391

854


「……なんだ、セリアーナ。お前はセラに伝えていなかったのか?」


「簡単には伝えてありますよ。そうでしょう?」


 俺の様子を見たじーさんは、俺は何も伝えられていないのかと思ったようだが、セリアーナは「とんでもない」と首を振ると、睨む俺を見てそう言ってきた。


 まぁ……確かに、何も伝えられていないってわけじゃーない。

 他に隠し事があるかって聞いた時は無いと言ったが、これはどうなんよ……って気もしなくもないが、これは隠し事っていうよりも、セリアーナ自身が知らない情報だったわけだし、そこを言うのは違うような……むぅ。


 どう言ったもんかと迷っていたが、セリアーナは俺の頭を掴むと、グイッ……と捻ってじーさんの方に向けた。


「この娘は気にしなくていいので、続きをお願いします」


「変わらんな……お前たちは」


 じーさんは俺たちを見て一つ溜息を吐くと、緩んでいた顔を引き締めて、再び口を開いた。


「王都の外に怪しい集団はいない……それはまず間違いないだろう。十分調べつくしたからな? 冬以降の外から王都圏へ入って来る人間は、より厳しくなった検問を通る必要がある。仮にその検問を抜けてきたとしても、数年前に起きたお前も関係するあの件があって以来、外を巡回する隊も増やしているし、街や村も同等の警備を布いている。どこにも身を隠す場所は無いだろうな」


 元々巡回の兵を増やしていたってのは初耳だったが、王都圏を調査したって事については聞いていたし、それ以外についても理解できた。


 外から入って来る者は厳しい検問で弾いて、それを通り抜けて来たとしても、昔俺が誘拐された時連れて行こうとしていたアジトの様な物は、もう持てなくなっているんだろう。

 だから、身元が定かじゃない者は、街や村には立ち寄れないだろうし、宿を使うことも出来ない。


 それなら、外に身を隠すかっていうと……。


 王都圏は、リアーナのように、魔境以外でも魔物がうろつきまわっていて、夜を過ごすのは命がけってわけじゃ無い。

 流石に一般人なら厳しいだろうが、それでも、何かしら武力で事を起こそうと考えているような者なら、不可能ではないはずだ。


 森には川もあれば、獣もいるし野草も生えている。

 それに、ちょっと人里に近づけば農場だってあるんだ。

 夜を過ごすだけじゃなくて、その気になれば、外で暮らしていく事だって出来るはずだ。


 何も問題ない者ならば……って注釈が付くけどな!


 基本的に平地が広がる王都圏じゃ、巡回する兵の目を掻い潜って潜み続けられるような場所は無いし、怪しい連中が潜み続けることは不可能だ。

 そりゃー、じーさんも言い切るはずだ。


「そんじゃ、何も危険は無いのかな?」


「いや、それはあくまで複数で纏まっているのなら……だ。冒険者や商人の護衛の傭兵として、事前に王都圏の街に入りこんでいた個人までは、どうかはわからん。もちろん、他国の者ならほぼ全て把握出来ている。もし、妙な動きをしていれば、すぐに報告が入るだろう」


「……ほう?」


 個人で元から王都圏に入り込んでいて、冒険者なりなんなり、普通の暮らしをしているような者だったら、先の調査で引っかかる事はないが、それでも、しっかり把握しているから、何かあればすぐ捕らえる……と。


 セリアーナたちが、領都の教会地区に潜んでいる冒険者たちを放置していたのと似たような感じかな?

 ウチの場合は、セリアーナの加護を前提にしていたが、こっちは組織力で実現しているようだ。


 対魔物のケースはともかく、こういった緻密なお仕事の場合は、王都の騎士はウチよりずっと上だろうし、信頼していいだろう。


「流石にもう王都全域を調べるような事をする気はありません。そこは、王都の兵に任せますが……。おじい様はどう動くつもりですか?」


「うむ。貴族街にはそう簡単に入り込む事は出来んだろうし、滞在期間も長くはない。そこまで神経質になる事はないだろうが、それでも、明日以降の面会には、私かオリアナを同席させてもらう。良いな?」


「ええ。仕方ありませんわ」


 じーさんの言葉に、肩を竦めるセリアーナ。


 ウチだけだと、護衛の数に限りがあるが、そこにじーさんたちも加われば、彼等の護衛も回すことが出来る。

 抜け道……と言ってしまえばなんだが、上手い事考えたもんだ。


 しかし……。


「やっぱ何かありそう?」


「どうかしらね」


「少なくとも、王都の貴族街の守りは確かだ。そうそう妙な事は起きんだろうし、そもそも起こせん。だが、それでも起こそうとしたら、捨て身の策をとるかもしれんからな。気を抜くわけにはいかないだろう。窮屈かもしれないが、滞在期間中はミュラー家も護衛に回らせてもらう。2人とも、もし何か街の者に用があるのなら、こちらに呼びつけるといい」


「ほむ……」


「機会があれば、教会周辺を見てみたかったのですが……。難しいかしら?」


 教会か……。

 王都にどんな影響があったか、ちょっと見てみたかったんだが……。


「教会? ふむ……他の者と相談をしてみるが、難しいだろうな」


 そう言い切られてしまうと、どうにもならないね。

 俺は今更危険にさらされるような事はないだろうが、護衛役だしな。

 お出かけはせずに、セリアーナにくっついておくか。


855


 じーさんと面会した翌日以降から、セリアーナ公爵夫人の王都でのお仕事が始まった。


 主なお仕事内容は王都の人間との会談だが、会うお相手は貴族だけではなくて色々だ。

 まずは、セリアーナのリハビリの続きも兼ねて、王都にある商会主や、各ギルドの本部長たちとの会談から始まったが、相手が相手だけに、なんともお仕事チックな雰囲気になっていた。


 先日じーさんとの会談で決まった通り、ウチの王都屋敷には、昼間はじーさんかオリアナさんが滞在するようになっていた。

 だが、それはあくまで屋敷の護衛を厚くするためで、ここで何かをするためではない。

 じーさんもオリアナさんも、普段は別室で持って来た仕事を片付けたり本を読んだりして、時間を潰している。


 俺はセリアーナの護衛だし、そばを離れるわけにもいかないから、相手をする事が出来ないし、少々申し訳ない気もするが、意外とのんびり過ごしているんだよな。

 俺なら、他所のお宅でリラックスは出来ないんだが……そこらへんは、慣れかな?


 それはさておき、商会主との会談は違ったが、各ギルドの本部長との会談では、じーさんも同席していた。


 ◇


 他国はともかく、メサリア王国のギルドの組織事情は、各ギルド本部は本部といっても他の支部を下に置いているわけじゃ無く、それぞれの領地の領都にある支部が一番上に存在しているわけだな。


 んで、そこから領内各地に職員を派遣しているって形で運営されている。

 本部と支部は独立していて、それぞれ対等の力関係で協力しあっているわけだな。


 ただ、やはり一番人が集まる場所だけあって、本部は各地の情報が揃っている。

 その為、本部は様々な情報の取り纏めも行っているんだ。


 んで、商会とは主にリアーナの取引についての話をしていたが、各ギルドの本部長との会談では、各地の最新情報を仕入れたり、逆にリアーナの情報を伝えたりしていた。

 そこにじーさんも加わって、アレコレと協議を行っていた。


 リアーナだと、冒険者ギルドの支部長が騎士団の一員だったりするが、王都の場合ももちろんそうだ。

 冒険者って武力を扱う訳だしな。


 そして、他のギルドの本部長は、騎士団の人間ではなく文官の中から派遣されるポジションらしい。

 様々な視点での他所の情報を得るためだ。


 要は、本部長たちは誰もが公的に身分のある者たちで、いくらじーさんでも、相手の都合を無視して面会できるような相手ではないってことだが。

 彼等からしても、別にじーさんをないがしろにしているわけじゃ無いんだが、単純に忙しくて、中々会う時間が取れなかったらしい。

 ってことで、このセリアーナ詣でを機に、一緒にじーさんも交ざって、話をしてしまおうってわけだった。


 じーさんたちが一堂に会して、真剣な顔で話をしている……。

 そりゃ、仕事っぽい雰囲気になるよな。


 俺も同席していたが……気を引かれた話は特に無かったかな?


 俺がしっかり理解出来る話題は、王都の冒険者絡みの話くらいだってのもあるがな。


 王都のダンジョンでは、この一年でちょっとしたハプニングで死者が出たらしいが、回収は間に合っているし、特に問題といえるような事ではない。

 外の狩場はそもそも危険は少なめだし、巡回の兵もいるから、冒険者はおろか一般人すら魔物の被害に遭う者はいなかったそうだ。

 平和で何よりだ。


 他のギルドの話も、全く分からないって事はないんだが、いかんせん地理と人名が一致しないことにはどうにもならないんだよ……。

 ゼルキスは、魔境の開拓を任されていたこれまでとは違って、それから手を引いて領内の充実に向けて力を注ぐようになるし、リアーナに関しては言うまでも無く、開拓に全力だ。


 そこだけ分かっていたら、いいんじゃないかな?


 ◇


 そして、おっさんたちとの会談が終わると、今度はオリアナさんが選別した、王都で暮らす奥様方との会談が始まった。


 例によって俺も同席しているが、こちらはただの井戸端会議みたいなものだな。

 まだ伯爵家だとか侯爵家だとかの高位貴族でもなければ、領地を持っている家でもない。


 じーさんに引き続き、オリアナさん同席の下での、リハビリみたいなもんだろう。

 俺にはいまいちわからないが、セリアーナが何か口を滑らせても、これならすぐにフォローに入れるしな。


 それに、フォロー役はオリアナさんだけじゃない。

 今日の俺はただ座っているだけではなくて、しっかりお仕事もしている。


「ご苦労でしたね。セラ」


「いえいえ。座ってるだけだしねー」


 オリアナさんの労いの言葉に、小さく手を振って答えた。


「以前ウチの屋敷に滞在していた頃や、結婚式の際に王都へやって来ていた頃よりも、加護の扱い方に慣れたようですね」


「リアーナの屋敷では、日常的に使用していますからね。この娘も、少しは成長していますよ」


 オリアナさんは、俺の代わりに答えるセリアーナの辛辣さに、苦笑を浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る