事を着実にこなし続けたことで、今のこの地位にいるわけだ。
彼がこなしてきた仕事の中には、当然外の人間とも交流を持つものだってあっただろう。
さらに、ウチは公爵家だ。
そこの王都屋敷の責任者なわけだし、じーさんには及ばないものの、他家から何かと話を持ち込まれていたりもするはずだ。
だから、彼等も俺たち同様に、軽く受け止めると思っていたのだが、これがまぁ……。
流石に、食事の席では他に使用人もいるから、取り乱すような事はなかったが、狼狽えること狼狽えること。
奥さんのイザベラもその場にいたのだが、彼女の方はまだ堪えていたが、マイルズは駄目だったね。
別に今回の件で、彼等が何かをするって事はないんだが、夕食を終えて談話室に集まった後も、ソワソワとずっと落ち着かないままだった。
もしかしたら、彼はまだ王家とのやり取りをした事が無かったのかな?
「失礼します。お待たせして申し訳ありません。旦那様、いい加減落ち着かれたらどうですか!」
相変わらず落ち着きのないマイルズを眺めながら、ソファーに座ってぼんやりしていると、使用人たちと一緒に厨房へ行って、お茶の用意をしていたイザベラが部屋へやって来た。
パッと見た感じ、彼女の方はもうすっかりと元に戻っている。
元々マイルズほどは動揺していなかったし、お茶の用意をしている間に、気持ちをリセット出来たんだろうな。
使用人たちに指示を出して、テーブルにお茶を並べさせている。
そして、未だ落ち着きを取り戻せていないマイルズの姿が目に入ったのか、彼に向かってやや強めの口調で窘めた。
大人しめの雰囲気の人って印象だったが、彼女の方が立場は上なのかもしれないな。
どうでもいいけど、この国って尻に敷かれる旦那さん多くないか?
◇
「落ち着いたようだね」
「はっ……。お見苦しい姿を見せてしまって、申し訳ありません」
マイルズは、無理やりソファーに座らされ、突き付けられたお茶を一口飲んだことで、ようやく一息ついたらしい。
リーゼルたちに向かって、頭を下げていた。
「気にしなくていいよ。それじゃあ、改めて話を始めようか。……と言っても、僕たちにとっては大したことでは無いね」
そう言って、リーゼルは向かいに座る俺とセリアーナに向かって笑いかけると、話を再開した。
「母上が、セリアとセラ君に会って、話をしたいようだ。父上……陛下には、帰国後一度だけだが、時間を作ってお会いする事が出来たんだ。そして、領地の事や子供の事を話す事が出来たんだが……母上とは中々都合が合わなくてね。僕の代わりに話をしてきてくれ」
「あら、そうなの?」
首を傾げるセリアーナに倣って、俺も一緒に首を傾げた。
王様より王妃様の方が会いづらいのかな?
「ああ。パーティーに同席したりはあって、その際に簡単にだが話をする事は出来たんだが、母上は母上でこの時期は忙しいし、僕も何かと用があったから、2人で話をする機会はずっと無かったんだ。君たちの到着を知らせる以外の手紙は出していないしね」
なるほど……。
実子で公爵でもあるリーゼルがいても、ずっと無かった手紙が突如やって来たから、マイルズは驚いてしまったのかな……?
「セリアたちが城へ向かうのは明日の昼からだね。セラ君次第だが、日暮れまでには終わるかな?」
「ええ。セラ、問題無いわね?」
「うん。大丈夫だよ」
俺の返事を聞いたリーゼルは、小さくうなずくとじーさんたちに明日についての指示を出し始めた。
「結構。アリオス殿、セリアたちは不在になるが、屋敷に滞在してもらっても構わないかな?」
「うむ」
セリアーナが不在の間も、屋敷の警備を緩める様子は無いようで、じーさんたちを招くらしい。
その彼等を眺めながら、俺は俺で明日の事について考えていた。
去年よりも腕は上がっているし、何度か顔を合わせた事もあって流石に王妃様にも慣れてきたと思う。
スパっと決めてみせるぞ!
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